↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/42

第32話〈マーケット〉

 午前中だというのに、熱を持った日差しが肌を焼く。人々がところ狭しと歩き、乾いた風に砂が舞い上がる。甲高い物売りの声が周り中から響き、熱気に満ちた空気が俺たちを包む。


「ここがマーケット。凄い人ごみだね」

「毎日こんなに賑わってるの? いろんな種族の人がいるし、お店もいろいろある」

 朝、宿を出た俺たちは、旅の物資の買い出しに来たのだった。

 メリオノール市のマーケットは、この地域では最大の常設市(いち)で、近隣はもちろん、遠い北方の物資も売られている。


 隙間なくぎっしりと並んだ露店。

 魔族の店にはソーセージやハムのような加工肉から、見たことのない山菜、生もあれば干したり瓶詰めだったりが、独特の匂いをさせている。

 エルフの商店は、よく見知った布製品が主だ。繊細な刺繍のされたハンカチや衣服など、色とりどりで目に鮮やかに映る。

 獣人族の店主が座る店では、魔法で冷やされた台の上に魚が並んでいた。この街の北に大きな川が流れていて、そこで捕れたらしい。

 ちょこんと座るホビット族の店に並ぶのは、陶磁器やガラスの食器。小柄なホビット族は手先が器用なんだそうだ。特にガラス製品は美しい細工がされていて、目を引いた。


「僕はこの街の魔族たちと挨拶がありますので。お二人はゆっくりマーケットを見ていってください」

 そう言ってリューム君は別行動をとった。

 俺とリテは、初めて訪れた喧騒に驚きつつも、人であふれる店の間をそぞろ歩く。


「はい。トーキ」

 リテは俺に向けて手を開いて差し出す。

「え?」

「ほら、手」

 手を繋げってこと? そういえば以前にテルノ村の市でリテと手を繋いだことがある。

 あの時はこの世界に来たばかりで、異人種だらけの人ごみに急激に不安になってしまったのだった。しかし、さすがに今はこの世界にも慣れたし、急に手を繋ぐのは照れる。


 そう思い、ためらって中途半端に上げた俺の手を、リテは有無を言わさない勢いで握る。

「またはぐれるでしょ。あの時以上の人ごみなんだから」

「ああ、うん、そうだね」


 リテはがっしりと俺の手をつかんで、何事もないように隣を歩く。

 俺は内心でドキドキしつつも、いやこれには深い意味なんてない、と自分に言い聞かせる。


 現代日本だったら、大人の男女が手を繋いで歩いていたら、そこに恋愛感情がないなんて誰も思わないだろう。しかも、女性の方から積極的に握ってきたんだから、その気がないなんてことはない。

 しかし、リテだ。

 恋愛知識ゼロの小学校3年生だと思えば、そこによこしまな考えを挟む方がおかしい。

 そうなんだ。人ごみではぐれないように手を繋いだ、それ以外に何の意味もないんだこれは。

 しだいにじっとりと汗ばんでいく手に全神経が奪われたまま、俺はリテと二人マーケットを見てまわる。

 珍しい商品も騒がしい呼び込みも、ぼんやりとしか感じられず、ただリテの手が温かくなっていくのを感じていた。



 ……………………



「これって、本?」

 カラフルなガラスの器が並ぶその店の片隅、そっと立てかけられた手のひらほどの本に、リテは目を止めた。


「はい。ご興味ありますか? 姉さんが書いたのですけれど」

 店主のホビットの青年は、控えめな声で言ってその本を手渡してくれる。


「姉さんが書いた? あなたのお姉さんが書いたってこと⁉ 本を?」

「はい。手書きなので読みづらいかもしれませんが」

 俺とリテは、その小さな本のページをそっとめくる。

 几帳面な字で書かれた、柔らかな文字が目に飛び込んでくる。

 内容は、悪い魔獣に困った人々を勇者が助ける、みたいな冒険譚だ。

 この世界に悪い魔獣とかいないはずだから、空想の物語だろうか。


「これは、初めて見るお話だけど、内容もお姉さんが考えたの?」

 驚いてリテが問いかける。


「はい。姉さんがつくったお話です。あまり読む人がいないので恥ずかしいのですが」

「そんなことない! すごく面白いよ。私は物語の本を何冊か読んだことあるけど、どれも昔からある伝説みたいな話だった。だけどこれはあなたのお姉さんが作ったお話ってことでしょう。すごいね!」


