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俺はただ君に会うためにこの世界にやってきた  作者: たかき いさな
第2章
17/18

第17話

 昼下がりのドワーフの村は、昨日の夕方の活気に比べれば、閑散とした空気が降りていた。

 大通りに並ぶ商店には、まばらに買い物客が行きかっている。


 並んでいる商店のぱっと見た感じは、半分ほどがレストランのような料理を出すお店、残りは食料品や、いろいろな雑貨を売るお店だ。

 エルフの村では、食事は基本的に家で食べるし、食料品や日用雑貨も自給自足や近所の住人同士の物々交換が多いから、商店が少ない。


 ドワーフたちは、お店で買い物したり食事したりする文化だと聞いてはいたが、こんな風に、通りにぎっしりと商店が並ぶほどだとは思っていなかった。

 私は、立ち並ぶ商店にわくわくする気持ちで、ゆっくりと歩き始める。


 レストランや、酒場のような店はまだ開店前で、仕込みをしているのか美味しそうな匂いはするけど、準備中の札がかかっている。食料品を売る店は、低く作られた棚にいろいろな野菜や、ハムやソーセージなんかが並んでいて、品揃えは多彩だ。

 そんな商店を眺めながら足を進めていると、私は1店の雑貨店に目が止まった。


 他の店に比べると、少しこじんまりとした店先、棚には食器や調理器具なんかの日用品が並ぶ。食器のデザインはどれもシンプルで無駄な装飾がなく、使いやすそうだ。エルフには繊細な装飾の入ったデザインの方が好まれるから、ここでも文化の違いを感じる。

 そして少し薄暗い店の奥を覗くと、文房具らしきものが並んでいるのも見えた。


 私は、引かれるように店内に入って、奥の棚に目を走らせる。

 いろいろな大きさ、紙質のノート。そして、鉛筆や筆、絵具もたくさん揃っている。


「え! ノートがいろいろある! 鉛筆とか筆もこんなに!」

 エルフの村の1軒しかない雑貨屋には、ノートも鉛筆も1種類しか置いていなかった。

 絵具や筆に至っては、貴重なので商店に在庫は無く、学校でしか使えない。


 エルフにとって、文房具は書けさえすればそれで十分。何種類も必要ないと思われている。絵を描く習慣もほとんどない。それが、ここにはこんなに種類があるなんて!


 手のひらほどの小さなノートもあれば、私の腕くらいの幅の大きなのもある。

 紙質も薄かったり、厚かったり、すべすべやざらざら、いろいろだ。

 それに鉛筆。芯の濃さに種類があることを初めて知った。試し書きできる用紙も置いてあったので書いてみる。一番濃い芯だと、とても柔らかい線を描いたり、描いた線をぼかすことも出来た。


 ドワーフは、こんないろんな文房具を使い分けているということだろうか。

 エルフの人たちは、紙に何かを書き留める習慣はあまりないし、学校でも必要最小限しかノートをとらない。エルフはすごく長生きで、時間もいくらでもあるから、重要なことでも口伝えでしか伝えないのだ。


 細かいことを紙に書いているのは、カルスティのパン屋くらいだと思う(前にカルスティが、メートに得意気にお店のレシピを説明していた。パンやお菓子は、材料の分量が少しでも違うと上手くいかないから、正確にレシピを記録する必要があるらしい)


 私はこっそり絵を描いているから、大きなノートや、濃い芯の鉛筆にときめかずにはいられない。そう、こういうのが欲しかったのだ。エルフで絵を描いている人が他にいなかったから、誰にも相談できなかった。


「こんにちは。お嬢さん。見かけない顔だけど、どちらから来たんだい?」

 この店の店主だろう、年老いて長い白髭のドワーフが声をかけてきた。


「こんにちは。テルノ村から来たの」

「お隣のエルフの村だね。しかし、お嬢さんはエルフには見えないようだけど……」

「私は『人間』っていう種族。珍しい種族だけど、よろしくね。それより、この鉛筆はいろんな種類があるけど、どうやって使い分けるの?」

「ああ、エルフの村ではこういう筆記具はあまり使わないらしいね。この濃い芯の鉛筆は、職人が木材に目印をつけるのによく使うね。薄くて硬い芯のものは、図面を描くときなんかに使う」

