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やり過ぎた!  作者: 涙目
第一章 ボーリング地方編

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第七話 秀才あるある

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 スペア領。


 ストライク領を出発して二日。


 私は馬車の中で、何度目になるか分からない資料を眺めていた。


「……悪くないのよね」


 税収。


 平均以上。


 人口。


 僅かながら増加。


 農業生産量。


 安定。


 商業。


 悪くない。


 治安。


 良好。


 街道整備。


 問題なし。


「悪くない」


 もう一度呟く。


「リリアーナ様」


「何?」


「先ほどから同じことを何度もおっしゃっております」


「だって、悪くないんだもの」


「それはよいことなのでは?」


「そうなのよ」


 いいことだ。


 間違いなく。


 ストライク領ほどではないにしても、スペア領は十分に優秀な領地と言える。


 だったら。


 私はまた休める。


 素晴らしい。


「今回も何もしなくて済みそうね」


「……」


「何よ」


「いえ」


「言いたいことがあるなら言いなさい」


「ストライク領でも、最初は同じようなことをおっしゃっていたな、と」


「今回は本当に何もしないわよ」


「左様でございますか」


「本当よ」


 ストライク領では暇だったからボーリングを作った。


 ただそれだけ。


 その結果、なぜか領民が集まり。


 なぜか利用料を取ることになり。


 なぜか周辺の店まで繁盛し始めた。


 でも、あれは事故だ。


 私は何も狙っていない。


「スペア領では、ちゃんと休む」


「はい」


「絶対に余計なことはしない」


「はい」


「確認して、問題がなかったら終わり」


「承知いたしました」


 よし。


 今度こそ完璧。


 私は資料を閉じようとして――。


「……でも」


 止まる。


「税収はストライク領より低いのよね」


「そうなのですか?」


「人口も少ない」


「はい」


「農業生産量も悪くない。でも、突出しているわけじゃない」


 資料をめくる。


「商業も同じ」


 悪くない。


 全部悪くない。


 だけど。


「なんというか……」


「はい」


「全部、あと一歩なのよ」


「あと一歩?」


「ええ」


 何か一つ大きな問題があるわけではない。


 むしろ欠点らしい欠点がない。


 なのに、数字を並べてみるとストライク領には届かない。


 平均より上。


 優秀。


 でも一番ではない。


「……スペア」


 ボーリングなら。


 一投目で全てのピンを倒せなかったとき。


 残ったピンを二投目で全て倒す。


 それがスペア。


「…………」


 いやいや。


 まさか。


 ストライク領が優秀だった。


 そしてスペア領が一歩足りない。


 たった二つ。


 二つだけで法則だと決めるのは早過ぎる。


「リリアーナ様?」


「なんでもない」


 実際に見れば分かる。


 私は資料を閉じた。


 ◇


「ようこそお越しくださいました、リリアーナ殿下」


 領都へ到着すると、領主館の前で一人の男性が待っていた。


 年齢は三十代半ばくらいだろうか。


 スペア領領主。


 エドガー・スペア伯爵。


「長旅、お疲れでございました」


「出迎え感謝します」


「いえ。殿下をお迎えできること、光栄にございます」


 深々と頭を下げる。


 その動作には隙がない。


 服装も整っている。


 屋敷も綺麗。


 使用人たちもよく教育されている。


「……」


「殿下?」


「なんでもありません」


 第一印象。


 悪くない。


 またこれだ。


「早速ですが、少しお時間をいただけますか?」


「もちろんでございます」


「過去五年分の帳簿と、人口推移、産業別の収益、それから領内の陳情をまとめたものを見せてください」


「すでに用意しております」


「……用意してある?」


「はい」


 伯爵が後ろに控えていた使用人へ目を向ける。


 すぐに数冊の帳簿が運ばれてきた。


「国王陛下より、殿下がボーリング地方の統括代官に任命されたとの知らせをいただいた時点で、必要と思われる資料をまとめておきました」


「……そう」


 仕事が早い。


「他に必要なものがございましたら、すぐに用意させます」


「ありがとう」


 悪くない。


 むしろ優秀。


「では、拝見します」


「はい」


 ◇


「…………」


 帳簿を読む。


 一冊目。


 二冊目。


 三冊目。


「……綺麗」


 思わず呟いた。


「何かございましたか?」


「帳簿よ」


「はい」


「綺麗に整理されてる」


「ありがとうございます」


 収入。


 支出。


 税収。


 公共事業。


 維持費。


 全部見やすい。


 記載漏れも、今のところ見つからない。


「この街道補修」


「はい」


「毎年、少しずつやってるの?」


「一度に全てを直せば領民への負担が大きくなりますので、優先順位を決め、毎年一定区間ずつ行っております」


「なるほど」


 正しい。


「農業用水路も?」


「同様です」


「治安維持費が三年前から少し増えているのは?」


「領都の人口増加に合わせ、巡回する兵士を増やしました」


「その結果は?」


「犯罪件数はこちらに」


 別の資料が出てくる。


「……減ってる」


「はい」


 正しい。


 正しい。


 全部正しい。


「…………」


「殿下?」


「何でもないわ」


 何なの。


 また休めるじゃない。


 素晴らしい。


 ……はずなのに。


「こちらの農産物の出荷量なんだけど」


「はい」


「安定しているわね」


「ありがたいことに、ここ数年は大きな不作もございません」


