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第34話〈魔族商会〉

「もう夜も遅いというのに、何のご用ですか?」

 ベッドからやおら立ち上がったリューム君が、不機嫌を隠した口調でドアの向こうの訪問者に応えた。


「失礼いたします。ニュルガンディキャリュア様がお着きになり、お会いしたいとのことです」

「キャリュが。そうですか、全くあの子は。こちらの都合など全然考えていないのですね……。明日ではダメなのですか?」

「……はい。申し訳ございません。今すぐ会いたいとの仰せでして……」

「そうですか、わかりました。今参ります」


 リューム君は溜息をついて振り返る。

「トーキさん、リテさん。お聞きになった通り、すいませんが出かけてきます。多分、今夜には帰れないと思いますので、お二人はお休みになってください」

「大丈夫なの? こんな遅くに。そのキャリュ? さんってどんな人?」

 心配そうに聞くリテに、リューム君は軽く微笑む。


「僕の従妹です。まだ成人前で、ちょっと自分本位なところがある子で。魔獣の狩りに出ていて戻らないと聞いていたんですが、帰ってきたなら会わないわけにはいかないので」

 リューム君の従妹と言うことは、その子も魔王様の孫、ということなのか?

 血筋上は魔王を継承できるとすれば、無下にもできないんだろうな。


「大丈夫なのかい? リューム君。魔王の継承を巡って争ったりとか、してるの?」

「いや、そういう訳では。ないと思いますけど。でも、ちょっと思い込みの激しい子なんで、うーん……」


 この世界に暴力はないから、心配はないだろうが、リューム君は難しい顔で眉をしかめている。

「とにかく、行ってきます。朝には戻れると思いますが、そうでない場合、すいませんが、明日の出発は無理かもしれません」

「ああ、わかったよ。とにかく、気をつけて」


 そしてリューム君は部屋を出て、扉を閉めようとした瞬間、リテが口を開いた。

「待って! 私も行っていい?」



 ……………………



 もう寝ようと思ってベッドに入ったところだったのに、どうしてこうなったんだろうか。

 リテは自分も一緒に行くと強引にリューム君に言って、断り切れないままの彼について部屋を出た。そうなると、俺も一緒に行かないわけにはいかない。


 ぽつぽつと外灯が灯る街中を歩き、大きな門を構えた屋敷に入る。

 暗がりで建物の全体が見えないが、数十メートルは高さがある。大きめの学校くらいの建物だ。


「メリオノール市の魔族商会本部ですよ。行商に出ている魔族たちが集まって商品や情報をやり取りするんです」

 リューム君がさらっと説明してくれる。ていうか魔族商会? 