「ああ! ドワーフは木を加工して家具や家を作る職人が多いから!」

「そういうことだ」

「この、一番濃い芯の鉛筆と、こっちの大きなノートが欲しいのだけど」

「それは、ありがとう。しかし、お嬢さんは職人には見えないようだけど、何に使うんだい?」


 ドワーフの店主に問われて、私は一瞬、答えにつまる。

 私が絵を描いていることは、レミストスク先生とパルキストス様、そしてトーキ以外に話したことはない。別に秘密にするほどのことではないけれど、エルフの誰もそんな趣味を持っていなかったし、なんだか恥ずかしくて人には言いづらかった。


 しかし、ここまで来てそんなことを気にする必要はない、と私は思う。

 人に何と思われても、私は絵を描くことが好きなのだから。


「私、絵を描いているの。このノートと鉛筆は、スケッチをするのにすごく良いと思って」

「ほお! 絵を描いているのかい。そいつは良い! そういうお客さんは珍しいが、今までに何人かはいたよ。それじゃ、このノートが素敵なスケッチでいっぱいになることを祈ってるよ」


 ドワーフの店主は、皺だらけの笑顔でそう言って、私にノートと鉛筆を手渡してくれた。

 私は、思っていたよりもずっと安い値段に感謝し、大きなノートを抱えて店を出る。


 この新しいノートと鉛筆で、一番初めに何を描こう?

 考えるまでもなく、私の心は決まっていた。


 うきうきして通りを歩いていると、遠くの商店に入っていくメルギィの姿を見つける。

 私は、思いがけない買い物に一瞬忘れていた本来の目的を思い出して、足を速める。


 メルギィが入っていった店の前まで来て、店内を覗くと、そこはどうやら楽器店の様だった。



 ………………………



 ひんやりとした空気の店内、壁にはいろいろな大きさのヴァリールが掛けられている。

 楽器にもこんなに種類があるということに私は驚きながら、店の奥の棚を熱心に見つめているメルギィを見つける。


「メルギィ!」

「おや、リテちゃん。どうしたんだい、こんなところで」


 メルギィは振り返り、気さくな笑顔を返してくれる。

 肩にはヴァリールのケースを背負い、手には買い物して来たのだろう、酒瓶をのぞかせている布袋を持っていた。


「さっきのメルギィの演奏に、私、本当に感動したの。それで、トーキにできれば聴かせてあげたくて、図々しいお願いだとは思うんだけど……」

「あっはっは! それでわざわざ探しに来てくれたのかい! そうだね、食堂が始まるにはまだ時間があるだろうから、帰ったら少し弾いてあげようか」

「いいの?! ありがとう! 私ももう一度聴きたいって思ってたから、すっごく嬉しい!」

「お安い御用さね! 今、大事な商売道具を仕入れてるところだから、それを買ったら宿屋にもどるさ」

「商売道具?」


 メルギィの見る棚には、乳白色の糸が丸められていくつも並んでいる。

 ただの糸よりも太く、硬そうだが、何で出来ているか分からない。

「それは何?」

「ヴァリールの弦だよ」


 メルギィは、並んでいる弦の中から一つを手に取って、伸ばしたりしごいたりして、その具合を確かめる。

「こいつを売っている楽器屋は少なくてね。シーピアンスっていう魔獣の腸から作るんだ」

「魔獣の腸!?」

「ははっ! 珍しいだろ。おやっさん、試し弾きしてもいいかい?」

 そう言って店の奥にいる店主に断りを入れて、メルギィは弦を自分のヴァリールに張る。

 慣れた手つきで張り終えると、そのまま流れるように弓を構えて弾く1音。太く艶やかな響きが耳に広がる。


「いいね」

 つぶやいたメルギィは、さらに弓を高く持って、低音から高音まで駆け上がるように一節弾く。

 メルギィにとってはただの試し弾きなのだろうが、私はたったそれだけの動作にも感嘆する。きっと何万回も繰り返してきたその動作には、全く無駄がなく全身がヴァリールと一体になっているようだった。