 リテは、興奮気味に話している。

 物語自体は、俺からみれば特別面白い話じゃない。よくある内容で、ひねりもないから物足りないくらいだ。しかし、この世界で創作活動をしている人も初めてなので、驚くべきことなんだろう。


「他にもないの? あったらぜひ読んでみたいんだけど」

「ここにあるのはそれだけです。あんまり売れませんので。ここ最近でその本を手に取ってくれたのはお客さんだけです。家に帰ればもっとありますけど……」

「そうなんだ。こんなに素敵なのにな。ね、あなたのお家に案内してもらってもいい? お姉さんにも会ってみたい!」


 リテの勢いに、店主のホビットはかなり困惑しているようだった。

 この店は彼一人で切り盛りしているようだから、店を離れるわけにもいかない。その上、急に家に案内しろっていうのは困るだろう。

「いや、リテ。彼にはお店もあるだろうから、迷惑だよ」

「あ、そうか。うーんでも他の本もあるって、すっごい気になる」


 リテの好奇心スイッチが入っている。こうなると、行動力すごいんだよな。

「あの、お昼には一度、家に帰るので、その時にご案内しましょうか?」

 店主はおずおずと提案し、リテを見る。


「いいの⁉ ありがとう! それじゃあ、お昼ごろにまた来るから。ええと……」

「あ、ネルテルと言います。姉さんはピルテルです。姉さんの本に興味を持ってくれる人は少ないので、嬉しいです」

 ネルテルは人懐っこい笑顔を見せた。リテの急な申し出を、迷惑に思っているわけではなさそうだ。


 それから俺たちは、マーケットをまわって買い物をし、お昼ごろに再びネルテルの店を訪ねた。彼も昼休みなのだろう、店を軽く片付けて (この平和な世界では盗難の心配はない)マーケットを離れ、石畳の路地を先導していった。


 そのままネルテルは白い大きな石造りの建物に入っていく。入るとすぐに階段があり、その両側にドアが並ぶ。ここは、この世界のアパート、集合住宅のようだ。

 ネルテルは階段をずっと上がり、そこが何階なのかよく分からなくなったころ、多分5階か6階のドアを押し開ける。


「ただいま。姉さん、お客さんを連れてきたよ」

 家に入り大きな声を室内に響かせるネルテルだが、返答はない。


「どうぞ、お入りください」

 ネルテルに言われて、俺たちは室内に歩み入った。



 ………………………



 部屋に入って左側にはキッチンがあり、奥にはリビング。15畳くらいはあるだろうか。右側には扉が三つ。多分、手前側はお風呂とトイレだろう。異世界ではあるが、よくある1LDKのマンションのような間取りだ。

 お姉さんに声をかけていたが姿はない。扉の向こうにいるのだろうか。


「どうぞ、おかけください」

 ネルテルがリビングに置かれた大きなテーブルの席を案内してくれる。

 そして彼は、奥側の扉を開いて中に声をかける。


「姉さん。お客さんだよ。姉さんの書いた本に興味があるんだって」

 扉を半分開けて中に話しかけているが、返答は聞こえない。

 お姉さん、本当にいるの? イマジナリー姉さんとかじゃないだろうな。


「すいません。姉さんは人見知りで。ちょっと出てこられないみたいです」

 申し訳なさそうにネルテルは言って、部屋の隅の棚から本の束をとった。

 どさっとテーブルの上に置かれた本は、それぞれは薄いが数十冊はある。

「これ、全部お姉さんが書かれたんですか?」

 驚きつつ聞くリテに、ネルテルは微笑んで頷いた。


「はい。姉さんの部屋にはまだまだあります」

「すご……」


 軽く言葉を失って、リテがその本に手をのばす。

 俺も何冊かとって開いてみた。

 どれも、きれいな手書きの文字で書かれていて、装丁も丁寧だ。

 ファンタジーのような冒険ものが多い。この世界もファンタジーみたいなものだが。

 ただ、この世界は極めて平和なので、実際には物語のようなバトルは存在しないから、これがフィクションなのだと解る。


 シンプルな内容だが、ああ、これはシリーズものになってるのか。主人公が同じだ。現代日本のひねったストーリーを見慣れた俺には、シンプルで逆に面白い。単純明快で主人公の性格がはっきりしているのがいい。

