第33話〈ピルテル〉
「と、トーキさんは、物語を書いたりしないのですか?」
話の流れというやつなのか、さらっとピルテルは聞いてきた。
もちろん、俺にはそんな経験はない。
小説もマンガも、映画もアニメも好きだが、自分が創る側になれるとは思ってない。
俺はあくまでも受け取るだけ、出来たとしても創作のサポートくらいだ。
自分が創るなんて、考えたりはしない。
「そうそう、トーキも何か書いたことはないの? お話を作る仕事をしてたんだよね?」
無邪気にリテも聞いてくる。
「いや、俺がやっていた仕事はアニメを描く人の調整というか、雑用で、自分で何かを書いたりはしたことないよ」
「そうなんだ。でも、書いてみればいいのに」
そっち側のやつは簡単に言いやがる。
それは、創れる人の発想だ。
何かを創るだなんて、気軽にできるわけじゃないんだ。才能のない一般人は。
気がついたら物語を生み出していたり、絵を描いたりするような創作脳を持っているのが普通だと思ってもらっちゃ困る。
そんなこと、やろうとも思わない方が通常だろう。
日本の話を聞かせて、創作魂が燃え上がっているリテとピルテル。
二人に愛想笑いをしながら俺は曖昧に応えた。
…………………
「そろそろ僕はお店に戻りますが、お二人はどうしますか?」
そういえば今はネルテルの昼休みなのだった。すっかり話し込んでしまった。
「あれ、ネルテルさんはお昼ご飯、食べてないみたいだけどいいんですか?」
「お昼ご飯? ああ、ホビット族はお昼に食事はとりません。他の種族と違って身体が小さいので、朝食べたら夜まで食べないのです」
何! そうなのか。じゃあ、家に帰ったのは昼食じゃなくてただの休憩ってこと?
「俺たちはお腹空かない? リテ」
「そうだね。お腹は空いたけど……」
俺は名残惜しそうにしているリテを説き伏せて、ネルテルの家を出て昼食に行くことにした。
ちなみにリテは、悩みに悩んで数冊の本を購入した。本当はもっと買いたいのだろうが、そこそこいい値段だったので厳選していた。装丁も手作りだし、印刷ではなく手書きを複写の魔法で1ページずつ写して作られている本だ。安くないのは当然だ。
俺も気に入ったものを一冊だけ買った。その本だけは完全なファンタジーではなく、この世界を旅するリアルな話で、ピルテル自身の経験を書いているそうだった。
そして、俺たちは昨日の獣人風の店に行き、俺はついに白ご飯にありついた。
日本のご飯よりは少しパラっとしているし、香りも甘い感じでやはり別の植物なのだと思わされたが、それでもそれは白メシだった。
おかずとして、酢豚のような甘酢あんの絡まった肉と野菜の料理も注文し、ご飯にのせて口に運ぶ。
美味い。
俺は昨日と同じく、涙が滲んでいくのをこらえながらそれを食べて、リテには怪訝な目で見られたのだった。
……………………
「お二人とも、旅の買い物は済みましたか? 明日の朝には出発しようかと思いますが」
次期魔王としてあいさつ回りをしてきたというリューム君は、気疲れを顔に滲ませながら宿で言った。俺としては、十分に買い物をした上に、久しぶりの白米も堪能したので、もう満足だ。そうだね、と言おうとしたところでリテがおずおずと提案してきた。
「リューム、トーキも。もう一日この街に滞在できないかな」
「僕は構いませんが、どうしたんですか?」
「今日、ピルテルさんっていう物語を書いている人に出会ったの。それで、本を何冊か読ませてもらったんだけど、とっても面白くて」
「ああ、それは先ほどトーキさんにも伺いました。小説、というのですかね。そういうものを書かれているなんて、珍しいです。僕も少し読ませてもらいましたけど、面白いですね。でも、それで明日も滞在する必要は、ないかと思いますが」
「うん。そうなんだけど。私、このピルテルのお話を絵に描いてみたくて。今夜と明日にできるだけ描いて、ピルテルにプレゼントしたいの」
「それは……」
リューム君が驚いている。俺としては、リテの考えそうな発想だと思ったが。そういえば、この世界の本に、挿絵ってほとんどなかったな。あってもせいぜい本の最初に少しあるだけだ。
「ええと、小説の情景を絵にする、ということですか? あまり聞いたことがないですが、なるほど……、面白そうですね」
「トーキも前に、絵の付いた物語があるって言ってたでしょう。そういうの、気になってたんだよね」
「ああ、『マンガ』のことかな。『マンガ』なら全部の情景を絵にするわけだけど、さすがにそこまでは時間がないと思う。今回は『挿絵』ってことでいいと思うけど」
