住職と野々村屋
俺と高橋は、寺で住職の話を聞くことになっていた。
住職が来るまでの時間が少しあると言うことだった。
「つけられていないのに、寺で待っていた」
「そうとしか思えない。もしその前提が正しくて、こっちの行動がバレてるとしたら……」
「同じ班の人間か、教師、つまり学校側ね」
やはりそういうことになるよな、と思った。
「同じ班の人間?」
「言ってみただけよ。どう考えても、昨日、七星さんのことを相談した藤原が一番怪しいでしょ」
藤原は『怖い人間が七星を探しにきた』と言っていた。この時の藤原との会話は、すでに高橋と共有していた。
「けど、七星のことは迂闊に喋るなって」
「そりゃ、俺を信用しろ、という言う程度の意味よ」
「事務所側で藤原の事を調べた?」
高橋は首を横に振る。
「そっちはまだ。住山を追っている連中については、調べがついたから、情報を送っておく」
ギシギシと廊下の床板がなって人が近づいてくることがわかる。
俺たちは立ち上がって、住職に頭を下げる。
「ようきはったな」
「よろしくお願いします」
「いや、やっぱり本物の『高橋ひかり』や」
高橋は、住職にサインを求められ、書いて渡した。
ニコニコしている住職は、こっちの顔に気づいて、真面目な顔になった。
「一年も前のこと聞いてどないしはんの」
「どうしても気になることがありまして」
俺たちは一連の用意した質問を住職に投げかけた。話を総合すると、やはり、バイクが盗まれたことは計画できたものではなく『偶然』だったことがはっきりした。
「最後にバイクを見せて欲しいんです」
「じゃあ、こっちについてきて」
寺の敷地内、端の方にバイクが停めてあった。
かなり重たそうなチェーンロックがはめてある。
「それな、盗まれてからつけるようにしてる」
普通の50ccのバイクだ。そんなにパワーがあるタイプに見えない。後輪の泥除け部分が割れているように見える。
「ああ、おそらく盗んだ奴がウィリーしよった」
高橋が言う。
「寺の中で走らせていいですか?」
「乗りたい、言うんか」
高橋は頷く。
「いやぁ、それはわし的には嬉しいが、怪我でもされたら」
「そこは大丈夫です。何かあっても自己責任で。不安でしたら一筆書きましょうか?」
住職は渋々チェーンロックを外し、鍵を高橋に渡す。
「ここからそこまでにして」
「はい」
高橋はヘルメットもつけず、スクーターにまたがると、アクセルを全開にした。
「ちょっと!」
爆音とともに、フロントが上がる。
綺麗にウィリーで走行して言われた場所まででスクーターを止めた。
住職は目を丸くしたままだった。
「腰抜かすとこやったで……」
高橋はスクーターをもとに戻すと、エンジンを切って鍵を返す。
「本日は、いろいろ話いただき、ありがとうございました」
頭を深く下げると、俺の手を引っ張って、急足で寺を出る。
寺を出てから、俺は訊ねた。
「どうしたの?」
「あのバイクで、防犯カメラに映っていたみたいに、ウィリーするのは無理」
「えっ、だって、高橋はやってみせたじゃん」
首を横に振った。
「私のように日頃、練習している人間ならね」
「七星が練習していたってこと?」
「可能性はゼロじゃないけど、それはないでしょ」
それより確率が高い可能性としては、後ろに乗せたスーツケースが予想外に重たかったのだろう。映像からも大体予想はついていたが、それが間違いないと言うことが確認できた、と言うわけだ。
「この後、『野々村屋』に行けばわかるはず」
俺は頷いた。
俺と高橋は、一年前の修学旅行で利用した『野々村屋』と言う旅館についた。
班の連中がいる寺、スクーターのことを訊ねた寺、どちらともそう離れていない。
街中にある旅館で、正面の玄関に車まわしなどはなかった。
俺たちが入ると、フロントの人が出てきた。
「もしかして、電話してきた修学旅行の生徒?」
「はい」
高橋が、はっきりとそう答えた。