「リューム君、魔族商会ってどういうこと?」

「魔王様を中心として行商をしている魔族の集まりをそう呼んでいるんです。魔族以外では、こういう結びつきを持った種族はいませんから、珍しいですよね」


 なるほど。この世界ではギルド的なものを今まで見なかったが、魔王を中心に行商を生業にしている魔族は、言ってみれば商会だな。


 屋敷の中は、体育館のように高い天井で広々とした空間に、様々な商品が積まれていた。

 木箱に入った乾燥肉、瓶詰などの食品が多いが、それ以外の衣料品や工芸品もある。行ったことはないけど、アマゾンの倉庫とか、こんな感じなのだろうか。


 そんな中を進んで奥に行くある大きな扉を開き、商談用の部屋なのか、応接室風の部屋に入る。

 中央には大きな木製のテーブル。壁には光魔法のランプが淡く輝く。

 部屋の奥にたむろする、数人の屈強そうな魔族。

 その中央、腕を組んで仁王立ちする、魔族の女の子が迎えてくれた。


「リューム兄、久しぶり! 魔王継承の宣言をしたんだって? 悪いけど、それ撤回して!」



 ……………………



 彼女は、煌めくような金色の瞳で真っ直ぐにこちらを見つめてそう言った。

 深みのある青い肌に、銀色にカールした髪がよく映える。

 胸部だけに布を巻いたチューブトップで、逞しく発達して引き締まる上半身の筋肉を見せつけているようだ。

 周囲に立つ魔族が巨漢なのでわかりにくいが、身長は確実に2メートル以上。リューム君よりも大きい。

 顔は人間で言えば17~18歳くらい。ちょっとギャルっぽく見えるが魔族、身体能力は多分プロレスラー並だろう。

 快活な笑顔。良く通る声。

 はっきりこちらに言った。

 魔王の継承を撤回しろと。


「久しぶりだね、キャリュ。元気そうで何より。でも、宣言は正式なしきたりに則って行ったものだ。撤回はできない」

「ははっ! リューム兄、あたし知ってるんだからね。ひと月以内なら正式な宣言でも撤回できるって。リューム兄、魔王はあたしが継承するんだから、撤回して!」


「……そのつもりはないよ。僕は覚悟を持って宣言した。だから撤回しない」

「やめときなよ、リューム兄。ハーフが魔王なんて認められないって、あちこちで言ってるよ? あたしがやった方がいいと思うな~。だいたいリューム兄は、魔王なんて柄じゃないでしょ」


「いろんな意見があることは僕も知ってる。それでも魔王様から次期魔王を託された以上、僕がやるべき仕事なんだ。それに申し訳ないけれどキャリュ、君じゃあ務まらないよ。いろいろな種族とも付き合わなければいけないし、幅広く公平に物事を見る必要がある」


「ええ? リューム兄、あたしにはその能力がないってこと? 今のあたしはリューム兄が知っている子供じゃないんだよ。あたしはこのバルヴィーグのリーダーだ。魔獣狩りの技術も大人の魔族に負けないし、もうあとたった2年で成人なんだ。できないわけない!」


「魔王の仕事は魔獣狩りに関することばかりじゃない。各村への行商や、他種族との交渉を取りまとめるんだから。無茶を言ってあんまり困らせてはいけないよ」


「子供扱いしないで! とにかくリューム兄は継承を撤回する気はないわけね。じゃ、いいよ。おじいちゃんにお願いするから」


 リューム君がキャリュと呼ぶ彼女は、キッとリューム君を睨んで部屋を出て行った。

 その勢いに呆然としてしまった俺たちに、キャリュの脇に立っていた魔族が柔らかく会釈して謝り、席を勧めてくれた。

「申し訳ありません。ヴァグリスドリューム様、お客様方にも、お見苦しいところお見せいたしました」



 …………………



 俺とリテには大きすぎる椅子とテーブル、その席にぎこちなく腰掛けると、彼ら魔族も向かい側に座る。

「私はニュルガンディキャリュア様をリーダーとする魔獣狩りチーム、バルヴィーグの副長ディルダンです。こんな時間にお呼びだてしてすいません」


「え? ニュル……、ごめんなさい、魔族の名前には慣れなくて。あなたの名前がディルダンさんなのはわかったけど……」

 リテが聞いてくれた。はい。俺も聞き取れませんでした。


「ニュルガンディキャリュア様です。キャリュア様とお呼びください」

「キャリュア様ですね。ええと、彼女がリュームの従妹なんですね。でも、リュームが魔王を継ぐことには反対なんだ。やっぱりハーフだからですか?」

 聞きにくそうなことをリテはストレートに聞いた。さすが、お約束が通じない人は強い。


「そういう訳ではありません。キャリュア様は幼少時よりリューム様と親しくされておりましたし、兄のように慕っております。しかし、だからこそリューム様が、失礼ながら混血であられる身で魔王位を継承し、それを良く思わない者たちの反発にあってご苦労されるのが耐えがたいのです」


