第五話 上司の無茶振りは大抵碌でもない
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「ボーリング場、でございますか?」
「ええ」
「……」
ストライク伯爵が困惑している。
でしょうね。
私だって逆の立場なら困惑する。
昨日まで帳簿を調べ、街を歩き回っていた王女が、突然やってきて、
『遊ぶ場所を作りたい』
と言い出したのだから。
「それは……どのような施設なのでしょうか?」
「球を転がして、並べた棒を倒す遊びをする場所よ」
「球を……転がす?」
「ええ」
「棒を……倒す?」
「そう」
「……」
伯爵が私を見る。
隣に立つメイドを見る。
また私を見る。
「何?」
「いえ」
「言いたいことがあるなら言っていいわよ」
「では……」
伯爵が恐る恐る口を開く。
「何が面白いのでしょうか?」
「…………」
言われてみれば。
ボーリングを知らない人間に説明すると、とんでもなく地味ね。
「やれば分かるわ」
「左様でございますか……」
「たぶん」
「たぶん、でございますか」
だって前世でも、
『どうして球を転がしてピンを倒すと楽しいの?』
なんて考えたことなかったもの。
倒れたら気持ちいい。
たくさん倒れたら嬉しい。
ストライクならもっと嬉しい。
それでいいでしょう。
「それで、使っていない建物はない?」
「建物、でございますか?」
「雨でも遊べるようにしたいの」
「それでしたら……」
伯爵が考え込む。
「古い倉庫が一つございます。以前は穀物の保管に使用しておりましたが、新しい倉庫を建ててからは、ほとんど使われておりません」
「広い?」
「それなりには」
「床は?」
「木張りでございます」
「いいじゃない」
それなら使える。
「見せてもらえる?」
「もちろんでございます」
よし。
これで場所は確保。
あとは――。
「職人も何人か借りたいわ」
「職人も、でございますか?」
「球とピンを作ってもらうの」
「ぴん?」
「ああ……倒す棒のこと。そう呼ぶことにするわ」
「なるほど」
「それと、床も少し弄るかもしれないから、大工も」
「承知いたしました」
伯爵が頷く。
そして。
「費用につきましては、領の予算から――」
「駄目よ」
「……はい?」
「私が遊びたいだけなんだから、私が出すわ」
「しかし」
「領政に必要なものならともかく、私の暇潰しに領民のお金を使ったら駄目でしょう?」
「……」
「何?」
「いえ」
また変な顔をされた。
「では、そのように手配いたします」
「お願い」
これでいい。
仕事はしない。
でも遊ぶ。
最高じゃない。
◇
「……なるほど」
倉庫へ案内された私は、中を見回した。
広い。
天井も高い。
そして何より、細長い。
「いいわね」
元々、荷車を中まで入れられるように作られていたらしく、奥行きがかなりある。
ただ。
「床が駄目ね」
「駄目、でございますか?」
呼ばれた大工が床を見る。
「少し傾いてるでしょう?」
「水が溜まらないよう、僅かに傾斜をつけております」
「なるほど」
倉庫としては正しい。
でもボーリングには困る。
球を転がしたら勝手に片側へ寄ってしまう。
「ここから、あそこまで」
私は距離を見ながら歩く。
「この幅で、できるだけ平らにできる?」
「平らに、ですか?」
「ええ」
「できますが……何をなさるので?」
「球を転がすの」
「……?」
またその顔。
「説明するより、作った方が早いわ」
「はあ……」
「それと、木を加工できる職人は?」
「私ができます」
別の男性が手を上げた。
「じゃあ、こんなものを作って」
紙を借りる。
前世の記憶を頼りに、簡単な形を描く。
細長く。
下が少し太く。
上が細い。
完全なボーリングピンを再現する必要はない。
立って。
球が当たれば倒れる。
まずはそれで十分。
「これを十本」
「十本ですか」
「同じ大きさでお願い」
「承知しました」
「次は球ね」
「球……」
「木で丸いものを作れる?」
「作れますが、完全な球となると少々時間が」
「多少歪んでてもいいわ」
「よろしいので?」
「試しに遊ぶだけだもの」
最初から完璧を求める必要はない。
駄目なら直せばいい。
「大きさは……」
両手で輪を作る。
前世のボーリング球より少し小さめ。
「これくらい」
「かなり大きいですな」
「重過ぎたら困るから、中を空洞にできる?」
「可能ではありますが、強度が」
「じゃあ、何種類か作ってみましょう」
「何種類も?」
「重さを変えるの」
前世でもボールの重さは選べた。
子供や力の弱い人でも遊べるようにするなら、その方がいい。
……ん?
