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やり過ぎた!  作者: 涙目
第六章 家族の絆編

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第十二話 人を呪わば穴二つ

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 伯爵は、執務室の机に置かれた書類を見つめていた。


 王宮で行われた貴族裁判から、すでに数日が経過している。


 実行犯は捕らえられた。


 仲介人も拘束された。


 しかし、彼らが知っていることには限りがある。


 自分の名前を口にできる者はいないはずだった。


 商会との取引についても、表向きは物資の購入として処理してある。多少調べられたところで、直接的な証拠にはならない。


 そう考えていた。


 ところが、先ほど届いた報告によって、その考えが揺らいでいた。


「……もう一度言ってみろ」


 伯爵の前に立つ男が、緊張した面持ちで口を開いた。


「はい。王宮で保管されている証拠品について、追加の鑑定が行われるそうです」


「それは聞いている。問題は、その先だ」


「……配膳室から発見された容器に、隣国の工房を示す刻印が見つかったとのことです」


 伯爵の指が止まった。


「……刻印?」


「はい。容器の底に、小さな刻印があるそうで」


「……それで?」


「明朝、商人の取引記録と照合する予定だと聞いております。結果によっては、次の審理で報告される可能性があるそうです」


 伯爵は黙り込んだ。


 隣国の工房。


 容器の底にある刻印。


 そして、取引記録との照合。


 どこまで調べられたのか。


 あの容器が、誰の手を経て王宮へ持ち込まれたものなのか。


 そこまで辿られれば、厄介なことになる。


「……ほかには?」


「今夜、容器を鑑定室へ移すそうです」


「鑑定室?」


「はい。明朝の照合に備え、保管室から移送されると」


 伯爵は、ゆっくりと椅子に背を預けた。


「……妙だな」


「は?」


「証拠品の移送予定など、なぜお前の耳に入る?」


 男は言葉に詰まった。


「そ、それは……王宮に出入りする者の間で、話題になっているようでして」


「誰が話していた?」


「申し訳ございません。そこまでは……」


「……そうか」


 伯爵は目を閉じた。


 都合がよすぎる。


 容器から刻印が見つかった。


 明朝には取引記録と照合される。


 そして、その前夜に証拠品が移動する。


 まるで、今夜のうちに回収しろと言わんばかりではないか。


 罠かもしれない。


 いや、罠である可能性は高い。


 だが――。


「……下がれ」


「はっ」


 男が退出すると、伯爵は机の引き出しを開けた。


 中から取り出したのは、一枚の紙だった。


 そこには、隣国の商人から渡された品について、いくつかの注意事項が記されていた。


 伯爵は、その一文へ視線を落とした。


 容器の底部には、工房を識別するための刻印が施されている。


「……やはりな」


 噂は、少なくとも容器の特徴については正しい。


 さらに、あの容器にはもう一つ秘密があった。


 底部が二重になっているのだ。


 外側の底板は、特殊な留め具で固定されている。


 その内側には、製造時の管理番号が刻まれていた。


 工房の刻印だけなら、同じ工房で製造された別の容器だと言い逃れる余地がある。


 しかし、管理番号まで調べられれば話は違う。


 隣国の商人が保管している取引記録と一致する可能性がある。


 もっとも、その構造について、王宮側が気づいているかどうかはわからない。


 報告にあったのは、底の刻印だけだった。


 まだ間に合うかもしれない。


 伯爵は、紙を握り締めた。


「……どうする」


 部下に任せることも考えた。


 しかし、何を回収させるのか。


 どの容器なのか。


 なぜ、それを処分する必要があるのか。


 説明しなければ、正確に動かすことはできない。


