ジェラート
七星は見つからない。
車は住宅街を進んでいく。
ドローンの操縦に集中していたせいか、気づかなかったが、この付近はいつか見た光景だった。
今日の昼間、七星と出会った場所とも違う。
「思い出した」
「何!」
俺は高橋に振り返って、窓の外を指さした。
「確か、そこにジェラートの店があって」
高橋は太ももに肘をつき、前髪をかき上げた。
「……ふざけてるの?」
「ここ、昼間に来て、ぜひ高橋に食べさせたい、と」
「えっ?」
高橋は目を丸くしていた。俺は頷いた。
「美味しいんだ」
高橋は、急に目を逸らした。
「そ、そんなことより早く探しなさいよ」
確か、ここで妙な視線を感じた。
追跡していた男とも違う、観察するような感じがした。
もしかしたら……
俺はトイドローンのバッテリーを交換すると、再び飛ばした。
「ここだ」
慎重にWiーFiの感度を確認する。
「どのドローン映像は見れないの?」
「映像は記録できるけど映像を飛ばすだけの機器が積めない」
高橋は窓に近づき、建物を見上げる。
「何階?」
「ちょっと待って」
俺は慎重にデーターを見返す。
「四階」
高橋は急に白い制服のシャツを脱ぎ始めた。
俺は一瞬、顔を背けようとしたが、彼女は下に真っ黒の、潜水用のウェットスーツのようなものを着ていた。
顔に大きめの黒いマスクをすると、前髪とマスクでほぼ顔も黒く隠れてしまった。
「窓、開けて」
俺は更に窓ガラスを下げると、骨がないのかと思うぐらいしなやかに体を曲げ、音もさせずに車の屋根に登った。
そして、車が少し揺れたかと思うと、高橋は目的のビルの二階のベランダに手をかけていた。
「すごい」
建物の壁を足で蹴り、ベランダに上がる。
端の雨樋に手をかけ、強度を確かめたかと思うと、手だけを雨樋にかけ、足で建物を壁を蹴りながら、スルスルとテンポよく四階に上がってしまった。
車のスピーカーから高橋の声が、小さい音で再生される。
「いた」
マネージャーはニュートラルに入れて、フットブレーキを踏み込んだ。
「住山くん。格好だけでいい、運転席にいてくれ。彼女を手伝ってくる」
「わ、わかりました」
車の運転の知識はないが、座っていろというのだからそれで良いのだ、俺は気安くそう思って、荷物を椅子に置き前の座席に移動した。
マネージャーは走って建物の中に入っていく。
俺のスマフォにマネージャーから連絡が入り、応答する。
『住山くん、ここのオートロック解錠できる?』
俺はスマフォを耳から離し、スマフォのローカルに保存していた動画ファイルを見つけ、再生する。
これは建物の監視カメラ映像の中から、共用部分でキーを押している様子が映っているものだ。
「さん、よん、にい、はち、シャープ」
『開いたよ、ありがとう』
電話が切れた。
黒いワンボックス車の中に、静寂が訪れた。
俺は車のフロントグラスから見える、夜の住宅街を見ていた。
すると、前方の路地から、制服警官が現れた。
夏の帽子と、青いシャツとスラックス。
ゆったりと歩いていて、何かを追っているとか、探しているという様子ではなかった。
だが、俺の視線に気づいたのか、こっちに向かって歩いてくる。
ヤバイ、と思った。
俺の身分証になるのものは、生徒手帳だ。
生徒手帳を見れば、車の免許を取れる歳なのかは分かってしまう。
すぐに運転手を呼べということになるかもしれない。
ハンドルの下にスマフォを持って、素早くメッセージを入力した。
高橋、マネージャーさん、誰でもいい、助けて……
ゆっくりと近づいてくる警官となるべく目を合わせないようにしながら、寝たフリでもしようとまで考えた。
ダメか、俺と警官の目が、再びあってしまったその時。
「ひったくり!」
女性の叫び声。
警官は、一瞬で表情が厳しく変わり、声がした方向を睨みつけた。
そして動く影を見つけると、その方向に全力疾走を始めた。
「……助かった」
バックミラーを見ると、建物からマネージャーが女性をお姫様抱っこして出てきた。
車のスライドドアが開くと、マネージャが七星を抱えて乗り込んできた。
「あれ、高橋は?」
「えっ! 一緒じゃないんですか?」
「先に外から降りたんだと」
まさか、さっき向こうの通りから聞こえた『ひったくり!』の声は、高橋が俺を助ける為に……
「もしかしたら、さっきのメッセージに反応してくれたんじゃ」
「分かった」
マネージャーはそう言うと、俺に下がるように指示し、俺は真ん中の席に移動し、マネージャーが運転席についた。
スライドドアを開けたまま、車が出発してしまう。
「待って、高橋が!」
「大丈夫」
スライドドアの警報音が鳴らない。
車に詳しいわけではないが、開けっぱなしの走行は道交法違反になるはずだ。
「ちょっと、開けっぱなしですよ」
車は住宅街を走るには、速度が出ているように思えた。
「マネージャーさん!」
俺は慌てた。
高橋を載せていないのに車を走らせるし、扉が開いたままだし、何もかもめちゃくちゃに思えた。
「騒がないの」
「俺はマネージャーに言って……」
俺は声の主が、スライドドアを塞ぐように立っていることに気づいた。
「た、高橋!」
声が震えていた。
「ちょっと。今、抱きついてきたら外に落ちちゃう」
「あっ、いや……」
スライドドアが自動で閉まった。
高橋は俺の横に座ると、俺の頭を撫でてきた。
「いい子いい子」




