第八話 下地ができていると業務が捗る
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
市場の奥へ進む。
野菜。
肉。
魚。
穀物。
布。
革製品。
木工品。
日用品。
「……本当に何でもあるのよね」
「はい」
メイドが頷く。
品揃えに不満はない。
値段も、昨日確認した物価の資料と大きな違いはなさそうだ。
人も多い。
店主たちの声にも活気がある。
悪いところを探せと言われても困るくらい、普通にいい市場だった。
「だからこそ、分からないのよ」
「何がでしょう?」
「最後の一本」
「……昨日からおっしゃっているものですね」
「そう」
ストライク領。
一投目で全部倒す。
スペア領。
一投目で残ったものを、二投目で全部倒す。
もし。
本当に。
もし、この妙な地名と領地の特徴に何か関係があるのなら。
「すでに九本は倒れてるのよ」
「はあ……」
「あと一本」
「何を倒すのでしょうか?」
「それを探してるの」
「……左様でございますか」
メイドが理解を諦めた。
いいの。
私にもよく分かってないから。
「あら?」
歩いていると、一軒の店が目に入った。
果物屋。
店頭には何種類もの果物が並べられている。
赤いもの。
黄色いもの。
丸いもの。
細長いもの。
「多いわね」
「スペア領は果実の生産も盛んでございますから」
「ちょっと見てみましょう」
「はい」
店へ近づく。
「いらっしゃ――」
店主が私を見て固まった。
「……」
「……」
「普通にしてくれていいわよ」
「む、無理でございます!」
「でしょうね」
もう慣れた。
「果物を見せてもらえる?」
「も、もちろんでございます!」
店主が背筋を伸ばす。
「こちらは今が旬でございます! こちらは少々酸味が強いですが、日持ちいたします! それから――」
「待って待って」
「は、はい!」
「一つずつでいいから」
「申し訳ございません!」
緊張し過ぎ。
私は赤い果物を一つ手に取る。
林檎に似ている。
「食べても?」
「もちろんでございます!」
「買うわよ?」
「と、とんでもございません! 殿下から代金など!」
「払うわよ」
「しかし!」
「商売でしょう?」
「……はい」
「じゃあ払う」
メイドに目を向ける。
「お願いします」
「かしこまりました」
代金を支払い、店主に切ってもらう。
一切れ。
「……美味しい」
甘い。
少し酸味もある。
食感もいい。
「これ、王都にも出荷してる?」
「はい!」
「人気は?」
「ありがたいことに!」
「そのまま?」
「はい?」
「果物のまま売ってるの?」
「はい。傷みやすいものは乾燥させることもございますが」
「他には?」
「他……でございますか?」
「何か加工したり」
「酒にすることはございます」
「なるほど」
乾燥。
酒。
それくらい。
「この辺りの果物って、余ることはある?」
「ございます」
「やっぱり」
「特に豊作の年は……」
店主が困ったように笑う。
「全てを王都や他領へ運べるわけではございませんので」
「売れなかったものは?」
「安く売ります。それでも残れば……」
言葉が止まる。
「捨てる?」
「……はい」
「どれくらい?」
「年によります」
「去年は?」
「少々多かったですね」
「今年は?」
「今のところ豊作ですので、このままですと……」
「また余る」
「おそらく」
「…………」
もったいない。
単純にそう思った。
食べられるものを捨てる。
前世でも食品廃棄はあった。
珍しい話じゃない。
でも。
「加工すればいいじゃない」
「加工、でございますか?」
「日持ちするものに」
「乾燥はしておりますが」
「それ以外よ」
私は果物を見る。
ジャム。
ジュース。
シロップ漬け。
菓子。
いくらでも思いつく。
「……」
いや。
待ちなさい。
私は何もしない予定だった。
問題がないなら休む。
スペア領は十分に優秀。