 かといって、事情を知る者をこれ以上増やすわけにはいかなかった。


 仲介人はすでに捕らえられている。


 商会にも調査の手が伸びている。


 今さら誰かに命じれば、その人物まで取り調べの対象になるかもしれない。


「……っ」


 伯爵は立ち上がった。


 罠だとしても、あの容器を残しておくわけにはいかない。


 明朝、管理番号まで調べられれば、すべてが終わる可能性がある。


 ならば、今夜しかない。


 伯爵は上着を手に取った。


「馬車を用意しろ」


     ◇


 夜の王宮は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。


 廊下には一定の間隔で灯りがともされ、巡回する騎士たちの足音が響いている。


 伯爵は、王宮の一室で待っていた。


 貴族として王宮を訪れること自体は珍しくない。今夜も、急ぎの用件があるとして入宮の許可を得ていた。


 ただし、用件を伝えるために来たわけではない。


 目的は、証拠品の回収だった。


 伯爵は懐中時計を取り出し、時刻を確認した。


「……そろそろか」


 今回の計画には、どうしても協力者が必要だった。


 証拠品の保管庫には、当然ながら見張りが配置されている。


 王宮の警備を担当する騎士たちを、伯爵の一存で動かすことはできない。


 だが、騎士の中にも貴族派に属する者はいる。


 その一人が、上級騎士として王宮の警備に携わっていた。


 伯爵は、その男へ協力を求めたのである。


 もっとも、すべてを説明したわけではない。


 王宮に保管されている品を、事情があって回収する必要がある。


 そのために、少しだけ警備を代わってほしい。


 そう伝えてあった。


 上級騎士は、最初こそ難色を示したものの、最終的には承諾した。


 そして、もう一人。


 伯爵は、手下の男に別の仕事を命じていた。


 王宮の裏門付近で、小さな火事を起こすこと。


 人命に関わるような大きな火事である必要はない。


 見張りの騎士が確認に向かわなければならない程度の騒ぎが起これば、それで十分だった。


 伯爵は、静かに息を吐いた。


 罠かもしれない。


 その疑念は、今も消えていない。


 しかし、何もせずに明朝を迎えるわけにはいかなかった。


 伯爵は椅子から立ち上がり、扉へ向かった。


     ◇


 王宮の裏門付近。


 夜間の警備に当たっていた兵士が、巡回を終えて持ち場へ戻ろうとしていた。


 そのとき、建物の陰から煙が立ち上っていることに気づいた。


「……ん?」


 兵士は足を止めた。


 煙の向こうに、小さな炎が見える。


「火事だ!」


 兵士は声を上げ、腰に下げていた呼び笛を吹いた。


 鋭い音が、夜の王宮に響き渡る。


 近くにいた兵士たちが駆けつけ、消火の準備を始めた。


 幸い、火の勢いはまだ弱い。


 だが、王宮内で火災が発生した以上、警備責任者への報告は欠かせなかった。


 騒ぎは、すぐに周辺の区画へ伝わっていった。


     ◇


 証拠品の保管庫。


 扉の前には、一人の騎士が立っていた。


 夜間の見張りを任されたその騎士は、遠くから聞こえた呼び笛に顔を上げた。


「……何事だ?」


 しばらくして、廊下の向こうから足音が近づいてきた。


 現れたのは、上級騎士だった。


「おい、裏門付近で不審火が発生した」


「不審火、ですか?」


「ああ。現場の確認と周辺の警戒が必要だ。お前も向かえ」


 見張りの騎士は、保管庫の扉へ視線を向けた。


「しかし、私はこの保管庫の警備を命じられております」


「わかっている」


 上級騎士は頷いた。


「だから、私が代わる」


「……よろしいのですか?」


「構わん。私は上級騎士だ。ここを預かることに問題はあるまい」


 見張りの騎士は、少し迷った。


 保管庫には、現在捜査中の事件に関する証拠品が保管されている。


 持ち場を離れることは、原則として認められていない。


 しかし、目の前にいるのは自分より階級が上の騎士だった。


 しかも、不審火が発生したという。


