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俺はただ君に会うためにこの世界にやってきた  作者: たかき いさな
第2章
18/18

第18話

「トーキ、まだ起きてたの?」

「お疲れ様。ずいぶん集中して何かしてたみたいだけど。夕食、とっておいたからよかったら食べる?」

「ありがとう! そういえばお腹減った!」


 部屋にこもって絵を描き終えた私が、カーテンをくぐってトーキの側に行くと、パンとシチュー、焼いたソーセージがテーブルの上に置かれていた。

 あいかわらず気が利くな、と思いつつ、熱魔法で冷めた料理を温める。


「飲み物は? 一応、お酒もあるけど」

「お酒は、当分見たくないかな。お水もらえる?」


 室内に据え付けられた蛇口から、トーキが水を汲んでくれる。

 蛇口から水を出すのに、力魔法「コルティレン」を自然に使う姿を眺めながら、トーキも魔法にすっかり慣れたなぁと思う。


 夜が遅くなったので、食堂ももう終わってしまったらしい。

 さっきまでがやがやしていた階下からの物音も消えて、しんとした部屋で私は夜食をいただく。


「トーキは夕食、もう食べた?」

「だいぶ前に食べたよ。食堂で今夜もメルギィが演奏してた」

「うん。ここまで聞こえてた。あの賑やかな感じの音楽も楽しくていいね」

「そうだね」


 私は食べながらずっと悩んでいたが、最後のパンの一切れを飲み込んで、意を決する。

 せっかく描いた私の絵だ。トーキにも見てもらおう。


「ねえ、トーキ。私、演奏してるメルギィの絵を描いてみたんだけど、見てもらえる?」

 言った。

 これで見せるしかない。


 レミストスク先生やパルキストス様に見せたのは、ずっと年上の「先生」だから抵抗が少なかったけど、トーキに見せるのはやっぱり恥ずかしい。

 でも、さっきステージに立って私たちの前で演奏したメルギィの姿を思ったら、私も自分の絵を人に見せたい気持ちが沸き上がる。


「やっぱり、絵を描いてたんだね。見てもいいの?」

「見て欲しいの。お願い」


 私はカーテンをくぐってノートを取り、最後に描いたページを広げてトーキへと差し出した。


「へえ……。うん……」

 トーキが私の絵を見てる。

 私は、そのトーキの方を見ることが出来ない。


 どうだろう?

 上手く描けたと思っていたけど、よく考えると変になってしまったところもたくさんある気がする。

 そもそも、あのメルギィの演奏に比べたら、私の絵なんて全然ダメじゃない?

 メルギィみたく、誰かに習って修行したわけでもないし。


 絵を見たまま、トーキが何も言わない。

 ああ、ダメなんだ。

 そうだよね。やっぱり下手なんだ。

 でも、トーキはやさしいから、私を傷つけないように言えないだけだ。

 きっとそうだ。


「メルギィの演奏ってさ、どうしてあんなにすごいんだろうなって、考えたんだけど」

「え? 何のこと? トーキ」

「うん。メルギィは、演奏技術もすごいし、音楽として、とても洗練されてる感じなのもすごいけど、本当にすごいのは、その音楽から彼女の意志が伝わって来るからだと思うんだよ」

「それは……、そうだね」

「それで、何が言いたいかって言うと、この絵からもその意思が伝わって来るっていうこと」

「!」


「見た瞬間、メルギィの演奏を思い出したよ。絵から音が聴こえるくらいに」

「本当!?」


「うん。それに、メルギィのことを伝えたいっていう、リテの意志も伝わって来る。ありがとう、この絵を見せてくれて」

「本当に? 本当にそう思ってる?」

「もちろん」


 私は、真っ直ぐに応えてくれたトーキの言葉に、涙ぐみそうになる。

 思い切って絵を見せて良かった。

 自分の描いたものが、理解してもらえたことに、初めての喜びを感じる。


「俺は、自分では絵は描けないけど、以前に絵を描く人たちと仕事をしてたことがあるから、少しは見る目があるんだ。リテの絵は、技術的にはこの辺のパースがくるってたりして、まあ、ちょっと未熟な部分があるけど、線の勢いや表現はすごく良いと思う」


 え? 


「ほら、こことか。人体の構造的にこの手の関節の位置はちょっとおかしい。でもまあ、この構図は良く描けてるよね」


 あん?


