第31話〈ラーメンチャーハンセット〉
これは何かの拷問なのだろうか。
いや、マジで。
もちろん、二人に恋愛感情がないってことは解っている。
それにしてもさぁ。
バルドゥルグ村を出てから数時間、道はなだらかな街道で実に快適。
だが、俺の目の前を歩く二人が、ずーっと仲良さそうに話している。
話の内容は、これまでにどんな絵を描いたとか、風景を描くにはこんな技術があるとか、こういう画材は使いやすいとか、絵に関することばかりで、俺が口をはさむ余地は無い。
天気は上々、風もゆるやか、日差しも温かく、草の香りが爽やかで、絶好の旅日和の中、それはそれは楽しそうに話し続ける二人。
そして、その後ろを空気のようについて歩く俺。
ああ、リテがあんな無邪気に笑って。俺にそんな笑い顔を見せたことある?
ある。あるか。あるよな。あるはずだ。あったと思う。
リューム君はいつも通りのスマートな笑顔で話しているが、距離がちょっと近くないかい? 君、リテのことは好みじゃないとか言ってたけど、そんなに近づく必要ある?
だいたい、二人とも俺の気持ちを知ってるのに、そんなあからさまにイチャイチャするって、どういうつもりだ。
いや、イチャイチャではないんだよな。わかってる。わかってますよ。
しかし、傍目にはカップルがいちゃついてるようにしか見えない。
「あ! このお花すごくかわいい! 初めて見た」
「セルヒラ草ですね。この辺りではよく見られる植物です」
リテが道端に咲いていた白い小さな花を見つけた。
リューム君は植物にも詳しいなぁ。
「ここで休憩にしよう。このお花、描いてみたいし」
「そうですね。ちょうどメリオノール市までの道のりの半分くらいですし。僕もスケッチしたいので一休みしましょうか」
「うん。トーキもいいよね?」
リテが振り返って俺に声をかけてくれた。
どうやら、俺の存在を忘れないでいてくれたらしい。
俺が頷くと、二人とも荷物を置いてノートを出し、それぞれにスケッチを始めた。
それを見ながら俺は、声をかけることもできずに水を飲む。
改めて考えて気づいたが、リテは恋愛経験が全くない。
男と付き合った経験は間違いなくゼロだし、それどころか、恋愛におけるセオリーというか、お約束みたいなこともほぼ知らないはずだ。
何しろ、俺が嫉妬していることにも気づいていなかったし、そもそも嫉妬したりされたりする発想自体なさそうだ。
しかしそれは、リテがこの異世界で育ったことを考えれば無理もない。
彼女はエルフとしては子供、人間でいえば小学校3~4年生くらいとして扱われてきたのだ。身体は完全に大人だが、エルフにとって彼女の年齢、32歳はそのくらいの子供なのだ。
人間の小学生だとすると、性教育とかもちゃんと受けているか微妙な年ごろだ。いや、それを言うと、エルフの性行為というものが、人間と同じかどうかもわからないが。エルフは、背が高くて耳が尖っていること以外は人間と変わりないように見える。しかし、それでも別種の生き物だしな。さすがにこれは、本人に聞くわけにはいかないが……。
とにかくリテは、他の子供よりも圧倒的に速く成長してきたわけだから、普通にあるような同年代との恋愛は起こらない。
その上、この世界にはテレビも映画もマンガもない。かろうじて本はあるが、昔話のような物語ばかりで、恋愛を主題にした本は、俺が見た限りはなかった。
だからリテは、恋愛というものがどういうものか、それ自体よくわかっていない可能性が高いのだ。
なのでしょうがない。俺が好きだってことを知りながら、他の男と仲良く話し続けるのもしょうがないんだ。少なくとも悪意は全くないのは確実だ。
