第30話〈継承〉
眩しい。朝日が顔に当たる。ああ、寝る時カーテンを引き忘れた。
頭が痛い。自分の吐く息のお酒臭さに、自分で気持ち悪くなる。
また飲みすぎたみたいだ。前回ほどではないけれど、不快感のこみあげるお腹をさすりながら私は起き上がる。
部屋の仕切りをめくってトーキの方を見ると、軽くいびきをかきながらトーキは寝ていた。
昨夜はトーキもずいぶん酔っていた。近づいて顔を覗き込むが、起きる気配はない。
とりあえず元気ならまあいいかと思って、私は自分のベッドの方まで戻り、着替えをして部屋を出た。
一階の食堂に降りると、数人の魔族が朝食をとっていて、その中でリュームが立ち働いていた。昨日、ずいぶん遅くまで私たちと一緒にお酒を飲んでいたのに、すっきりとした顔で普通に仕事をしていることに驚く。
「おはよう、リューム。早くから仕事をしてて、すごいね」
「おはようございます、リテさん。昨日は楽しかったです」
にこやかに言うリューム。
楽しかった? 私、酔って変なことを言ってないだろうか。
「リュームもたくさんお酒を飲んでたのに、朝から元気なのね」
「魔族はお酒が強いので、あのくらい飲んでも平気です。リテさんとトーキさんは大丈夫ですか?」
「うん、なんとか。トーキはまだ寝てるけど。冷たいお水と、何か食べやすいフルーツをもらえるといいんだけど」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
私が気の抜けた状態で席に座っている間も、リュームはてきぱきと働いている。ぼぉっと彼を眺めていると、二日酔いが抜けきらずにただぐったりしている自分が情けなくなってくる。
ほどなくして、お水と一口大に切られたフルーツを持って、リュームが私の方にやって来た。
「リテさん、昨夜僕に言ったこと覚えてますか?」
「え? 何、言ったかな?」
テーブルにお水とフルーツを並べながら、リュームが言う。
私は、思い当たることがさっぱりなかったので焦る。
「リテさんが、どうしてシュルクタットを目指して旅をしているのかっていう話です」
「そんなこと話したんだ。ごめんなさい、全然覚えてない……」
「ははは。やっぱり。昨日僕は、シュルクタットへ行って無事に病気が治るといいですねって言ったんです。当然、そのために旅をしているんだと思ってましたから。でもリテさんはそれが一番の目的じゃないって。病気が治らないとしてもシュルクタットへ行くんだって言ってました。それは、どういう意味なのですか?」
「そんなこと言ったんだ。ええとね、そもそも私がシュルクタットへ行こうって決めたのは、黒の魔石で病気が治るって聞く前だから。最初から病気を治すことは目的じゃなかったの。私は、自分が他のエルフとは違う『人間』だってわかって、寿命もすごく短いって知ったから、とにかくやりたいことをやろうって決めて旅に出た」
「なるほど……。それでも、病気を治せることがわかったのなら、やっぱりそれが一番の目的になるんじゃないですか?」
「うーん、そうなんだけど……。病気が治るっていうのも、私はあんまり期待してないから」
「え、どういうことです? まあ、パルキストスはいかがわしい男ですが、さすがに嘘を言うとは思えませんが」
いかがわしい。パルキストス様って本当に人気がないな。
「私は生まれた時から『人間』の特徴を持ってる。それが病気だと思ってきた。『人間』はエルフよりもずっと寿命が短いから、それはつらい。でも、『人間』には他にも特徴があって、私の好奇心が強かったり、探求心があるのは、きっと『人間』だからなの」
リュームが少し怪訝な顔で私を見つめる中、私は言葉を続ける。
「もしこの病気だと思ってる状態が治ってエルフになってしまったら、私がいろんなものを見たい、知りたいって気持ちも消えちゃうのかな。この気持ちは変わらずに、寿命だけが延びるのならいいけれど、そうでなかったとしたら。私がこれまでにたくさんの本を読んだり、絵を描いたりした楽しさが感じられなくなるのなら、私は病気のままでいい」