「電話でも断ったけど、個人情報は話せないんだよね」
「生徒の命に関わることなんですよ」
「ちょっと待って、全然関係ないこと聞いていいですか? あなた、高橋ひかり?」
高橋は無言で首を縦にふる。
「荷物は重かったのでしょうか? 荷物を部屋に入れた彼女は、何か部屋に残して行きませんでしたか」
「……」
しばらくフロントの人間は黙っていたが、口を開いた。
「雑談として、ですね。これから言うことは、雑談です。お客様が旅館に宛てて荷物送られる場合は、たまにあります。執筆をしたり、ビジネスで長期滞在する人がいらっしゃいますので。そうした方は、荷物の段ボールとか包って、綺麗にして部屋の外に出してくれるもんなんです。印象に残る方がいらっしゃいまして、七つの段ボールを開けたまま部屋に放っていた方がいらっしゃいました」
「七つの段ボール箱ですか」
「雑談として、ですよ。大きなスーツケースをこの板張りの床に直接転がして、跡をつけてしまったお客様もいるんです」
高橋ひかり効果なのか、フロントの人は『雑談の体』で当時の七星の行動について説明してくれたのだ。
「そうですか。雑談とはいえ、非常に参考になりました」
高橋が深く頭を下げると、フロントの人は言った。
「ざ、雑談なんでくれぐれもそこはよろしく」
高橋が微笑みで返すと、フロントの人は晴れやかな表情になった。
俺たちは『野々村屋』の外に出た。
班の人がいる寺に向かって少し歩くと、人気がないのを見て高橋が言った。
「旅館があそこなら、七星さんがバイクを盗むのも簡単ね」
「そんなに遠くないし、確かに人通りが少ないな」
「あの非力なバイクがウイリーするなら、大人の体重ぐらいあったかもね」
言い終わると、急に腕を引っ張ってきた。
「な!」
俺はそのまま、喫茶店の扉を通った。
店内は、椅子の背もたれが高く、各座席ごとが分離されている。
俺は、店の薄暗い様子に目が慣れるまで時間がかかった。
向かい合わせに座ると、俺は小さい声で訊ねた。
「急にどうした?」
「例の男二人が向かってきてた」
「どうしよう、様子がわからないで外に出るとまた出会っちゃうかも」
「そこは考えがあるから」
高橋はスマフォを確認している。スマフォ画面の光で、彼女の顔が照らされている。
「七星さんはギャルだったって言ったわよね」
「ああ、一年の最初の頃、出会った七星さんは完全にギャルだったよ」
「それってギャルじゃなくて、ヤンキーだったんじゃないの? 鍵付けたまま放置したとはいえ、バイクを盗むって発想から、間違って……」
スマフォを見つめたまま、高橋は急に黙った。
「スマフォ出して、事務所からのメッセージ見て」
自分のスマフォを取り出して、中身を確認していると店員がやってきた。
「お客様、ご注文はいかがいたしましょう」
高橋が二人分のコーヒーを頼む。
店員は注文を確認すると、店の奥に戻って行った。
「さっき送ってもらった、俺をつけていた連中のことだけど。連中には、特殊詐欺の容疑がかかってるって、どうしてそんなことわかるの?」
「誰とはいえないけど、事務所には警察側に仲間がいるってこと」
以前会った、茶室の爺さんの関係なのか。
「じゃあ、七星さんも関係者なんじゃ」
「素直な発想をお持ちで」
店員がテーブルの横にやってきて、コーヒーを置いて行った。
俺は砂糖を入れてかき回した。
「素直じゃなかったらどう考えるんだよ」
「悪かったわ。特殊詐欺の連中に追われてるなら、素直じゃなくても関係者って考えるわよね。じゃあ、関係者だとして、なんで彼女は追われてる? 七つの荷物は何? 相当重いものよ」
「荷物として重いなら、書類かな。ほら、紙って意外と重いっていうじゃん。紙だとして、逮捕につながるような重要な書類に違いない」
「やっぱり素直ね。私は『現金』だと思うわ」
えっ? 大人の体重ほどある現金って、いったい……




