第19話〈野営〉
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
魔石を鳥に盗られるなんて。
私は頭が真っ白になって、しばらくその場でうずくまり、動けなかった。
「どうしようか。鳥を追いかけるのは無理そうだし。今日はもうすぐ日も暮れるから、とりあえずここで野宿して、明日またどうするか考えようか」
「……。そう、ね。盗られてしまったものは、しょうがないし……」
トーキに言われて、私は何とか気持ちを持ち直して立ち上がる。
そして、無言で荷物からテントを出し、野営の準備に取り掛かった。
トーキと二人で、テントを立てるのに適当な場所を選び、小石をどけて地面を均し、布を敷く。そこにテントを立てて固定するために杭を打ち込む。
周りの枯れ木を集めて、トーキが魔法で火をつける。
トーキは、粉を水で捏ねて簡単なパンを焼き、私は道端に生えていた山菜と持ってきた燻製肉を鍋に入れてスープを作る。
頭はまだ上手く回らないが、とにかく今できる作業を淡々とやっていくうちに、少しずつ気持ちは落ち着いていく。
食事が出来るころにはすっかり日が落ちて、山の中はあっという間に真っ暗になった。
近くの木の枝に光魔法のランプをかけて、その明かりで照らされる中でトーキと並んで座り、夕食を食べる。トーキの焼いたパンは、いつも家で食べるパンとは少し食感が違うけれど、とても香ばしくて美味しかった。
「こんな山の中で、焼きたてのパンが食べられるとは思ってなかった。窯がなくてもパンって焼けるのね」
「重曹で膨らませて、フライパンで焼いたんだけど、上手くできて良かった。スープも美味しいよ。食べられる山菜とか、よく知ってるよね、リテ」
「学校の図書室に植物の図鑑があって、それでいろんな植物の名前を調べるのが好きだったの。こんな風に役に立つなんて思ってなかったけど」
「へえ、そういえば花の名前とかも詳しいよね」
「うん。足元に生えてる、小指よりも小さな花にも名前がついてるって、面白いなって思ってたから」
「元の世界だと、俺はそういうの興味持ったことなかったけど、この世界に来てみるとちょっとわかるな」
「本当? レミストスク先生には、変わってるって言われたけど」
「そんなことないよ。俺には見たことも無い植物ばかりだけど、ちゃんと名前があって、それぞれに特徴があるのを知れるのは楽しいよ」
「ふふっ。良かった」
トーキとのとりとめのない会話。
特別な内容を話している訳じゃないけど、なんとなく居心地がいい。
ようやく平静を取り戻した私は、今後について考えることが出来た。
「トーキ。私の魔石をなくしてしまったけど、これからどうするか、相談しよう」
「うん。先ず現状の確認だけど、リテの盗られた魔石って、俺が持ってるのと同じ三種を組み合わせたペンダントだよね」
「そう。光魔法の白、熱魔法の赤、力魔法の黄の三つがついてた」
「それ以外の、今手元に残ってる魔石は?」
「お姉ちゃんから貰った治癒魔法の緑の魔石。あとは、あのランプの中の白の魔石」
「俺が持ってるのは、白、赤、黄の三種のペンダントと、通訳してる青の魔石、それだけだね。とりあえず困るのは荷物を運ぶのに力魔法がいることかな。俺の魔石でリテの分の荷物も軽くできないのかな?」
「それはできる。魔石の効果範囲内だったら、たくさんのものでも同時に魔法をかけられるから」
「魔石の効果範囲って?」
「石の大きさによるけど、だいたい3メーリくらいかな」
「えっと、3メーリっていうと……」
「だいたい私が両手を広げたくらいの長さが1メーリ。3メーリは、ここからあのランプをかけた木の所までくらい」
私は、焚火の向こうにかけたランプを指さす。
