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やり過ぎた!  作者: 涙目
第六章 家族の絆編

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第十三話 兄姉との一時

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 王宮の庭園に、穏やかな日差しが降り注いでいた。


 色とりどりの花々が咲き誇り、柔らかな風が木々の葉を揺らしている。


 庭園の一角に設けられた東屋には、すでに四人の王位継承権者が集まっていた。


 第一位、レオナルド。


 第二位、ヴィクトリア。


 第三位、ユリウス。


 第四位、エレオノーラ。


 テーブルには紅茶と菓子が用意されていたが、誰もまだ手をつけていなかった。


「……遅いな」


 ユリウスが、東屋の入口へ視線を向けた。


「まだ約束の時間にはなっていないよ」


 レオナルドが微笑む。


「それに、久しぶりの外出なんだから、ゆっくり来てもらえばいいんじゃないかな」


「わかっている。ただ、無理をしていないか気になっただけだ」


「ふふっ。ユリウスお兄様も、ずいぶん心配されておりますのね」


 エレオノーラが微笑んだ。


「当然だ。毒を盛られて五日も意識が戻らなかったんだぞ」


「ええ。本当に、無事でよかったですわ」


 ヴィクトリアも静かに頷いた。


 そのとき、庭園の向こうから声が聞こえてきた。


「お待たせしました」


 四人が一斉に顔を上げる。


 小道を歩いてきたのは、リリアーナだった。


 その少し後ろには、侍女のサリナが付き添っている。


 以前より少し痩せたものの、足取りはしっかりしていた。


 何より、その表情には明るさが戻っていた。


「リリアーナ!」


 エレオノーラが立ち上がった。


「もう、お身体は大丈夫ですの?」


「はい。おかげさまで、かなり元気になりました!」


 リリアーナは胸を張った。


「先生からも、少しずつ普段の生活に戻していいと言われています」


「それはよかったね」


 レオナルドが微笑む。


「でも、無理はしないようにね」


「もちろんです」


 リリアーナは元気よく答えた。


 ユリウスが、じっと妹を見つめる。


「……顔色は悪くないな」


「はい!」


「食事は取れているのか?」


「ええ。最初はちょっと怖かったんですけど、最近は普通に食べられるようになってきました」


「そうか」


 ユリウスは短く頷いた。


「ならばいい」


 ヴィクトリアが椅子を示した。


「さあ、リリアーナ。座ってください」


「ありがとうございます、ヴィクトリアお姉様!」


 リリアーナは用意された席へ腰を下ろした。


 サリナが紅茶を注ぐ。


 湯気とともに、柔らかな香りが立ち上った。


「……いい香り」


 リリアーナは、思わず微笑んだ。


 以前なら何のためらいもなく口をつけていただろう。


 しかし、今はまだ、飲み物を前にすると一瞬だけ手が止まってしまう。


 その様子に気づいたサリナが、そっと声をかけた。


「リリアーナ様。こちらは、私が最初から最後まで確認しております」


「……ありがとう、サリナ」


 リリアーナはカップを持ち上げた。


 一口飲む。


 温かな紅茶が喉を通った。


「……美味しい」


 小さく呟くと、サリナが嬉しそうに微笑んだ。


 その様子を見ていた四人も、ようやく安心したように紅茶へ手を伸ばした。


     ◇


「さて」


 レオナルドがカップを置いた。


「今日は、リリアーナに報告したいことがあるんだ」


「……報告、ですか?」


「うん。今回の事件についてね」


 リリアーナの表情が、少しだけ引き締まった。


「……犯人のことですね」


「そうだよ」


 ヴィクトリアが口を開いた。


「リリアーナ。あなたを毒殺しようとした事件について、指示者を特定することができました」


「……本当ですか?」


「ええ」


 ヴィクトリアは頷いた。


「貴族派に属する伯爵です」


 リリアーナは、しばらく黙っていた。


 以前から、貴族派が自分を快く思っていないことは知っていた。


 だが、実際に命を狙われたとなれば、話は別だった。


「……そう、ですか」


 レオナルドが、穏やかに続けた。


「前に話したとおり、実行犯のマルクは家族を脅されていたんだ。その背後にいた仲介人を調べていくうちに、ある商会と伯爵家の関係が見えてきた」


