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やり過ぎた!  作者: 涙目
第六章 家族の絆編

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終話 今を楽しむということ

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 リリアーナが国王から呼び出しを受けたのは、体調がほぼ回復し、医師から通常の生活に戻っても問題ないと告げられてから数日後のことだった。


「……お父様から?」


「はい。本日午後、執務室へお越しになるようにとのことです」


 サリナの報告に、リリアーナは首を傾げた。


「何かしら?」


「詳しいご用件までは伺っておりません。ただ、他の王位継承権者の皆様もお呼びになっているそうです」


「……全員?」


「はい」


 リリアーナは、しばらく考え込んだ。


 兄姉たちが揃って呼び出されるとなれば、何か重要な話があるのだろう。


 今回の毒殺未遂事件については、すでに犯人が捕らえられ、伯爵も自供したと聞いている。


 裁判に関する手続きはまだ残っているものの、事件そのものは一段落したはずだった。


 となると、別の仕事だろうか。


「……サリナ」


「はい」


「私、まだ療養中ということにはならないかしら?」


「医師からは、通常の生活に戻ってよいと許可が出ております」


「……そうよね」


 リリアーナは、がっくりと肩を落とした。


 せっかくのんびりできていたというのに、とうとう仕事が戻ってくるのかもしれない。


 とはいえ、父からの呼び出しを無視するわけにもいかない。


「……仕方ないわね」


 リリアーナは椅子から立ち上がった。


「行きましょうか」


「はい、リリアーナ様」


     ◇


 国王の執務室には、すでに四人の王位継承権者が集まっていた。


 第一位、レオナルド。


 第二位、ヴィクトリア。


 第三位、ユリウス。


 第四位、エレオノーラ。


 リリアーナが入室すると、四人が顔を向けた。


「お待たせしました!」


「やあ、リリアーナ。もう身体は大丈夫なのかい?」


 レオナルドが微笑んだ。


「はい、もうすっかり元気です」


「それはよかった」


 エレオノーラも嬉しそうに微笑んだ。


「お顔の色も、すっかり戻りましたわね」


「ありがとうございます、お姉様」


 ユリウスが腕を組んだ。


「無理はしていないだろうな?」


「していません」


「ならばいい」


 ヴィクトリアも頷いた。


「それでは、全員揃いましたね」


 五人は、執務机の前に並んだ。


 国王は書類から顔を上げ、子供たちを見渡した。


 その視線がリリアーナのところで一度止まる。


 しかし、特に何かを言うことはなかった。


「……揃ったな」


「はい、陛下」


 レオナルドが代表して答えた。


 国王は頷くと、机の上に置かれた書類を閉じた。


「本日は、先日の事件についての報告と、今後の方針を伝えるために集まってもらった」


 リリアーナは、少しだけ背筋を伸ばした。


 やはり、仕事の話らしい。


「まずは、今回の毒殺未遂事件についてだ」


 国王は、静かに口を開いた。


「すでに報告を受けていると思うが、リリアーナの毒殺を指示した伯爵は、正式に拘束された」


 五人は黙って耳を傾けた。


「隣国の商人から毒を入手し、商会と仲介人を通じて実行犯へ渡したことが確認されている。伯爵本人も、自らの関与を認めた」


 国王は書類へ目を落とした。


「実行犯のマルクについては、家族を人質同然に脅されていた事情が確認されている。もっとも、それによって罪が消えるわけではない。今後、事情を考慮したうえで裁判によって処分が決定される」