でもなあ。
俺は溜息をつきながら、熱心に花のスケッチをしているリテを横目で眺める。
その真剣な横顔。花を真っ直ぐに見つめる強い視線。ブレることのない集中力。
ああ、やっぱり俺はこの人が好きなんだと再確認する。
俺も自分の荷物からノートを取り出して、今日の出来事を書き留めた。
このノートを、リテには「日記」と説明したが、ただの「日記」よりはもっと雑多なことを書いている。その日の出来事や思ったことだけでなく、ふとしたきっかけで思い出す昔のこと、つまり日本のことも書いているのだ。日本での自分の体験もそうだし、見ていたアニメのことや読んでいたマンガのことなんかも、異世界での生活が長くなるほどに忘れてしまいそうなことを書き残している。
日本語で書いているから、この世界の人には読めない。あくまで、自分のための記録だ。誰のためでもなく自分の記録、そして記憶として、俺はこのノートを書き続けている。
……………………
太陽が山の向こうに沈んだころには、俺たちはメリオノール市に到着した。
街、というだけあって、大きな建物が多い。ほとんどが白い石造りで、ビルと呼んでも差し支えない高さで立ち並ぶ。
すでに黄昏時、ほの暗くなった大通りの両側には店々の明かりが灯る。その明かりに照らされて、雑多な人々が行き交っている。
「雑多な人々」とは文字通り、人間とは違う様々な種族の人たちだ。
俺が知るエルフ、ドワーフ、魔族だけではない。初めて見る種族の人がいる。
特に目を引くのは頭からぴょこりと耳の出た種族。獣人族だ。耳の形は様々で、猫のような三角耳から丸い小さな耳、うさぎのように長い耳もある。それに、おしりからひゅるっと長い尻尾が伸びている人もいる。歩くたびにぴょこぴょこ動いて、はっきり言って可愛い。体格は、俺よりも少し大きめの人が多く、男性なら180センチくらいはあるだろう。筋肉もありそうで、人間よりも身体能力が高そうだ。
そんな獣人族の合間に、ちょこちょこと歩く小さな人たち。彼らはホビット族だそうだ。エルフのような尖った耳を持っているが、身長は低い。男性でも150センチくらい、女性は140センチくらいか。この世界では、「人間」より大きな種族が多いから、小柄な彼らを見ると少し安心する。
そんな多様な種族たちの中で、「人間」二人とハーフ魔族 (ハーフエルフ)という、超レアな俺たちのパーティーも、珍しがられることなく街を歩いた。
「とりあえず、夕食にしましょうか。この街なら、たいがいの料理はありますよ。何かご希望はありますか?」
リューム君に言われて通りを見渡すと、確かにいろいろな雰囲気のレストランが目に入る。歩いていても、スパイシーだったり甘い香りがしたり、違うスタイルの料理の匂いが鼻に飛び込んでくる。
「あれって、ラーム王のつくってくれたウォルファン麺かな?」
リテが指さした先、道にはみ出して並ぶテラス席で麺料理を口に運ぶ人がいる。
そのお店を見ると、石造りの街並みのなかで唯一の木造、テーブルも椅子も木で、俺には懐かしい造りだ。さらに、その麺料理を食べるのに使っているのは、どう見ても箸。獣人族の人々が、少し長めの箸で麺をすすっている。
これは! ぱっと見、うどんかラーメン。中華っぽくも和食っぽくも見える。
この世界の料理はどれも西洋風で、ナイフとフォークで食べるのが基本だったが、初めて俺になじみ深いスタイルの料理だ。
「ああ、そうですね。ウォルファン麵ですね。ここは獣人族のお店みたいですね」