 俺はしばらく、目の前の本を読み耽った。


 人の家に来たのについ本に集中してしまって、はっと顔を上げると、同じように一心に読むリテの顔があった。

 本に落ちる真っ直ぐな視線。その光る瞳に見蕩れて数秒、リテも気づいて顔を上げ、目が合った。

 瞬間、弾けるように笑顔になるリテ。

「あ、思わず読み耽っちゃった」

 照れて髪をかき上げて、本を閉じ、もう一度笑う。


 何ていう幸福感だろう。

 一生見ていたい。

 彼女の笑顔につられて笑いながらそう思う。


「この主人公、とってもいいね。ほら、ここで友達を助けに行く場面とか。それに、魔獣とこんな風に戦うなんて、現実ではないけどすごく面白い!」

 リテが弾んだ声で感想をネルテルに話す。

 そうしてあれこれ話していると、音もなく扉が開くのが目に入る。

 さっきネルテルがお姉さんに呼びかけていた扉。

 三分の一ほど空いたその隙間から、小さな顔がこちらを覗いていた。



 ……………………



「あ、お姉さんですか?」

 俺が声をかけると、覗いていた顔はすぐに引っ込んでしまう。

 リテも気づいて、誰もいない扉の隙間を二人で見つめる沈黙。


 ゆっくりと、再び小さな顔が現れて、聞こえるか聞こえないかのか細い声を絞り出す。

「こ……、こんにちは」


 うつむいて挨拶をする彼女。ネルテルよりもさらに小柄で、140センチくらいだろうか。

 白い肌、細い身体。縮れた栗色の髪は三つ編みにして、腰より下まで伸びている。

「姉さんのピルテルです。姉さん、こちらはトーキさんとリテさん。姉さんの本が気に入ったんだって」


「こんにちは! ピルテルさん! あなたの本、とっても素敵ですね」

 本を読んでテンションの上がっているリテが、勢いよく話しかけた。

 予想以上の声の大きさに、ピルテルさんがびくっとなっている。


「物語を自分で考えてるなんてすごいですね! この主人公とか、どうやって思い付いたんですか? あと、ここで出てくる魔獣とか、実際にはいないと思うけど、これも想像ですか? こんな風に魔獣と戦うなんて、考えつかなくてびっくりしました! あ、この本の続きってありますか?」

 リテさん。少しは遠慮しようよ。

 面白い本を読んで、目の前に作者が現れたら興奮するのも分かるけど。


「あ、あの……、しゅ、主人公は、そ、そういう人がいたら、いいなって……、思ってて……。ま、魔獣とかは、知ってる魔獣の、と、特徴を組み合わせたり……。続き、は、い、今、書いて、ます……」

 ピルテルは、どもりながらもリテの無遠慮な質問に答えてくれた。

 目は合わせてくれないが、顔は照れてゆるんでいるので、褒められて案外よろこんでいるみたいだ。


「今、書いてるんですね! 私、昔から本が好きで読んでたけど、自分で書くなんて考えたことありませんでした。ピルテルさんはどうして自分で書こうって思ったんですか?」

 グイグイ来るリテの質問に、ピルテルは回答につまってうつむいた。


「リテ、さすがに立ち入ったことを質問しすぎじゃない? ほら、ピルテルさんも困ってるみたいだし」

「ごめんなさい。ちょっと舞い上がっちゃって」

「い、いいえ。だ、だ、大丈夫、です。こんなに、私の本のこと、聞かれたの、初めてなので。う、嬉しかっただけ」

 ピルテルは顔を上げて、少しうるんだ目をこちらに見せる。


「え、ええと、私も、小さいころから本が好きで。物語は、ずっと自然に考えてたっていうか、きっかけとか、特になくて。気がついたらずっと、自分の頭の、中で、お話が流れてて。そ、それを書いてる、だけなんです」

「ええ! そうなんだ。考えようとして考えてるわけじゃないんだ。すごいね! あ、でも、私も絵を描くときってそんな感じかも。描こうっていうよりも、自然に描いちゃってる感じ」

