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俺はただ君に会うためにこの世界にやってきた  作者: たかき いさな
第2章
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25/25

第25話〈結論〉

 私はしばらく、その光景を呆然と見入っていた。

 見渡す限り湯煙が舞っている河原の温泉に、静かに身体を休めている巨大な魔獣たち。

 何て光景だろう。


 一番手前にいるのは、さっき私の前を横切ったやつだ。

 私が住んでいた家より大きそうなそいつは、丸みをもった身体が茶色い毛で覆われていて、座っているとちょっとした山みたいだ。

 その奥には、長い角を生やし、背が高く尖った顔のやつがいる。

 さらに向こうには、以前にトーキを襲ったバルヴォルクに似た魔獣。銀色の長い毛並みはそのままだが、大きさが全く違う。遠目にも私の十倍くらいありそうに見える。

 その他に、短く金色の毛で長い牙をのぞかせているやつや、灰色の身体に大きく垂れた耳のやつなど、私の知らない魔獣ばかり。


 どの魔獣も声を上げることもなく、静かに、気持ちよさそうに温泉につかっている。

 私が聞いた魔獣の性質からは、あり得ない光景だ。


 彼らは、明らかに私に気付いているのに、逃げもしないし、襲う気もまったくなさそうだ。

 そもそも、魔獣同士だって縄張りがあるはずだから、普通は他種の魔獣にこんなに近づいたりしない。少しでも縄張りに別の魔獣が来たら、牽制し合うものだって聞いていたのに。


