第22話〈図書館〉
私とトーキは、「図書館」からユーテスの家へ戻り、その夜も食事をいただいて一泊することになった。
とても美味しい食事だったのだろうが、私は「図書館」で見た本の続きが気になって、何を食べたのか覚えていない。
食後も、本の内容を思い出してぼぉっとしている私に、ユーテスが声をかけてきた。
「リテさん、すいませんがトーキさんをお泊めしている部屋にお願いします」
言われて、私はユーテスについてトーキの部屋に入る。
昨夜も来た一人用の部屋。ベッドが一つに、奥には机が置かれている。
その机の前に、トーキも座って待っていた。
「リテ、ユーテス。待ってたよ」
そう言ったトーキの手には、使い古されたノートがあった。
そのノートを、トーキはゆっくり立ち上がってユーテスに手渡す。
「トーキさん、ありがとうございます」
「いや、むしろ勝手に読んでしまって申し訳ない」
「いいんです。兄さんも、こういう時のためにノートを残したんだと思うので」
「どういうこと?」
二人の会話についていけない私が問いかけると、ユーテスは私にベッドへ腰かけるように促して、静かに語り出した。
「兄さんがこの家を出た時、僕は34歳の子供でした。兄さんはもう成人していたから、一緒に遊んだ記憶はあまりありません」
「あ、話に水を差してごめん。エルフの年齢だと34歳はまだ子供なんだよね」
「そうです、トーキさん。成長期も始まる前なので、背もこのくらいの子供です」
ユーテスは、私の身長よりも低い高さを手で示す。そう、それが普通のエルフの34歳。一桁の掛け算をやっと覚えたくらいの子供だ。私は今32歳だけど。
「僕はそのころから、村の近くの森で遊ぶのが好きでしたけど、兄さんは森の仕事は好きじゃないみたいでした。ただ、仕事が休みの日に兄さんが連れて行ってくれた場所が『図書館』だったんです」
ユーテスは、懐かし気に手にしているノートを見る。
「兄さんは『図書館』の本を熱心に読んでましたけど、僕は全然興味がなくて。話しかけてもあまり相手にしてくれなくて、退屈だったのを覚えてます。本当に、僕にとってはただ楽しくない思い出で、それが兄さんが出て行った理由と関係あるのか分かりませんでした。昨日、トーキさんと話すまでは」
そう言って、ユーテスはトーキを見る。
トーキはかすかに笑って、私の方を向き直る。
「昨日、リテが魔石を探している間、ユーテスと話したんだ。そのノートのこと」
「そういえば、仲良さそうにしてたね」
「うん。この部屋は元々、ユーテスのお兄さんの部屋だったんだ。そして、そのノートが残されたままになってた。俺は、それをつい読んでしまった」
「何が書いてあったの?」
聞いた私に、ユーテスはノートを手渡してくれた。
少し黄ばんで、かさかさとした手触り。30年以上は昔の古いノート。
紙を傷めないように、慎重に開く。
見ると中は、手書きではなかった。これは、複写の魔法「コルフィンク」で何かから写し取ったものだ。
「『図書館』にある本を、兄さんが複写したのだと思います。それほど長くはありません。お待ちしますので読んでみてください」
ユーテスが強い意思を込めた言葉で私に言った。
私は、そのまま静かに読み始めた。
…………………………
“エルフの一団は山を越えて、この窪地にたどり着いた。そこには、はるか以前に別の種族が住んでいた跡がある。それは、ほとんど朽ち果てていたが、ただ一つ、小さな石造りの建物だけは堅牢な姿を保っていた。
そしてエルフたちの半数は、この場所に残って住み始めた。ベルシュテン村とこの土地に名前を付け、少しずつ家を建て、田畑を開墾しエルフの住まう拠点となった。
残りの半数はさらに山中を進み、より開けた土地を探した。その一団は、やがて山を越えた湖の向こうに辿り着き、そこに新たな村を開いた。その記念としてその年を魔鉱元年と定めた“
これは、この村の成り立ちと歴史だ。
魔鉱元年。5000年以上も昔の話だ。ここには、ベルシュテン村の始まりから千年ほど前までの、大まかな出来事が書かれている。
この湖の向こう村というのは、私たちのテルノ村だろう。こんな記録は初めて見た。
私は、思いがけない内容にノートを持つ手が震える。
“元々あった石造りの建物は、書物を集めさせ「図書館」とした。この近隣は良質な木材の採れる森があり、村づくりの材料には事欠かない。山の向こうのタリル村よりドワーフが来て順調に家屋の建築が進む“
読み進めていくと、タリル村のドワーフの記述が急に出てくる。
その前までにタリル村に関することは書かれていなかった。なんだか唐突だ。
“山向こうより魔族の一団が来訪し、初めての市が開かれた。魔族は魔獣を狩ることに長け、山の植物の採集にも優れている。この村のエルフにも有益な市となる”
今度は魔族が出てきた。この魔族たちはどこに住んでいたのだろう。全く記述がない。