「やっぱり、ハーフで魔王になることに反対する人はいるんですね?」

「前例のないことですので、抵抗を感じている者はいます」


 俺はつい横に座るリューム君の顔を覗き見た。 

 リューム君の表情はピクリとも動いていなかった。真っ直ぐに前を見たままだ。


 自分が魔王になることに反対する者はいる、そんなことは始めからわかっている、という顔。その覚悟を持って選んだ選択だから、今さら動じることはないんだ。

 俺は彼の決意に、改めて敬意を持った。


「キャリュの気持ちはわかります。しかし僕はそういうことを全て理解したうえで継承を宣言しましたので。彼女が何と言おうと、撤回はしません」

 あくまでも冷静に、毅然と言葉を発するリューム君。


「リューム様のおっしゃる通りです。しかしキャリュア様も現魔王様の直系であり、魔王様がそのご意思をもってキャリュア様を次期魔王とお考えを改められましたら、キャリュア様が継承する可能性もございます」

「それはそうですが」

「先ほどキャリュア様がおっしゃったように、正式な継承の宣言をされても、ひと月の間であれば魔王様は撤回できます。これは古来よりのしきたりであり、実際に史上数度は撤回が行われた記録もございます」


「そんなことは知っています。もちろん、魔王様が自らご意思を翻されるのでしたら、僕は従うまでです。ただ、キャリュはまだ若すぎる。これからの魔族は、他種族とより密接に協調し、理解し合い、俯瞰的な視点を持っていく必要がある。彼女には無理です」


「いいえ。我々はキャリュア様を長として、幾度も難しい狩りに挑んできました。キャリュア様は確かにお若いが、類まれな身体能力、状況を的確にとらえる判断力、皆の信頼を集める決断力を持っておられます。さらに、魔王として我ら魔族を率いるにふさわしい人望と、目標を必ず達成する意志力をキャリュア様は兼ね備えておいでです。今後、成長を重ねられれば、歴代の魔王を超える、特別な存在になられると確信しています」


 キャリュアの副長ディルダンは、リューム君を前に誇らしげに言い切った。

 彼は完全にキャリュアを魔王にしたいと思っているわけだ。

 そして、彼と同じチームの魔族たちもそう思っているようだ。


 魔王の継承争い。

 ありがちな話だが、平和なこの世界でもそんなことがあるのか。


「そうですか。僕もキャリュと会うのは久しぶりですから、彼女がどれほど成長したのかは知りません。もしかして、僕が思っている以上に大人になっていて、魔王としてもふさわしいのかもしれない。それでも、魔王様のご意思は変わらないと思いますが」

 自信満々でキャリュアを推しているディルダンの態度に、リューム君はやや押され気味だ。だけど、俺から見ても魔王様が意見を撤回してリューム君ではなく、あの若いキャリュアを後継者にするとは思えない。


「もちろん我々も、何の材料もなく魔王様にお会いしても決定が覆るとは思っておりません。キャリュア様を選ぶだけのものを持って魔王様に謁見する予定です」


「キャリュを選ぶだけのものって、なにを持っていくつもりですか?」

 シンプルに疑問だという風にリューム君が聞いた。

 俺も気になる。この世界にワイロとか絶対なさそうだから、どうするのだろうか。


「太古の魔獣を狩ろうかと」

 ディルダンは得意気な笑みで言った。


「え! ゲルテン温泉に棲む太古の魔獣を狩る気ですか⁉」

 驚くリューム君に、ディルダンは微笑んだまま頷く。


「あそこは魔王直轄地で勝手に狩りをするなど許されない! 古来からのしきたりにも反する行為だ。そんなことを魔王様が認めるはずがありません!」

 リューム君が強い口調で言った。


「直系親族であるキャリュア様ならあの地に立ち入る権限がある。それにしきたりは太古の魔獣を絶やさないことですから、多少減らしても問題ありません。我々は今日、ゲルテン温泉に立ち寄って確認してきました。太古の魔獣の数は増えており、狩りは可能です」