 そうして、メルギィはいくつかの弦を試して、店主に声をかける。

「今日はけっこう良いのが多いね、おやっさん。コイツとコイツ、もらうよ」

「ああ、近頃じゃヴァリールを弾く楽士も減ってきてね。商品も余り気味さ。あんたみたいに定期的に買ってくれると助かるよ」

「ああ、そうなのかい。確かに楽士の数自体が減ってるしねぇ。あたしも弟子をとってないし」

 メルギィは、店主とそんな会話を交わして、弦を買い終える。

「さて、それじゃあ宿に戻ろうか」

 言われた私は、メルギィに続いて宿屋へと歩き出す。



 ……………………



「ねえメルギィ。さっき楽器店の人と話していたことだけど……」

「ん? ああ、楽士のこと。まあ、楽士なんて自由人で、ふわふわした仕事だからね。好んでなりたい奴は少ないのさ」

「そうなの? こんなに素敵な仕事なのに。私も出来るならなりたいくらい」

「あっはっはっは! リテちゃんも修行すればなれるかもね。でも、昨日聞いたけど『人間』は寿命が短いらしいね。一人前の楽士になるには、20~30年は修業が必要だからねぇ」


 20~30年の修行か。それはちょっと難しい。ああ、私がエルフならそのくらいの長さもなんでもないけど、「人間」だしね。それは解っていることだ。それとも、シュルクタットへ行ってもしも病気が治ったら、エルフのように長命になるのだろうか。だとしたら、楽器を始めてみるのもいい。


「メルギィもそんな長い修行して楽士になったの?」

「まあ、そうなんだけど、あたしの場合は親父も楽士でね。ものごころつく前から親父にヴァリールを弾かされてたから。子供の頃は、なんでこんなことやってんだろうって思ってたよ。ずっと二人で旅して、あたしが上達してきたら、二人で弾いたりもしてたね」

「お父さんと二人で旅を? お母さんはどうしてたの?」

「母親とは会ったことはないからね。どうしてるんだか、あたしも知らない」


 あっけらかんと言うメルギィに、私は絶句した。

 どうしよう、お父さんとお母さんが別れ別れになるなんて、どんな理由だろう?

 聞いてはいけないことを聞いたのかもしれない。


「ん? どうしたいリテちゃん。急に黙り込んで」

「えっと、ごめんなさい。その、お母さんと会ったことがないって……」

「ああ! そんなこと気にしてるのかい? あっはっは! そういやあ、エルフはみんな、結婚して夫婦がずっと一緒に住むんだったね」

「ドワーフは違うの?」

「そうさね。そういうドワーフもいるけど、あたしの両親みたいに、子供が出来ても結婚はしないで、別々に暮らすことも珍しくないよ。ドワーフは、自由を愛してる。家庭を持つのも自由。それぞれに別れて好きなことをやるのも自由。そういう価値観だ。特に楽士なんてのは、その最たるものだね」


 メルギィは快活な声でそう説明してくれた。

 お父さんとお母さんが一緒にいない、なんてことは私には想像しづらい。うちは特に仲が良い夫婦だったし。でも、好きなことをやる自由は理解できた。


 私がもしもこの先、結婚することがあったとして、そのために旅をすることや絵を描くことを辞めなければならないとしたら、私はどうするだろうか。家庭のために辞めるだろうか。それとも、自分の自由を貫くのか。

 それは分からなかったが、ドワーフのような生き方があることは、悪くないように感じる。



 そんなことを考えているうちに、宿屋に帰り着いた。

「あ、おかえり。待ってたよ」

 そう言って迎えてくれたトーキ。

 食堂の椅子とテーブルの並び方が変えられている。


 片方の隅に、膝の高さほどの大きな踏み台が置かれて、それを囲むように半円に並べられた椅子。椅子を並べるために、いくつかのテーブルは壁際にどかされている。


「これって一体?」

「簡単だけど、ステージと客席。コンサートの雰囲気をだそうかと思って」

「コンサートって?」

「演奏会って言った方がいいのかな。音楽を聴くための催しだよ」


 演奏会!