怪訝に思いながらも、私は最後まで読み終えた。
「どうでしたか? リテさん」
「これはすごいね、この村の歴史! こんなに詳しく歴史が書かれた本って初めて見た」
「そうですよね。僕もこれを見た時は驚きました。でも、これが兄さんの出て行った理由になるとは思っていませんでした。リテさん、わかりますか?」
「うん……。わかる気がする」
「やっぱり……」
「この本は、この村の出来事については詳しく書いてあるけど、それ以外は何も書いてない。もう不自然なくらい。だって、最初にこの村に来たエルフたちは、一体どこから来たの? なんのために移動して来たんだろう? 他の種族たち、ドワーフも魔族も急に現れるけど、その人たちがいつ、どこから来たかも書いてない。すっごく不思議」
「だよね。俺もこれを読んだときに同じことを思ったんだ。なんだか、重要なことが全然書かれてないって感じ」
トーキも私に同意して頷き、ユーテスの顔を見る。
「それで、昨日ユーテスにこの感想を話したんだけど、ピンとこなかったみたいだよね。」
「はい。僕がこれを読んだときは、この村の歴史なのだから、それ以外のことが書かれていなくても全く違和感はありませんでした。リテさんが思った様な疑問が、頭に浮かんだこともありません」
「そうなの? この村を作ったエルフたちが、どこから来たのかとか、気にならない?」
「うーん、考えたことないですね。それに、それがわかったからって、今の僕たちが何か変わるわけでもないですし。そんな昔に何があったか、わかったって現在には関係ないじゃないですか」
私はユーテスのエルフらしい答えに、懐かしささえ覚えて応える。
「そう、そうだね。わかる、それがほとんどのエルフの考え方だものね」
「はい。だから、昨日トーキさんと話して驚きました。この歴史を読んで、そんな疑問が浮かぶ人がいるなんて、思っていませんでした」
そう。多くのエルフは過去に何があったかなんて興味がない。だって、それを知っても知らなくても、今の生活が変わるわけじゃないから。とても合理的。
だから、必要のないことは考えもしない。そんなことを考える人がいることさえ知らないんだ。
私は、この村を出たユーテスのお兄さんの気持ちが理解できた。
どうして、わざわざ「図書館」の本を複写してここに残したのかも。
他のエルフには理解されなくても、知りたいって思ったんだよね。
どうして? なぜ? それを知りたい。
もし、どこかにその答えがあるとしたら、それはきっと魔法都市「シュルクタット」だ。
この歴史に、どうしても知りたい疑問があるから、ノートを残して村を出た。
生まれ育って、何不自由なく暮らせる村を出るのは不合理だって、みんな思うかもしれないけれど、知りたいんだからしょうがないよね。
………………………
次の日、私は早朝に目覚め、朝食のパンをつかんで「図書館」へ向かった。
そして一日中、「図書館」の本を漁り続けた。
特に、覚えておきたい絵を描く技法についての本は、複写の魔法で出来る限り写し取る。
トーキも私の後に「図書館」に来て、何か調べ物をしていた。絵についての本を見るのに熱中していた私の視界にはあまり入らなかったけど。
そうしてあっという間に時間が過ぎて、トーキにそろそろ帰ろうと言われて外に出た時には、もう真っ暗だった。
そのままユーテスの家にもう一泊お世話になる。
その夜も家族の団らんにお邪魔して夕食をいただき、食後に私たちとユーテスの三人でトーキの部屋に集まった。
「ユーテス、今日『図書館』でお兄さんのノートの原本を見つけたよ。でも、内容はノートに写し取られたものと同じ。あれが全部だった。他にこの村に関する本もなかった。やっぱり、わからないことだらけだね」
部屋に入り、落ち着かない顔のユーテスにトーキが言った。
「そうでしたか。それじゃあ、やっぱり兄さんはその疑問を解きたくて村を出たんですね」
「そうだと思う。それと、今日も『図書館』に行って、やっぱりおかしいって思ったんだけど……」
「何ですか?」
「あの建物が、5000年以上前から建ってるってこと。ザンドムさんもいたから確認したけど、最初のエルフたちがこの村に来てから、あの『図書館』は建て直されたことがない。いくら石造りでも、5000年も経ってたらもっと朽ちてるはずなのに」
「そういえば、そうですね。僕はそういうものなのかと思ってましたが……」
「いや、どう考えても不思議だよ。特殊な魔法でもかけられてるのかな?」
トーキが私の方を見る。
「うーん、物が壊れにくくなる魔法はあるけど、5000年も効果を発揮するなんて、あるかな……?」
いくら魔法でも無理な気がする。それに、あの「図書館」を建てたのはエルフじゃない。エルフが来る以前にここに住んでいた種族がいたのだ。その種族が「図書館」を建てたのかな? どうして、「図書館」だけが残っていたんだろう? その種族はどこに行ってしまったの?