「商会……」


「うん。そして、エレオノーラが集めてくれた情報から、伯爵家に隣国の商人が出入りしていたこともわかったんだ」


 エレオノーラが頷いた。


「伯爵夫人から伺ったお話ですわ。事件の少し前、隣国の商人が伯爵様を訪ねていたそうなのです」


「……隣国の商人?」


「ええ。その方についても調べていただきましたの」


 ヴィクトリアが説明を引き継いだ。


「オルフェン先生が特定した毒は、隣国の特定の地方に生息する植物から採取されるものでした」


「……はい」


「そこで、その商人の取引記録を調べたところ、毒の原料となる植物を扱っていたことが確認できたのです」


 リリアーナは目を見開いた。


「……それじゃあ!」


「ええ。商人から伯爵へ、毒が渡されていたことが判明しました」


 ヴィクトリアは頷いた。


「さらに、王宮で発見された容器の管理番号と、商人が保管していた販売記録が一致しました」


「……管理番号?」


「容器の底が二重になっており、その内側に刻まれていたものです」


 レオナルドが微笑んだ。


「伯爵は、その容器を回収しようとして、王宮の保管庫へ来てしまったんだ」


「……え?」


 リリアーナは、きょとんとした。


「伯爵が、ですか?」


「うん」


「自分で?」


「そうだよ」


「……どうして?」


 レオナルドは、少しだけ笑った。


「証拠を消したかったんだろうね」


 リリアーナは、しばらく考え込んだ。


「……えっと」


「うん?」


「お兄様たちが、保管庫に来るように仕向けたんですか?」


「まあ、そんなところかな」


「……怖っ」


 思わず漏れた言葉に、エレオノーラがくすりと笑った。


「ふふっ。ですが、おかげで重要な証拠を得られましたわ」


 ヴィクトリアも頷いた。


「その後、商人本人への確認と、帳簿や取引記録の照合を進めました」


「……それで?」


「商人は、伯爵へ毒を融通したことを認めました」


 リリアーナは、息を呑んだ。


「……認めたんですか」


「ええ。容器の管理番号、取引の日付、代金の支払い記録が一致していましたから、否定することは難しかったのでしょう」


 レオナルドが続けた。


「そして、その証拠を伯爵へ示したところ、伯爵も自分が事件を指示したことを認めたんだ」


「……自供したんですね」


「うん」


 ヴィクトリアが静かに頷いた。


「伯爵は、王位継承権第五位であるリリアーナ・プレイングの毒殺を指示した者として、正式に拘束されました」


 リリアーナは、ゆっくりと息を吐いた。


「……そうですか」


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 事件が起きてから、何度も思い出してしまう光景があった。


 あの日、何の疑いもなく口にした果実菓子。


 突然襲ってきた苦しさ。


 遠くなっていく周囲の声。


 そして、目を覚ましたときに知った、自分が五日も眠っていたという事実。


 あれが、誰かの意思によって引き起こされたものだった。


 その事実を、改めて突きつけられた気がした。


「……リリアーナ?」


 レオナルドが、心配そうに声をかけた。


 リリアーナは顔を上げた。


「あ、いえ。大丈夫です」


「無理に話さなくてもいいんだよ」


「……ありがとうございます」


 リリアーナは、小さく微笑んだ。


「でも、ちゃんと聞いておきたかったので」


 そして、四人を見渡した。


「皆様、本当にありがとうございました」


 深く頭を下げる。


「私が眠っている間も、その後も、ずっと動いてくださっていたんですよね」


 エレオノーラが微笑んだ。


「当然ですわ。可愛い妹のためですもの」


「そうだね」


 レオナルドも頷いた。


「それに、王族が命を狙われた事件を放っておくわけにはいかないからね」


 ヴィクトリアも、静かに口を開いた。


「あなたが気に病む必要はありません。私たちが、それぞれの役割を果たしただけです」


 ユリウスが腕を組んだ。


「そういうことだ。礼などいらん」


「……皆様」


 リリアーナは、少しだけ目を潤ませた。


 そして、ふと思い出したように顔を上げた。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「そういえば、ユリウスお兄様は、隣国のことを調べてくださっていたんですよね?」