 この温泉には、多様な魔獣がひしめいている。

 そして、どの魔獣も明らかに温泉を楽しんでいる。


 このとんでもない光景を、私はトーキと一緒に見たくてたまらなくなった。

 すぐここにトーキを呼んでこよう、と思って自分が全裸なことに気付く。


 いくら何でも、裸で一緒にお風呂に入るのは無理だ。


 でも、この魔獣の温泉に浸る体験を共有して欲しくて、私は岸に上がって荷物からありったけのタオルを取り出した。

 その中で、出来るだけ大きいのを身体に巻く。胸から下が完全に隠れるように数枚のタオルを身体に巻きつけて、歩いてもそれがずり落ちないことを確認する。


「よし!」


 私はトーキが待っている大岩のところまで行って声をかける。

「ねえ、トーキ! すごいものが見られるよ! 一緒に入ろう!」

「え? ええ⁉ なにその格好? 一緒に入るって?」

「トーキも身体にタオルを巻いてね。ほら早く!」


 意味のわかっていないトーキをせかす。

 見ないように後ろを向いて、その間にトーキには服を脱いで腰から下にタオルを巻いてもらった。


「準備いい?」

「ああ、大丈夫」

「じゃ、ほら。こっち!」

 私は、トーキの手を引いて河原の石の上を歩き、温泉まで引っ張って行く。

 湯気の中に、壁のように佇む魔獣たちが目に入る。


「え? ええ⁉ これって? 魔獣?」

 温泉につかっている巨大なそいつらに、トーキも驚き固まる。

 魔獣たちは、私たちの方をちらっと見て、そのまま興味なさそうに目を閉じた。


「ほら、一緒に入ろう! そんなに熱くはないよ」

「あ、ああ」


 温泉の端っこの方にトーキの手を引いて足を浸す。

 トーキは呆然として、私に促されるままについてくる。

 そのまま湯の中を二人で歩いて、程よい深さのところで腰を下ろした。


「大丈夫なの、これ? 襲ってこない?」

「うん。どうしてだかわからないけど、襲われそうな気配はぜんぜんないの」

「確かに、こっちをほとんど見てもいないけど」

「魔獣たちも温泉を楽しんでるみたい。トーキもほら。肩まで浸かれるよ」


 お湯に身体を沈めて、足先まで思い切り伸ばす。

 じんわりとした温かさが身体に染みる。

 トーキも「ああ~」っていう声をあげている。

 ゆらゆらと動く水面に湯気が漂って、その向こうには巨大な影。


 不思議だ。

 この温泉の心地よさ。トーキも魔獣たちもきっと同じことを感じている。

 ここにいる、種族も性別も何もかも違う者たちが、全員同じことを感じてるんだ。


「どう?」

 私はトーキの方を向いて笑いかける。


「最高」

「だよね」

 トーキも私に笑顔を返して、笑い合った。

 日の落ち始めた河原の温泉、私たちはそのまま暗くなるまで浸っていた。



 ……………………



「さすがにのぼせてきたかも。私、あがるね」

「ああ、うん」


 私は、暗くなって足元もよく見えない河原をそろそろと歩いて、荷物のところまでたどり着き、どうせ暗くて見えないだろうとタオルを解く。

 火照った裸の全身に、通り過ぎる夜風が気持ちいい。

 とは言え、トーキが上がってきたら困るのでさっさと服を着る。


 そしてランプを掲げて、今夜の野営の場所を探した。

 温泉を離れて少し歩き、河原と森の間に平たい場所を見つける。

 すぐそこに魔獣がいることで戸惑いはしたが、危ない気配は全くなかったので、この場所に決める。焚火を起こし、テントを張った。

 やがて、トーキも温泉を出て、焚火の明かりを見つけてこちらへやって来た。


「凄いな。ここから温泉までそれほど離れてないのに、焚火があってもあの魔獣たちは逃げもしない」

「やっぱりそうなんだ。どうして逃げないんだろう? でもあんな大きな魔獣たちじゃあ、いくら魔法があっても私たちだけじゃ勝てない。あの魔獣たちにはそれがわかるのかな?」

「うーん。それだけじゃない気もするけど。もう、最初から「人」なんて眼中にない感じだし。あ、ここが山奥だから、もしかして「人」を全く見たことないとか?」

「そんなことあるかな。通る人が少ないっていっても、少しは行商の「人」も通るんだから、「人」の存在自体を知らないはずはないと思うけど」


 いったい、あの巨大な魔獣たちは何者なのか、考えても分からなかった。ただ、彼らが私たちに危害を加えるつもりは全くない、ということははっきり感じられた。


 暗闇でもう見えないが、途轍もなく大きな生き物が、ゆっくりと動いている気配はテントを張った場所へも伝わってきた。それは夜が更けても途絶えることなく、始め私は落ち着かない気分だったが、しばらくすると気にならなくなる。

 むしろ、あのゆったりと動く、私よりもはるかに大きな存在が静かにそこにいるんだという事実は、私に奇妙な安心感さえ与えてくれるようだった。



 …………………



 河原の傍に立てたテントには、朝の早い時間から昇った朝日が強く差し込んでくる。

 布越しの眩しい光に私は目を覚まし、外に出る。


 隣を見ると、トーキもほぼ同じようにテントから出てくるところだった。

「おはよう、トーキ。朝日が眩しいね」

「うん。おはよう。光で目が覚めちゃったよ」

「あはは。私も」


 トーキは眠たげな顔をしているが、それでもこの前よりはよく眠れたみたいだ。

 昨夜、食事を食べ終えた私は、温泉に長く浸かったせいかすぐに眠くなってテントに入ったのだった。トーキもほどなく休んだみたいだったので、今日はよく眠れているだろう。


 テントを出た私は、そのまま降り注ぐ朝日の中を温泉の方へ向かう。

 河原を歩き、岩の向こうに温泉を見ると、昨夜あんなにいた魔獣は一頭もいない。


 日の光を受け、水面をきらきらと輝かせて、静かに湯気をくゆらせているだけだった。


 私とトーキは、その朝も交代で温泉に入り、すっきりとした気分で出発する。

 次の目的地、バルドゥルグ村まではまだ二日はかかる。

 バルドゥルグ村は魔族の村だ。魔族は魔獣の狩りに一番長けた種族だから、この魔獣の温泉についても何か知ってるかも。

 私は、また増えた楽しみに足が軽くなる気持ちで山道を進む。

 温泉で身体が休まったのか、この日は丸一日、調子よく歩くことができた。


 ………………………



 その夜、森の中でいつも通り焚火をし、二人で夕食を作った。私は座るのに手ごろな岩を二つ見つけ、魔法で軽くして焚火の前に並べる。ある程度の距離を開けて。

 この間の反省だ。倒木に二人並んで座るのは、危険だと解った。気づいたら二人の距離がすごく近くなってしまっていた。そんなことのないように、間を開けた岩にそれぞれ座るように、さりげなく置いた。これをトーキにどう思われたかは、ちょっとわからないけど。