疑問がどんどん湧いてくる。
トーキの言う通り、わからないことだらけだ。
「シュルクタット」に行けば分かるのだろうか。
天使族の人が「図書館」を守れって言っていたことを考えると、「シュルクタット」に何か秘密があるのだろうか。
あふれる疑問と共に、私の中にわくわくとした興奮が湧き起こる。
私も早く「シュルクタット」に行きたくてたまらなくなる。
「私たちは必ず『シュルクタット』まで行くから。『シュルクタット』はとても大きな街で、会えるかどうかは分からないけど、もしお兄さんに会えたら、あなたのことを伝えたいと思う」
「ありがとうございます、リテさん! 僕も少しだけ兄さんの気持ちが解って嬉しかったです! 僕はこのベルシュテン村で森を守り続けますから、兄さんの疑問が解けたなら、いつでも帰って来て欲しいと伝えてください!」
ユーテスは、エルフらしく快活で、素直な笑みでそう言った。
私は、彼のその顔をしっかりと見つめ返して応える。
「うん。約束する」
……………………
翌朝、ユーテスとその両親に心から感謝していることを何度も言って家を出た。
そして村長のザンドムさんの家にも立ち寄り、お礼を言って村から旅立つ。
ユーテスと出会い、魔石探し、天使族、そして図書館。
山の合間の小さな村で、こんなにいろんな出来事があるとは思っていなかった。
ユーテスのお兄さん、オールテスさん。「シュルクタット」に辿り着いたら、この人を見つけることができるだろうか。
そして、この世界の歴史についても、私は知りたい気持ちが止まらない。
私たちは、新しく増えた旅の目的と共に、次の村を目指して歩き始めた。
ベルシュテン村から次の村へと続く道は、森の切れ目にひっそりと佇んでいる。
それは、人一人がやっと通れるくらいの狭い山道で、うねるようにひたすら続く。
私はトーキに先立って歩を進める。
森はいよいよ深くなり、周囲に民家も無ければ、道行く人もまったくいない。
とはいえ、道を抜ける風は爽やかで、樹々の葉を光らせる木漏れ日も気持ちが良かった。
「魔石を失くした時はどうなることかと思ったけど、魔石も見つかったし、貴重な本を見ることも出来て良かったね」
「そうだね、トーキ。こんなことになるなんて思ってなかった」
「うん。ユーテスのお兄さんも見つけないとね」
「私もこの世界の歴史が気になるから、それについて調べていけばきっと会えるんじゃないかな」
旅を続けて、知りたいことがまた増えた。
分からないことが多くなっているのに、先に進むのが楽しいのはどうしてだろう。
私は、取り戻した魔石で魔法をかけて、飛ぶように山道を進む。
「リテ。そんなに急いで大丈夫?」
「大丈夫! 速く進みたくてたまらないの!」
「次は魔族の村だっけ?」
「そう! バルドゥルグ村!」
「あんまり急ぐとバテるよ。それに、次の村まで最低でも5日はかかるって!」
トーキに言われて少し歩を緩める。
そうだった。旅はまだまだ先がある。
「ベルシュテン村の歴史の本、もう一つ不思議なことに気付いたんだけど。とても根本的なこと……」
山道を歩きながら、おもむろに喋り出すトーキ。
「あの本を書いたのは、一体誰かってこと」
「……! そうだ。約5000年前から1000年前くらいまで、詳細に書いてあったけど、確かに不思議」
「だろう。リテの話だと、エルフってそういう記録をあまり残さないらしいし」
「そう。紙に記録を書いて残すエルフはあまりいないの。全くないわけじゃないけど。4000年分も記録があるなんて。エルフの一生よりもずっと長い期間だし……」
「もしかして、あれを書いたのはエルフじゃないのかもしれない」
「え? エルフの村の記録だけど。そんなことあるかな?」
「うーん、わからないけど。でもなんとなく書き方が客観的というか、エルフについて別の種族が書いてるように感じたんだよね。もっと上位の存在というか」
「上位の、別の種族って……。あ! 天使族!」
「そう。わからないけど。『図書館』を作ったのも、きっと天使族なんじゃないかな」
「そうね。ほとんどのエルフは本に興味がないから、わざわざ『図書館』を作るのも変だし」
そう考えると、天使族が現れて村長に「図書館」を守るように言ったことにもつながる。
「どうしてエルフたちがあの場所に来たかとか、ドワーフや魔族の村についても、天使族にとっては分かっていることなら、書き記す必要もないのだろうし。まあ、全部推測だけど」
そうトーキが言ったが、かなり真実味のある話のように感じた。
あの天使族、シュルクタットに行けば会えるだろうか。
今、私の目の前には、ひたすらに山道が見えるだけだ。
この先は、こんな感じの道が当分続くらしい。
私は、もう二度と盗られないようにと魔石を握りしめ、硬い土の斜面を踏みしめた。
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