 音楽を聴くための催しって、考えたことはなかった。音楽は、他の目的を盛り上げるための添え物みたいなものだと思ってたから、音楽だけの催しというのは聞いたことがない。

 でも、メルギィの演奏を思うと、これほどふさわしい場はない。

 そうだ。これは、音楽だけのための催しだ。


「急だったから、お客さんは俺とリテ、宿屋で働いているドワーフの皆さん数人だけだけど。どうかな? メルギィ」


「これは……。こんなのは初めてだね。あたしが演奏する時は、酒場でみんな盛り上がってるもんだからさ。みんな、その並んだ椅子に座って聴くってことかい? 酒も飲まずに」

「そうだね。静かに聴かせてもらおうかと思ってる」

「それで、あたしはこの1段高い段の上で弾くってことでいいかい?」

「その通りだけど、どう?」


「あっはっはっは! そんな風に聴いてもらえるなんてね! そうか、演奏会! そいつは素敵だ!」


 メルギィはヴァリールを取り出し、新しく張った弦の調子を確かめて、入念に調弦を始めた。

 私たちは、トーキにうながされて席に座る。

 宿屋の従業員なのだろう、数人のドワーフが仕事の手を休めてわくわくした顔で席に着く。この宿の店主らしきドワーフの男も、トーキと顔をほころばせて着席する。


 皆が席につき、やがて自然に前へ目を向けて静かになった。急激に降りた静寂の中、据えられた段の中央に立つメルギィ。


 心なしか緊張した表情のメルギィが前を向くと、トーキが拍手を始めて、他の皆も合わせて拍手した。

 メルギィは少し驚いた顔をした後、照れ臭そうに笑い、深々とお辞儀をする。


 どうしよう。見ている私の方が緊張する。

 静かな店内。誰も一言も喋らない。

 ただ音楽を聴くだけなのに、張り詰めた様な緊張感。

 ゆっくりと楽器を構えるメルギィ。

 私の鼓動は高鳴る。みんなにもこの心音が聞こえているんじゃないかと不安になるほどだ。

 メルギィは弓を掲げて、弦につがえる。

 一瞬の静止。時が止まる。

 メルギィはスッと息を吸い、次の瞬間、輝くように透明で、強く、彼女の意志の力にあふれた音が放たれた。


 私たちは彼女から目を離すことができず、その音楽に引きこまれる。

 ただただ夢中に、彼女の演奏を聴いたのだった。



 ……………………



 演奏が終わり、再び深くお辞儀をするメルギィに、皆で盛大に拍手を送った。

 私は、本当に素晴らしかったことを彼女に伝えた後、足早に部屋へと戻る。


 本当なら、トーキや他のみんなと、この感動をいつまでも話したかったが、今の私にはそれ以上にやりたいことがあった。


 雑貨屋で買った大きなノートを開く。そして新しい鉛筆を削る。

 今見た光景、ヴァリールを弾くメルギィの姿は、目に焼き付いている。

 私は、ひたすらそれを紙に描き続ける。


 あの美しさ。繊細さ。迫力。

 無駄なく研ぎ澄まされた動き。すべての動作に込められた彼女の意志。


 私は、それをほんの少しでも再現できるように、何度も何度も描いた。

 日が落ちて食堂が始まり、階下ががやがやし始めて、トーキに何か声をかけられたが、それでもただひたすら紙に向かっていた。


 そして、ようやく少しは納得のいくものが描けた時には、すっかり夜中になっていた。



毎週月曜日、朝6:00更新です

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