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俺はただ君に会うためにこの世界にやってきた  作者: たかき いさな
第2章
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第21話〈魔石探し〉

「クギールの巣はハリヴェイの森の東側、ツェドルの樹の上に多く作られるんです! ご案内します!」

 ユーテスは朝食を早々に終えて、私の魔石を見つけようと張り切っていた。

 森に関してずっとベテランである両親の手伝いも断り、自分一人で案内すると自信満々で私たちと森に入る。


「僕は、正式にこの仕事を継いだのは最近ですけど、子供のころからずっと森を遊び場にしてたので詳しいんです! 安心してついてきてください!」

 そう言ったユーテスの足取りは軽快で、険しい森の中でもスイスイと進む。

 彼よりもずっと背も低く、森に慣れていない私とトーキが何とかついていくのを、彼は時々休憩しながら先導していった。


「ユーテス君は森が好きなんだね。子供のころから、森での仕事をしたかったんだ」

 先走るユーテスを引き留めるように、トーキが息を弾ませながら声をかける。


「森は大好きです! 父さんと母さんがこの森を守っているのも、尊敬してます!」

 立ち止まり、変わらない爽やかな顔で振り返るユーテス。


「それは、素敵だね」

「はい! でも、兄さんはそう思っていなかったみたいで。僕も、兄さんがどうして村を出たのか、ずっと疑問なんです」

 ユーテスは前を向き、私たちが追いつけるようにゆっくりと歩きだす。


「ユーテスは、この村を出たいって思ったことないの?」

 私は、背を向けているユーテスに問いかける。


「ありません。村を出るなんて、考えたことも無いです。僕には、この森と父さんと母さん、村のみんな、それがすべてで、それ以外のことを考えるって、わからないんです」

 山道を歩いても、全く息を乱していない、落ち着いた声だった。


「リテさん。リテさんもエルフの村を出てきたんですよね。こんなことを聞くのは失礼なのかもしれないけど、それってどういう気持ちだったんですか?」

 静かに振り返ったユーテスが、私に言った。

 真っ直ぐな目だった。

 彼の真摯さが伝わる。


 私は、彼の数歩手前で立ち止まり、息を整える。

「私の場合は、この病気のせいで自分がエルフとは違うってずっと思ってたから。でも、それだけじゃないな、私が村を出た理由。私は見たかったの。村の外のいろんな景色、いろんな人、いろんな生活を。そして、それを誰かに伝えられたらって思ったの」

「それだけですか?」

「そうだよ、それだけ。実は、私たち『人間』の寿命はエルフよりもずっと短いの。だから、その短い時間で、わたしは出来るだけ多くのものを見たい」


「でも、寿命が短いなら、なおさらその時間を家族と過ごしたいんじゃないですか? 僕ならそうすると思う」

「そうだね。それもとても素晴らしい選択だと思う。私もお父さんとお母さんのこと、大好きだもの。今でも、会いたくてたまらない」

「じゃあ、どうして?」

「どうしてだろう? うまく言えないけど、私が精いっぱい生きたいって思ったら、ここに来てた」

「すいません。よくわかりません……」

「だよね。私もわかんない」


 私は困り顔のユーテスに笑いかけることしかできない。

 不服そうなユーテスは、また前を向いて歩き出す。

 そのまま無言で私たちはハリヴェイの森まで歩き続けた。



 …………………………



 森の中は、真っ直ぐに伸びた背の高い樹が整然と並び、木々の合間から柔らかな光がまばらにそそぐ。人の身体ほど太さのある同じような樹がどこまでも続き、その間を通る風の音だけが聞こえる。