二人で並んで歩いても、3メーリは問題なく納まる範囲だ。でもちょっとどちらかが離れただけで範囲を出てしまうから、やっぱり不便だろう。
「しばらくの間なら、トーキの魔石で私の分の荷物もなんとかなると思う。光魔法や、熱魔法も、魔石が一つあればとりあえずは大丈夫。あとは、魔獣の対策だけど」
「この辺りは、魔獣はほとんど出ないんだよね?」
「そのはずだけど、全くいないわけじゃないらしいから。でも、ドネルコさんに聞いた対策もあるから平気かな……」
「急に襲ってきたりはしないよね?」
「しないよ。トーキはちょっと勘違いしてるかもだけど、魔獣の方から人をねらって襲ってくることはないの」
「え? そうなの。でも、俺がこの世界に来た時に襲われたけど」
「それは、夜の森で偶然魔獣と出会っちゃったから、魔獣がびっくりしたんだと思う。あんなところに「人」がいるなんて、普通はありえないもの」
「確かに、夜の森で明かりも無しに「人」がいることもないだろうけど……」
「魔獣にとって「人」は天敵だから。「人」がいるとわかれば、魔獣の方から逃げていくのが普通なんだよ。襲われるのは、出会い頭なんかで不意に魔獣と出会ってしまった時。魔獣の方も驚いて攻撃してくることがあるんだって」
「そういうことなんだ……」
「そう。だから、ドネルコさんが、寝る時もランプと焚火は消さないって言われたでしょう」
「なるほどね。でも、ランプを点けておくなら、焚火は要らないんじゃない?」
「目があまり見えない魔獣もいるから。そういう魔獣は音や匂いで周りを判断してる。焚火の匂いがあれば人がいるってわかるからね」
「納得」
「それでも、万が一の万が一で魔獣が出てきたら、トーキが魔法で倒してね」
「お、おおう。ま、まかせといて」
「あはは。なんて、大丈夫だよ。魔獣なんて出ないから」
そんな話をした後、私たちはそれぞれに立てたテントに入り、早めに就寝することにした。小さなテントは、一人が寝たら余白はあまりない。分厚い生地は、ランプの明かりもぼんやりとしか通さず、薄暗い中で毛布をかぶる。
かすかにパチパチと聞こえる焚火の音。
風にかさかさと揺れる枝葉の気配。
トーキはもう寝ただろうか。
少し肌寒く感じて、私は思わず枕元に手を伸ばす。
いつもならそこに置いているはずの魔石。でも、今は何もない中を指で掻くだけだった。
私は、物心ついた時から、起きている間はいつも魔石を身に付けていたし、寝る時も必ず枕元に魔石を置いていた。
部屋が暑かったり寒かったりすれば、ほとんど無意識で魔石を手に取って、魔法で温度を調節する。
それが今は魔石がない。
身体の一部のように、いつもそこにあったものが、なくなってしまった。
私は毛布を握りしめ、全身を縮こまらせて温める。
どうしようもない不安感が沸き上がる。
魔石がない。魔法が使えないことの寄る辺の無さ。
魔法を使うことは、私にとっては歩いたり、喋ったりするのと同じくらい自然な動作だ。
それが出来ない。
まるで手足を奪われてしまったような不安。
自分にとって、当たり前に出来ていたことが、出来ないという心もとなさが、私の胸を締め付けてくる。
寒い。毛布にくるまって、気温もそれほど低くないはずなのに。
身体がわずかに震える。
外では、変わらずにランプが灯り、焚火は燃えている。
魔獣が来ることはないはずだ。
でも、もし今、魔獣が来たら。
私に戦う術はない。
何もできない。
大丈夫。来るはずがない。絶対に来ない、と理屈ではわかる。
それに、トーキもいるんだから、危険はないはずだ。
うん。問題ない。寝よう。目をつむれ。眠ってしまえば、気がつけば朝だ。
そう思い込む。テントの中で身を屈め、自分自身を抱きしめるように縮こまって目を閉じる。
それでも、鼓動はむしろ速くなるばかりだ。
もうそこに魔獣がいるんじゃないか?
