第29話〈飲み屋〉
「すっかり遅くなってしまいましたね。宿までお送りしますよ」
「ありがとう、リューム。トーキが心配してなければいいけど」
私はラーム王の家で昼食をご馳走になった後、ずっと絵についてリュームと話し続けて、気がつけばもう日が傾き始めていた。
リュームと二人で宿に戻ると、一階の食堂でトーキが店主の魔族と話していた。
「あ、リテ! 戻ってきた! 良かった、今探しに行こうかと思ってたんだ」
「ごめんね、トーキ。買い物してたらラーム王と偶然会って。お昼もご馳走になっちゃった」
「そう。リュームさんも一緒だったんだ」
「うん。リューム、送ってくれてありがとう」
「いえ、リテさん。たくさん話せて楽しかったですよ」
「こっちこそ! すっごく楽しかった! また絵の話をしようね!」
「はい。機会があれば」
「絶対、またこの村に来るから!」
「お待ちしてますよ。では」
「それじゃあね!」
私はそう言ってリュームと手を振って別れた。
帰っていくリュームの背中を見送って、宿の中に向き直るとトーキが今までに見たことのない表情でこちらを見ている。
「ん? トーキ、どうしたの?」
「いや、ずいぶんリュームさんと親しげだと思って。え? どういうこと?」
「それがね、ラーム王の家に行ったらリュームの描いた絵が飾ってあって。すごく素敵だったの。リュームも絵を描くんだって」
「リューム。呼び捨てなんだ」
「うん。絵のことを一緒に話したら楽しくて。ああ、リュームに私のことはリテでいいって言ったんだけど、リュームはリテさんって。そんなにかしこまらなくてもいいのにね」
「いや、会ったばかりなんだから。そんなもんでしょ」
「ええー。仲良くなるのに時間は関係ないよ。私、自分以外に絵を描いてる人に初めて会ったから嬉しくて」
「ふーん、そう」
なんだろう。トーキの機嫌がずいぶん悪いように見える。
「トーキどうしたの? もしかしてまた具合が悪くなった?」
「いや、そんなことないよ。体調はいいよ」
「でも、なんだか……、怒ってる?」
「心配してたんだよ、リテ。なかなか帰ってこないし。近所の商店を覗いてもいないし」
「あ、そうなんだ。ごめんね」
「うん。まあ、それは、いいんだけど。でもお昼も食べてくるなら何か連絡してくれてもよかったのに」
「ラーム王から急に誘われちゃったから。トーキは遅めの朝食を食べてると思って」
「それでもさあ、なんかあるでしょ。ああもう、なんでこの世界はスマホもないんだ」
「え? スマホ?」
「いや、なんでもない。とにかく、俺はもうお腹が空いたから、夕食にしよう」
「ああ、私はお昼を食べすぎちゃって。あんまり空いてないかな。トーキ一人で食べてていいよ」
「ええ⁉ 何だよ、待ってたのに!」
「ちょっと、どうしちゃったの?」
私は本当に驚いた。こんなに感情的に怒っているトーキは初めてだ。
「ああ、ごめん。ちょっと言い過ぎた。じゃあ、俺は一人でメシ食うから」
「う、うん……」
トーキはそのまま食堂の奥の席まで行って腰かけた。
私は、怒らせてしまったトーキをどうすればいいかわからず、一人で二階の部屋へと戻る。
確かに、一人でラーム王の家まで行ってお昼を食べてきたのは悪いと思うけど、そこまで怒らなくてもいいのに。
なんだか納得のいかない気持ちで、私は部屋のベッドに横たわる。
リュームと絵の話をして楽しかった気分が、あっという間に悲しくなってしまった。
トーキの気持ちがよくわからないことは、これまでにもあったけれど、今日のは本当に理解し難かった。
…………………
そのまま私はベッドの上で悶々としているうちに、眠ってしまった。
はっと気づいて起きれば、外はもう真っ暗だ。トーキはどうしたのだろうかと思って、部屋の仕切りの向こうへ声をかける。
「トーキ、帰ってる? もしかして寝てる?」