「この辺りは、200年くらい前に父さんが植林した森なんです。建材にするには最高の樹ですよ!」

 そう言ってユーテスは自慢げに微笑む。


「クギールの巣はこの森の樹の上です」

「ねえユーテス。こんなに高い樹の上じゃ、『シューリンク』で探せないんじゃない?」

「ああ、僕の持ってる魔石なら大丈夫ですよ! ほら!」


 そう言ってユーテスが取り出した魔石は、拳の大きさほどもある黄の魔石だった。

「すごい! そんなに大きな魔石、パルキストス様のところ以外で初めて見た」

「へえ、この大きさの魔石を持ってる人が他にもいるんですね。ウチに代々伝わる宝物なんですけど」

「パルキストス様は魔法の研究をしてたから。普通じゃそんなに大きな魔石もってないよ」

「えへへ。ですよね。これなら効果範囲は十メーリはあります。樹の上まで魔法が届くんです。どうぞ!」


 私はユーテスからその大きな魔石を受け取る。

 パルキストス様の家にはたくさんの魔石があって、大きなものも目にしていたが、触らせてはくれなかった。初めて持った魔石は、思っていた以上にずっしりと重く、ひんやりした冷たさが心地いい。

 そして私は、自分が失くしてしまった魔石をイメージしてつぶやく。

「シューリンク」


 魔石がぼんやりとした光を放つ。これは魔法が発動しているしるしだ。

 あとは、鳥の巣がある辺りをしらみつぶしに移動する。

 効果範囲内に私の魔石があれば、この魔石が強く光るはず。

 なんとも、地道な作業だ。


「ユーテス、クギールの巣があるのって、どのくらいの範囲なの?」

「そうですね、この辺り三百メーリくらい向こうまでですね」

 三百メーリ。けっこうな広さだ。

 出来るならユーテスに魔石を持って歩いてもらいたいけど、彼は私の魔石を知らないからイメージできない。トーキも直に手に持ったことはないはずだから、私がイメージするのが一番確実だ。


「なんだか悪いね、手伝えなくて」

「ここまで来たら、後は私が魔法を使うしかないから。トーキは休んでてもいいよ」


 そして私は、ひたすら魔石を持って森の中を歩き続ける。途中、ユーテスが持ってきてくれたお弁当を食べて(硬めに焼いたパンと燻製肉のサンドイッチだった)、また歩く。

 やることがないユーテスとトーキは、二人で意気投合して何か話し込んでいた。

 そして、日が少し傾き始めたころ、ついに魔石が反応した。


「トーキ、ユーテス! ここ! この樹の上!」



 ………………………



「ここですね。あとは任せてください!」

 ユーテスは樹にロープを回し、それを両手で持って樹に足をかける。

「キャルロルディ」の魔法を使って身体を軽くし、あっという間に上っていく。


 ユーテスが上った先で、ガーガーと鳥の声が響く。

 クギールは昼間眠って夕方から活動するらしいから、まだ巣にいたのだろう。

 バタバタと鳥の羽音が聞こえるが、ユーテスは大丈夫だろうか。


 樹の上にいるユーテスと、その周りを飛ぶ鳥の姿はなんとなく見えるが、どうなっているかはっきりとは見えない。

 私とトーキが不安気にしばらく見上げていると、ユーテスがこちらに向かって大きく手を振り上げた。


「ありました!」

 ユーテスの声が響く。

 樹にしがみつきながら掲げている手に、小さな石が光っているように見える。

 ユーテスの表情はよく見えないが、声の強さからきっと満面の笑みだろう。


 そしてユーテスが樹を降りようと身体を向き直した瞬間、樹の周りを飛ぶ鳥よりも一回り大きな鳥が、上空から矢のように現れる。

 羽も爪も嘴も見分けがつかない漆黒の鳥。

 それは黒い閃光と思えるほどの鋭さでユーテスと交錯し、立ち並ぶ樹々の間をすり抜けて飛び去った。


「え?」

 私が呆気にとられたその間に、鳥は森の彼方、はるか先の黒い点にしか見えなくなる。

 いつの間にか樹を降りてきて私の後ろに立つユーテスが、その点を眺めながら「すいません、盗られました」と力なくつぶやいた。

 その瞬間。



 …………………………



 遥か先の黒点のさらに先で、強烈な紫色の閃光が輝く。

 あまりの眩しさに、その黒点も、森の樹々さえもすべて、光の中に塗りつぶされる。


 この光、この色。見たことがある。いつだろうか?