「あー、ここもよく見ると不自然かな。ほら、上半身の大きさに対して足の長さが……」


 ちょっと。まあ、確かにそうだけど……。


 指摘が正しいだけに、私は言い返せなかった。

 そのままぐっとこらえてトーキの言葉を聞いて、言い終えて満足そうなトーキに精いっぱいの笑顔でお礼を言った。


「喜んでもらえて、俺も良かったよ」

「そうだね、ありがとう、トーキ。じゃ、おやすみ」


 絶対にもっと上手く描けるようになってやる、と思いながら私はそそくさとベッドに入った。



 ………………………



 翌朝、窓から差し込む朝日に顔を照らされて目が覚める。

 窓のカーテンを閉め忘れていた。まだ早いような気もしたが、すっきりした気分だったのでそのまま起き上がる。窓の外を見ると快晴だ。薄く澄み渡った青空が目に眩しい。


 トーキはまだ寝ているようだったので、音を立てないように着替えて、そっと部屋を出る。

 階下に降りていくと、食堂ではもう朝食をとっている人がちらほら見えた。


「お! おはようリテちゃん!」

「おはよう、メルギィ」


 メルギィもすでに席についてパンを頬張っている。

 私は彼女の正面に座り、お茶だけ注文した。


「おや、お茶だけでいいのかい?」

「うん。昨日、食べたのが夜遅かったから」

「ああ、そういば、昨夜は食堂には来なかったね。どうしたんだい?」

「ええと、実は絵を描いていて。もし、その良ければなんだけど、メルギィのことを描いたから、もらって欲しいの」


 メルギィは大きな目を丸くして驚き、すぐに破顔して喜んだ。

「絵って、あたしのかい!? そいつは嬉しいね!」

「あとで渡すね。喜んでもらえればいいけど」

「リテが描いてくれたのなら、どんな絵だって嬉しいさ!」


 私はひとまず安心して、席に届いたお茶を飲む。

 昨日は二日酔いで酷い朝だったけど、今日は気持ちの良い朝を迎えられてほっとする。


「私たちは今日には出発するつもり。シュルクタットまで行く予定だから、あまりのんびりはしてられないの。メルギィはこの先どうするの?」

「そうさねぇ。あたしは決まった目的地があるわけじゃないからね。ただ、昔会ったある人を探してるのさ。エルフの老人でね」

「そうなの?」

「あたしの酒場での演奏は親父に習ったもんだけど、昼間の真面目な演奏はその人から習ったんだ。まあ、その人が弾いたのはヴァリールじゃなくてクラヴィルっていう鍵盤楽器だけどね。音楽が、盛り上げるための物だけじゃないって教えてくれたんだよ」

「へえ、その人もメルギィの先生なのね。どんな人なの?」

「エルフにしちゃあ背が低くて、つってもあたしよりはよっぽど大きいけど。白髪に白い口ひげを生やしてて、なんでも知ってるような話しぶりをする人でさ。もう100年くらい前に、北の方の町の宿屋で一緒になってね」

「それって……」

 私は自分のよく知る人物を思い出す。


「習ったと言っても、ほんの数日間、あの人の演奏を聴いただけなんだ。リテちゃんがあたしの練習を聴いたみたいに、あの人が食堂で一人、クラヴィルを弾いててねぇ。そりゃ美しい演奏だった。名前を聞いておかなかったのが失敗だよ」

「ねえ、そのクラヴィルって、鍵盤があって、弾くと中に張ってある弦をはじく楽器のこと?」

「ああ、そうだよ。よく知ってるね」

「やっぱり。その人って、私の知ってる人かも。パルキストス様っていう魔法を研究している人。私、パルキストス様の家に行った時に、そのクラヴィルって楽器が置いてあるのも見たことがあるの」

「ええ!? そりゃ本当かい?」

「うん。パルキストス様は、もう長く弾いてないからってクラヴィルは弾いてくれなかったけど。でも、たくさんの物語の本に混じって、楽譜っていう音楽を記録した本もあったから」

「そうかい! 楽譜が読める楽士ってのは少ないんだが、あの人もそういえば楽譜を見ながら弾いてたよ。そうか、パルキストスって名前なのか。その人は今はどこにいるんだい?」

「私の住んでいる村、テルノ村に今でもいらっしゃると思う」

「テルノ村! 隣の村じゃないか!」


 メルギィは、居ても立っても居られないといった様子で立ち上がる。

 私も驚きながら、そんなメルギィを見上げた。


「そうとなりゃあ、あたしも今日出発するよ。もう少しこの村で稼がせてもらうつもりだったけどね。リテちゃん、テルノ村までの道を教えてもらってもいいかい?」

「それはもちろん!」


「おはよう。どうしたの二人とも? 朝からなんだかテンションが高いけど」

 私たちが興奮気味に話していると、寝ぼけた顔をしたトーキが降りてきた。

 私は、トーキにあらましを話す。パルキストス様のことが好きではないらしいトーキは、複雑な顔をしながら私の話を聞いていた。



 ……………………



 朝食を終えて部屋に戻ったあと、私は昨夜に描いた絵の中から一番よくできたページを切ってメルギィの部屋に向かう。

 部屋に入ると、少ない荷物をもうほとんどまとめ終っていたメルギィが私を待っていた。


「メルギィ、これなんだけど……」

「こいつはすごい! これがあたし!? あっはっはっは、なんだか照れるね!」


 メルギィは持っていたヴァリールのケースを開け、その蓋の内側に私の絵を飾るように差し入れた。蓋の窪みに絵はぴったりと嵌る。


「うん。ちょうどいい大きさだ。ありがとう、リテちゃん」

「いいの? 大切な楽器のケースに私の絵を飾って」

「いいもなにも! こんな素敵な絵はないさ!」

「ありがとう。メルギィ」

「お礼を言うのはこっちだって! あたしの、酒場以外での演奏をあんなに褒めてくれたのは、リテちゃんが初めてだよ。パルキストスさんのことも教えてもらえたし、感謝しかないね」