返事はない。寝息も聞こえないのでトーキのベッドを覗くと、やっぱりいない。
まだ食堂で夕食を食べているのだろうか。私は部屋を出て一階に降り、食堂を見るが誰もいなかった。
広い食堂、だが灯っている明かりは最低限で、薄暗い静けさだけが広がる。
厨房の方に目をやると、誰かがごそごそと動いているのが見えた。
「すいません、食堂はもう終わりですか?」
「申し訳ないけど、今日はもう店じまいだよ」
「あの、ここで夕食を食べていた人、どこに行ったか知りませんか? トーキ……、ええと小柄な男性で、黒髪の」
「ああ、あの人なら、この時間でもやってる店はないかって聞かれたから、向かいの飲み屋を教えてあげたよ。そこで飲んでるんじゃないか?」
「向かいにある飲み屋? あ、お酒が飲めるお店ってこと?」
「そうだよ。ウチでも飲んでたんだが、まだ飲み足りないってね。飲みすぎてなければいいけどねぇ」
「わかった。ありがとう」
どうやらトーキはそのお店でお酒を飲んでいるらしい。
私は宿を出て、通りの向かいに光る明かりを見つけた。
誰もいない真っ暗な大通り。ひんやりした空気の中を渡って、明かりの灯るそのお店の扉をゆっくりと押し開く。
「いらっしゃい! 一人かい?」
中に入ると、予想以上にがやがやと賑やかな話し声であふれていた。
室内の熱気がむわっと顔にあたる。
店員の魔族に威勢よく聞かれて、私は戸惑ってしまう。
「ええと、知り合いを探してるんだけど」
「ああ、そうかい! まあ、好きなように見てってくれ」
そう言われて、私は魔族であふれる店内に分け入った。
数十人はいるだろうか。それぞれにテーブルを囲んで大きなジョッキを掲げてお酒を飲む魔族たち。魔族はなにしろ大きいので、座っていても私よりも頭が高いくらいだ。
小柄な私は、魔族たちの間をちょこちょことかき分けるように店の奥へ進んで行った。
そして、その店の一番奥の壁際の席に座るトーキを見つける。
あ、と思って声をかけようとしてよく見ると、トーキの向かい側に誰かいる。リュームだ。
どうしてリュームと一緒にお酒を飲んでいるんだろう?
二人に近づくが、騒がしい店内で、小さい私にトーキたちはまだ気づいていない。
なんだか、二人で話が盛り上がってるみたいだ。
何の話をしているのか、気になった私はそのままトーキの死角に回って、二人の後ろの空席に座った。
…………………
「それで、リューム君はリテのことをどう思ってるの?」
「え? どうって別に、なんとも思っていませんが……」
「いや、正直に言ってよ。あんな急に仲良くなってさぁ。なんとも思ってないわけないだろ」
「本当に、ただのお客さんですから。同じ絵を描く趣味の人に会ったのは初めてなので、それは嬉しかったですけど、それだけですよ」
「そんなはずない! だってリテだよ。あんなに可愛い女の子と仲良くなって、何も思わないはずないって」
「ええ~。トーキさん、ちょっと飲みすぎじゃないですか」
トーキはずいぶん酔っぱらっているみたい。声も大きくなってるから、話している内容が全部聞こえる。
それにしても、あんなに可愛いって私のこと? 私は家族以外から可愛いなんて言われたことないんだけど。
「リューム君だって、リテのこと可愛いって思ってるんだろう? リテはつい最近まで子供として育ってるから、距離のつめ方も大人より急激だし。どきどきするでしょうが!」
「いや、まあ、喋り方が急に親しげになったのは驚きましたけどね。だからって別になにもありませんよ」
「いーや! 男ならあんな可愛い子と仲良くなって、それはない」
「もう、トーキさん、酔ってるなぁ。あの、はっきり言ってリテさんは絵を描く友人としては楽しいですけど、女性としてどうとか、思いません」
あ、これは私が聞いてしまってもいいのかな?