 私が思い出そうとしていた時、トーキが言った。

「天使族……!」


 閃光はあっという間に消え、その光の先、鳥のいるはずの空中に、白い男が浮いているのが見えた。


 その男は、空中を飛んだまま、こちらに近づいて来る。

 そうだ。私はこの男を見たことがある。

 学校からの帰り道、突然現れてパルキストス様のことを聞かれたのだ。

 そして、私を「人間」だと言ったのもこの男だった。


 その天使族の男は、あっという間に私たちの所まで飛び来て、頭上に浮遊する。

 見下ろしてくる、なんの感情も読み取れない顔。

 白く長い髪、白い衣服が重さを失くしてユラユラと揺れている。


「シュルクタットで待っている」

 低く、平坦で、抑揚のない声。


 私は、その男へと感じる恐怖とも畏怖とも思える感覚に慄く。 

 だが、決して危険はないのだということも直感的に解る。

 自分が、この男に対して出来ることが何もないのだ、ということも。


 そして男は、以前と同じく紫色の魔石の指輪の嵌る右手を挙げる。

 指輪が輝く。

 強力な光に、私たちは再び何も見えなくなる。


 その閃光から視力を取り戻した時、男はすでにいなかった。

 そして、その男の浮いていた場所の下に、私の魔石が落ちていた。



 ………………………



「なんと……。天使族がいらっしゃるとは……」

 魔石を取り戻した私たちは、ベルシュテン村まで帰り、村長のザンドムさんに報告しに行った。昨日通されたのと同じ中庭のテラスに座り、ことのあらましを説明する。

 そして天使族が現れたことを聞くと、ザンドムさんは驚愕して言葉を失った。


「天使族とは何者なんですか? 以前にもテルノ村に突然現れたことがあります。ギムセックさんはシュルクタットに住む少数種族だった言ってましたが。何かご存知ではありませんか?」

 トーキが少し興奮気味にザンドムさんを問い詰める。


 ザンドムさんは、難しい顔をして黙り込んだ後、静かに口を開いた。

「天使族という種族がどういう方々なのか、私にも分かりません。おっしゃる通り、シュルクタットに住まわれる少数種族で、大変高度な魔法をお使いになられます。皆さんの前で使われた転移魔法も天使族の方にしか使えないと聞いたことがあります」


「さっき現れた天使族は、森の中を飛ぶクギールから魔石を取り戻してくれました。それも確かに転移魔法を使っていたのだと思います。どうして私たちを助けてくれたんでしょう? そもそも、どうやって魔石が盗られたことを知ったのか……」

「天使族は、この世界のすべてを見通しておられると言う者もいます。また、この世界が良き方向に進むように管理しておられるとも」

「管理? どういうことです?」

 問われたザンドムさんは、少し迷うような顔をした後、立ち上がる。


「こちらへどうぞ。私が一度だけ天使族にお会いした時のことをお話しします」



 …………………



 ザンドムさんは家を出て、村の小道を進む。森に程近い斜面を登って、小さな石造りの建物にたどり着く。

「ここは、この村、いやこの地方で唯一の『図書館』です」

 そう言って彼はその建物の狭い扉を開き、暗い室内に魔法で明かりを灯す。


 入り口をくぐると、魔法で冷やされているのか、ひんやりとした空気が顔を撫でる。

 両側、2メーリほどに壁、いや、壁じゃない。本棚だ。

 壁に見える側面は、全て本で埋まっている。

 そして目の前には、私の身長よりも少し高い本棚が三列。それもすべてぎっしりと本が詰まっていた。


「すごい……! 学校の図書室の何倍も本がある! こんなの初めてみた!」

 私は思わず声を上げる。

 ドキドキと血流が速くなるのを感じる。

 どこを見ても本、本、本だ。

 足が吸い込まれるように、本棚の間に私は進み入る。


「私がこの村の村長になった時、前任の村長からここの管理を引き継ぎました。そして、その時に現れたのが天使族です」

 たくさんの本に囲まれて、冷静でいられなくなっている私の耳に、ザンドムさんの落ち着いた声が響く。


「その方はこの図書館に突然現れ、私に言ったのです。ここを必ず守り続けるように、と。ただそれだけをおっしゃって、その方は消えました」


 目の前の本棚は、一面すべて物語の本だった。どれも私の知らない作者、私の知らない物語ばかり。一冊手に取ってみる。古い紙の匂い。かすかにパサッと音を立てて開く。ページは滑らかにめくることが出来る。