リュームの私を見る目が、真っ直ぐに刺さって、光っているように見える。
「だって、そういう気持ちこそが私なんだもの。私が私でなくなるくらいなら、短い寿命のままで私はいいの」
「それは……。いくらなんでも寿命が十倍も違うのに、それでもエルフよりも人間がいいんですか?」
「私のこの気持ちがなくなって、ただ長く生きるだけなんて、そっちの方が嫌だもの。パルキストス様の言っていた黒の魔石が、どんな風に病気を治せるのかわからないけど、私が私でなくなるなら、私はそれを望まない。私の旅の目的は、この世界のいろんなものを見て、知って、感じて、そしてそれを絵にしてもっと多くの人たちに伝えたいってことだから」
私が言い切ると、リュームは驚いたような顔をした後、うつむいてくつくつと笑い出した。
「ふふっ。ふっ、ふはっはっ、ふはっはっはっは!」
そのまま我慢できないように声を上げて笑うリューム。
「え? なんで笑うの? 私なにか可笑しいこと言った?」
「いや、すいません。つい、あんまりにも面白くて」
「面白いってなに⁉」
「すいません、リテさん。昨日トーキさんが、リテさんの意志に惹かれてきたって言った意味がわかりました。リテさんは、自分がみんなと同じになるよりも、自分であることを選ぶんですね」
「そんなの、当たり前じゃない」
私は、普通に話しているだけなのに笑い出しているリュームにちょっと憤慨しつつ、テーブルの上の水を飲み干して、フルーツを頬張った。
「ん、このフルーツ、すごく美味しい。初めて食べたけど、なんていうの?」
「ああ、マリルデリーです。ここからずっと西の地域の特産です」
「へえ。まだ知らない食べ物がいっぱいあるのね」
私は、重たい頭でその爽やかな酸味のフルーツをつまむ。リュームは私の向かいの椅子を引いておもむろに座った。
「あの、リテさん」
「なに?」
「僕は、自分がみんなと違うことを、ただ嘆いていただけだったんです。自分が自分であることを選ぶ、その選択肢すら僕には見えていませんでした。だけど……」
リュームは笑い顔をふっと真顔に戻して言う。
「僕も、なろうと思えば魔王になれると思いますか」
「それはもちろん。なれるに決まってるじゃない」
「ですよね」
そのリュームの言葉と共にガチャリと宿の入り口が開き、特別大柄な魔族の男が入ってきた。
「おはよう! リュームはいるかい?」
「おじさん、おはようございます。早いですね」
「おうリューム、今日からまた行商に出るから、挨拶に寄ったんだ」
昨日ラーム王のところで会ったドュルグさんだ。
「おっと、リテさん、だったかな。話に割って入ってすまないな」
「いえ、いいんです。ドュルグさんはこれからお仕事に行かれるんですね」
「ああ。元々行商の合間にここに寄っただけだからな。この時期の魔族はみんな各地を巡って行商に出るもんなのさ。ずっと村々をまわって戻らない奴の方が多いくらいだ」
なるほど。街に人が少ないと思っていたけど、みんな行商に出ている時期なんだ。
「次に戻るのは三か月後の会議のころになると思うが、リューム、それまでに継承の話を考えといてくれ」
「おじさん、それなんだけど。今すぐって訳にはいかないけど、僕で良ければやらせてもらえないかな」
「え⁉ それは、お前……」
「継承するよ。魔王位」
「い、いいのか?」
「うん。難しいとは思うけど、やれるんだったら、やるよ」
「ああ! お前なら間違いなくできるさ! お、親父には言ったか?」
「いや、これから言うよ」
「そうか。親父もお前なら安心だよ!」
ドュルグさんは少し涙目になるほど喜んで、その大きな体でリュームを抱きしめた。
リュームはドュルグさんの腕の中で埋もれて、ちょっともがいていたけれど、私は微笑ましくそれを見たのだった。
…………………
ドュルグさんがリュームと熱烈に抱き合って出て行ってからしばらくして、寝ぼけた顔をしたトーキが降りてきた。
「おはよう、トーキ。二日酔いは大丈夫?」
