藤原先生
俺は目的の駅に着いたのを確認して、渚鶴院に声をかけた。
「もう着くよ」
彼女が目を覚まし、俺に言った。
「ありがとう」
彼女は手で口を押さえ、小さなあくびをした。
それからバッグに手を入れ、俺のタオルを取り出すと、目の端を押し付けるように拭った。
そのままタオルを俺の顔に押し付けてくる。
「な、何?」
俺はされるままにしていると、彼女はタオルを顔に当てた。
「住山の匂い」
電車が停止した。
「ほら、降りないと」
俺は彼女の手を取って、電車を降りた。
「住山」
後ろから、藤原先生に呼び止められた。
俺は彼女の手を離すと、言った。
ホームは高架にあって、駅を出るには階段を下りねばならない。
「ちょっと先に行っててくれないか?」
「……」
「先生とちょっと個人的な話をするんだ」
渚鶴院は頷くと、他の生徒たちの後ろについてホームを下りていった。
俺と藤原を残し、あっという間にホームには誰もいなくなっていた。
「捜索は進んでいるのか?」
「先生、そのことはあまり口にするなと」
「見ろ、誰もいない。それに、まだ次の電車が来るまで時間はある」
俺もあらためて周囲を確認する。
「なんでそんなにこだわるんですか」
「正直、七星ではなく、お前が心配なんだ。俺は七星とお前の間のある情報を知ってしまった。お前は、あいつに『にせ札』用に画像を処理するプログラムを書いて与えただろう」
「!」
俺はこの件に関しては『可能な限り』シラを切るつもりだった。
「隠してもダメだぞ。警察側には、誰が作ったプログラムかバレている」
黙っていると、先生は続けた。
「俺がなぜ知っているか、不審に思っているかもしれないが、これはちゃんと『学校警察連絡協議会』から得た情報だぞ。七星は失踪したんじゃない。『にせ札』を作って逃げたんだ」
本当だろうか。
藤原と警察は、どこまで情報をやりとりしているのだろう。
「住山。お前は七星を捕まえて警察に突き出し、作ったプログラムが『にせ札』を作るものだとは知らなかったことを証明しないとならない。そうでなければ、お前が『にせ札』犯になってしまうぞ」
さらに黙っていると、藤原は言った。
「いいか、七星を見つけ出したら、真っ先に俺に連絡しろ。分かったら集合場所に行け。俺は後の電車に乗ってくる生徒を待たねばならん」
俺は何も言わずに駅の階段に向かい、そのまま下り始めた。
もし言っていることが全て真実で、七星が俺のスクリプトを利用して『にせ札』を作っていたのだとしたら。あのスーツケースの中身は、精巧に作られた偽札だったことになる。
そして、本当に俺は捕まってしまうのだろうか。本当に『にせ札』を作るために使用したのは七星だから、作った俺が罪に問われることがあるのだろうか。藤原が言った通り、俺は『なんの目的に使うか』知らずに、要求通りのスクリプトを組んだだけだ。
事務所はなぜ七星を追っているのか。
そこも気になることだった。
犯罪者の逮捕が、国民の幸福や平和に繋がる、と言われればそうなのかもしれないが、そんな小さなことをやるのだろうか。もっと大きなことに繋がるから『七星』を探すのではないだろうか。
俺は分からなくなった。
事務所に連絡するか、藤原に連絡するか。
どちらにせよ、まず『七星』を見つけて話を聞くことが先決だろう。
そんな犯罪まがいのことをやっていたら、素直に話すかどうかわからないが……
階段を下り切ると、渚鶴院が待っていた。
「……」
彼女はまだ眠たそうにあくびをした。
「ここで何見るんだったっけ?」
「日本最古の人工滝があるとか」
修学旅行前に学習したはずなのだが、よく思い出せなかった。
再び手を引かれながら、二人で歩いた。
寺の中を巡り、滝を見た後、歩いて映画村へと進んだ。
映画村はこの時間帯だけ学校の貸切になっていて、一通り見学した後、広場でお弁当が配られた。
広場には沢山のタープテントが広がっていた。
雨が降ってもこの下で食べさせるつもりだったのだろう。
中島と吉村、渚鶴院と俺は同じタープテントの下で座って、お弁当を食べ始めた。
「こういう娯楽系もないと寺と神社だけじゃ息が詰まる」
「古墳系がよかった?」
「そっちは更に退屈で死にそう」
渚鶴院は二人のやりとりを見て笑った。
「そうだ、住山は午後の個人行動って、どこに行く予定?」
「京都市街を散策する」
俺は、今日こそ七星を見つけなければならない。明日は午前中に少しフリーの時間があるが、短時間だ。今日の午後、フリーの時間が実質的に最後のチャンスだ。
中島が、渚鶴院に言う。
「ねぇ、ツバサ、ここ私たちの食事が終わったら一般開放されるけど、私たちそのままいてもいいんだって」
「まじ?」
「うん。確認した時先生そう言ってた」
渚鶴院は俺の方をチラッと見て、言った。
「私もそうしようかな……」
中島が俺に向かって言った。
「住山は?」
「京都市街に行くんだ。これは変えられない」
見つけた時に藤原に言うのか、先に事務所に報告するのか。
どちらにも言うのか、事務所だけに言うのか。という問題もある。
が、その前に、まず本人を見つけないと話にならない。
「……」
渚鶴院が俺を見て言った。
「今日、天気いいから、熱中症で倒れたりしないでね」
「ああ、気をつけるよ」
「吉村はどうせ梅小路蒸気機関車館でしょ」
急に振られた吉村が言う。
「ほっとけ」
俺たちは笑った。