ここまできたら止められないけれど、なんだか私が聞いてはいけない話のような気がする。
「トーキさん。すいませんけど、魔族とエルフの間で育った僕としては、リテさんは背が低すぎるし、その割に顔はなんだか老けてるし、恋愛対象にするのはちょっと」
ぐっ……! 聞かなければよかった。
いや、その通りだし。知ってたから。自分でわかってますよ、ちっちゃくて老けてるって。
「おい、リューム君。ちょっとそれはひどいんじゃないかい? リテは人間としては身長は普通だし、年齢も32歳だから、その割には全然若い。それは種族差別ってものだよ」
「いや、差別と言いますか、僕の女性の好みの問題なんですが。単純にトーキさんがリテさんのことを好きなだけですよね?」
「なんだいリューム君。大好きだよ! 好きに決まってるじゃないか!」
恥ずかしい……。そんなに大きな声で宣言して。
私は座りながらも頭を抱えてうずくまった。
「あのー、お客さん? 席につくなら何か注文してもらえますかね?」
縮こまっている私に、魔族の店員が声をかけてきた。
「すいません。じゃあ、ベッレありますか?」
「ベッレですね! はーい、ベッレ一丁!」
私は、いろいろと耐えられなくなってお酒を注文した。幸い、周りが騒がしいからトーキたちにはバレてない。
「それが、最近リテはなんだか冷たいんだよ。一緒に旅をしてても、ちょっと距離があるっていうか。今日だって魔王様のところに行くなら俺も誘ってくれればよかったのにさぁ。ねえ、リューム君、どうすればいいと思う?」
「知りませんよ。おじい……、魔王様にお会いしたいのなら明日でもいらしていただいていいですけど」
「そんなに気軽に行ってもいいものなの?」
「あ、はい。魔王、といってもそういう仕事ってことですからね。今の時期はそれほど忙しくもないですし。基本的にお客様は大歓迎ですよ」
「そうなんだ。それならリューム君も魔王になればいいのに」
「いや、だから言ったじゃないですか、僕は純粋な魔族じゃないって。さすがに、そんな安易に継承できるものではないんですよ。それに僕には人の上に立つような資質も無いですから」
「ええ~? でも魔王様も叔父さん、だっけ。あの大柄な人もリューム君を次の魔王に推してたじゃん。リューム君は宿屋での仕事も丁寧だし、能力はあるでしょ」
「簡単に言わないでくださいよ……」
なんだか酔っぱらったトーキがリュームに絡んでいて申し訳ないな。私も酔っぱらった時ってこんな感じだったのかな。お酒ってすごい。
そう思っていると、私の前のテーブルに大きなジョッキが置かれる。
「あいよ。ベッレお待ち」
思っていたよりも大きなジョッキだ。前にお酒を飲んだ時は、ドワーフの酒場だったから彼らに合わせたサイズだったけど、ここは魔族の酒場だから。このジョッキ、私の足よりも太いし、飲み切れるかな?
「僕の母はエルフの村に行商に行って、そこで父と出会って一目ぼれしたんだそうです。今でもエルフの村で暮らしています。それで、僕も子供のころはエルフの村に住んでいたんですけど、やっぱり馴染めなくて。特に子供のころは魔族の特徴が強く出てて、エルフの子供の中で浮いちゃってました。だから今はこの村で暮らしてるんですけど、魔族の中だと僕は身体も細いし、体力もないし。どっちにも合わないんです」
リュームも少し酔っているのだろうか、話し始めるととめどなく言葉が流れてくる。
「そんな僕の体力に一番合ってたのが、今の宿の給仕の仕事っていうだけです。魔族なら、本来は魔獣を狩りに出たり、村々をまわって行商に出るんですが、僕の体力だと他の魔族について行けない。そんな僕が魔王なんて、なれるわけないんですよ」
「いや、体力は及ばないかもしれないけどさ、魔王っていうのはみんなのまとめ役だろ。つまり、マネジメントであってプレイヤーではないわけだから」
「マネ……、なんですか? それは」
「だから、自分で狩りに行くんじゃなくて、みんなの方向性を決めるのが魔王の仕事ってことでしょ。リューム君は頭も良いし、気配りもできるから、向いてるんじゃないかって思うよ」
「そんな……、僕なんて……」
「はっきりしないなぁ。リューム君、魔王になりたいの、なりたくないの?」
「だから、そんな簡単なことじゃ……」
「どっち⁉」
「そりゃあ、なれるものなら、なりたいですよ。おじいちゃんにずっと憧れてましたから」
「だったら! なればいいじゃん! リテだったらそう言うよ」
「リテさんは関係ないでしょう」
「俺が、今ここまで旅を続けてきているのもリテのおかげなんだから! 彼女がやりたいっていうその意志に惹かれて、ここまで来たんだ。リューム君も魔王になりたいって意志があるなら、なれるよ!」
「そう、でしょうか……」
「なれるさ!」
なんだか無茶苦茶なことを言っているみたいだけど、私はトーキの言葉に胸が熱くなる。
そう、私は自分の意志でここまで来た。それをわかってくれているトーキはやっぱり同志だ。
私はベッレのジョッキを持ち上げてグビッと飲む。美味しい!
いい気持ちになってリュームの方を振り返ると、彼と目が合ってしまった。
「あれ⁉ リテさん?」
「あはは。ばれちゃったか」
「え? リテ?」
トーキもこちらを向いて、気付かれてしまった。私は苦笑いをしつつジョッキを持って二人のテーブルの方へ行く。
「混ぜてもらってもいい?」
「もちろんいいけど、リテ、いつからいたの?」
「うーん、今来たとこ」
「あ、そう」
そうして私たち三人は、その夜楽しくお酒を飲んだ。
みんなすっかり酔っぱらってしまって、記憶もあいまいだけど、私は人生で一番というくらい笑ったのを覚えている。
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