「ああ。飲みすぎたよ、リテ。あんまり食欲はないけど」
私の向かい側に座ったトーキに、半分ほどつまんだフルーツの皿をまわしてあげる。
トーキはそこから一つつまんで食べて、リュームに水をお願いした。
「今日は魔王様のところに挨拶に行ってから、次の村に出発しよう。俺の病気を治してもらったお礼もちゃんとしていないし」
「そうだね。私もラーム王とお話ししたいし」
そこへリュームが水を運んできて、トーキの前に置く。
「あ、リュームはお仕事はいつまで? よかったら一緒にラーム王のところに行かない?」
私がリュームを誘うと、事情を知らないトーキが怪訝そうに見る。
リュームはトーキにも微笑みを見せて応えた。
「少し待っていただければ、僕もお二人とご一緒します」
………………
ラーム王のもとを訪れ、私たちが通されたのは最初に会った時と同じ大広間だった。
私の中で、お昼ご飯をふるまってくれたおじいちゃんの印象を持ってしまったラーム王だが、今日は威厳のあふれる空気を纏っている。
「ラーム王様、昨日は俺の病気を治療してくださり、ありがとうございました」
隣でトーキが片膝をついて跪き、うやうやしい声でお礼を言った。
私は驚いてトーキの方を見る。ええ? 魔王様って、なんとなく偉い存在なのだとは思ったけど、そこまでする? 確かに、今日のラーム王の雰囲気には少し気圧されるけど、そういう礼儀なの?
私が戸惑っていると、ラーム王が柔らかな声を投げかけてくれた。
「トーキさん、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。王と言っても称号だけのものですから」
「しかし、あの、魔王様でいらっしゃるのですよね。それに、特別な魔石で病気を治してくださったと伺いましたので」
「あっはっは。トーキさんは異世界から来られたとか。そちらの世界とこの世界では、『魔王』の在り様がちがうのでしょうね。私は魔族の長ではありますが、そのようにかしずく必要はありません。この魔石も、そういう役割というだけです」
「そ、そうですか。では……。お気遣い、ありがとうございます」
トーキは立ち上がって、もう一度お辞儀をしながらお礼を言った。
トーキの予想以上の態度に、私が吹き出しそうになってこらえていると、奥に立っていたリュームが前に出て話し始めた。
「魔王様。前々から私にお話しいただいている件について、お応えしてよろしいでしょうか」
「ん? どうしたリューム。もちろん話は聞くが」
リュームも改まった様子で話し始めたことで、ラーム王は常にない気配を察したようだ。
「ありがとうございます」
リュームはさらに小さく一歩前に出て、身体を硬直させたように真っ直ぐ立って言う。
普段のリュームよりも、張りのある凛とした声。
顔は真っ直ぐにラーム王を向き、微動だにしない。
「第48代魔王であるヴェグラスドラーム様よりご指名いただきました次代魔王位の継承につきまして、私ヴァグリスドリュームが謹んで拝命いたします。長きに亘るこのバルドゥルグの歴史に恥じぬよう、身命を賭してこの任に当たらせていただきます」
そう言い終えたリュームは、流れるようにその場に跪き、さらに床に頭をつけて平伏した。
私はトーキが礼をしたよりもいっそう驚いて、その場で固まる。
ラーム王も一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに平静な顔に戻り、リュームの姿を見下ろした。
その場の時が止まったかのような静寂が流れた後、唇をわずかに震わせながらラーム王がただ一言放つ。
「許す」
「ありがとうございます」
床に伏したままのリュームが言う。
言い終えて、顔を上げたリュームにラームが駆け寄る。
そのままラーム王はリュームの手を握り、身体を抱き起こした。
「決心してくれたのか、リューム。ありがとう。大丈夫、お前ならやれるから」
「待たせてしまってすいません。必ず良い魔王になるよ、おじいちゃん」
二人は目に涙を滲ませながら、しばらく抱き合っていた。