「リュ、リューム君。ここにしない?」
「トーキさんもよろしいのでしたら、ここにしましょう。僕も獣人風の料理は大好きです」
そのまま、ためらいなく店に入るリューム君に、俺とリテも続く。
店内は獣人族のお客が多いが、他の種族もちらほらいる。
ベッレのようなお酒を飲んでいる人も多く、がやがやと飽和する話し声。オープンキッチンになっているカウンターの向こうで、大きな鍋をふるう獣人たち。鉄鍋にお玉が当たりガツガツ鳴る。オーダーを良く通る声で読み上げる店員に、調理する獣人は太い声で応える。
「お二人とも、獣人風のお店は初めてですか?」
席に着いた俺たちに、メニューを開きながらリューム君が言う。
「エルフの料理とは、スパイスや味付けがかなり違うので、合わない人もいるのですが」
「そうなんだ。私がラーム王のところで食べた料理はとっても美味しかったけど」
「トーキさんは、どうですか? 好き嫌いなどはありますか?」
「いや、好き嫌いは特にないよ。この獣人風の料理も初めてだけど、なんだか俺の知っている料理に似ている感じだから、たぶん大丈夫じゃないかな」
俺はそう言ってメニューを見るが、料理名だけではどんな料理かはわからない。
「うーん、メニューを見ても良くわからないから、リューム君のお勧めで俺はいいよ」
「私も。リュームにお任せする!」
「そうですか。では僕が注文しますね」
リュームが三角耳の獣人の店員を呼び止めて注文し、俺はわくわくしながら待つ。
出てきた料理は、どんぶりになみなみと張られた熱いスープに浸った麺と、炒めた米に小さく切った肉と野菜を混ぜて盛られた一品だった。
「ラーメンチャーハンセットじゃん……」
俺はつぶやいた。
おそるおそる食べてみれば、使われているスパイスや香草が違うのだろう、匂いは独特だが、間違いなくラーメンとチャーハンだ。
そのまま俺は、無言で食べた。懐かしさに涙がこぼれそうになるのを、二人に気付かれないように終始うつむいて。
「トーキさん、お口に合いませんでしたか?」
「い、いや……。美味しかったよ」
食事中も喋らなかったので、怪訝に思ったリューム君に聞かれてごまかした。
こんなものがまた食べられるなんて、思っていなかった。
俺は、仕事帰りに行っていた駅前の日高屋、王将、そして路地裏の小汚い中華屋を思い出す。あの味とは少し違うけれど、この思い出だけで俺の胸もお腹もいっぱいだった。
…………………
「この世界にも米ってあったんだな」
「コメって?」
食後にぼーっと口からこぼれた一言に、リテが反応する。
「この料理、ええとティルリェン飯だっけ? これに使われてる材料だよ」
「ああ。ワイールですね。北方の特産なので、この辺りでは珍しいですよね。獣人族の主食がこのワイールで、ティルリェン飯の他にも、蒸したり炊いたり、いろいろ調理法がありますよ」
その米に似た食材についてリューム君が教えてくれるが、今、炊いたりって言った?
「リューム君、炊くっていうのは……」
「ああ、ワイール特有の調理法で、たくさんの水で煮るようにして、最終的には水がなくなってワイール全体がふっくらするように加熱するんです。そうやってできたワイールと味の濃い料理を一緒に食べるのも獣人族の文化ですね」
それって、もう絶対ご飯じゃん。
「それは、この店にもあるのかな?」
「ありますよ。注文しますか?」
「いや、今はもうお腹いっぱいだから。明日、明日も必ずこの店に来よう」
「はい。そんなに気に入ってもらえるなんて、ご案内してよかったです」
夢にまで見た白ご飯があるのか!