「……承知いたしました」


 騎士は、腰に下げていた鍵を取り外した。


「では、こちらをお預けいたします」


「ああ」


 上級騎士は鍵を受け取った。


「現場の状況を確認し、必要であれば応援を呼べ」


「はっ!」


 見張りの騎士は一礼し、廊下を駆けていった。


 上級騎士は、その後ろ姿を見送った。


 足音が遠ざかる。


 角を曲がり、姿が見えなくなる。


 それを確認してから、上級騎士は小さく息を吐いた。


「……これでよろしいでしょう」


 廊下の陰から、一人の男が姿を現した。


 伯爵だった。


「ご苦労」


 伯爵は短く答えた。


「鍵を」


 上級騎士は、手にしていた鍵を差し出した。


「……伯爵閣下。本当に、問題はないのでしょうな?」


「心配するな。お前に迷惑がかかることはない」


「……そう願いたいものです」


 伯爵は鍵を受け取った。


「しばらく、誰も近づけるな」


「承知しました」


 上級騎士は廊下の方へ向き直った。


 伯爵は保管庫の扉へ近づき、鍵を差し込んだ。


 金属の触れ合う音が、小さく響く。


 鍵が回った。


 伯爵は扉を開け、室内へ足を踏み入れた。


     ◇


 保管庫の中は、静まり返っていた。


 壁際にはいくつもの棚が並び、木箱や布に包まれた品々が整理されている。


 伯爵は、扉を閉めると周囲を見回した。


 目的の容器は、今夜のうちに鑑定室へ移される予定だという。


 ならば、まだ保管庫にある可能性が高い。


 伯爵は棚を一つずつ確認していった。


 事件に関する証拠品には、それぞれ札が付けられている。


 押収した衣類。


 使用された食器。


 関係者の所持品。


 そして――。


「……あった」


 伯爵は、一つの木箱の前で足を止めた。


 札には、配膳室から発見された容器について記されていた。


 蓋を開ける。


 中には、布に包まれた小さな容器が収められていた。


 伯爵は懐から手袋を取り出し、両手にはめた。


 毒が残っている可能性がある以上、素手で触れるわけにはいかない。


 慎重に布をめくる。


 見覚えのある形状だった。


 蓋の構造。


 容器の大きさ。


 そして、底部の加工。


「……間違いない」


 伯爵は、容器を手に取った。


 これさえ回収できれば、少なくとも毒の入手経路を辿る手掛かりを一つ消すことができる。


 伯爵は、容器を上着の内側へしまおうとした。


 そのときだった。


「無駄だよ、伯爵」


 突然、背後から声が聞こえた。


 伯爵の身体が硬直した。


 ゆっくりと振り返る。


 棚の陰から、二人の人物が姿を現した。


 一人は、王位継承権第一位のレオナルド。


 もう一人は、その護衛騎士だった。


「……レオナルド殿下」


 伯爵の顔から、血の気が引いた。


 レオナルドは、いつもと変わらない穏やかな表情で微笑んでいた。


「こんばんは、伯爵。ずいぶん遅い時間に、こんなところで会うなんてね」


「……これは、その……」


「うん?」


 伯爵は、手にしていた容器を見つめた。


 そして、慌てて木箱へ戻そうとした。


「私は、ただ……」


「それは見た目だけ同じ偽物だよ」


「……何?」


 レオナルドは、容器を指差した。


「本物は、もう別の場所に移してあるんだ」


 伯爵は、言葉を失った。


「……偽物?」


「うん。だから、持って帰っても意味はないよ」


 レオナルドは、ゆっくりと近づいた。


「それにしても、不思議だね」


「……何がでしょう」


「どうして伯爵が、事件の証拠品を回収しようとしているのかな?」


「……回収などしておりません!」


 伯爵は声を荒らげた。


「私は、証拠品の確認をしていただけです!」


「そうなんだ」


「今回の事件は、王族の方が命を狙われた重大な事件です。貴族として、捜査に協力するのは当然でしょう!」


 レオナルドは頷いた。


「うん。協力してくれるのはありがたいね」


「でしたら……!」