私はこの光景を見ながら、「魔王」というものは特別なのだと悟る。
ラーム王もリュームも、ただの仕事だという風に言っていたが、そんな軽いものではないのは明らかだ。
そもそもラーム王は、「第48代魔王」と言っていた。エルフに次いで長命な種族の魔族で、48代も継承している。それは一体、何年間になるのだろうか。とてつもなく長い時間のはずだ。それほどの長い歴史の間、魔族の長としてあり続けているのが「魔王」。
私は、その途方もない時間を考えた時、初めて「魔王」という存在に畏怖を覚える。
気軽に「なれる」なんて言ったが、リュームが魔王の継承を悩んでいたのも、当然だったのだ。
「すいません、お客様には見苦しいものをお見せして」
「いえ、とんでもないです! 貴重な場面に立ち会うことができて光栄です」
ラーム王は落ち着きを取り戻して、玉座だろう椅子に戻った。
私は、この「魔王」とは何なのか、改めて興味が湧く。
「ラーム王、48代魔王とおっしゃってましたが、何年くらい前から継承が続いているのでしょうか」
ラーム王は、その長く伸びる白髭を撫でながら宙を睨み応える。
「ふむ。初代について詳しいことまではわからないのですが。およそ1万2千年ほど続いています」
私は絶句する。思っていた以上の、信じられない長さだ。
「い、1万……?」
トーキも言って固まった。
ベルシュテン村で、ユーテスのお兄さんが残した歴史でも5千年くらい前からだった。それだって、とんでもなく長い歴史なのに、その倍以上。
ということは、ベルシュテン村がエルフたちによって作られるよりも、はるかに以前から魔族たちはいたんだ。
「そんなに昔から続いているんですか。驚きました。だとすると、この地方に今ある村々ができるよりも、もっと昔から魔族たちが住んでいたのですね」
「ええ。もともとこの地方は全て、魔族による国家『バルドゥルグ』だったのです。魔族が治める土地に、他の種族たちも住んでいました」
「国家? 国、ですか? 『バルドゥルグ』というのは?」
「はい。今となってはただこの村を差す名前になってしまいましたが。本来は魔族の国名でした。その当時この地域は、太古の魔獣が跋扈する土地だったのです」
「あの、巨大な魔獣が⁉ 私たちが山の中の温泉で見た」
「そうです。太古の魔獣を狩ることができる種族は、魔族だけでした。魔族は飛びぬけて身体能力に優れる種族なので。だから魔族たちが魔獣を狩り、その恵みによって他の種族も生活していたのです」
そんな時代があったなんて。だけど、ベルシュテン村の歴史では、5千ほど前には住む人がいなかったはずだ。その国が1万2千年前にあったのに、どうしたんだろう。
「その魔族の国が数千年続いたころ、世界に革命がおこったのです」
「革命?」
「魔法の普及です」
「え! じゃあ、それ以前は魔法がなかったのですか?」
「全くなかったわけではありません。この王の魔石はそのころからありました。ただ、こうした特別な石がわずかにあるだけで、今のように誰でも魔石を持っていたわけではありませんでした」
そうなんだ。私には、魔法のない世界なんて想像できないけれど。でも、魔法がないんじゃ、あの魔獣たちを狩れないのも当然だ。魔族のように強靭な体力でもなければ、絶対に無理だもの。
「突然現れた天使族によって、魔石がもたらされたのです。それによって、誰でも魔獣を狩ることが可能になった。その結果、どうなったと思いますか?」
「え? 便利になったんだと思いますけど」
「いや、狩りつくしたんでしょう。魔獣たちを」
トーキが答えた。
「その通りです。魔獣たちはみるみる減って、いなくなりました。肉として魔獣を狩ることに依存していた当時の人々はこの地に暮らせなくなり、ほとんどの村は消えたのです」
「消えた、というのは、どこかに行ってしまったのですか? それとも……」
「おそらく大半は、それともの方、死に絶えたのだと思います。魔法というあまりに強力な力を得てしまった人々は、魔獣以外のいろいろなものも捕りつくしたと思われます」