 そう言ってリテとピルテルは互いに笑い合う。

 創作者同士の共感。俺にはそんな経験はないから、わからない。


 あ、この感じは、昔思ったことのある気持ちだ。

 物を創作できる人に対する憧れと、嫉妬。

 絵が描ける人。物語が創れる人。ここにないものを生み出せる、そんな人たち。

 俺は、そっち側に行けなかったものな。わかってはいるが、じっとりとした感情に嫌気がさす。


「あの、お、お二人は、その、見たことのない種族ですけど、どちらのしゅ、種族ですか?」

 たぶん、見た瞬間から疑問だったのだろう。リテとの会話に少し慣れたピルテルが、おずおずと聞いてきた。


「俺たちは『人間』っていう種族です。俺たち以外には多分いない種族なので、知らないとは思います。あ、俺は、召喚魔法の実験で違う世界から転移してきたので」

 俺が応えると、ピルテルもネルテルも目を丸くして驚愕した。


「え⁉ 召喚魔法で? 違う世界から転移⁉」

 ピルテルが今日一番の大きな声で、どもることもなく反応する。

 久しぶりに説明したけど、そりゃ驚くよな。


「私は、エルフの両親から生まれたけど、『人間』の特徴を持ってる病気みたいなの」

 リテが追加で説明する。

 ピルテルはさらに驚いて言葉を失った。

 うん。でしょうね。情報量がキャパオーバーだもん。


「『人間』ですか。どんな感じの種族ですか? 体格は僕たちホビットに近いですが」

 ネルテルはどうにか理解が追いついたのか、口を開く。


「寿命が短いっていうのが残念だけど、好奇心とか探求心みたいなのが強いんだと思う」

 リテが答える。

「ああ、なるほど! それで本にも興味があるのですね。姉さんみたいです。姉さんもホビット族の中ではすごく好奇心が強いんです」

 ネルテルに言われて、ピルテルは恥ずかしそうにこちらを見た。


「す、すいません。その、に、『人間』っていう種族について、もっと教えて、もらえますか? あ、あと、トーキさんがいらした違う世界っていうのも、す、すごく興味あります」


 そこから俺は、「人間」と、俺のいた世界について話した。

 特に転移前の世界、つまりは日本の話にピルテルは興味津々だった。

 リテには話したこともある内容だが、改めて話し始めるとピルテルと共に熱心に聞いていた。


 日本という国があり、とてもたくさんの人々が住んでいたこと。

 魔法は存在せず、代わりに科学技術が発達した世界だった。

 そこには、良い人も悪い人もいて、犯罪と呼ばれる危険もある。

 この世界にはない、いろいろなメディア。インターネット、スマホ、テレビ、映画、アニメ、漫画などなど。


「つ、つまり、と、トーキさんのいた、その『ニホン』という場所には、この世界よりも、もっともっとたくさんの物語が、あるんですね!」

「そうですね。俺自身も『アニメ』っていう動く絵の物語を作る仕事をしてたので」

「すごいよね! 私も見てみたいけど、この世界にはないものだから」

「そ、その『小説』っていうのも、たくさん、あるんですね。わ、私が書くのよりも、面白そうな物語が、い、いっぱいあるみたい」

「『小説』もいろんなものがありますね。俺もそんなにたくさん読んでいたわけじゃないけど。いろいろあります」

 自分の知らない「小説」が、無数にあるのだと知ったピルテルは、目をらんらんと輝かせて俺を見た。

 それは、ただの憧れではなくて、自分ももっともっと面白い物語を書くんだ、という強烈な意志の現れだ。


 俺には、日本で体験してきた素晴らしい創作物について、この世界で再現する能力はない。本もマンガも読んだし、映画もアニメも見たが、せいぜい大まかなストーリーを話すくらいしかできない。しかし、そんな話をするだけで、彼女たちの創作意欲に火を点けるのだ。

 俺には持ち得なかった熱さの火を。


 その熱さに俺の心も焼かれる。

 俺の中にも、こんな火を灯すことができるだろうか。


 リテとピルテルに向けて笑顔を保ちつつも、俺はただ羨望をつのらせた。


毎週月曜日、朝6:00更新です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。