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やり過ぎた!  作者: 涙目
第一章 ボーリング地方編

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第九話 下地があれば、成長するのにたった一つのきっかけで十分

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。


「リリアーナ様」


「嫌」


「まだ何も申し上げておりません」


「どうせ仕事でしょう?」


「エドガー伯爵がお待ちです」


「ほら!」


 私は布団を被った。


 昨日。


 私は余った果物がもったいないと思った。


 だからジャムを作った。


 それだけ。


 作り方は料理長に教えた。


 今後のことは伯爵に任せた。


 私の仕事は終わった。


 終わったはずなのに。


「リリアーナ様」


「伯爵に任せるって言ったわ」


「伯爵様もそのようにおっしゃっております」


「じゃあ何の用よ」


「ご報告があるそうです」


「報告……」


 それなら仕方ない。


 私は統括代官だ。


 報告くらいは聞かなければならない。


「分かったわ」


「では、お支度を」


「でも今日は働かないからね」


「昨日も同じことをおっしゃっておりました」


「今日は本当よ」


「かしこまりました」


 信用してないわね。


 ◇


「殿下、こちらを」


「……何?」


 朝食を終えた私は、応接室でエドガー伯爵と向かい合っていた。


 テーブルの上に並べられているのは、小さな壺。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 全部で六つ。