 しかし、この作戦は私には上手くいった。トーキと必要以上に近づくこともないし、互いに顔は見える距離だから、気まずくなることもない。


 昨日、トーキと温泉に入りながら、私の頭の中の一部は目の前の魔獣たちとは全然関係のない事を考えていた。それは、トーキの裸を見たことがきっかけだった。


 裸といっても、上半身だけだ。下半身はもちろんタオルを巻いているから見ていない。

 それでも、ちらっと見たトーキの身体は、言い方は申し訳ないけど、私と同じくらい貧相だった。

 背が低いのは「人間」だからしょうがないのだろうけど、筋肉も少ないし、その割に脂肪が多い。太っている、というほどではないけど、やっぱりぷにっとした印象だった。


 エルフは、種族的に太りにくいから脂肪も少ない。私が見たことのある男性の身体は、お父さんと学校の上級生の男子だけだけど、みんな引き締まった身体をしていた。余分な脂肪がなく、筋肉の繊維が浮き出ていて、見るだけで力がありそうだと感じられた。

 その上エルフは、背が高くて肩幅が広く、腰回りはギュッと細い。足は長くて真っすぐで、見ていて美しい。


 それが、私の知る男性の身体だ。だから、本当に残念だけど、トーキの身体を見た時に少なからずがっかりしてしまった。

 背が低いのはわかりきっているのだから、エルフのような見た目ではないと思っていたけど、肉の付き方も私みたいにたるんでいた。


「人間」ってみんなこういう体つきなのだろうか。

 だとしたら、ちょっと嫌だな。でも、ずっと村生活だった私は、旅に出てたくさん歩くようになって少し痩せた。もっと頑張れば、私も引き締まった身体になるかもしれない。

 トーキも最初の頃よりは少し痩せたたような気がするし、「人間」でも体形は多少変わるのかな。


 トーキのことは、感謝していることも多いし、一緒にいて楽しいことも多い。だから、トーキの気持ちに応えてあげたいとは思う。

 でもそれは恋愛というものとはまた別のことだ。



 ………………



 私はこれまで、男の人と付き合ったり、好きだなんて言ったこともない。でも、思い返せば男の人に好意を持っていたことはあった。それを恋愛感情と呼んでいいのかは、よくわからないけれど、今までに二人だけ他人とは違う意識をしていた男性がいたのだ。


 一人目は私が12歳の時。お姉ちゃんが付き合っていた相手の男性が、頻繁に家に遊びに来ていた。

 彼の名はウィルビムといい、エルフの中でもがっちりした身体で背が高く、落ち着いた声で話す人だった。

 私は、ウィルビムと遊ぶのが大好きで、お姉ちゃんが彼を連れてくると、走って行って彼にじゃれついたものだった。


 エルフの12歳は、普通なら幼児といっていい年齢だけど、私はその歳に生理がきて、自分が大人になり始めていると知っていた。でも周りから、特にお父さんからは幼児扱いされていたし、自分自身でもそんなに早く成長することに抵抗していた。自分は子供だと思い込んでいたのだ。

 だから私がウィルビムと遊ぶのは、表面上は子供として優しいお兄ちゃんとじゃれている感覚だった。しかし私の中の女性の部分は、男性としてのウィルビムのことを意識していたと思う。


 そんな女性になり始めた身体の私が、幼児のつもりでじゃれついてくることに、ウィルビムはきっと気味悪く思っていたことだろう。お姉ちゃんも、私がウィルビムに抱きついたりすると引き剝がしていたので、嫌がっていたに違いない。