「そう、なんですか……」
「我々魔族も、わずかに残った少数の者たちで細々と生活を繋いでいきました。そしてまた長い時間が経ち、この地方に新たな人々がやって来ます。それが、今ある村の住人の祖先となるのです。そのころには、いなくなっていた魔獣の数も戻ってきていました。ただし以前のように大きくはなく、群れることもなく、警戒心も強くなり、容易には狩れなくなりました」
「それが現在の魔獣ですね。普通は森の奥に住んでいて、魔族の皆さんが狩っている」
「そうです。たまに人里近くに出た場合はエルフの方も狩りますが、それは例外です。魔獣は主に魔族が狩り、数を減らさないように気を付けています」
「そうなんですね。昔みたいに捕りつくすと困るから」
「もうこの歴史を知る者はほとんどいませんが、捕りすぎると良くないという感覚は、皆に受け継がれています。だから、今の『魔王』としてやるべきことは、そんなにないのですがね」
そう言ってラーム王は私に笑いかけてくる。
いや、だとしても受け継がれるこの歴史の重さ。私はそれに慄かずにはいられない。
ラーム王は微笑んだまま、リュームの肩に手を置いた。
「すまないな、リューム」
「魔王」という称号にはこの歴史の重みがのっている。
リュームは再び深く頭を下げた後、ラーム王を抱きしめた。
「僕が必ずこの称号を未来に引き継ぐよ」
…………………
「リテさんとトーキさんはシュルクタットで黒の魔石を探されるそうです。リテさんの病気を黒の魔石なら治せると、パルキストスから聞いたらしく」
「パルキストス? あの男が……」
私たちの今後についてリュームがラーム王に話すと、ラーム王もパルキストス様の名前を聞いて難しい顔をした。
どうしてみんなパルキストス様のことをそんなに嫌っているのだろう。
「あの、パルキストス様って何かあるのでしょうか? 皆さんあまりいい顔をしないので」
「ああ、別に何をしたという訳ではないのですが、謎の多い男なものでね」
「ラーム王は会われたことがあるのですか?」
「いや、直接会ったことはないのです。ただ、いろいろと不可解なことが多いので。150年ほど前から噂を聞くようになったのですが、それ以前のことを誰も知らない。どう見ても800歳は超えているエルフなのに、どこの出身で、どうして暮らしてきたのか、全くわからないのです」
「そうなんですか。私も、パルキストス様の昔の話は知りません。聞いてもはぐらかされて、ちゃんと答えてくれない人なので」
私がパルキストス様の曖昧な物言いを思い出していると、リュームが口を開いた。
「私は少しだけ会ったことがあります」
「リューム、会ったことあるの?」
「ええ。以前にシュルクタットで魔石の仕入れをした際に。ほんの一言二言、あいさつ程度に話しただけですが。どうしてだか、あの男は私が混血であることを知っていました。なぜ知っているのか聞いても、ニヤニヤするだけで答えませんでした」
リュームは不快そうな顔で言って眉をひそめる。
確かにそういう風に話す人なので、私は何ともいえない。
「黒の魔石についてもですが、どうやって知ったのかわからないことを、あの男は知っているのです。魔王様、私はこのことについて、調べてみたいと思うのですが」
「そうだな。リテさんの今後にも関わることだ。行ってみるか?」
「はい!」
「え? 行ってみるって? どういうことリューム」
「リテさん、良ければシュルクタットまで、同行させてもらえますでしょうか?」
リュームも一緒に来るってこと? 私は思ってもいなかった提案に面食らうが、これからもリュームと絵の話ができるのなら大歓迎だ。もちろん、と言おうとした瞬間、先にトーキが応えた。
「いや、リューム君は魔王を継承するんだろう? そんな暇ないんじゃないか? うん、一緒に行くなんて無理だよ」
「継承にはまだ時間がありますから。魔王様もお元気だし。むしろ、行商の魔族が集まるシュルクタットに行って、次代の継承者として顔見せすることもできるので、いい機会です」
