第26話〈バルドゥルグ〉
「ねえリテ、あの、何かあった?」
「え? 別に、何もないけど」
「そう。いや、それなら、まあ、いいんだけど」
「じゃ、おやすみ。また明日!」
「ああ、うん、おやすみ」
トーキへの自分の気持ちにはっきりと結論が出た私は、何気ないつもりで私との距離を詰めてくるトーキを躱しながら夕食を摂った。腰掛用に岩を置いてトーキと離れた席を作ったことで、トーキの動作が客観的に見えるようになったのは良かった。やっぱりトーキは何かと私に近づいて、この間みたいな雰囲気を作りたがっている。
うん。私もディオリールの傍にくっつきたいって思っていたから、そういう行動に出るのはわかる。実行には移せなかったけれど。
でも、私の気持ちは恋愛じゃないってわかったから、もうトーキに流されたりはしない。トーキの告白に応えられないのは申し訳ないし、いずれはっきりと断らなければいけないと思うけど、とりあえず今は上手く立ち回ろう。
私のそっけなさに不信を感じたのか、寝る前に何かあったかトーキに聞かれたが、それも気にせずに私はテントに入る。
明日、順調にいけばバルドゥルグ村に着けるはずだ。初めての魔族の村。
魔族はエルフの村に交易に来ることも多いので、なじみのある人たちだ。
ようやくこの山の中を抜けられるのも嬉しいし、私は明日を楽しみにしながら目を閉じた。
…………………
翌日。トーキと適切に距離をとりつつ、下り坂にさしかかった山道を私たちは軽快に進んだ。道を覆うような雑草はなくなり、道幅自体も徐々に広くなる。次の村の魔族の往来があるからだろう。
その日一日、問題なく進み、昼過ぎには森を抜けて平地に出る。短い草のまばらに生える中をしばらく歩くと、道の先に土壁作りの家屋が見えた。バルドゥルグ村だ。
道の両側は畑になり、農作業をする魔族が目に入る。
「こんにちは。私たちシュルクタットに向けて旅をしています。この村の宿はどちらですか? あ、もしかして村長さんにご挨拶もした方がいいですか?」
やっぱり魔族は大きい。その屈強な男は作業の手を止めて、土の付いた薄い青色の顔で私たちを見下ろす。
「おお! もしかしてお客さんかい? こっちから来たってことは、あの山を越えてきたのか! そいつは珍しい。いらっしゃい我がバルドゥルグへ!」
男は、頑強な顔を意外なほど人懐っこくほころばせ、笑顔で言った。
「宿ならこの通りを進んで右だ。長に挨拶なんざいらねぇから。何日くらい滞在するんだい?」
「今夜一晩泊って、明日旅に必要な物を買ったらすぐ出発するから」
「なんだそうかい。もっと長くいてもらって構わないんだが、先を急ぐならしょうがねぇな。ま、楽しんでくれ!」
「ありがとう!」
私たちはこの気さくな男に礼を言って村に入る。
乾いた土の道に、土壁の家々。人通りはなく、商店のようなお店も目に入らない。
村の建物はどれも平屋作りだが、身長の大きな魔族に合わせたサイズだから二階建てくらいの高さだ。道幅も広いし建物も大きいことで、人のいない街並みがかえって閑散として見えた。
「なんだか、思ったよりも寂しいところだね。俺は魔族って言うと、テルノ村の賑やかな市で見た印象しかないから、意外だよ」
「そうね。私も市でしか魔族を知らないから、こんな感じだとは思ってなかった。お父さんに聞いた話だと、バルドゥルグ村はテルノ村よりも人口は多いはずなんだけど。誰もいないね」
そのまま通りを歩いて行ってもすれ違う人はなく、遠くの路地で子供の魔族と思われる数人が遊んでいるのが見えただけだった。少し歩いて、宿屋らしきお店の前まで来ても、他にお客さんがいる気配も感じない。
それでもとにかく、宿屋の扉をくぐると、こちらがびっくりするほど陽気な声が掛けられた。
「いらっしゃい! お二人様かい? おや、お客さんたちドワーフ? いやホビットですかい? ちょっと違うみたいですが」