「加工は?」


「一部は領内で行っております」


「一部?」


「はい。残りは原料のまま他領へ出荷しております」


「ふーん」


 資料に目を落とす。


 特におかしいことではない。


 原料を生産して売る。


 普通の商売。


「商人の出入りは?」


「一定数おります」


「増えてる?」


「僅かに」


「僅かに……」


 また。


 あと一歩。


「……ねえ」


「はい」


「この領地で一番有名なものって何?」


「有名なもの、でございますか?」


「そう。スペア領といえばこれ、ってもの」


「……」


 エドガー伯爵が考える。


「穀物でしょうか」


「ボーリング地方なら他でも作ってるわよね?」


「はい」


「他には?」


「果実もございます」


「他領には?」


「……ございます」


「工芸品」


「一定量は生産しておりますが……」


「他でも作れる?」


「はい」


「…………」


 分かった気がする。


 この領。


「何でもあるのね」


「はい?」


「農業もできる」


「はい」


「商業も悪くない」


「はい」


「職人もいる」


「おります」


「街道も整備されてる」


「はい」


「治安もいい」


「ありがとうございます」


「でも――」


 私は資料を置いた。


「ここに来る理由がない」


「……」


 伯爵の表情が止まった。


「リリアーナ様?」


 メイドもこちらを見る。


「いや、悪い意味じゃないのよ」


 慌てて付け足す。


「暮らす場所としては、すごくいいと思う」


 安全。


 安定。


 仕事もある。


 食料もある。


「でも、他の領に住んでいる人が、わざわざスペア領まで来る理由は?」


「……」


「商人なら?」


「穀物の買い付けなどで」


「それ、ここじゃないと駄目?」


「……いえ」


「観光客は?」


「多くはございません」


「やっぱり」


 悪くない。


 本当に悪くない。


 でも。


「一投目で九本までは倒せてる感じなのよね……」


「はい?」


「あ、こっちの話」


 あと一本。


 何か一つ。


 この領にしかないもの。


 それがあれば。


「…………」


 待って。


 私は何を考えているの?


「リリアーナ様?」


「何?」


「何やら、とても真剣なお顔を」


「してない」


「されております」


「気のせいよ」


 危ない。


 私は休みに来た。


 違う。


 仕事で来たけれど、問題がなければ休むつもりだった。


 この領に問題はない。


 ないのだ。


「今日はここまでにしましょう」


「よろしいので?」


「ええ。明日は街を見るわ」


「承知いたしました」


 現場を見る。


 それだけ。


 資料だけで決めつけない。


 ストライク領でもそうした。


「案内は必要ございませんか?」


「大丈夫。護衛だけ連れて歩くわ」


「かしこまりました」


 私は立ち上がる。


 ◇


 翌日。


「……普通ね」


 領都を歩きながら、私は呟いた。


「リリアーナ様」


「何?」


「それは褒めておられるのでしょうか」


「褒めてるわよ」


 道は整っている。


 市場も賑わっている。


 店もある。


 食堂もある。


 宿屋もある。


 職人街からは仕事の音が聞こえてくる。


 子供たちが走り回っている。


 兵士も巡回している。


「いい街よ」


「はい」


「住むなら、こういうところがいいかも」


「では、問題はございませんね」


「そうなのよね……」


 私は周囲を見る。


 市場。


 普通。


 食堂。


 普通。


 工房。


 普通。


 宿屋。


 普通。


 全部ちゃんとしている。


「……なんで引っかかるのかしら」


「何がでしょう?」


「分からないから困ってるの」


 そのまま市場を歩く。


「いらっしゃい!」


「今日は果物が安いよ!」


「焼きたてのパンだ!」


 活気はある。


 でも。


 ふと、一台の荷馬車が目に入った。


 商人らしい男が、店主と話している。


「次はどちらへ?」


「ストライク領だ」


「最近はあちらが賑やからしいですね」


「ああ。なんでも新しい遊びができたとかでな」


「ボーリングでしたか?」


「そうそう。それ目当ての客が増えてるらしい」


「へえ」


「俺も荷を降ろしたら見てくるつもりだ」


「…………」


 私は立ち止まった。


「リリアーナ様?」


 ストライク領へ。


 わざわざ行く理由。


 ボーリング。


 スペア領には?


「……ない」


「何がでしょう?」


「ここへ来る理由」


 暮らすにはいい。


 でも。


 外から人を呼ぶものがない。


 私は市場を見回した。


 果物。


 穀物。


 工芸品。


 どれも悪くない。


 どれも他でも手に入る。


「あと一本……」


「また、そのようなことを」


「ねえ」


「はい」


「スペア領って、果物が結構採れるのよね?」


「資料では、そのように」


「種類は?」


「複数あったかと」


「…………」


 果物。


 農産物。


 加工は一部。


 残りは原料のまま出荷。


「加工……」


 頭の中で何かが引っかかる。


 でも。


 まだ。


「……今日は市場を全部見ましょう」


「全部でございますか?」


「ええ」


「お休みになられるのでは?」


「確認してるだけよ」


「左様でございますか」


「そうよ」


 まだ何もしない。


 ただ見るだけ。


 そう。


 見るだけ。


 私は市場の奥へ歩き出した。


 スペア領。


 何でも揃っているのに。


 何か一つだけ、足りない領地。


 その最後の一本が何なのか。


 もう少しだけ、探してみることにした。

お読み頂き、ありがとうございます。

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