第六話 優秀な人達は指示が無くともどんどん効率化していく
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
三日後。
「リリアーナ様」
「……」
「リリアーナ様」
「……何?」
「起きてくださいませ」
「嫌」
「朝でございます」
「知ってる」
「では、起きてください」
「今日は休むって言ったでしょう」
「昨日もお休みでした」
「一昨日も休んだわ」
「存じております」
「じゃあ、今日も休んでいいじゃない」
「どういう理屈でしょうか」
私は布団を頭まで被った。
ボーリング場を作った。
みんなで遊んだ。
楽しかった。
その翌日は丘で昼寝をした。
昨日は市場で美味しいものを食べて、本を読んで過ごした。
素晴らしい。
これこそ私が求めていた第二の人生。
「リリアーナ様」
「今日は何もしない」
「それは構いませんが」
「構わないの?」
「はい。ただ――」
メイドが一度、言葉を切った。
「ストライク伯爵がお待ちです」
「……」
嫌な予感がする。
「何の用?」
「ボーリング場について、お話があるそうです」
「…………」
もっと嫌な予感がする。
「明日じゃ駄目?」
「すでに一時間ほどお待ちです」
「なんで起こさなかったの?」
「三度ほど起こしました」
「……覚えてない」
「左様でございますか」
仕方ない。
私は布団から顔を出した。
「着替えるわ」
「かしこまりました」
「でも、仕事はしないからね」
「伯爵にお伝えくださいませ」
冷たい。
◇
「殿下!」
「朝から元気ね……」
応接室へ入った瞬間、ストライク伯爵が立ち上がった。
その顔が妙に明るい。
嫌な予感しかしない。
「それで、何?」
「ボーリング場についてでございます」
「何か壊れた?」
「いえ」
「怪我人?」
「出ておりません」
「喧嘩?」
「ございません」
「じゃあ問題ないじゃない」
「問題ではございません」
「なら帰っていい?」
「お待ちください!」
駄目らしい。
私は仕方なくソファに座る。
「手短にお願い」
「はい」
伯爵も向かいへ座った。
「実は、あの倉庫なのですが」
「ええ」
「領民にも開放していただけないでしょうか」
「……もう使ってるんじゃないの?」
「現在は、職人や兵士、その知人などに限られております」
「そうなの?」
「はい」
知らなかった。
「昨日も噂を聞いた領民が何人も訪れまして」
「へえ」
「しかし、殿下の私物として作られた施設でございますので、勝手に入れるわけにもいかず」
「ああ」
そういうこと。
「別にいいわよ」
「よろしいので?」
「ええ」
私一人で独占する理由もない。
むしろ私が使いたいときに使えれば、それでいい。
「好きに遊んでもらって」
「ありがとうございます!」
「ただし」
「はい」
「壊れたら直してね」
「もちろんでございます」
これで終わり。
「じゃあ私は――」
「もう一点ございます」
「……何?」
「管理についてです」
嫌な単語が出てきた。
「管理?」
「はい。誰でも自由に使えるとなれば、球やピンの管理、施設の清掃なども必要になります」
「……そうね」
「利用者が増えれば、破損も増えるでしょう」
「そうね」
「その費用をどうするかと」
「……」
知らないわよ。
遊ぶだけなのに、なんでそんな話になるの?
「領の予算から出せば?」
「殿下は以前、ご自身の遊びに領民の金を使うべきではないと」
「…………」
言った。
確かに言った。
過去の私。
余計なことを。
「なら、使う人から取ればいいじゃない」
「……取る?」
「利用料よ」
伯爵が瞬きをする。
「一回いくら、でもいいし、一時間いくらでもいい。少額を払ってもらって、そのお金で管理すればいいでしょう」
「なるほど……」
「それなら領の負担にもならないし」
「確かに」
「はい、解決」
私は立ち上がる。
「では、料金はいくらにいたしましょう?」
「そこまで私が決めるの!?」
「殿下がお作りになった施設ですので」
「伯爵が決めてよ」
「私が、でございますか?」
「この領の物価を一番分かってるのはあなたでしょう?」
「それは、まあ」
「庶民が気軽に払えるくらい。だけど管理費は賄える。そんなところで」
「承知いたしました」
「利益を出そうとはしなくていいからね」
「はい」
「私が遊べなくなるくらい混んだら嫌だし」
「……そちらが本音でございますか」
「当然でしょう」
私は遊ぶために作ったのだから。
これで本当に終わり。
そう思った。
◇
さらに三日後。
「……何、これ」
私は倉庫の前で立ち尽くしていた。
人。
人。
人。
「並んでおりますね」
「見れば分かるわよ」
倉庫の入口から、ずらっと列が伸びている。
子供。
若者。
夫婦らしき男女。
仕事帰りなのか、作業着姿の男性もいる。
「なんで?」
「ボーリングをするためでは?」
「それは分かるわよ!」
こんなに来る?
球を転がしてピンを倒すだけよ?
「あっ!」
誰かが私に気づいた。
「リリアーナ殿下だ!」
「殿下!」
「ボーリングを作った王女様!」
「……」
何、その呼び方。
「殿下! ありがとうございます!」
「すごく面白いです!」
「昨日、初めてストライクを出しました!」
「俺は二回出したぞ!」
「今日こそ父ちゃんに勝つんだ!」
次々に声をかけられる。
「そ、そう」
困る。
こういうとき、どう反応すればいいの?