「こんにちは。二人で一泊、お願いしたいのだけど。私たちは『人間』って種族なの」
「ほー、『人間』ですかい。そいつは知らねぇ種族ですねぇ。お食事やお部屋は、他の種族と違いありやすか?」
「え? 特にないけど。エルフやドワーフと同じで大丈夫」
「承知いたしやした! それではお部屋にご案内いたしやす!」
私が見上げるほど大きい魔族の店主は、威勢よく言って私たちを二階へと案内する。
食事や部屋が他の種族と違うかなんて、今まで聞かれたことがなかったから、少し驚いた。
種族によって、そういうのに違いがあるんだろうか。ドワーフの村の食事は、特に変わったものではなかったと思うけど。
「えーと、一部屋でよろしいですかい?」
「はい! 一部屋で大丈夫です」
「それでは、こちらでいかがです?」
店主が扉を開いて、私たちはその中に足を踏み入れる。
ベッドが二つ、こじんまりとしてちょうど良さそうな部屋だ。
あれ、ベッドのサイズが魔族のものにしてはどう考えても小さい。むしろ、私に合った大きさだ。
「ここって?」
「本来はドワーフの方用のお部屋ですがね。お客さんにはちょうどいいかと思いやして。いかがです?」
「ありがとう! ここでお願いします。ここって、いろんな種族向けのお部屋があるんですか?」
「ええ。魔族、エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人、主要五種族それぞれに合わせた部屋がありやす。皆さん、身体の大きさが違いやすし、食事の好みや量も違うんで」
「すごい! そこまで泊る人に合わせてるなんて!」
「いやぁ、この村はいろんな種族の方が来られますんでね、自然にそうなっただけです。お客さん『人間』でしたっけ、そいつは初めてですんで不備がありやしたらすいません」
「そんな、大丈夫です。私たちはエルフの村から来たから、食事もエルフと同じでお願いします」
「それなら良かった! それじゃあ、お食事は一階の食堂でやってますんで。お好きな時に降りてきてくだせぇ」
店主はそう言って部屋から出て行った。
「へえ、人がいなそうな宿だったから大丈夫かって思ったけど、けっこう良いサービスだね。ベッドのサイズもちょうどいいし」
「うん。魔族は他の種族たちとの交流が盛んだから、そのせいなんだと思う」
「魔族がエルフの村へ交易に来たけど、他の村にも行ってるってことか」
「そう。この地域の村や北方の地域にも行商に行ったりもするらしいし」
「それでいろんな種族と交流があるんだ。なるほどね」
私は、ドワーフの村の宿に泊まった時と同じく、大きな布地を出して部屋を仕切る。部屋の左右に分かれてベッドが置かれていたので、部屋を縦に仕切るように布地を吊るす。
トーキがちょっと残念そうな目で見ていたけど、それは気にしない。
「よし! それじゃあ夕食にする?」
「そうだね」
私とトーキは部屋を出て一階の食堂へ降りた。
…………………
「いらっしゃいませ。お二人様ですね。あちらの席におかけください」
食堂に降りると、先ほどの店主とは違う魔族の青年に席を案内された。
しかし、変わった雰囲気の魔族だった。
魔族にしては背が低めだし、身体も細い。肌の色も、他の魔族より青みが薄い。なんだかエルフに近い感じ。
案内されたテーブルは、きっとドワーフ用なんだろう、私たちにちょうどいいサイズだ。
すぐに先ほどの彼が水を運んできてくれる。
「いらっしゃいませ。こちら、メニューです。一応エルフ用のものをお持ちしましたが、他の種族の料理も出来ますので、ご希望でしたらおっしゃってください。それでは、お決まりの頃にまたお伺いいたします」
そう言ってスッとお辞儀をして去る彼。
喋り方といい、立ち居振る舞いといい、とても品があるし丁寧だ。
「ねえトーキ。今の店員さん、すごく上品じゃない?」
「本当。ドワーフの食堂とは大違いだ。魔族の接客ってこれが普通なの?」
