最終日、朝食
朝、起きるとスマフォにメッセージが入っていた。
今日の人質交換の件だ。
『人質交換の詳細が決まった。修学旅行の自由時間を知っているのか、十一時半になった。付き添いは住山くん一人とすることを条件にされた。だから、住山くんに連れて行ってもらう。交換場所は、寺の敷地内、本堂の裏手だということだけが分かっている。その他、寺の情報は不明、直接住山くんに行き方が送信される。住山くんが一人で行動しているかを確認する為だろう。人質交換の場についたら、なるべく時間をかけて、ゆっくりと交換するんだ。そうじゃないと我々がその場所に辿り着けない。頼んだぞ』
さらに詳細は添付ファイルになっていた。
全てを読み終えて、俺は気が重かった。
そもそも、七星を連れて歩くだけでも、かなりハードルが高い。
俺に捕まっている状態は、七星にとって、デメリットしかない。
彼女には高橋を助ける義理はないのだ。
そして七星は俺の病気を知っているから、強引に逃げ出そうとする可能性がある。
『七星の手首は後ろでロープで括っているから、逃げ出されない』
いや、そんな状態で街中を歩いたら、警察に尋問されてしまうだろう。
『紐は上着で隠している。走って逃げようとしたら、リモートで電撃を加えればいい』
かなり人権無視した仕掛けを用意したものだ、と俺は思った。
『くれぐれも彼女に触れたまま電撃をするなよ。住山くんが危なくなる』
そして人質交換の場についた後、今度は交換の引き伸ばしをしなければならない。
『相手も長引けば追手が来るのは理解しているから、早く交換しようとする』
だが、どうやって時間を引き伸ばす?
『とにかく渡さない。それが引き伸ばす鍵だ』
指示が『いいかげん』過ぎる。
俺は約束の時間までにそのいい方法を思いついていなければならない。
高橋について来てほしい、と頼んだが、金田マネージャーは、彼女は撮影があるから無理だと言った。
『撮影が終わるのが十一時半だ。そして大抵の撮影は、予定の時間に終わらない。私では不満かね』
そうじゃないが、引き伸ばしに自信がないから後をつけてきて欲しいのだ。
俺は送られてきた音声ファイルを再生した。
「やればできる!」
それは超プラス思考のお笑い芸人の声だった。
そう言われても、俺にも出来ることと出来ないことがある。
「ほら、住山。朝食の時間だぞ」
吉村に言われ、俺は立ち上がった。
食事が終わったら荷物をまとめなければならない。
学年全体で観光をする間は、バスに置いておけるが、その後の個人フリー時間は荷物を持ったまま移動しなければならない。
荷物を持ったまま人質交換は無理だ。
俺はとにかく駅に行って、荷物を預けようと考えていた。
「住山!?」
ドアの方から聞こえてきたのは、渚鶴院の声だった。
「食事いくわよ」
彼女は、今日も見事な縦ロールを仕上げていた。
つまり、早起きしたと言うことだ。ポジティブな要因で早起きしたならいいが、昨日のようにネガティブな要因だと厄介だ。
俺は、耳の横に人差し指をたて、くるくると回してみせた。
「ああ、今日は最終日だから気合い入れてるのよ」
とりあえず、昨日寝れなくて、とかそういう理由でなくてよかった。
部屋を出ると渚鶴院と手を繋いだ。
彼女の方から自然に手を取ってくるので、もう慣れてしまった。
食事の会場につき、班の仲間と朝食を取ると、そのまま最終日のオリエンテーションが始まった。
連泊していたホテルを出るから、シーツなどリネン類をしっかり整えること。そして肝心なのは忘れ物をしないこと。
そう言った当たり前の話をされた後、帰りの電車の時刻に遅れないようにすることの念押しがあった。集団行動の後、今日もフリーの時間がある。フリーの時間から、帰りの電車に直接集合だけに、先生たちは心配をしているようだ。
確かに、と俺は思った。
俺の婆は、他の生徒と事情が違う。
人質交換をうまくやり抜けねばならない。『やり抜け』と言うのは、本当に『交換』してしまったらダメだからだ。出し抜いて、一方的に人質を取り戻し、相手を捕まえるか、最低でも確保した二人と一緒に、敵から逃げ切らなければならないのだ。
どう考えても時間が足りない。
「住山、今日のフリー時間って、予定ある?」
渚鶴院が声をかけてきた。
「予定がなければ、一緒にお土産選んで、食事しよ」
「ごめん、とにかくスケジュールが詰まってて」
「最終日、高橋の合流はなかったはずだけど」
そう。高橋は高橋の代わりに朝から撮影していて、合流は難しい。俺一人で仕事をこなさなければならないのだ。
「高橋とは関係ないんだよ、本当にごめん」
「……嘘」
彼女は急に距離をとった。
「えっ?」
「私を振ったこと、後悔させてあげる」
振るも何も、俺には彼女とそういう関係だという認識はなかった。
周囲の雰囲気的に、俺が悪者のような状況になっている。
部屋に戻り、荷物をまとめ、リネン類を整え、バスに向かう。
バスに乗ると、吉村も、中島も、渚鶴院と同じように俺と無視するかのように黙っていた。
バスが出発して最後の目的地についた。
歩く時は相変わらず、彼女に手を繋がれた。
刻々と人質交換の時間に近づいていく。
俺は渚鶴院とのことを、次第に忘れていった。
観光が終わりに近づき、京都駅でバスから降ろされた。
個人の自由時間が近づいてきた。
つまり、『人質交換』本番が近づいているのだ。
俺たちは担当教員の周りに集まっていた。
「ねぇ、もう一度だけ聞いていい?」
渚鶴院は俺の前に立ち、見つめてきた。
「自由時間、私に付き合ってくれない?」
俺は、無言で首を横に振った。
担当教員の『自由時間』を宣言する声が響くと、俺は歩き出した。
呆然と立ち尽くす彼女に言葉もかけずに。




