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俺はただ君に会うためにこの世界にやってきた  作者: たかき いさな
第2章
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20/25

第20話〈ユーテス〉

「僕はユーテス。ベルシュテン村まで行かれるのでしたら、ついてきてください!」

「ありがとう。私はリテ。こっちはトーキ」

 はきはきとした口調のユーテスは、私たちを先導して山道を歩き出す。

 彼の歩く先には、大きな丸太が数本、縄で縛ってまとめられて横たわっていた。

 それを魔法で軽くして、紐をかけて引っ張って歩く。

 私たちが聞いた、大きな何かが動く物音は、これだったみたいだ。


「木を切ってたんですか? 木材を採るお仕事?」

「この木は材木になりますけど、仕事はもっといろいろです。植林して、雑草を下刈りしたり、要らない木を間伐したり、獣や魔獣を狩ることもあります。この辺りの森を管理するのが仕事ですね」

「へえ。まだ若そうなのに、すごいのね」

「あは! 一応この間、成人したんです。でも僕、成長が遅いのか、まだ若く見られちゃって」


 エルフで、その上成長も人より遅いなんて、あまりに私と違いすぎる。

 成人しているなら60歳を過ぎているはずだけど、彼の顔はまだあどけなささえ残っていて、私はそれを直視できなかった。


「お二人は、見慣れない種族ですが、どちらの種族ですか?」

「私たちは、『人間』っていう種族。テルノ村から来たの」

「へえ! 『人間』! 初めてお会いしますね! でも、テルノ村はエルフの村じゃないですか? 住人はみんなエルフだったと思いますが……」

「ええ。そうなのだけど。私は『人間』になってしまう病気で、トーキは召喚魔法でこの世界に来てしまった違う世界の『人間』」


「ええ!? 召喚魔法! そんなの使える人がいるんですか!? 違う世界から来られたなんて! それに『人間』になってしまう病気っていうのも初耳です!」

「村には魔法を研究している人がいたし、私の病気もとても珍しいから」

「いやあ、すごいですね! ベルシュテン村では、そんな新しい魔法を使う人はいないし、人も少なくなる一方なんで」


「この辺りでは一番人口が少ない村だって聞いたけど」

「そうですね。今ではもう30人くらいですから。特に若い人が少なくて、僕が最年少なんです」

 そう言ってユーテスは苦笑いをする。それから彼は前を向き、こちらに話しかけてこなかった。私たちも上り下りの激しい山道を歩くことに集中する。

 黙々と山道を進み、いくつかの低い尾根を越えると、山の合間に張り付くように小さな集落が見える。


「あれが、ベルシュテン村です。ようこそ、僕の村へ!」

 明るく言ったユーテスの言葉が、閑散とした山道に響く。遠目に見える村に動く人は見えない。小さな木造の家屋が数十軒と、その間の狭い平地にわずかな畑。商店のような建物は見当たらない。

 山の間から差す爽やかな日差しの中、人気のない小さな村はまるで絵のように佇んでいる。



 ……………………



「とりあえず、村長のところに挨拶に行きましょう!」

 村への来客を案内することもあまりないのだろう、張り切っているユーテスは、私たちを村長の家へと連れて行ってくれた。


「村長! お客さんがいらっしゃいました!」

 カラメル色に艶光る年季の入った木で組まれた、大きな屋敷。その前で、こちらが恥ずかしくなるほど大きな声をかけるユーテス。


 しかし、その大声にも誰も出てこない。

 私たちは、怪訝に思っていたが、ユーテスは再度声をかけることも無くそのまま待っている。

 どうしたのだろうかと思っていると、やがてゆっくりとしたテンポの足音が聞こえ、玄関が開いた。


「村長、お客さんいらしたので、ご案内しました!」

「おお、ありがとう。ユーテス」

 現れたのは、長い白髪と長い白髭を腰のあたりまで伸ばした老エルフだった。


 とりあえず中へどうぞ、という案内で、私たちは玄関をくぐる。

 先導してくれる村長の老エルフの足取りは、驚くほどゆっくりだ。ユーテスが声をかけてから、出てくるまで時間がかかった理由がわかる。


 私は、お父さんの言っていたことを思い出す。

 ベルシュテン村の村長は、この地方に住むエルフの中でも一番の高齢だということだ。

 エルフは「人」の中で最も長寿な種族だから、この地方のすべての「人」の中でも最高齢だということになる。何歳かまでは聞いていないが、少なくとも1000歳は超えているはずだ。