「違うと思う。魔族って大雑把な種族だし。彼が特別なんじゃないかな?」
私は、不思議に思いながらも貰ったメニューを開く。
うん、よく知るエルフの料理ばかりだ。
魔獣の肉の香草焼き、季節のサラダ、キノコのスープにしようと決めて、メニューから顔を上げると、壁際に立っていた先ほどの彼がすぐに気づいて来てくれる。
こんな接客は初めてだ。彼は動きも喋り方もそつがなくて、控えめで静かなのに気が利いて、居心地がとてもいい。
料理が到着し私たちが食べている間も、水がなくなれば注ぎに来てくれて、空いた皿もさりげなく下げてくれた。
食事もエルフの料理を完全に再現していて落ち着く味だ。
私はこの食堂に大満足し、思いがけないくつろいだ時間を過ごした。
トーキも気に入ったようだったが、口数は少なかった。それはまあ、私がトーキにそっけなくしたせいだろうから、気にしないようにしていた。
……………………
翌朝、部屋の窓から差し込む朝日で目覚めた私は、仕切りの布地を眺めながら着替えをして、トーキに声をかける。
「おはよう、トーキ。起きてる? 私は朝食に行くけど」
返事はなかった。
まだ寝てるのだろうと思い、私は階下の食堂に降りてパンとスープの朝食を食べた。
のんびりと食後にお茶も飲んで、部屋に戻ってみてもトーキは寝ているようだった。
さすがにそろそろ起きたら、と思って再びトーキに声をかけたが、やっぱり返事がない。
変だ。トーキはいつも早起きな方なのに。私はベッドまで近寄って、頭までかぶっている毛布を軽くたたく。
「トーキ、どうしたの? もう朝だよ」
「う、ううん……」
呻くような声。
「大丈夫? 具合が悪いの?」
そっと毛布をめくってみると、びっしょりと汗をかき、赤らんだ顔色で眉間にシワを寄せてトーキは眠っていた。
「え⁉ トーキ? 本当にどうしたの?」
驚いて私はトーキの肩を触る。
熱い。
普通の体温じゃない。
さらに私はトーキの額に手を当ててみる。
やっぱり熱い。かなりの高熱だ。
「あ……、うう、リ、リテ?」
トーキが薄く目を開けた。かすれて絞り出すような声。
「トーキ! 起きたの? 大丈夫?」
「うん……、ああ、だい、じょ……ウッ、ゴッッ、フッッ、ゴフッッ、フッッ!」
喋ろうとして、そのまま咳き込み、トーキはベッドに顔を伏せてむせ続けた。
私はトーキの背中をさすり、どうしたらいいのか狼狽えて、しばらく動けない。
これは、風邪という病気だろうか?
確か、子供の頃に一度だけ罹ったことがある。
熱が出て、鼻水や咳が止まらなくなった。
あの感じに似ている気がするが、ここまで辛い病気だっただろうか? よく覚えていない。
あの時は、お母さんが治癒魔法をかけてくれて、一日寝ていたら回復した。
うん、とりあえず治癒魔法だ。
私は緑の魔石を取り出してトーキに向けて掲げ「クルストリーン」と唱える。
本当は病気の原因を正確にイメージした方が効果が高いが、風邪の原因なんて知らないので、とにかく元気になることをイメージして魔法をかける。
そもそも、風邪なんて子供が稀にかかるものだし、大人が罹ることがあるのだろうか。風邪じゃない別の病気かも。「人間」だけが罹る病気だとしたら、私には全くわからない。
それでも少しは魔法が効いたのか、トーキの呼吸は平静に近づいて、汗も引いてきた。
「あ、ありがとう。リテ。す、少し楽になったよ」
薄目をあけて力のない声でトーキはそう言ったが、まだ熱は高いようだ。
「なにか食べられそう? そうだ、フルーツとかなら大丈夫かな?」
「ああ、うん。そうだね」
私はすぐに部屋を出て、食堂で昨日の品の良い魔族を見つける。
「すいません! 連れが病気みたいで。食べやすいフルーツとかないですか?」
「え? ご病気ですか⁉ トーキ様ですよね。すぐに準備しますから、お部屋でお待ちください」
そう言われて私は部屋に戻る。あれ? トーキの名前を彼はどうして知っているのだろう? 昨夜言ったかな?