「でも、正式な手続きも踏まずに、夜中に保管庫へ入る必要はないよね?」


「……それは」


「それに、鍵はどうしたの?」


 伯爵は、一瞬言葉に詰まった。


「……見張りの騎士から預かりました」


「へえ。見張りの騎士が、伯爵に鍵を渡したんだ?」


「……そうです」


「どうして?」


「……私が、証拠品を確認する必要があると説明したからです」


 レオナルドは首を傾げた。


「それだけで?」


「……私は伯爵ですぞ!」


 伯爵は声を張り上げた。


「王家に長年仕えてきた貴族です! その私が、事件の証拠品を確認することに、何の問題があるというのです!」


「問題はあるよ」


 レオナルドは、静かに答えた。


「証拠品は、誰でも自由に触れていいものじゃないからね」


「……っ」


「それに、伯爵はさっき、その容器を上着の中へしまおうとしていたよね?」


「……違います!」


「そう?」


「容器の状態を確認していただけです!」


「なるほど」


 レオナルドは頷いた。


「じゃあ、どうして手袋を用意していたのかな?」


「毒が付着している可能性があるからに決まっているでしょう!」


「うん。それは正しい判断だね」


 レオナルドは微笑んだ。


「でも、伯爵はずいぶん詳しいんだね」


「……何がです?」


「その容器に毒が残っている可能性を、よく知っていたんだなと思って」


「……っ!」


 伯爵は、唇を噛んだ。


「……医師の報告を聞けば、誰でもわかることです」


「そうだね」


 レオナルドは、あっさりと頷いた。


「それだけなら、不思議じゃないよ」


 伯爵は、わずかに表情を緩めた。


 しかし、レオナルドは続けた。


「でも、どうしてわざわざ自分で来たの?」


「……何?」


「伯爵ほどの立場なら、正式に確認を申し出ればいいだけだよね」


「……急ぎの用件だったのです」


「明朝、容器の鑑定が行われるから?」


 伯爵の表情が強張った。


「……それは」


「噂を聞いたんだよね?」


 レオナルドは、穏やかな声で尋ねた。


「容器の底に、隣国の工房を示す刻印が見つかったって」


「……」


「それで、取引記録と照合される前に、回収したかったのかな?」


「……違う!」


 伯爵は、強く否定した。


「私は、ただ事件の真相を知りたかっただけです!」


「そうなんだ」


「そうですとも! 王族の方が毒を盛られたのですぞ! 私とて、何か力になれればと……!」


 レオナルドは、しばらく伯爵を見つめていた。


 そして、小さく頷いた。


「……そっか」


 伯爵は、必死に言葉を続けた。


「それに、私は見張りの騎士から正式に鍵を預かったのです! 無断で侵入したわけではありません!」


「うん。そう言っていたね」


「でしたら、何も問題はないでしょう!」


 そのときだった。


 保管庫の扉が開いた。


「……それについては、確認が取れております」


 静かな声が響いた。


 伯爵が振り返る。


 扉の前に立っていたのは、王位継承権第二位のヴィクトリアだった。


 その後ろには、数名の騎士が控えている。


「……ヴィクトリア殿下」


 ヴィクトリアは、伯爵へ視線を向けた。


「先ほど、保管庫の見張りを交代した上級騎士から、事情を伺いました」


「……何?」


「上級騎士は、裏門付近で不審火が発生したことを理由に、見張りの騎士を持ち場から離れさせたそうです」


 伯爵は、何も答えなかった。


「そして、その後、伯爵へ保管庫の鍵を渡したことも認めております」


「……それが、何だというのです」


「上級騎士は、伯爵から事前に協力を求められていたと証言しております」


 伯爵の顔色が変わった。


「……な」


 ヴィクトリアは、淡々と続けた。


「保管庫の見張りを交代し、鍵を伯爵へ渡すよう依頼されていたそうです」


「……そんな馬鹿な!」


「さらに、裏門付近で不審火を起こした人物についても、現在確認を進めております」


 伯爵は、後ずさった。


「……違う」


 ヴィクトリアは、静かに告げた。


「見張りについた上級騎士の方が、自白しました」