 ヴィクトリアが頷いた。


「承知しております」


「仲介人、商会関係者、そして伯爵についても同様だ。関与の程度を明らかにし、それぞれの責任を問うことになる」


 国王は、そこで一度言葉を切った。


 そして、五人を見渡した。


「……今回の事件では、多くの者が動いた」


 その声は、いつもと変わらず威厳に満ちていた。


「だが、その中でも、お前たちの働きは見事だった」


 リリアーナは、思わず顔を上げた。


 国王は、まずレオナルドへ視線を向けた。


「レオナルド」


「はい、父上」


「お前は、事件の背後にいる者を見極めるため、断片的な情報を整理し、伯爵を動かす策を講じた」


 レオナルドは静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


「単に疑わしいというだけで拘束するのではなく、相手が自ら動く状況を作り、その行動を確認した。見事な判断だった」


「皆が協力してくれたおかげです」


「それも含めて、お前の功績だ」


 国王は頷いた。


「一人でできぬことを、他者の力を借りて成し遂げる。それもまた、上に立つ者に必要な能力だ」


 続いて、ヴィクトリアへ視線を向ける。


「ヴィクトリア」


「はい、陛下」


「お前は、事件の証拠を整理し、裁判の手続きを進めた。実行犯の供述だけに頼らず、商会の帳簿や取引記録を確認し、証言との整合性を調べたことも評価している」


「ありがとうございます」


「特に、伯爵を拘束する際にも、疑惑と確定した事実を混同しなかった。法を扱う者として、忘れてはならぬ姿勢だ」


 ヴィクトリアは、深く頭を下げた。


「今後も、公正な判断を心がけてまいります」


「うむ」


 国王は、ユリウスへ顔を向けた。


「ユリウス」


「はっ!」


「事件直後、お前は王宮の封鎖と警備を指揮した。あの対応が遅れていれば、証拠品が失われていた可能性も高い」


「当然の任務を果たしたまでです」


「その当然を、混乱の中で実行することが難しいのだ」


 国王は頷いた。


「実行犯の確保、関係者の保護、そして証拠品の保全。いずれも迅速だった」


「ありがとうございます」


「その後は、リリアーナから任された隣国の調査にも取り組んでいると聞いている」


「はっ。現時点では、まだ確かな成果は得られておりません」


「構わん。疑わしいというだけで結論を出さず、調査を続けることも重要だ」


「承知しました」


 ユリウスは、力強く頷いた。


 続いて、国王はエレオノーラへ視線を向けた。


「エレオノーラ」


「はい、お父様」


「お前は、事件直後から毒に詳しい医師を探し、各地へ協力を求めた」


 エレオノーラの表情が、わずかに引き締まった。


「……はい」


「トランプ地方の医師、オルフェンを呼び寄せたことは、リリアーナの命を救う大きな助けとなった」


「ありがとうございます」


「それだけではない。社交界で得た情報から、伯爵家を訪れた隣国の商人の存在を突き止めた。あの情報がなければ、毒の入手経路を辿るまでに、さらに時間がかかっていただろう」