「正直言って、私には意味が分かりませんでした。それまで、私はほとんど本を読みませんでしたし、この図書館にそれほどの価値があるとは思えなかったのです」


 隣でトーキも本を手に取っている。この紙質に驚いているみたいだ。確かに、この本の紙は普通の紙とは違う。

 手触りは普通の紙みたいだけど、とても古いはずなのに黄ばんでも傷んでもいない。本の最後のあたりに、作られた年代が記されていたが、千年以上前の日付だった。


「天使族の存在は、その時から知っておりました。ただ、シュルクタットでこの世界について重要なことに関わっている、という程度の認識でしたが。しかし、そのような方がわざわざ稀有な魔法でこの辺鄙な村に来られるのなら、この図書館は守らねばならないのだろうとは思いました」


 私は、隣の棚も見る。その棚もすべて物語だった。信じられない。いったいどれだけ、物語があるのだろう。

 よく見ると、書かれた地域ごとに棚を分けてあるらしい。さっきの棚はこのアルトゥニア地方の物語、こちらの棚は北方のノートゥニア地方の物語のようだ。


「それから、私はこの村の村長として、この図書館を管理しております。ユーテスは知っている通り、この図書館は村の者でも旅人でも、希望があればどなたでもお入りいただけます。しかし、利用する者はごくわずかです」


 さらに隣の棚は、図鑑の棚だった。植物、昆虫、鳥、魚、獣、魔獣、何でもある。

 微生物? 素粒子? 私にはよく分からないものも多い。


「天使族の方の言葉がなければ、興味を持つ者のほとんどいないこの場所を、私は閉じてしまっていたかもしれません。しかし、今はっきりと分かります。たとえ利用する者が少なくとも、この図書館はなくしてはいけない」


 そして、隣の棚はなんと絵についての棚だった。過去何千年もの間に描かれた、いろいろな表現の絵がまとめられた画集。素晴らしい才能を持った画家たちの足跡。さらに、多様な表現方法の解説と、実践のための技術。

 すごい。すごすぎる。

 世界に、絵を描いている人がこんなにいたなんて。

 見たことも無い色使い、タッチ。

 なんていう多彩な表現。

 私は、あまりに素晴らしいそれらの本に、村長の言葉も耳に入らず、夢中になった。


「リテさん、あなたのような方が来られるから、この図書館はなくしてはいけないのだと、改めて理解しました」



 ……………………………



「なるほど。天使族はこの世界が良い方向に進むように管理している、ということはなんとなく解りました。いったいどういう意図があるのか、詳しくは分かりませんが、それは実際にシュルクタットに行くしかないのでしょうね。昨日の天使族も、シュルクタットで待っていると言ってましたし」

 私の興奮をよそに、いつも通りの平静さでトーキはザンドムさんに言った。


「私が知っていることはこれだけです。あまりお力にはなれませんでしたが。リテさん、この図書館がお気に召したのでしたら、いつまで滞在されても構いませんよ」


 ぐっ! 私は、いつまでもここに滞在したい気持ちと、シュルクタットに行きたい気持ちを天秤にかける。

「ありがとうございます。でも、シュルクタットにも行かなければならないので、もう1日だけ滞在させてください」

 断腸の思いでそう言って、トーキの方を見る。トーキも苦笑いしながら頷いてくれた。


「それじゃあ、今晩もウチに泊ってください!」

 ニコニコ顔のユーテスがこちらを見て言った。


「リテさんに相談したいお話があるので。お願いします」

 一転して笑顔を解き、重ねてユーテスは懇願する。

 私は、その真剣な目に気圧されるように頷いた。



毎週月曜日、朝6:00更新です

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