 メルギィは、楽器ケースの内側の私の絵を、もう一度満足気に眺めてから蓋を閉じる。

 その楽器ケースと、残りの荷物を背負って私に向き直った。


「さてと。それじゃあ、あたしは出発するよ。パルキストスさんに会ったら、リテちゃんのことも伝えておくから。それからトーキ!」


 部屋の外で私を待っていたのだろう、扉の前のトーキにメルギィは声をかける。


「あんたのアイディアは本当に素敵だった。「音楽会」ってやつ。あたしの演奏のためだけにみんなが座って聴いてくれるなんて、最高だったよ。感謝してる」

「こちらこそ、素晴らしい演奏を聴かせてくれてありがとう、メルギィ。またどこかで会えることを願ってるよ」


 メルギィは、トーキの言葉にも笑って手を振って、迷いなく歩き出し、部屋を出る。

 そのまま、宿の外まで見送ろうとついていく私たちを制して、振り返ることなく去っていった。



 ………………………



 メルギィが去ったあと、私たちも部屋に戻り荷物をまとめた。

 トーキは酒瓶と食料もいろいろ買い込んでいたので、リュックに詰めるのに苦労していた。しょうがないので、増えた食料の一部は私のリュックにも入れることにする。どのみち、二人で食べることになるだろうし。


 荷物をまとめ終えて、忘れ物がないか確認し、部屋を出る。二日酔いで苦しんだり、ひたすら絵を描いたりしただけの部屋だけど、なんとなく名残り惜しい。


「行こうか、リテ」

「うん」


 重さを軽くしたリュックを背負い、階下に降りて宿屋の店主に料金を支払った。聞かされていた金額よりも少し安い。「演奏会」を聴かせてくれたお礼とのことだ。

 仕事の合間に「演奏会」に協力してくれたのはそちらなのだから、と思ったが、店主はにこやかに笑って、良い演奏が聴けて嬉しかったと言うだけだった。



「さて、次はベルシュテン村だっけ。エルフの小さな村らしいね」

「そう。この辺りでは一番小さな村だってお父さんが言ってた」


 タリル村を出た私たちは、次の目的地まで道を歩き出した。

 朝の陽ざしは爽やかで、風も涼しい。


 目の前の街道は、ゆるく曲がりながら山の合間を上っていく。

 ここからしばらくは上り坂で、山に囲まれた小さな窪地にあるのがベルシュテン村だということだ。お父さんの話だと、ゆっくり歩けば2日はかかる。ということは、向かう途中で野宿をしなければいけない。


 天気も良いし、魔獣への対策も万全だから問題はないはず。

 私は、自分の身体より大きくなったリュックを背負い直し、道の行き先を見つめる。

 隣を歩くトーキの足音を聞きながら、着実に歩を進めていく。



 ………………………



 私たちは順調に行程を進んでお昼を過ぎ、やがて日が傾き始めたころ。

「そろそろ今夜の野宿の場所を決めないとね、トーキ」

「そうだね。地図だと、この先に広場があるみたいだから、そこでいいんじゃないかな」


 しばらく歩くと、木々の茂る山道が開けて、草地で覆われた平らな広場に出た。

「うん。ここで良さそう。ドネルコさんの地図の通りね」

「それじゃ、野営の準備をしようか」


 今日は一日歩いたのでずいぶん汗をかいた。冷たい水が飲みたくなった私は、リュックを下ろして水筒を出し、首にかけた魔石のペンダントをかざす、その時。


 空中から、何かがものすごい速さで降りてきて、私の目の前を過ぎ去った。


「え?! 何?!」


 速すぎて何が起きたのかもわからない。

 ただ、黒っぽい物体が、一瞬見えただけだ。

 私は、通り過ぎた何かの勢いで尻餅をつく。


 そして、わけがわからないまま空を見上げる。

 その物体は、あっという間に遥かに遠くまで飛び去っていた。


「鳥だ! 大丈夫? リテ!」

 トーキが声をかけてくる。

 私は、呆気にとられて瞬間呆然とするが、すぐに我に返って体を起こし、自分を見直した。


 大丈夫だ。怪我はしていない。

「うん。平気みたい。びっくりした……」


 改めて手元を見る。片手には水筒、もう片方の手には……。

 持っていたはずの魔石はなかった。


 首にかけていたペンダントの鎖は切れ、そこにあるはずの魔石がない。


「どうしよう、トーキ。魔石……、鳥にとられちゃった……」

 私は、絶望してへたり込んだ。

毎週月曜日、朝6:00更新です

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