ここで私が余計なことを始めたら――。
「リリアーナ様?」
「……何?」
「また、とても真剣なお顔を」
「してないわ」
「されております」
「してない」
私は果物をもう一切れ食べた。
美味しい。
「……もったいない」
やっぱり思う。
「店主」
「はい!」
「捨てる予定の果物って見せてもらえる?」
「え?」
「傷んでいるものじゃなくて、売り切れそうにないもの」
「それでしたら、裏にございますが」
「見せて」
「は、はい!」
店の裏へ回る。
木箱がいくつか置かれていた。
「これ?」
「はい」
「普通に食べられるじゃない」
「味には問題ございません。ただ、少々傷があったり、大きさが揃っていなかったり」
「ああ」
商品として見栄えが悪い。
でも加工するなら関係ない。
「一つ買うわ」
「これを、ですか?」
「ええ」
「しかし、商品にならないもので」
「だから買うのよ」
「……?」
店主が困惑している。
「これ、領主館に運んでもらえる?」
「もちろんでございますが……」
「お願い」
私はメイドを見る。
「料理長に厨房を少し借りられるか聞いておいて」
「……何をなさるので?」
「ちょっと試すだけよ」
「何をでしょうか?」
「ジャム」
「じゃむ?」
そうよね。
知らないわよね。
「果物を煮て作る保存食よ」
「保存食……」
「たぶん作れると思う」
「たぶん、でございますか」
「前世で作ったことなんてないもの」
食べたことはある。
作り方も大体は知っている。
果物。
砂糖。
煮る。
細かい調整は料理人に任せればいい。
「リリアーナ様」
「何?」
「お休みになられるのでは?」
「……」
言われた。
「これは休みよ」
「厨房を借りて保存食を作ることが、ですか?」
「趣味」
「先日はボーリングも同じことをおっしゃっていたような」
「今回は違うわよ」
「何がでしょう?」
「……」
何だろう。
「とにかく違うの!」
「左様でございますか」
納得してない。
でもいい。
◇
「これを煮るのでございますか?」
「そう」
領主館の厨房。
料理長が大量の果物を前に首を傾げている。
「皮は?」
「種類によると思うけど……これは剥きましょう」
「承知しました」
「種も取って」
「はい」
「細かく切る」
「どの程度でしょう?」
「適当」
「……適当」
「ある程度でいいわよ。どうせ煮崩れるから」
「なるほど」
料理長が手際よく果物を処理する。
さすが。
私がやるより圧倒的に早い。
「砂糖を入れて」
「どの程度でしょう?」
「…………」
「殿下?」
知らない。
「少しずつ」
「少しずつ」
「味を見ながら」
「承知しました」
便利な言葉ね。
味を見ながら。
料理長が鍋に砂糖を加える。
火にかける。
しばらくすると。
「おお……」
甘い香りが厨房に広がった。
「いい匂い」
「確かに」
木べらで混ぜる。
果物が少しずつ崩れていく。
「焦がさないようにね」
「はい」
煮る。
混ぜる。
味を見る。
「……甘い」
「砂糖を入れておりますから」
「もう少し酸味があった方がいいわね」
「でしたら、こちらの果実を加えてみてはいかがでしょう?」
料理長が別の果物を持ってくる。
「酸っぱいの?」
「はい」
「入れてみましょう」
「承知しました」
少量。
再び煮る。
味を見る。
「……うん」
「いかがでしょう?」
「美味しい」
料理長も少し取る。
「……これは」
「どう?」
「パンに合いそうです」
「でしょ?」
私もそう思う。
「パン持ってきて」
「すぐに」
焼いたパン。
そこにジャムを塗る。
一口。
「…………」
「リリアーナ様?」
「美味しい」
普通に美味しい。
「料理長」
「はい」
「あなた天才ね」
「殿下に教えていただいたのですが……」
「細かいことはいいのよ」
もう一口。
うん。
これなら売れる。
「……売れる?」
口にしてから止まる。
待って。
私は何を考えた?