足音も立てずに近づいた魔獣が、テントを引き裂き、私に喰いつく。
そんな妄想ばかりが頭に浮かぶ。
眠れない。
だめだ。
怖い。
私は、耐えられなくなって、毛布を纏ったままテントを這い出る。
すぐ隣、トーキのテント。
すべるように、その中に私は入る。
私の身体は、すぐにトーキの身体にぶつかる。
二人が寝られるほどの隙間はないテントの中に、無理やり身体を押し込める。
「ふえ!? え? 何? あれ、リテ?」
寝ていたらしいトーキが、素っ頓狂な声を出す。
「ごめん、トーキ。一緒に寝かせて」
「え? ええ!? いや、どうしたの?」
トーキは戸惑っているみたいだけど、私には気にしている余裕はなかった。
とにかく不安で、一人でいたくなかったのだ。
私が入り込んだ圧力で、トーキの身体が少しずれてくれたので、何とかテントの中に全身をたたみ入れる。
そのまま目をつむって、トーキの肩のあたりに自分の頭を押し当てるようにもぐりこむ。
毛布越しにトーキの体温を感じる。
聞こえてくる規則正しい呼吸音。
干した毛布の匂い、それに混じるほんの少しの汗の匂い。でも嫌な感じはしない。
トーキのテントの中の方が、温かく感じる。
自分の鼓動も、少しずつ落ち着いていく。
そして、そのまま私は眠りに落ちていた。
…………………………
鳥の声が聞こえる。なんだかベッドが硬い。
私が寝がえりを打つと、腕が布の壁にぶつかった。
あれ? 何だろう? ベッドの傍に何かあったっけ?
うっすらと目を開ける。黄土色に光る天井。瞬間、ぼやけていた私の頭の疑問は解ける。
家のベッドじゃない、テントだ。
旅の途中だ。私は眠りから現実に還る。
昨日、山の中の広場で野営をして、夜中にトーキのテントにもぐりこんで、そのまま寝てしまったんだ。
一気に目が覚めた私は、起き上がって周りを見るが、テントの中は自分一人だ。
入り口になっている布の切れ目から顔を出すと、外はすでに夜が明けて、眩しい朝日に照らされている。
「あ、おはよう、リテ」
「おはよう、トーキ」
トーキは既に起きていた。お湯を沸かして、お茶を淹れているらしかった。
でも、なんだか少し不機嫌なように見える。
私は、素早くトーキのテントを出て、自分のテントに入る。
そして、服を着替え、髪を整えながら、昨日の夜のことを思い出す。
冷静に考えると、とんでもないことをしてしまった。
いくら魔石がなくて怖かったからといって、トーキのテントに潜り込むなんて。
自分がやったこととは言え、信じられない。
トーキは怒っているのだろうか。
狭いテントに寝ているところを、無理に入り込んだんだから、怒っていてもしょうがないとは思う。というか、私のことをどう思っただろうか? 一人で寝るのが怖いななんて、結局まだ私は子供だと思われたりしてないだろうか?
私は、自分も朝食の準備をしようとテントを出る。
トーキと顔を合わせづらい。
「ごめんね、トーキ。昨日は、その、テントに潜り込んだりしちゃって」
「う、うん。まあ、気にしてないよ」
「あの、私、魔石がないって初めてだったから。怖くなっちゃって。いや、魔獣が来ないことは頭ではわかってたんだけど! その、魔法が使えないなんてこと、今までなかったから……」
「あ、そういうこと? 怖くて潜り込んできたの? そうか、今まで魔石を手放したこともないから……」
「うん。いつもは寝る時も枕元に置いてたし。だから、急に怖くなっちゃって。本当にごめんね」
「いや、いいよ。こちらこそ、ごめん。そうだよね、リテにとっては魔法が使えないって、不安なことだよね。俺は、魔法のない世界から来たから、気付かなかったけど、魔法が当たり前で生活してたんなら、不安になるのも当然だよ」
トーキは、そう言って私に謝ってくれた。
トーキが謝るようなことじゃないと思ったので、私はなんだか申し訳がない。
「トーキが寝てるの邪魔しちゃったから、てっきり怒ってるのかと思った。トーキが謝ることはないよ」