「ジャムでございます」


「増えてない?」


「増やしました」


「どうして?」


「昨日、殿下より作り方を教わった料理長が、他の果物でも試作いたしました」


「……仕事が早いわね」


「ありがとうございます」


 褒めてない。


 いや。


 褒めてはいるけど。


「こちらが昨日のもの」


「ええ」


「こちらは赤実」


「うん」


「こちらは黄実」


「はい」


「こちらは二種類を混ぜたものです」


「……」


「こちらは酸味を強く」


「……」


「こちらは甘味を抑えております」


「…………」


 完全に商品開発してる。


「食べ比べていただけますか?」


「私が?」


「殿下が考案されたものですので」


「料理長が作ったんだから、料理長に聞きなさいよ」


「料理長からは、殿下に最終確認をお願いしたいと」


「……」


 逃げられなかった。


「少しだけよ」


「ありがとうございます」


 パンに塗る。


 一つ目。


「美味しい」


 二つ目。


「これも美味しい」


 三つ目。


「……これ好き」


「どちらでしょう?」


「混ぜたやつ」


「なるほど」


 伯爵が何かを書き留める。


「待って」


「はい?」


「何を書いたの?」


「殿下のお好みを」


「商品名に『王女お気に入り』とか書かないでしょうね?」


「……」


「今、考えたわね?」


「非常に魅力的かと」


「やめなさい!」


 危ない。


 王族の名前を勝手に広告に使われたらたまらない。


「普通に売りなさい」


「承知いたしました」


「本当に?」


「もちろんでございます」


 怪しい。


「それで、報告ってこれ?」


「いえ」


「まだあるの?」


「はい」


 伯爵が別の書類を差し出した。


「昨日のうちに、果実を扱う農家数軒へ確認を取りました」


「昨日のうちに?」


「はい」


「早くない?」


「殿下がご滞在中に、可能な限り進めておきたいと思いまして」


「……そう」


 嫌な予感しかしない。


「毎年、収穫量の一割前後が商品として出荷できておりません」


「そんなに?」


「年によって変動しますが」


 読む。


 見た目。


 大きさ。


 僅かな傷。


 熟し過ぎ。


 輸送中に傷む可能性。


 食べられないわけではない。


 ただ、生のまま遠方へ運んで売るには向かない。


「農家自身で消費したり、家畜の餌にしたり、安く売ったりしておりますが、それでも余るものがございます」


「それをジャムにする」


「はい」


 悪くない。


「農家は?」


「買い取ってもらえるのであれば、喜んで、と」


「値段は?」


「通常の出荷品よりは安くなりますが、これまで廃棄していたものですので」


「だからって安く買い叩いたら駄目よ」


「承知しております」


「継続的に作るなら、農家にも利益が出ないと続かないから」


「はい」


「加工する人にも賃金を払う」


「もちろんです」


「容器を作る人にも」


「はい」


「……」


 また。


 普通に仕事してる。


「殿下?」


「何でもないわ」


 もういい。


 報告を聞いているだけ。


 これは仕事じゃない。


 いや仕事だけど。


「それで、どこで作るの?」


「それについて、ご相談が」


「嫌な予感」


「領都に使われていない建物がございます」


「また?」


「また、とは?」


「こっちの話」


 ストライク領でも空き倉庫を使った。


「そこを小規模な加工場にしようかと」


「いいんじゃない?」


「よろしいので?」


「領の予算は?」


「初期費用として一部使用したいと考えております」


「回収できる見込みは?」


「試算では三年以内に」


「失敗した場合は?」


「建物自体は別用途へ転用できます」


「ならいいわ」


 ちゃんと考えている。


 私が口を出す必要はない。


「人は?」


「募集いたします」


「農繁期と重ならないようにしてね」


「はい」


「農家から人を引き抜いて、今度は畑が回らなくなったら意味ないから」


「心得ております」


「それと衛生管理――」


 止まる。


「…………」


「殿下?」


「もう何も言わない」


「なぜでございますか?」


「仕事が増えるから」


「……」


「必要なことは伯爵が考えて」


「承知いたしました」


 よし。


 終わり。


「では、最後にもう一点」


「まだあるの!?」


「商人についてです」


「……何?」


「試作品を、懇意にしている商人へ食べてもらいました」


「もう?」


「はい」


 本当に仕事が早い。


「反応は?」


「ぜひ扱いたい、と」


「でしょうね」


 美味しかったもの。


「特に、長距離輸送が可能である点に興味を持っております」


「ああ」


 生の果物より腐りにくい。


 当然、遠くまで運べる。


「王都への販売も可能ではないかと」


「いいんじゃない?」


「さらに」


「まだあるの?」


「パン屋からも問い合わせが」


「……なんで?」


「昨日、料理長が試作品を持って行ったようで」


「料理長!」


 何してるのよ!


「パンに塗って販売したいとのことです」


「……好きにしたら?」


「よろしいので?」


「ジャムなんだから、パンに塗るでしょう」


「では、そのように」


「はい、終わり!」


 私は立ち上がった。


「今日は絶対に休むから!」


「お疲れ様でございました」


 疲れた。


 どうして朝からこんなに疲れているの。


 ◇


「……美味しい」


 昼。


 私は市場でパンを食べていた。


「昨日の今日でもう売ってる……」


「試験販売だそうです」


 メイドが答える。


 焼きたてのパン。


 切れ目を入れて、その中にジャム。


 単純。


 だけど美味しい。


「これ、一つください!」


「私も!」


「赤い方!」


「黄色いのは?」


「そっちもくれ!」


 売れている。


「……」


「人気ですね」


「そうね」


 店の前には人が集まっている。


 珍しいものだから、というのもあるだろう。


 ずっと売れるかは分からない。


 でも。


「お嬢ちゃん、美味しいかい?」


「うん!」


「じゃあ、もう一個買っていくか?」


「食べる!」


 親子。


「これ、どこの果物なんだ?」


「スペア領産ですよ!」


「へえ」


「今まで売り物にならなかった果物も使えるらしいです」


「それはいいな」


「…………」


 私はパンを食べる。


「リリアーナ様」


「何?」


「嬉しそうですね」


「そう?」


「はい」


「……まあ」


 悪くはない。


 捨てられていたものが食べられる。


 農家にお金が入る。


 加工する人の仕事になる。


 店も売れる。


 食べる人も喜ぶ。


「無駄が減るのはいいことよ」


「左様でございますね」


「前世でも、無駄な仕事が一番嫌いだったし」


「ぜんせ?」


「あ」


 しまった。


「何でもない」


「はあ」


 危ない。


「それより、他も見ましょう」


「まだ視察なさるのですか?」


「遊びよ」


「市場を見ることが?」


「そう」


「……」


「何よ」


「いえ」


 ◇


 数日後。


「……増えたわね」


「増えましたね」


 領主館のテーブル。


 ジャム。


 乾燥果実。


 果汁を煮詰めたシロップ。


 果実を練り込んだ焼き菓子。


「誰がここまでやれって言ったの?」


「誰も言ってないそうです」


「じゃあ、なんで?」


「職人や料理人の方々が、それぞれ試したと」


「……」


 勝手に増殖してる。


「こちらは菓子職人から」


「うん」


「こちらは酒造家から」


「お酒まで?」


「果実酒の改良をしたいそうです」


「……」


「商人からは、持ち運び用の小さな容器を作れないかと」


「…………」


「木工職人と陶工が試作しております」


「…………」


「リリアーナ様?」


「私、何もしてないわよね?」


「最初にジャムをお作りになりました」


「それだけよ?」


「はい」


「なんでこんなことになってるの?」


「皆様、商機を見つけられたのでは?」


「……」


 そういうもの?