「楽しんでるなら……よかったわ」
「はい!」
満面の笑顔。
まあ。
悪い気はしない。
「中、見てみる?」
「せっかくですので」
列を横目に倉庫へ入る。
「……増えてない?」
「増えておりますね」
最初は一本だったレーン。
それが。
「三本あるんだけど」
「伯爵様が増設なさいました」
「聞いてない」
「リリアーナ様は好きにしてよいとおっしゃいましたので」
「言ったけど」
レーンでは何組もの人が遊んでいる。
「いけー!」
ゴロゴロゴロ。
ガコンッ!
「七本!」
「あと三本!」
「次、母さん!」
「任せなさい!」
楽しそう。
本当に楽しそう。
それだけならいい。
でも。
「……あれ何?」
倉庫の隅。
小さな台が置かれている。
「飲み物を販売しております」
「誰が?」
「近くの酒場の方だそうです」
「……あっちは?」
「軽食ですね」
「なんで?」
「長時間遊ぶ方が増えましたので」
「…………」
なんか。
ボーリング場っぽくなってる。
私、そこまで再現するつもりなかったんだけど。
「殿下!」
声をかけられる。
振り返ると、ストライク伯爵だった。
「ちょうどよいところへ!」
「……何?」
「ご覧ください!」
「見てるわよ」
「大盛況でございます!」
「そうね」
見れば分かる。
「一日の利用者数も、予想を大きく上回っております」
「へえ」
「利用料だけで、管理費は十分に賄えております」
「よかったじゃない」
それなら問題ない。
「ですので、もう二本ほど増設しようかと」
「好きにしたら?」
「ありがとうございます!」
伯爵が頭を下げる。
私は倉庫を見回した。
みんな楽しそう。
維持費も自分たちで賄える。
領の予算も使っていない。
「なら、いいんじゃない?」
「はい!」
よし。
問題なし。
「じゃあ帰りましょう」
「もうよろしいので?」
「私のレーン空いてないもの」
「……」
遊びに来ただけだった。
◇
さらに数日後。
ストライク領を出発する前日。
「リリアーナ様」
「今度は何?」
また伯爵。
この数日、この人が来るたびに何かが起きている気がする。
「こちらを」
数枚の書類を差し出された。
「……何?」
「ボーリング場を一般開放して以降の、周辺商店の状況をまとめたものでございます」
「なんでそんなもの作ったの?」
「興味深い動きがございましたので」
「……」
嫌な予感。
読む。
ボーリング場利用者。
増加。
近隣食堂の売上。
増加。
酒場。
増加。
露店。
増加。
さらに。
「……宿屋?」
「他の町から遊びに来る者が出始めております」
「もう!?」
「はい」
「まだ数日よ!?」
「珍しい遊びですからな」
「……」
そんな。
「特に休日は、近隣の村から訪れる者も多く」
「……」
「商人たちからも、商売を出したいとの問い合わせが来ております」
「……」
「また、木工職人からは球とピンを製造して販売できないかと――」
「ちょっと待って」
「はい」
私は額を押さえた。
「私は」
「はい」
「遊びたかっただけなの」
「存じております」
「暇だったから作っただけ」
「はい」
「それなのに、どうして商売の話になってるの?」
「人が集まれば、商売が生まれるのは自然かと」
「……」
正論。
正論なんだけど。
「これ以上は知らないからね」
「はい?」
「ボーリング場の運営は伯爵に任せる」
「よろしいので?」
「私は明日、次の領へ行くんだから」
そう。
いつまでもストライク領にいるわけにはいかない。
ボーリング地方には他にも領地がある。
そっちも確認しなければ、廃嫡されるかもしれないのだ。
「適正な範囲でやって。問題が起きたら報告」
「承知いたしました」
「あと」
「はい」
「遊びなんだから、変に高い料金を取ったりしないこと」
「心得ております」
「子供でも遊べるように、軽い球も作っておいて」
「すでに職人が試作しております」
「……早いわね」
「殿下の最初の案を聞いていた者がおりましたので」
そういえば、最初に考えた。
子供でも遊べるようにって。
「……そう」
まあいい。
「じゃあ、お願いね」
「お任せください」
これでストライク領は終わり。
元々優秀な領地だった。
私が何かする必要なんてなかった。
少し遊んだだけ。
本当に、それだけ。
◇
翌日。
馬車がストライク領を離れていく。
窓の外を眺める。
「いい領だったわね」
「はい」
「結局、仕事らしい仕事もしなかったし」
「……」
「何?」
「いえ」
「何よ」
「何でもございません」
怪しい。
でも、まあいい。
「次はどこだった?」
「スペア領でございます」
「スペア……」
私は資料を取り出す。
ストライク。
一投ですべて倒す。
スペア。
一投目で残したピンを、二投目で全部倒す。
「……まさかね」
「何か?」
「なんでもない」
ストライク領が優秀だった。
名前通り。
でも、それだけ。
偶然。
次まで同じとは限らない。
資料を開く。
スペア領。
人口。
税収。
産業。
治安。
「……あら?」
数字を追う。
悪くない。
むしろ優秀。
ただ。
「ストライク領より、ちょっとずつ足りない……?」
税収も。
人口増加率も。
産業規模も。
どれも平均以上。
けれど。
どれも一歩だけ届いていない。
「…………」
ストライク。
スペア。
私は資料とにらめっこする。
「……いやいや」
偶然よ。
きっと偶然。
「リリアーナ様?」
「何でもないわ」
資料を閉じる。
実際に見てから考えればいい。
数字だけで決めつけるなんて、私が一番嫌いなことだ。
「まずは現地確認ね」
「はい」
馬車は次の領地へ進んでいく。
――スペア領。
あと一つ。
ほんの少しだけ何かが足りない領地へ。
お読み頂き、ありがとうございます。