 俺たちが行ったあの巨大な魔獣の出る温泉か。あの魔獣たちをキャリュアたちは狩る気なのか。

 この提案に、リューム君の呼吸が荒くなるのが聞こえる。

「本気で言ってるんですか! キャリュは太古の魔獣を保護している意味を知っているはずだろうに。馬鹿なことはやめてください。魔王様だって同じことを言いますよ」


「魔王様は魔族の現状について、楽観的過ぎるのです。この数百年、魔族の人口は減少し、狩りに長けた者も減っている。新たな魔王が巨大な魔獣を狩る、その力を示して魔族全体の意識を統一すべき時なのです」

「いや、魔王様だって現状の問題は把握しておられます! 太古の魔獣を狩るなんて、そんな乱暴な方法では、魔族全体の理解は得られませんよ」


「リューム様に近しい方々は、穏健なご意見が多いでしょうが、そうでない魔族もいるのです。魔族として、その強さで魔獣を狩る、強いリーダーを望んでいる者がね」

 ディルダンの言葉に苛立ちつつも、言葉を詰まらせているリューム君の隣で、さらに劇的な怒りで震えている人がいた。


 リテだ。

 ここまで黙って話を聞いていたが、間違いなく怒っている。

 リテは、あの巨大な魔獣たちと温泉に入ったことに感動していたし、特別な思いを持っているのもわかる。あの魔獣を狩るなんて、俺もかなり嫌だ。


 ディルダンの話に我慢できなくなったリテは勢いよく立ち上がり、そのせいで椅子が後ろに転げたのも気にせずに叫んだ。


「信じられない! あの美しい魔獣たちを狩る⁉ そんなの、絶対に許さない!」

 リテがここまで激高するのは初めて見た。

 というか、基本この世界の人々は温厚だから、こんなに怒っている人は初めてだ。


「リ、リテさん。これは魔族の問題ですので……」

 驚いてなだめようとするリューム。

「魔族の問題⁉ 何言ってるのリューム! これはこの世界に生きる全ての人の問題だよ! リューム、ディルダンさん、あなたたちあの魔獣を見たんでしょう⁉ あれほど雄大で、美しくて、優しい生き物が他にいる⁉ それを狩るだなんて!」


 目の前に立つ、自分よりも遥かに小さな女性がブチ切れて、ディルダンは若干怯みながらも口を開いた。

「あなたのことは聞いていますよ。『人間』のリテさん。しかし、あなたが太古の魔獣をどう思っていようとも、魔獣を狩るのは魔族の生業です。口を挟まないでいただきたい」


「だから! そういうことじゃないの! 私はラーム王に魔族の歴史を聞きました。大昔に魔獣たちを狩りつくしたから魔族の国はなくなってしまったんでしょう? そんな歴史の生き残りなんだよ、あの魔獣たちは。それを狩る? あの立派な生き物を守っていくのは、魔族だけじゃなくてこの世界を生きていくみんなの責任だよ! そう思わないの?」


「いえ、ですから少し間引くだけです。狩りつくすわけではありません」

 大きな身体をかがめて、小さな声でディルダンは言った。


「一度狩り始めたら、そう簡単にはやめられなくなるに決まってるじゃない! 他にも狩ろうとする者がでてくだろうし。絶対にダメ!」


「魔族は今も、現存の魔獣の数を調整して狩っているのです。それと同じですよ」

「同じじゃない!」

「話にならないですな」

 リテを説き伏せることは無理だと思ったのか、ディルダンはそう言って席を立った。


「何と言われましても、我々は明日には出発しますので。では、夜分にお呼びだてして失礼いたしました」

 慇懃に礼をしてディルダンたちは部屋を出て行った。


 その後ろ姿を、リテは立ったまま差すような視線で睨んでいた。

 隣で深いため息をつくリューム君。


 これは明日、次の村に行くのは無理だな、と俺は思った。

 しかし、彼らの狩りを止めることも難しいだろう。

 どうしたものか。俺もリューム君に負けず大きなため息をついた。


毎週月曜日、朝6:00更新です

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