「あ、いや、でも、わざわざ一緒に来なくても……」
「いいじゃない、トーキ。リュームがシュルクタットに行ったことがあるんだったら、こっちだって都合がいいよ」
「そうだけど……」
トーキがなんだか不服そうだ。
「トーキ、言いたいことがあるなら、はっきり言っていいから」
「ああ、まあ、俺は、リテと二人だけの方が、いいかなって思って」
「え? どういうこと?」
「どうしてわかんないかなぁ……」
「わかんないよ! はっきり言って」
私は、もごもご言っているトーキにいらいらして、ついきつく言ってしまった。
トーキは、ためらっていたみたいだけど、ついにこっちを見て口を開く。
「俺は、リテとリュームが仲良くしてるのが嫌なの! はい、嫉妬ですよ! 嫉妬!」
「え、嫉妬って? 私とリュームが仲良くしてるから?」
「あの、リテさん。もうその辺にしてはどうでしょう」
リュームに冷静に言われて、私はようやくピンときた。
私がリュームと話してるのを見て、トーキは嫉妬してたのか。
それって、私のことが好きだから?
そう言うことか。
ようやく私は納得した。自分が人に好かれたことなんてないので、考えてもいなかった。
人を好きになるって、そういう気持ちもあるのか。
トーキを困らせてしまったことになるのだろうが、少し嬉しいのはどうしてだろう?
トーキが照れたような顔でこっち見ているのが、なんだか楽しい。
思わず少し笑ってしまう。申し訳ないのだけど、顔を赤くしているトーキが可愛く見えてしまう。
「別に、私とリュームはそういうのじゃないから。リュームだってそうでしょう?」
「ええ、まあ。リテさんに恋愛感情とか、ないですから」
はっきり言うなぁ。
「と言いますか、お二人はお付き合いしているわけではないのですか?」
リュームが真顔で聞いてきた。
「付き合ってはないよ!」
思わず強い口調になってしまった。まあいいか、事実だし。
「そうなのですか? でもトーキさんは昨日リテさんのことあんなに……」
「いや! リューム君! ちょっと待って」
焦っているトーキが可笑しい。私は聞いていたし、そうでなくてもトーキの気持ちは知っているのだ。
付き合ってはいない。でもたった一人の同志だから。
トーキがいなかったら、私はきっと今もテルノ村で退屈に過ごしていただろう。
恋愛ではないけれど、私にとってトーキは特別だ。
「私たちはそういう関係じゃないけれど、大切な仲間なの。それでトーキ、リュームも一緒に来ていいよね?」
「ああ、いいよ。リューム君、よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
……………………
「それでリューム、次の村、メリオノールまではどのくらい?」
「バルドゥルグを昼過ぎに出ても、夜までには着きますよ。あと、村じゃありません。シュルクタットを除くと、この辺りで唯一の街なので。メリオノール市ですよ」
「この地方で一番大きな街なんだってね。三種族会議、だっけ? ギムセックさんとか、この辺りの村長が参加する会議。それが開かれるのもメリオノール市ってことだっけ」
「そうです」
宿に戻った私たちは、食堂の席に三人で座って今後の計画を確かめる。
幸い、トーキとリュームは仲良くやっていけそうだ。
この辺りの道に詳しいリュームがいると、頼もしい。
向かいの席に座り、真剣な顔で地図を見るトーキ。酔っぱらって私のことを好きだと叫んでいたのを思い出す。自然と笑いがこみあげてくる。
「リテ、何がそんなに可笑しいの?」
「なんでもない、ごめんね」
「なんで謝るの?」
「別に」
メリオノールまで行けば、シュルクタットまでの道のりの4分の1は過ぎたことになる。
私とトーキとリューム、三人でテーブルを囲み計画を練る。
これからの旅も、きっと楽しくなるに違いない。
そんな予感に浸りながら、私は地図を覗き込んだのだ。
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