「リリアーナ様?」
「なんでもない」
違う。
私は保存方法を試しただけ。
売るなんて――。
「殿下!」
厨房の入口から声。
振り返る。
「……伯爵」
エドガー伯爵が立っていた。
「何をなさっておられるのですか?」
「なんでここに?」
「料理長から、殿下が厨房で何か始められたと報告が」
「報告しなくていいのに……」
「それは?」
伯爵が鍋を見る。
「ジャム」
「じゃむ?」
「果物を砂糖で煮たもの」
「……食べても?」
「どうぞ」
料理長がパンに塗って渡す。
伯爵が食べる。
「…………」
「どう?」
「美味い」
「でしょう?」
「これは……」
もう一口。
「日持ちするのですか?」
「そのままの果物よりは」
「売れ残った果物でも?」
「傷んでなければ作れると思うわ」
「…………」
伯爵が黙った。
嫌な予感。
「何?」
「殿下」
「何よ」
「これを作れば」
「待って」
「廃棄していた果物を――」
「待ちなさい」
「商品にできるのでは?」
「…………」
言われた。
私が考えないようにしていたことを。
「さらに、領外へ運ぶことも」
「……できるでしょうね」
「果実そのものより日持ちするのであれば、遠方にも」
「……そうね」
「スペア領の新たな特産品に――」
「ちょっと待って!」
私は頭を抱えた。
「なんでこうなるのよ!」
「はい?」
「私は余ってる果物がもったいないと思っただけなの!」
「はい」
「ちょっと作ってみただけ!」
「はい」
「美味しく食べられれば、それでよかったの!」
「ですが、殿下」
「何!?」
「これは売れます」
「…………」
知ってる。
私だってそう思った。
だから困っている。
「……好きにして」
「よろしいので?」
「作り方は料理長が分かってるでしょう?」
「はい」
「私は知らない」
「殿下がお教えになったのでは?」
「大雑把にね!」
細かい配合なんて知らない。
料理長が調整したから美味しくなったのだ。
「試作して」
「はい」
「保存期間を確認して」
「はい」
「容器も考えて」
「はい」
「果物を作ってる農家から、売り物にならないものを適正な値段で買い取って」
「はい」
「絶対に買い叩かないこと」
「もちろんでございます」
「それから――」
止まる。
「……」
「殿下?」
「なんで私、普通に仕事してるの?」
「統括代官でございますから」
「そうだった!」
忘れてた。
◇
その日の夜。
私は部屋でスペア領の資料を眺めていた。
農業。
十分。
商業。
十分。
交通。
十分。
治安。
十分。
加工業。
「……ここだけ少し弱い」
農産物を作る。
売る。
それで終わっていた。
加工して付加価値をつける産業が弱い。
「これかしら」
最後の一本。
ジャムだけじゃない。
乾燥果実。
酒。
保存食。
菓子。
加工できるものは他にもある。
それを育てれば。
「……」
私は資料を閉じた。
「やめよう」
考えるのをやめよう。
これ以上考えると、仕事が増える。
ジャムだけでいい。
伯爵に任せる。
私は知らない。
そう決めてベッドへ向かう。
「……スペア」
一投目で残ったものを。
二投目で倒す。
「…………」
ストライク領は、最初から優秀だった。
スペア領は、ほとんど揃っている。
足りないものが一つだけ。
そして。
それを補えば――。
「……いやいやいや」
首を振る。
「偶然よ」
二つだけ。
まだ二つだけ。
ストライク領。
スペア領。
名前と特徴が一致しているように見えるだけ。
「次は……」
机の上に置かれた予定表を見る。
次の目的地。
その名前を確認する。
「…………ガーター領」
嫌な名前。
ものすごく嫌な名前。
ボーリングでガーターといえば。
投げた球がレーンを外れ。
一本のピンにも当たらず。
得点は――ゼロ。
「……」
私は予定表を伏せた。
「偶然よ」
もう一度。
「絶対、偶然」
誰に言うでもなく呟く。
でも。
なぜだろう。
私はこのとき初めて。
次の領地へ行くのが、少しだけ怖くなった。
お読み頂き、ありがとうございます。