 ついていくのがじれったくなるスピードで、ようやくたどり着いたのは中庭のテラス。

 明るい陽光が満ちている中、村長とユーテス、私とトーキが向かい合って座る。


「改めてようこそ、お客さん。私はザンドム。この村の村長をしております。村にお客さんが来るのは5年ぶりくらいかね。ぜひ、ゆっくりしていってください」

「こんにちは。私はリテ。テルノ村の村長、ギムセックの娘です。こちらはトーキ。召喚魔法で違う世界から召喚されました。私たちは『人間』という種族で、魔法都市『シュルクタット』を目指しています」

「ああ! あなたがリテさんですか。以前にギムセックさんから話は聞いておりました。早く成長する病気に罹っておられると。私は病気については力になれませんでした。申し訳ないと思っております」

「そんな、いいんです。村長さんが謝るようなことじゃないですから!」


 そうか。お父さんも村長だから、この辺りの村の村長たちとは面識がある。最年長のザンドムさんに、私の病気について相談していたんだ。

 私の中にお父さんの顔が浮かぶ。それだけで、胸に熱いものを感じる。


「それから、えーとトーキさんとおっしゃられましたか。召喚魔法とは、また珍しいですな。そういう魔法があるとは聞いたことがありますが、実際に召喚された方にお会いするのは初めてです」

「どうも。初めまして。俺も『人間』っていう種族で、この世界には『人間』は俺とリテしかいないらしいのですが」

「ほう。『人間』という種族は聞いたことがありませんな。なにはともあれ、どうぞお好きなだけ村にいていただいて構いません。村に宿はありませんが、私の家でよろしければお泊めいたします」

「村長、ウチでもいいですか?! 泊っていかれるならぜひウチに! 部屋も空いてますから!」

 ユーテスが村長の言葉に割って入る。

「リテさん、トーキさん! 良ければウチに泊ってください。お二人のお話を聞きたいので!」


 ユーテスはきらきらとした顔で私たちに向き直り、有無を言わせない勢いで彼の家に泊るよう誘ってきた。

「それじゃあユーテス。お客さんをお願いできるかね? お二人もよろしいですか?」

「私たちは、どこでも構いません。それと、もう一つご相談があるのですが……。私、実は魔石を失くしてしまって。白、赤、黄の三種のペンダントを鳥に盗られてしまったんです。この村で魔石を買うことは出来ますか?」