俺は明日の食事を固く誓って、二人と共に店を出た。
……………………
店を出て、近くにあった宿に俺たちは入る。
三人部屋は空いておらず、少し大きいが五人用の部屋をとった。その分料金は高くなるのだが、宿代は全てリューム君が出すことで、俺とリテは納得した。一応、割り勘でという提案はしたが、自分から同行を申し出たのだからとリューム君が出してくれたのだ。実に助かる。
しかし、彼は次期魔王様。この旅もある意味出張のようなものだ。旅費についても余裕はありそうなので、今後も出してもらえないかと俺は密かに思っている。
実際、旅慣れたリューム君が加わったことで、俺たちの旅は格段に安定したものとなった。
これまでも、リテが魔石を失くしたり、俺が病気になったり、想定外のアクシデントはあったが、今後何かあってもリューム君がいれば問題なくシュルクタットまで行けるだろうという安心感が得られた。
「いやあ、なんだかんだ言って、リューム君が一緒に来てくれて助かったよ」
「それは良かったです」
五人部屋は、例によって布で二つに仕切り、片側はリテ、もう片側は俺とリューム君が寝ることにした。
この宿には共同浴場もついていて、リテは先ほどお風呂に入ると言って出て行った。今はこの部屋には俺とリューム君だけだ。
「なあリューム君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何でしょうか」
「リューム君は魔族とエルフのハーフだよね。だからエルフっていう種族にも詳しいよね」
「それはまあ。何ですか一体?」
「いや、あの、リューム君はとっくに成人していると思うけど、結婚とかは?」
「ああ、残念ですが、僕は魔族からもエルフからもモテなくて」
「そう、なんだ。それじゃあ、何ていうか、女性経験とか、ある?」
「む。嫌なことを聞きますね。まあ、はっきり言えばありません」
「ああ~、そうなんだ。それはごめん。いや、俺が聞きたいのは、この世界の男女の行為についてなんだけど。その、子供を作る行為といえばわかるかな?」
「わかりますよ。まあ、知識としてですが」
そうして聞いた、エルフ、魔族においての男女の行為、つまりセックスについて。
この世界の種族はどうしているのか、聞いておかなければならない。
これは大人の男同士でないと、ちょっと話せないからな。
そして結論から言えば、人間と同じだった。
異世界だと言っても、やることはおんなじということね。
ただ、文化的にエルフはかなりプラトニックで、確実な結婚の約束をするまで、そういうことはしないらしい。遊びでそんなことはしないし、やろうとするのも非常識。
そういえば旅の途中に野営していたときに、なんとなく雰囲気が良くなって少しリテに迫ったことがあったが、あれ以上いっていたら危なかった。リテが行為について知識があってもなくても、俺は詰んでいただろう。
「リューム君にもいい相手が見つかるといいね」
「実際、難しいですがね。エルフの女性からは、やっぱりこの肌色は違和感あるみたいだし、魔族の女性からは貧弱に見えて相手にされませんから」
「リューム君自身はそういう願望あるの?」
「それはありますが。ほとんど諦めてますね。僕はもう186歳ですから。普通は成人してから100年以内には相手を見つけて結婚するんです。この年までその機会がないってことは、もう今後も難しいです」
「そういうものなの?」
「はい。みんな若いうちに同世代の相手を見つけるんです。150歳を超えて未婚の魔族、エルフはほとんどいません」
リューム君は冷静に言った後、僕もお風呂に入りますと告げて出て行った。
俺から見れば、リューム君は高身長イケメンで物腰も丁寧、頭も血筋も良い。
その上、魔王というこの世界である意味頂点ともとれる仕事に就けるわけだが、男としての悩みはそんなことでは埋められないのかもしれない。
34歳、彼女無し、二人きりで旅をしてきたのにリテともさっぱり進展しない俺ができることはないだろうが、俺よりも遥かに高スペックに見えるリューム君にも、どうしようもない悲哀があることに溜息をつく。
俺は、自分のノートに愚痴めいた調子でこのことを書き記した。
ますますこれは、人には見せられなくなってきた。絵を描き続けるリテに比べて、つまらない趣味だ。
ここまで異世界を旅してきて、リテとの関係は恋愛的には進んでない。それでも彼女が俺のことを同志と言ってくれたことは嬉しい。
だけど俺自身は、リテと並んで歩ける自信は持てない。
彼女ほどの真摯な意志を、俺は持っていないから。
それなのに、エルフも人間と同じようにエッチするんだ、とか思うと余計な妄想が湧いてくる。俺はそんな自分の不純さを振り払うようにノートを閉じて、翌日からの旅に思いをはせた。
毎週月曜日、朝6:00更新です