「ああ」


 ユリウスが頷いた。


「お前に頼まれた件だな」


「はい。何かわかりましたか?」


「今のところ、大きな動きは確認されていない」


「……そうですか」


「ただし、今回の毒の入手経路とは別に、少し気になる話はある」


 ユリウスがそこで一度言葉を切ると、四人の視線が彼へ集まった。


「何かな?」


 レオナルドが尋ねる。


「隣国との関係を調べている中で、ある噂を耳にした」


「噂、ですか?」


 ヴィクトリアが顔を上げた。


「ああ。国内の公爵家と、隣国の者が密かに会談を行ったという話だ」


 リリアーナは首を傾げた。


「……公爵家が、隣国と?」


「そうだ」


「それは、外交のお仕事ではないんですか?」


「その可能性もある。だが、問題は記録がないことだ」


 ユリウスは、静かに続けた。


「公爵家と隣国の者が会談したという話は複数の筋から聞いた。だが、正式な会談記録も、王宮への報告も確認できなかった」


 ヴィクトリアが眉をひそめた。


「……記録がないのですか?」


「ああ。少なくとも、俺が確認した範囲には存在しない」


 エレオノーラが考え込んだ。


「個人的な交流という可能性はございませんの?」


「ある。だから、現時点で不正があったとは言えん」


 ユリウスは頷いた。


「会談が実際に行われたのかも、まだ裏付けが取れていない」


「……なるほど」


 レオナルドは、紅茶を一口飲んだ。


「それなら、もう少し調べる必要がありそうだね」


「ああ。そのつもりだ」


 リリアーナは、少し考え込んだ。


「……でも、どうして記録がないんでしょう?」


「わからん」


 ユリウスは、はっきりと答えた。


「そもそも、会談自体が噂に過ぎない可能性もある」


「……そうですよね」


「ただ、隣国との関係を調べている以上、無視するわけにもいかん」


 ヴィクトリアが頷いた。


「では、正式な調査は継続するということですね」


「ああ。現時点では、それで十分だ」


 レオナルドも頷いた。


「今回の伯爵の事件と結びつけて考えるのは、まだ早いだろうしね」


「そのとおりだ」


 ユリウスは短く答えた。


「今は、別件として扱うべきだ」


 エレオノーラが微笑んだ。


「では、私も社交界で何か耳にしましたら、お伝えいたしますわ」


「助かる」


 ユリウスは頷いた。


 リリアーナは、四人の顔を見渡した。


 事件が解決したと思ったら、今度は隣国との会談。


 王族というのは、本当に仕事が尽きないらしい。


「……あの」


「うん?」


 レオナルドが顔を向けた。


「私、まだ療養中ですよね?」


「そうだね」


「先生からも、無理をしないようにと言われていますよね?」


「うん」


「ということは、今回の件については……」


 リリアーナは、期待を込めて四人を見つめた。


「私、何もしなくていいですよね?」


 レオナルドが微笑んだ。


「もちろんだよ」


「……!」


 リリアーナの顔が輝いた。


「本当ですか!?」


「うん。今はゆっくり休んでいてね」


「ありがとうございます!」


 リリアーナは、心の底から嬉しそうに笑った。


 その様子を見て、エレオノーラも微笑んだ。


「ふふっ。相変わらずですわね」


「何がですか?」


「いえ、何でもございませんわ」


 ヴィクトリアが、テーブルの菓子を示した。


「さあ、リリアーナ。せっかくのお茶会です。お話はこのくらいにして、お菓子でもいただきましょう」


「……!」


 リリアーナは、目を輝かせた。


 しかし、すぐに少しだけ表情が曇る。


 目の前に並んでいるのは、色とりどりの焼き菓子だった。


 あの日の果実菓子とは違う。


 それでも、ほんの少しだけ、手を伸ばすことをためらってしまう。


 その様子に気づいたサリナが、そっと近づいた。


「リリアーナ様。こちらのお菓子も、私が確認しております」


「……ありがとう」


 リリアーナは、小さく頷いた。


 そして、焼き菓子を一つ手に取った。


 一口かじる。


 優しい甘さが、口いっぱいに広がった。


「……美味しい」


 思わず、笑みがこぼれた。


 レオナルドが微笑む。


「よかったね」


「はい」


 リリアーナは、笑顔で答えた。


 ユリウスが、少しだけ口元を緩めた。


「……食欲が戻ったなら、もう心配はいらんな」


「ええ。これなら、すぐに元気になりますわね」


 エレオノーラも微笑んだ。


 ヴィクトリアは、紅茶を一口飲んだ。


「ですが、しばらくは無理をしないようにしてくださいね」


「もちろんです」


 リリアーナは、満面の笑みで答えた。


 穏やかな日差しの下、五人のお茶会は続いていく。


 事件の傷跡が、すぐに消えるわけではない。


 それでも、こうして家族と笑い合える時間が戻ってきた。


 リリアーナは、もう一つ焼き菓子を手に取った。


 今度は、ためらうことなく。


 その様子を見守りながら、四人もようやく肩の力を抜いた。


 王宮の庭園には、久しぶりに穏やかな笑い声が響いていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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