「それはそれは! 大変なことですな! 魔石でしたら余分は十分にありますから、お譲りできます。しかし、鳥に盗られたとは……」

「もしかして、黒い鳥ですか? ハリヴェイの森のあたりですか?」

「ハリヴェイの森、というのがどこかわからないけど、黒い鳥だったと思う。知ってるの? ユーテス」

「ハリヴェイの森は、ここからタリル村へ行く間にある広場の周りの森です。そこを通りました?」

「そう、そこ! そこで盗られたの!」

「やっぱり。あのあたりに棲んでいるクギールっていう鳥は、光るものを集める習性があるんです。巣の場所を探したら、もしかして魔石を見つけられるかもしれません」

「本当?!」

「はい! 明日、探しに行きましょう!」



 ………………………



 その日、私たちはユーテスの家に泊めてもらい、翌日に魔石を探しに行くことになった。

 ユーテスの家もかなり古い木造で、少なくとも建てられてから500年は経っているだろう。黒く変色した分厚い木で組まれている。


 ユーテスは、その家で両親と一緒に暮らしているそうだ。両親共に森の管理の仕事をしていて、彼も成人してその仕事を継いだらしい。

 私たちがユーテスの家に着いた時には、まだ両親は帰っていなかった。


「お部屋はこちらを自由に使ってください! えーと、部屋は2部屋余ってるんですけど、お二人別々ですか? それともご一緒で……?」

「別々で! 別々でお願い!」

 私はつい、言葉に力を入れて応える。


「あ、別々です。二部屋も用意してもらって、悪いね……」

 トーキも言って、それぞれに部屋に入る。トーキは何か言いたそうだったけど、見ないようにして私は部屋のドアを閉めた。


 ちょっと強く言いすぎただろうか。

 一緒の部屋が嫌だという訳ではないのだけど、やっぱり昨夜のことを思い出してしまう。

 ここは安全な村の中。しっかりした造りの家だし、さすがにもう魔獣が怖くなることはないだろう。一緒に寝る理由はないのだし、部屋が空いているなら別々の部屋にするのが、自然だ。うん。

 そう自分に言い聞かせて、私は部屋の奥まで歩を進める。

 すると、壁越しに隣の部屋から「うわ!」と大きな声が響いた。

 トーキの声だ。何があったんだろう、と一瞬考え、魔石を私だけが持っていることを思い出す。


 トーキの荷物も、私の首にかけてある魔石で軽くしているのを忘れていた。

 壁越しでも魔石の効果範囲は変わらない。約3メーリ。

 私が部屋の奥まで進んだから、効果範囲を出ちゃったのか。


「トーキ、大丈夫?」

 私は、壁に向かって問いかける。


「ああ、大丈夫、大丈夫。急に荷物が重くなって転んだけど」

「ごめん! 魔石の効果範囲を出ちゃった」

「いや、俺も忘れてたよ。ははっ」


 私たちは、壁越しに会話しながら、笑い合う。


「トーキ、そっちに行ってもいい?」

「ああ、もちろん」



 ………………………



 トーキの部屋は、私の部屋よりは少し狭い、一人用の部屋だった。私が入った部屋は大きめのベッドが二つあり、もともと二人部屋だったのだろうが、この部屋にはベッドが一つだけだ。


 部屋の入口の傍には、大きなリュックサックが転がっている。トーキは、それを開けて荷物を整理していた。

「ごめんね。大丈夫だった?」

「あはは。大丈夫だよ。それより、魔石が見つかりそうで良かった」


「まだ、見つかるかどうかはわからないけど。森の中で鳥の巣を探すなんて、大変だろうから」

「でも、ユーテスは森の専門家みたいだし、期待してもいいんじゃないかな」

「そうね。巣がある辺りまで行ければ、あとは『シューリンク』で見つけられるかも」

「『シューリンク』って?」


「魔石を探す魔法」

「魔石を探す魔法があるの?! なんだ、先に言ってよ!」

「ええとね、魔石を探す魔法って言っても、家の中で失くした時に使う魔法で、魔石の効果範囲内まで近づかないと分からないの」

「魔石の効果範囲ってことは……」


「だいたい3メーリまで探している魔石に近づけば、手に持った魔石が光る。そこからさらに近づけば光は強くなる。でも3メーリまで近づかないと無反応だから、鳥が相手じゃ意味がないと思ってたの」

「なるほどね。3メーリって、4~5メートルくらいか。巣が木の上にあっても、反応するかな……」


 私たちがそんな話をしていると、部屋の外からユーテスの声が聞こえる。相変わらず大きくて快活な声。

「リテさん、トーキさん! 両親が帰って来たので、ご紹介します!」



 ……………………………



 そうして紹介されたユーテスの両親は、典型的なエルフといった風貌だった。

 父親はヴァルギンさん、母親はディオルさんといった。二人とも500歳前後ということだけど、エルフらしく若い見た目で、整った顔立ち、親切で、おおらかで、純朴。


 見知らぬ来訪者で、見たことも無い種族の私たちを笑顔で迎えてくれて、そのままユーテスの一家と夕食をいただく流れになる。

 近隣の森で獲ったという獣の肉の煮込み(魔獣ではなく普通の獣だ)、自宅の畑で獲れた野菜のサラダ、森で採れたキノコのスープ。どれも初めての風味で、とても美味しかった。