 前世でも、新しい需要が生まれれば関連商品が出てくる。


 でも。


「早過ぎない?」


「皆様、殿下がお帰りになる前に形にしたいそうです」


「なんで私基準なのよ」


「殿下に見ていただきたいのでしょう」


「……」


 私は菓子を一つ取る。


 食べる。


「美味しい」


「こちらも人気が出そうですね」


「言わないで」


「なぜです?」


「また増えるから」


 怖い。


 ◇


 そして。


 スペア領を出発する前日。


「殿下」


「はい」


 私はもう諦めていた。


 エドガー伯爵が書類を持ってくる。


 驚かない。


 絶対に驚かない。


「加工場の整備が始まりました」


「そう」


「農家との買い取り契約も進んでおります」


「そう」


「商人から、王都とストライク領への試験販売の申し出がございました」


「そう」


「新たに二十七名の雇用を予定しております」


「そう」


「さらに――」


「まだあるの?」


「ございます」


 驚かない。


「来年度、果樹園を拡張したいとの申し出が複数の農家から」


「待ちなさい」


 無理だった。


「もう来年の話!?」


「はい」


「昨日始めたようなものよ!?」


「将来的な需要増加を見込んでおります」


「気が早い!」


「ですが」


「何?」


「これまで、生で売るしかなかった果実に別の販路ができました」


「……」


「多少見栄えが悪くとも、加工に回せる」


「そうね」


「日持ちすることで、これまで届かなかった土地にも売れる」


「そうね」


「農家の収入も安定する可能性がございます」


「……そうね」


 全部正しい。


「何より」


 伯爵が笑った。


「スペア領には、これといった名物がございませんでした」


「……」


「ですが、これからは違います」


 テーブルの上。


 色とりどりのジャム。


 乾燥果実。


 焼き菓子。


「スペア領の果実加工品」


「……」


「まだ始まったばかりではございますが、育ててみたいと思います」


 私は何も言わなかった。


 悪くない。


 むしろ。


「いいんじゃない?」


「ありがとうございます」


「でも、急ぎ過ぎないこと」


「はい」


「最初から大量に作らない」


「はい」


「売れる量を確認しながら少しずつ」


「承知しております」


「農家にも無理な増産をさせない」


「はい」


「一つの商品に依存し過ぎない」


「はい」


「あと――」


 止まる。


 伯爵が笑っている。


「何?」


「いえ」


「何よ」


「殿下は、本当に優秀でいらっしゃる」


「やめて」


 即答した。


「そういう評価が一番いらないの」


「……?」


「私は一年後、王都へ帰ってのんびりするんだから」


「左様でございますか」


「そうよ」


 絶対に。


 ◇


 夜。


 出発の準備を終えた私は、一人で資料を眺めていた。


 スペア領。


 農業。


 良好。


 商業。


 良好。


 治安。


 良好。


 交通。


 良好。


 足りなかったもの。


 外から人や金を呼び込める、この領ならではのもの。


「……埋まっちゃった」


 最後の一本。


 私は椅子にもたれる。


「ストライク領は最初から全部揃っていた」


 だから、ほとんど何もしなかった。


「スペア領は、一つだけ足りなかった」


 そこへ一つ加えた。


 それだけで。


「……スペア」


 思わず呟く。


「…………」


 嫌。


 ものすごく嫌。


 偶然だと思いたい。


 でも。


 二つ続いた。


「次……」


 机の端。


 次の領地についてまとめられた資料が置いてある。


 私は手を伸ばす。


 途中で止める。


「……」


 嫌だ。


 見たくない。


 でも統括代官として見ないわけにはいかない。


「……はぁ」


 資料を取る。


 表紙。


 そこには。


『ガーター領』


「…………」


 私は目を閉じた。


 ガーター。


 ボーリングにおいて。


 投げた球がピンのある場所まで届かず、横へ落ちる。


 一本も倒れない。


 ゼロ。


「……まさかね」


 恐る恐る。


 一枚目をめくる。


「…………」


 税収。


「……え?」


 人口。


「……ちょっと待って」


 治安。


「…………」


 産業。


「…………」


 私は資料を閉じた。


 もう一度開く。


 変わらない。


「…………」


 そっと閉じる。


「リリアーナ様?」


 部屋の隅に控えていたメイドが声をかけてきた。


「何?」


「いかがなさいました?」


「……」


 私は資料を指差した。


「ガーターだった」


「はい?」


「ガーター領が」


 頭を抱える。


「本当にガーターだったのよ!」


 ストライク。


 スペア。


 そしてガーター。


「わかりやすいけど!」


 思わず机を叩く。


「なら、最初から優秀な領だけにしときなさいよ!」


 当然。


 答えてくれる者など、誰もいなかった。

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