 伯爵は、言葉を失った。


「ずいぶん早かったね」


「……つらつらと聞き苦しい言い訳を重ねるもので、少々お話いたしました」


 レオナルドの疑問に、ヴィクトリアは淡々と答えた。


「意外だね?」


「……私だって、怒っているのですよ」


 変わらない表情。


 けれど、その瞳は燃えんばかりに輝いていた。


 レオナルドは目を閉じ、伯爵に向き直ると、口を開いた。


「……ねえ、伯爵」


「……」


「どうして、そこまでして証拠品を回収しようとしたの?」


 伯爵は、何も答えられなかった。


 レオナルドは、静かに続けた。


「僕たちは、伯爵が今回の事件を指示したんじゃないかと考えている」


「……っ」


「もちろん、まだ証明できていないよ」


 レオナルドは頷いた。


「でも、伯爵が証拠品を回収するために、上級騎士を使って見張りを移動させたことは確認できた」


 ヴィクトリアが一歩前へ出た。


「伯爵。今回の行動について、正式に事情を確認する必要があります」


「……私を、拘束するつもりか」


「証拠品への不正な接触と、警備への干渉については、すでに証言が得られています」


 ヴィクトリアは、落ち着いた口調で答えた。


「また、毒殺未遂事件との関係についても、引き続き調査いたします」


 伯爵は、周囲を見回した。


 扉の前には騎士たちが立っている。


 レオナルドの護衛騎士も、すぐ近くに控えていた。


 逃げ道はない。


「……罠だったのか」


 伯爵が、低く呟いた。


 レオナルドは頷いた。


「うん。そうだよ」


「……っ!」


「でも、来るかどうかは伯爵が決めたことだよね」


 伯爵は、何も言い返せなかった。


 ヴィクトリアが騎士たちへ視線を向けた。


「伯爵を別室へ案内してください。正式に事情を確認いたします」


「はっ!」


 騎士たちが近づく。


 伯爵は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 やがて、力なく肩を落とした。


     ◇


 伯爵が連れて行かれた後。


 保管庫には、レオナルドとヴィクトリアが残っていた。


「……上手くいったね」


 レオナルドが口を開いた。


「ええ。ですが、お兄様」


「うん?」


「これで終わりではありません」


「そうだね」


 ヴィクトリアは、机の上に置かれた偽物の容器を見つめた。


「伯爵が証拠品を回収しようとしたことは確認できました。しかし、毒殺未遂を指示したことまで証明できたわけではありません」


「うん」


「上級騎士の証言についても、改めて正式な記録を残す必要があります」


「お願いするよ」


 レオナルドは、静かに頷いた。


「でも、これで一つわかったことがある」


「……何でしょう?」


「伯爵は、あの容器を処分したかった」


 レオナルドは、偽物の容器を指差した。


「そして、そのために王宮の警備まで動かした」


 ヴィクトリアが頷いた。


「……隣国の商人との取引についても、さらに詳しく調べる必要がありますね」


「そうだね」


 レオナルドは、窓の外へ視線を向けた。


 事件が起きてから、リリアーナはまだ十分に回復していない。


 食事を前にすると、不安そうな表情を見せることもあるという。


 あの子が安心して食事を楽しめるようになるまで、どれほどの時間が必要なのだろう。


 レオナルドは、静かに息を吐いた。


「……もう少しだね」


 ヴィクトリアが顔を上げた。


「お兄様?」


「ううん。何でもないよ」


 レオナルドは微笑んだ。


「さあ、もう一仕事しようか」


 伯爵が自ら動いたことで、事件の全容へ繋がる新たな手掛かりが得られた。


 しかし、真実を知ることと、それを証明することは違う。


 兄弟達の仕事は、まだ終わっていなかった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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