 そんな食べたことのない料理が並んでいたのに、私は自分の家の食卓を思い出す。 

 お父さんとお母さん。お姉ちゃんもいて、みんなで手作りの料理を囲む食卓。何の変哲もない家族の団欒。温かく、心地よくて、こんな平和が永久に続くのだと思っていた。

 でも、今となっては遠い、遠い幻想だ。

 ユーテスと、その両親を見ながら思う。


 そして、自分がこの世界でいかに異質なのかも、改めて実感する。

 初めて会った人に対して、あんなにも裏表のない笑顔を向けることが、自分にできるだろうか。


 トーキがこの世界のことを「おおらかな世界」って言っていて、その時はピンとこなかったけど、ユーテスのような「普通」のエルフの家族を改めてみると、その意味が少しわかる気がする。


 ユーテスの一族は、この小さな村で代々森を守って暮らしてきたそうだ。

 何百年も、何千年もほとんど同じ毎日を送ってきたのだろう。


 ユーテスも、その仕事を継ぐことに何の疑問も持っていない。

 平和な顔、変わりなく落ち着いた日々、家族の愛情と優しさに満ちた生活。


 私は彼らのことがたまらなく眩しく見える。

 私が持つことのできなかった普通。

 私も病気にならずに普通のエルフに生まれていれば、こんな暮らしができたのだろうか。

 私の夢の暮らしがここにあるようだった。



「部屋に泊めていただいた上に、こんなおいしい食事までご馳走してくださって、本当にありがとうございます」

 食事もほぼ食べ終わり、トーキが型通りのお礼を言う。

「いえいえ、この村は人も少なくなって(いち)も立たないし、行商人もあまり来ないもので、お客様が来られるのは嬉しいんです。部屋にも余裕がありますので、何泊でも泊っていってください」

 にこやかに応えるヴァルギンさんだけど、何泊もしていくわけにはいかない。

 エルフの時間感覚に巻き込まれると、いつまでもここにいることになってしまう。


「私たちはシュルクタットを目指してますので、魔石が見つかれば出発しようと思います。ご厚意は嬉しいのですが」

「そうですか。それは、残念ですが……。シュルクタットまで行かれるとは……」

 トーキがシュルクタットと言うと、ヴァルギンさんは少しだけ難しい顔をして、目を曇らせて言った。私が、それを怪訝に見たのを感じたのか、ユーテスが応える。


「実は、僕の兄さんが30年ほど前に家を出たんです。シュルクタットへ行くって。それから連絡も無くて……」

「お兄さんがいたんですか?」

 私が聞くと、ヴァルギンさんが努めて笑顔を作って応える。

「この子の兄、オールテスは少し変わった子でね。成人してしばらくは森の管理の仕事をしていたんだが、突然シュルクタットに行くと言って……」


「そう、なんですか……。どうしてシュルクタットに行かれたんですか?」

 私が聞くと、ディオルさんが首を振る。

「よくわからないんです。どうしてなのか。お父さんとお母さんには、きっと理解できないと言われて。私たちには、どうすることもできませんでした」


 彼らはそう言って黙り込んでしまった。

 だけど私は、その言葉に親近感を感じてしまう。

 もしかしたら、その出て行ったお兄さんは、私と同じなのかもしれない。

 もちろん、「人間」ではないだろうけど、エルフとして変化のない生き方に耐えられない人はいるのだ。そういう人は多くの場合、生まれ育った村を出て行くことになる。


 穏やかだった夕食が、少し微妙な雰囲気になり、そのままお開きとなって私とトーキは部屋に戻った。

 部屋で一人になった私は、出て行ってしまったユーテスの兄を夢想する。しかし、それ以上考えても仕方のないことだ。

 明日は、何としても魔石を見つけなければ、と思いながらその夜はベッドに入った。



毎週月曜日、朝6:00更新です

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