「あー! 全部の情景か! それは描きたいけど、そうだね、今は時間が足りないかな。じゃあその『挿絵』だね。トーキの世界にあるのはどんな感じなのか教えて欲しい」
「わかった。ピルテルさんの本の中から、絵にすると良さそうな場面を選ぼう」
そして、俺もリテの相談にのりながら、挿絵作りが始まった。
リューム君も加えて三人でピルテルの本を読み、その夜にはどの場面を絵にするか決めた。
そして翌日。リューム君は魔族たちともう一度会うと言って出かけ、リテは絵を描き、俺はピルテルから買った本を読み、あっという間に時間が過ぎていった。
…………………
俺が読書の2周目を終わろうとしていたころ、リテは大きく息を吐いて伸びあがった。
「できた」
「お疲れ様」
日は既に傾いて、オレンジになりかけた夕日が窓から部屋に差し込んでくる。
その光の中、リテは描き上げた絵を並べて見せてくれた。
「どう?」
ためらいつつ俺の顔を覗き込んで、そう聞いて来るリテ。
これは、感想を言ってもいいやつだ。
机の上に並ぶ7枚の絵。
どれもカラフルな色鉛筆で描かれている。この色鉛筆は、メリオノールのマーケットで買ったそうだ。エルフの村には色鉛筆なんて売ってなかったから、気に入っているらしい。
お話は、ホビット族の勇者が旅に出て、森に住む悪い魔獣を倒す冒険譚。
体力に劣るホビット族が魔獣を狩ることは、実際にはないらしいから、これはピルテルの願望がこもっている。
リテの絵は、顔に似合わず、というと怒られそうだが、かなり大胆で力強いタッチだ。
暴れる魔獣に立ち向かう勇者の姿を、ダイナミックに描いている。
細かいことを言えば、パースが狂っているところがあるのだが、そんなことは気にならなくなるくらい、線に勢いがあって、見た俺を惹きつけてくる。
他の場面も、思い切った色使い、緻密な書き込みで、リテの熱量が伝わってくる。
「うん。すごく、すごく良いと思う」
「良かった! ありがとう!」
リテは描き上げた絵を丁寧に包み、出かける準備をする。
俺も読み終えた本を閉じ、二人で宿を出た。
夕日がいよいよ赤く街を染め上げる中、俺たちはまずマーケットに向かい、ネルテルの店を訪ねる。ちょうど店じまいをしていたネルテルが片付け終わるのを待ち、彼の家へと再びお邪魔した。
…………………
「ただいま、姉さん。今日もリテさんとトーキさんがいらしてるよ。リテさんが姉さんの物語を絵に描いたんだって」
昨日と同じように、ピルテルがいるのだろう部屋の扉を開けてネルテルが中に呼びかける。ガタっと物音がするが、返答はない。
ネルテルに促されてリビングの席に着き、出してくれたお茶をすすってしばらくすると、ゆっくり扉が開いてピルテルが顔を出した。
「あ、あの。リ、リテさんが、私の物語を、え、絵に描いたって……」
「そうなの! ピルテル! 見て欲しいんだけど、いいかな?」
リテの圧力に若干ひるみつつも、ピルテルは頷いた。
そろそろと扉を開いて、こちらに出てくる。
その間にリテは、描き上げた7枚の絵をテーブルの上に並べた。
俺とネルテルの目に飛び込む、鮮やかな色彩。
さっきも見た絵だが、俺の視線をつかんでくる力を感じる。
それらは、ゆっくりとテーブルの前まで歩み寄ってきたピルテルの目にも入った。
見た瞬間、彼女がはっと息をのむのが聞こえる。
そのまま、石像にでもなったかのように固まって、絵を凝視し続ける。
「この本の、ここと、ここの場面、あと終わりの方の、この場面を描いたんだけど。わかるかな」
リテが絵の説明をするが、ピルテルの返答はない。
こちらが不安になってしまうほどに、ピルテルはピクリともしない。
俺はどうしたものかと思ってネルテルの方を見た。
目が合った彼は、俺の動揺を読み取ったのか、大丈夫だと言いたげにはっきりとこちらを見返してきた。
こういう反応もピルテル独特のものなのだろう。
そのまま、俺たちは静寂の中で静かに待つ。
待っている間、テーブルの上に置いていた俺の手を、リテが握ってきた。
なかなか反応を示さないピルテルに、不安が勝ってきたリテの、たぶん無意識。
緊張しているのだろう、リテの手はひんやりと冷たくて、さらさらしている。
俺はその手を柔らかく握り返して、時を待った。
このまま永遠に立ち尽くしているんじゃないかと思っていたころ、ピルテルが口を開く。
「ど、どの場面かは、わかります。み、見てすぐにわかりました。わ、私のお話が、こんな風に見えてるなんて、す、すごい」