 しばらくしてお姉ちゃんとウィルビムは正式に結婚し、お姉ちゃんは家を出た。

 たまにウィルビムとお姉ちゃんが家に訪ねてくることもあるが、完全に大人の見た目になった私と、ウィルビムは以前のように遊びはしなくなったし、私もお姉ちゃんの夫となったウィルビムに近づこうとはしなかった。


 二人目は私が20歳のころで、こちらの方がより恋愛っぽい感情だったと思う。

 学校に通うようになり、そのころ学校で最年長だったディオリールと出会ったのだった。

 彼は、その時59歳。成人直前だった。背が高く筋肉質な身体をしていて、学校卒業後は、森に入って魔獣の見回りの仕事をすると言っていた。

 学校の子供たちのリーダーであり、みんなの頼れるお兄さんのような雰囲気で、誰からも愛されている理想的エルフだった。


 私は学校に入った当初、子供の歳なのに完全に大人の見た目の自分が恥ずかしくて、教室でもほとんど喋らなかった。そのために友達も出来なくて、今一番仲の良いメートですら、そのころの私を避けていたと思う。

 しかし、ディオリールは私に積極的に話しかけてくれて、学校に馴染めるように他のみんなとも繋いでくれた。それは、彼にとっては最年長の生徒として、新入生に対する当たり前の気遣いなのだろうけど、私はかなり救われた。彼がいなければ、私の学校生活はかなり辛いものになっていたはずだ。


 そんな彼の笑顔が好きだったし、その逞しい身体にも惹かれていた。

 恥ずかしい話、私は彼の力強い腕で抱きしめられて、あの厚い胸板に顔をうずめたらどんな感じだろうと夢想していたのだ。

 そんな妄想は子供である自分がするものじゃないと、私は私を戒めていた。頭に浮かんでしまうものを止めるのは難しかったけれど。とはいえ、人に知られてはいけない気持ちだと思っていたから、誰も気づかれないようにしていた。


 ディオリールは一年後には学校を卒業して、会う機会もほとんどなくなってしまった。私は、自分はまだ子供のはずだと思い直して、おかしな妄想はしないように一層強く自分を抑えるようになった。それ以降、男性にあんな妄想をしたことはないし、この記憶そのものを忘れていた。



 ………………



 こうして思い出してみると、私は背が高くて頼りがいのある男性を意識していたんだな、とはっきりとわかる。ウィルビムにしてもディオリールにしても。

 二人の顔をそれぞれ脳裏に浮かべて、私は改めて前を見る。

 揺れる焚火の炎。その前の岩に腰かけて、私の作ったスープを熱そうに飲むトーキ。私の目線には気づいていない。

 ちょこんと座ってスープのお椀を抱えている様子は、なんだかかわいい。


 うん、違うな。

 私の好みじゃない。


 トーキにはウィルビムみたいな落ち着きも、ディオリールのような頼りがいも感じない。

 エルフの男性の逞しさ、力強さもないし、もちろんトーキの腕に抱かれたらなんて想像もする気にならない。無理に考えても、なんだか可笑しくなるだけだ。


 この間ちょっといいかも、とか思ってしまったのは、雰囲気に流されただけだろう。

 あの時だけの気の迷いみたいなものだ。


 そうだ。そう考えるとはっきりした。

 私のトーキへの気持ちは、友達として、旅の仲間として、シュルクタットを目指す同志として、この世界で二人だけの人間としてのもので、恋愛じゃない。


 トーキのことは好きだけれど、これは恋愛感情じゃないんだ。

 私は、恋愛について考えたことがあまりないし、実際に男性とそんな関係になるなんて思ったこともなかったから、結論を出すのに時間がかかってしまった。

 でも、わかってしまえばすっきりだ。


 私は、爽快な気分になってトーキの顔を見た。

 トーキも私を見て微笑む。私もつられて笑顔になる。


 うん。この結論をトーキにどう伝えるかは、また別の問題だけど、とにかく私の中の気持ちは解決した。

 私は、これまでにないほどニッコリとトーキに笑顔を送って、トーキの焼いたパンにかぶりついた。



毎週月曜日、朝6:00更新です

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