「いや、まあ、俺はてっきり、あの、夜中に潜り込んできたから、リテが。その、何て言うか、ほら、リテもその気になったのかなぁ、とか、期待しちゃったんだけど。でも、なんか様子がおかしいなと思ってたら、もう寝てたから」
「え? どういうこと? その気って?」
「何でもない、何でもないです!」
トーキの言ってることが、なんだかはっきりしなかったが、とりあえず怒っているわけではなさそうだった。
私たちは、朝食に昨夜の残りのパンを食べて、今後の旅について相談する。
「トーキ、魔石がなくなってしまって、どうするか考えたんだけど、方針としては二つあると思う。今の資金で魔石を買って進むか、もしくはエルフの村まで戻ってまたお金を貯めるか」
「今の資金で魔石を買えるの? そもそも、売ってるのかな?」
「失くした魔石は基本の三種だから。珍しくないからどこの村でもお願いすれば売ってくれると思うし、そこまで高価じゃないよ。とはいえ、買ったら旅の資金が途中で足らなくなると思う。そうなると、どこかで働いてお金を稼ぐ必要があるかな」
「お金を稼ぐのって、知らない村とかでも出来るかな。俺がエルフの村にいた時は、仕事を探すのに苦労したけど」
「うーん。私は、刺繍をする道具は持ってきてるから、時間さえあれば作れるし、市があれば売れると思う。トーキもパンを作ればきっと市で売れるよ」
「知らない村の市で、物を売ってもいいの?」
「え? ダメな理由あるの?」
「えーと、商売の権利的なものとか……」
「ケンリ? よくわからないけど、市は誰でも参加できるものだと思うから、大丈夫だよ」
「なるほどね。さすが、おおらかな世界」
「ええ? おおらかかな? まあとにかく、先に進むってことでいい?」
「うん。せっかくここまで来たしね。先に進もう」
………………………
朝食後、荷物をまとめて私たちは出発した。
魔石については、トーキが持っていた魔石のペンダントを私が持つことになった。
失くしたのは私なのだからトーキが持てばいいと言ったが、昨夜のこともあるし、私の方が魔法に慣れているからと、私に持たされた。
そうして、二人で並んで山道を歩き始める。道はさらに険しくなり、森の間を縫うように進む。やがて道幅も狭くなり、二人横には並べずに、私が前、トーキが後ろについて歩く。両脇の森はより一層深くなり、太い針葉樹がどこまでも茂っている。
そんな森の奥、薄暗くなった樹々の向こうから、がさがさと何かが動く音が聞こえてくる。
山に反響しているのか、音の方向がよくわからないが、かなり大きなものが動いている音だ。
「なんだろう? 魔獣かな? 昼間にも魔獣って出るの?」
「昼間に活動する魔獣もいるよ。注意して進もう。トーキ、離れないでね」
「OK」
進むうちにその気配は大きくなっていく。間違いなく近づいてきているが、こちらに気付いているだろうか。こちらの足音も聞こえるはずだし、魔獣なら「人」の足音に気付けば逃げるはず。魔獣ではない普通の獣かもしれないが、それにしては大きすぎる気配に思える。
正体の分からない気配に、私たちは慎重に歩を進める。
がさがさという物音は、もうすぐそこまで近づいてくる。
「あれ? 音が止んだ。止まったみたい」
「本当だ。いや、向こうもこっちに気付いたんだ。こちらが近づくのを待っている。多分、この坂を上ったらいるんじゃないか?」
トーキがそう言った瞬間、足音が駆け寄ってきて目の前の坂の上に立った。
「こんにちは! こんな山道を通る方がいるなんて、久しぶりです。どちらまで行かれますか?」
それは、若いエルフだった。
私たちの前に現れた彼は、快活に言って、爽やかな笑顔を見せる。
「こんにちは。私たちはベルシュテン村まで行くの。道はこっちですよね?」
「はい! 合ってます! 僕もちょうど村に戻るところでしたから、ご一緒しましょう!」
成人直前くらいの年だろうか。
明るく、真っ直ぐで、穢れのない、美しいエルフの青年だった。
エルフとして生きることはなくなった私には、眩しすぎるほどに。
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