ようやくピルテルは顔を上げて、リテの方を見た。
白い肌は赤らんで、瞳はうるんで上気している。
「この魔獣の大きな口、伸びる手や爪の迫力。こんな構図を思いつくの素晴らしいと思います。飛び上がっている主人公の動きも躍動的で、動きの速さをよく表現していると思いました。表情もとってもよくて、この力を振り絞っている感じとか、目線の流れ方もすごく上手い。それから、色使いですね。話の中ではどんな色か説明されていないものも多いのですが、例えばこの服の色なんて、なぜこの色にしたのですか。私の想像でも何色かは考えていませんでしたが、これを見てしまうと、もうこの色以外考えられない。背景の植物や、野山の色彩も美しくて、それでいて人物を邪魔しないように、引き立てていて感心しました。それから……」
一度喋り出してしまうと、ピルテルの口は止まらなかった。全くどもりもしない。
勢いに押されながらも、リテは嬉しそうに返している。
「リ、リテさん。も、もしよければこの絵を文章の合間のページに載せた本を作りたいのだけど、ど、どうですか?」
「『挿絵』ってことですよね。もちろん、喜んで!」
「あ、ありがとうございます! ネルテル、次の本にはこの絵を載せさせてもらうからね」
「わかったよ、姉さん」
こうして、リテの絵はピルテルに予想以上に気に入ってもらえ、次に作る本に掲載されることになった。
今までになかった挿絵付きの小説が生まれるわけか。この世界の人々は、あまり本を読まない。ピルテルの小説もほとんど売れていないという話だったし。しかし、挿絵が入って内容がイメージしやすくなれば、読んでみようという人も増えるかもしれない。
ちょっとした思い付きではあるが、この世界の文化に何か貢献できたのなら良かった。
絵を使わせてもらうということで、ピルテルはお礼として何冊もの本をリテに持たせてくれた。掲載料の代わりというわけだ。
これを読んだら、またリテが絵を描いて、そして挿絵の入った本が増えるという無限ループが発生しそうだ。新たな本を手にしたリテの目が輝いていた。
しかし、今はシュルクタットまで行きたい、ということでこれ以上の作画作業は断念する。
リテもピルテルもかなり残念そうだったが。
シュルクタットから戻って来たら、必ずまた会いに来るから、と約束を交わしてピルテルとネルテルの家を後にした。
外はもうすっかり暗くなっていて、きっと宿ではリューム君が待っていることだろう。
…………………
「そうですか、それは良かったですね。挿絵の入った本が完成したら、ぜひ見たいです」
宿の部屋に戻り、今日のあらましをリューム君に話すと、彼は疲れた顔をほころばせて喜んでくれた。
「本ができるのは何日もかかるみたい。私たちがシュルクタットまで行って、戻ってきたころには多分できてるって。すっごく楽しみ」
「そうですね」
リューム君は力のない声で言って、座り込んだ。本当に疲れているようだ。
「リューム君、大丈夫? 魔族の商人たちに会いに行ったって話だったけど」
「ええ。大丈夫です。まあ、魔族にもいろんな人がいるし、ハーフの魔王なんて前例がないから、想定内です」
「そうなんだ。まあ、無理しないで」
言ってはみたが、彼の悩みは俺なんかじゃどうにもできないことだ。
何しろ次期魔王。権力や武力があるわけではないが、魔族の長には違いない。
そんな立場に、ハーフの血統でなるわけだから。
この世界の人々は基本的に善人ばかりなので、嫌がらせや差別のようなものは無いはずだが、それでも気苦労はあるんだな。
まあ、当然か。たとえ悪意がないにしても、意見の対立はある。相手を傷つけるつもりはなくとも、考え方の違いがあれば軋轢も生まれるものだ。
「それじゃあ、明日は朝食をすませたら次の目的地に出発ですね。この先の村はマルテール村といって、ドワーフの村です。メリオノールから丸一日はかかります」
明日は一日、歩き詰めか。メリオノールで予定より1日多く滞在したし、のんびりもできない。
明日に向けて早めに休みましょう、というリューム君の言葉に、俺とリテもベッドに入ろうとしたころで、ドアがノックされる。
「ヴァグリスドリューム様はいらっしゃいますか?」
ドア越しに聞こえる、男の固い声。
相変わらず聞き慣れないリューム君の正式名。
リューム君は眉間にシワを寄せ、大きく息を吐いて立ち上がった。
これは、良くない知らせなのだろうな、と俺は思わずにいられなかった。
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