 エレオノーラは、静かに頭を下げた。


「少しでもお役に立てたのであれば、幸いですわ」


「十分に役立った」


 国王は頷いた。


「人と人との繋がりは、時に書類以上の情報をもたらす。お前は、その力を正しく使った」


 そして最後に、国王はリリアーナへ視線を向けた。


「リリアーナ」


「はい」


 名前を呼ばれ、リリアーナは背筋を伸ばした。


 しかし、すぐに困惑した。


 今回の事件で、自分は何もしていない。


 むしろ、ずっと眠っていたのである。


 目を覚ました後も、兄姉たちに仕事を任せ、自分は療養していただけだった。


 いったい何を言われるのだろう。


 国王は、そんな娘をじっと見つめた。


「お前は、今回の事件で最も危険な目に遭った」


「……はい」


「そして、目を覚ました後、自分で動けぬ状況を理解し、兄姉たちへ仕事を任せた」


「……え?」


 リリアーナは目を瞬かせた。


「事件の解決を急ぐあまり、無理に動こうとすることもできただろう。だが、お前はそうしなかった」


「……それは、その……」


 働きたくなかっただけです。


 そんな本音を口にするわけにはいかない。


 リリアーナは、曖昧に微笑んだ。


 国王は続けた。


「それぞれの得意分野を理解し、役割を割り振った。結果として、五人が力を合わせ、事件を解決することができた」


「……ありがとうございます」


「ただし」


「……っ!」


 リリアーナの肩が跳ねた。


 やはり、何か言われるのだろうか。


 国王は、静かに告げた。


「今後も、身体に異変があれば無理をするな。自分の命を軽んじることは許さん」


「……はい」


「よいな?」


「はい!」


 リリアーナは、力強く頷いた。


 国王は、五人を見渡した。


「……よくやった」


 その一言に、五人は揃って頭を下げた。


「ありがとうございます、陛下」


     ◇


「さて、次の話だ」


 国王は、新たな書類を手に取った。


「今回の事件を受け、次世代の貴族たちとの交流会について、予定を変更することにした」


 リリアーナは、顔を上げた。


「……予定の変更、ですか?」


「ああ。しばらく延期する」


「……!」


 リリアーナの表情が、わずかに明るくなった。


 交流会。


 それは、今回の事件が起きた場所でもある。


 当然ながら、同じような催しをすぐに開くわけにはいかないだろう。


 しかし、それ以上に。


 延期ということは、当面の仕事が一つ減るということである。


「今回の事件では、貴族派の伯爵が関与していた。関係者の調査は続いており、王宮の警備体制についても見直しが必要だ」


 国王は、静かに説明した。


「その状況で、同様の交流会を開催することは適切ではない」


 ヴィクトリアが頷いた。


「妥当な判断かと存じます」


「ただし、交流会そのものを中止するわけではない。安全が確認され、準備が整い次第、改めて日程を決める」


「承知いたしました」


 レオナルドも頷いた。


「参加予定だった貴族家には、王宮から通知するのですね?」


「ああ。すでに担当者へ指示してある」


 エレオノーラが口を開いた。


「では、私からも交流のある方々へ、必要に応じて事情をお伝えいたしますわ」


「うむ。頼む」


 ユリウスも頷いた。


「警備体制の見直しについては、俺も協力します」


「そうしてくれ」


 国王は短く答えた。


 リリアーナは、心の中で小さく拳を握った。


 よし。


 交流会延期。


 これで、しばらくは平穏な日々が続くはずだ。


 そう思っていた。


 しかし、国王はさらに書類を取り出した。


「そして、最後に今後の王位継承についてだ」


「…………」


 リリアーナは、嫌な予感を覚えた。


 国王は、五人を見渡した。


「現在、王位継承権を持つ者は、お前たち五人だ」


 レオナルドが頷いた。


「はい」


「だが、今後は他の弟妹たちにも、王位継承権を与えることを考えている」


 その言葉に、五人の表情が変わった。


「……他の弟妹たちにも、ですか?」


 ヴィクトリアが確認した。


「ああ」


 国王は頷いた。


「王位を継ぐ者を決めるにあたり、より多くの可能性を見ておきたい」


 リリアーナは、思わず身を乗り出しかけた。


 王位継承権を持つ者が増える。


 つまり、王になる候補者が増えるということだ。


 それは非常に素晴らしいことではないだろうか。


 自分が王になる可能性が、それだけ下がるのだから。


「……お父様」


「何だ、リリアーナ」


「素晴らしいお考えだと思います」


 国王は、わずかに眉を上げた。


「……そうか」


「はい、弟妹たちにも、ぜひ機会を与えるべきです」


 レオナルドが、楽しそうに微笑んだ。


「リリアーナは、ずいぶん賛成なんだね」


「もちろんです」


「どうして?」


「えっ?」


 リリアーナは、一瞬言葉に詰まった。


 王位継承者が増えれば、自分の負担が減るから。


 そんなことを言えるわけがない。


「……そ、それは、皆に平等な機会があるべきだと思うからです!」


「なるほどね」


 レオナルドは、にこにこと微笑んでいる。


 他の三人も心なしか笑っているように見える。


 何となく、すべて見透かされている気がした。


 国王は、そんな兄弟姉妹のやり取りを見ながら口を開いた。


「ただし、すぐに全員へ与えるわけではない」


「……え?」


 リリアーナが顔を上げた。


「それぞれの資質を見極め、適切な時期に判断する」


「……なるほど」


「また、新たな継承権者が加わったとしても、お前たちの立場が直ちに変わるわけではない」


「…………」


 リリアーナは、そっと肩を落とした。


 つまり、まだ仕事から解放されるわけではないらしい。


 国王は、そんな娘の様子に気づいているのかいないのか、話を続けた。


「王位継承とは、単に順位を競うものではない。国を治めるにふさわしい者を見極めるためのものだ」


 五人は、静かに耳を傾けた。


「お前たちも、それぞれの立場で経験を積み、己の能力を磨いてもらいたい」


「承知いたしました」


 レオナルドが代表して答えた。


 他の四人も、揃って頭を下げた。


 リリアーナも、もちろん頭を下げた。


 ただし、その胸中では別のことを考えていた。


 王位継承者が増える。


 これは間違いなく朗報だ。


 今すぐではなくても、将来的には自分より王にふさわしい人物が現れるかもしれない。


 いや、ぜひ現れてほしい。


 何なら、何人でも現れてほしい。


 リリアーナは、心の中で弟妹たちへ熱い声援を送った。


     ◇


 国王との面会を終え、リリアーナは自室へ戻っていた。


「……ふぅ」


 椅子へ腰を下ろし、大きく息を吐く。


 久しぶりの正式な呼び出しだったが、思っていたほど大変な話ではなかった。


 今回の事件について、兄姉たちの功績が認められた。


 交流会は延期。


 そして、王位継承者が増える可能性がある。


 少なくとも、自分に新たな仕事が与えられることはなかった。


「……素晴らしいわ」


 リリアーナは、満足そうに頷いた。


 サリナが、紅茶の準備を進めていた。


「リリアーナ様。本日はお疲れ様でございました」


「ありがとう、サリナ」


「陛下とのお話はいかがでしたか?」


「そうね。色々あったけれど、悪い話ではなかったわ」


「それはようございました」


 サリナは、丁寧に紅茶を注いだ。


 温かな湯気が立ち上り、部屋に柔らかな香りが広がる。


 リリアーナは、カップへ視線を落とした。


 以前なら、何も考えずに口にしていただろう。


 けれど、あの事件以来、食べ物や飲み物を前にすると、どうしても一瞬だけ手が止まってしまう。


 それでも。


 今、目の前にある紅茶は、サリナが自分のために淹れてくれたものだった。


 茶葉を選び、湯を沸かし、丁寧に注いでくれた。


 リリアーナは、そっとカップを持ち上げた。


 一口飲む。


 温かな紅茶が喉を通り、優しい香りが広がった。


「……美味しい」


 自然と、笑みがこぼれた。


 サリナも嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます」


 リリアーナは、窓の外へ視線を向けた。


 庭園には、穏やかな日差しが降り注いでいる。


 小鳥たちが枝から枝へと飛び移り、花々が風に揺れていた。


 毒殺未遂事件。


 貴族裁判。


 隣国との関係。


 王位継承。


 考えなければならないことは、まだまだあるのだろう。


 けれど、今は。


 こうして、何事もなく紅茶を飲める。


 それだけで、十分だった。


 リリアーナは、もう一口紅茶を飲んだ。


 そして、満足そうに微笑んだ。


「……平和ね」


 サリナは、静かに頷いた。


「そうですね」

お読み頂き、ありがとうございます。

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