疑問に感じつつも、トーキにフルーツを頼んだことを伝えて、水を飲ませていると部屋の扉がノックされた。
「失礼します。フルーツをお持ちしました。何種類か、小さめに切ってきましたので、お口に合えばいいのですが」
「ありがとうございます。あの、すいません。彼の病気、風邪? みたいな感じなんですが、わかりますか?」
「風邪ですか……。魔族はそういった病気にはほとんど罹りませんので、わたくしには何とも。治癒魔法はかけられましたか?」
「はい。一応。でも、原因も分からないので、効果は薄いみたいです」
「そうですか……」
やはり彼もわからないか。魔族は頑健で、病気になりにくいらしいし。
申し訳なさそうに彼は部屋を出て行く。
その後、トーキはフルーツを3口ほど食べたがそれ以上食べられず、少し下がった熱も上がってきて意識を失った。
横たわるトーキの荒い息だけが部屋に響く。
何度治癒魔法をかけても、トーキの病状は大きくは変わらない。
私はベッドの脇に跪いて、トーキの手を握るしかできなかった。
「人間」の寿命は短いけれど、こんな病気に罹ってしまうものなの?
もしかして、異世界から来たトーキには、この世界は合わないのかもしれない。
どうしようもない状況に、私はうずくまるだけだった。
…………………
どのくらいの時間が経っただろう。
私たちの部屋が再びノックされる。
「リテ様、トーキ様。よろしいでしょうか」
またあの魔族の彼の声だ。
私がそろりと扉を開けると、彼とその後ろに大柄な魔族が二人。
「失礼いたします。私の知る方がトーキ様のご病気を治せるかもしれません。その方のもとにお二人をお連れしたいのですが、いかがでしょうか」
「え⁉ 治せるんですか?」
「はい、おそらくは。確実なところは、お連れしてみないと分からないのですが」
「お願いします! トーキの病気が治るなら行きます!」
「かしこまりました」
そして、彼の連れていた魔族の内一人が、トーキの身体を魔法で軽くして抱え上げる。そのまま一行は宿を出て、人通りのない大通りを歩いていく。私は彼らの大きな背中を見ながらついていった。
昼下がりの陽ざしが通りを明るく照らす中、しばらく歩くと周囲の家屋よりも数倍大きな土壁の城とも思える建物が目に入る。一行は、その正面の大きな扉を押し開いて、挨拶もなく中へと歩を進めていく。
建物の中は薄暗く、明るい屋外から来た目には良く見えない。何度か瞬きして目を凝らすと、壁に備え付けられた明かりが、はるか高みの天井をぼんやり見せていた。
ひんやりした空気は、少し埃っぽい匂いがして、建物自体もかなり古いのではないかと感じさせる。
部屋の奥に光魔法のランプが数個かけられていて、その光は中央に座る一人の魔族を照らし出す。
先導してくれた魔族の彼は、ついてきた私に口ごもりながら言う。
「リテ様。先にお教えいたしますが、トーキ様を治療するのは、わたくしの祖父でして、その、祖父はこのバルドゥルグの長で、えーと、魔族全体の長でもあります」
「え? バルドゥルグ村の村長で、魔族全体の長ですか? それって……」
「はい。魔王です」
「マオウ……?」
言葉の意味を理解しかねた私の目の前、金色の装飾に飾られた巨大な椅子に座る、魔族の老人。私の目を真っ直ぐに見据えてゆるりと立ち上がり、穏やかな言葉をかけてくる。
「ようこそお越しくださいました、リテさん。そしてトーキさん。私が全魔族の王、第48代魔王ヴェグラスドラームです」
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