「……」
「リリアーナ様?」
「何でもない」
今、何を考えた?
子供でも遊べるように?
違う。
私が遊ぶだけでしょう。
「とりあえず私が投げやすいものを作って」
「承知しました」
危ない危ない。
また余計なことを考えるところだった。
これは仕事じゃない。
暇潰し。
遊び。
それ以上でも、それ以下でもない。
◇
二日後。
「できました」
「おお……」
倉庫の中に一本の細長い木床が完成していた。
さすが職人。
仕事が早い。
完全に水平というわけではないけれど、試しに球を転がすには十分。
その先には。
「……ピン」
十本。
ちゃんと立っている。
形も思っていた以上にそれっぽい。
「いいじゃない!」
「ありがとうございます」
職人が嬉しそうに頭を下げる。
そして、肝心の球。
「……重っ」
持ち上げる。
両手なら持てる。
でも。
「これ、投げるのは無理ね」
「転がすのでは?」
「そうだった」
つい前世の感覚で指を入れて投げることを考えてしまった。
当然、今の木球に指穴なんてない。
「まあ、最初はこれでいいわ」
両手で抱える。
「リリアーナ様」
「何?」
「本当に転がすだけなのですか?」
「見てなさい」
レーンの手前に立つ。
前世のような投球はできない。
だから両手で。
「えいっ!」
ゴロゴロゴロゴロ。
木球が転がる。
「おお……」
周囲から声が漏れた。
真っ直ぐ。
真っ直ぐ。
そのまま――。
ゴンッ!
「おっ!」
ピンに当たった。
ガタガタガタッ!
何本かが倒れる。
「…………」
数える。
「六本!」
悪くない。
久しぶり。
というより、この世界では初めて。
「どう?」
振り返る。
伯爵。
メイド。
職人たち。
護衛。
全員が倒れたピンを見ていた。
「……」
「……」
「……何?」
「もう一度、やってもよろしいのでしょうか?」
職人の一人が聞いてきた。
「え?」
「その……残ったものを倒せばよいので?」
「あ」
なるほど。
「そうね。全部倒せたら成功」
「では、殿下はあと四本でございますか」
「そうなるわね」
残ったピンを見る。
固まって三本。
少し離れたところに一本。
「……あれ、嫌ね」
「何か問題が?」
「残し方が悪い」
「そうなのですか?」
「まあ、見てなさい」
もう一度、球を持つ。
転がす。
ゴロゴロゴロ。
ゴンッ!
二本。
「あー!」
思わず声が出た。
残り二本。
「失敗でございますか?」
「失敗ね」
「なるほど……」
職人が真剣な顔で残ったピンを見ている。
なんであなたがそんなに悔しそうなの?
「では、次は私が」
「え?」
別の職人が手を上げた。
「私も試してみたいのですが」
「……いいわよ」
「ありがとうございます!」
ピンを十本並べ直す。
職人が球を持つ。
「ここからでございますね?」
「そう」
「この線を越えないように?」
「ええ」
「なるほど」
構える。
転がす。
ゴロゴロゴロ――。
ゴンッ!
「七本!」
「おおっ!」
歓声。
「殿下より多いぞ!」
「まだ一投だろ!」
「あと三本だ!」
「……」
待って。
なんで盛り上がってるの?
「次、行きます!」
二投目。
ゴンッ!
一本。
「ああ!」
「二本残った!」
「難しいな!」
「次は俺にやらせてくれ!」
「私も!」
「ちょっと待って」
誰も聞いていない。
ピンを並べる。
球を戻す。
転がす。
倒れる。
歓声。
また並べる。
いつの間にか順番まで決まっている。
「……」
私は隣を見る。
メイドと目が合った。
「楽しそうね」
「はい」
「……まあ、いいけど」
私も遊びたかったし。
「殿下!」
「何?」
「今、十本全部倒れました!」
「えっ!?」
見る。
本当に全部倒れている。
「一回で!?」
「はい!」
やった本人が満面の笑みを浮かべている。
「それはストライクよ!」
「……すとらいく?」
空気が止まった。
「あ」
しまった。
「ストライク……」
伯爵が呟く。
倒れた十本のピン。
それから私を見る。
「殿下」
「……何?」
「ここは、ストライク領でございます」
「知ってるわ」
「そして、この遊びで一度に全て倒すことを……」
「ストライクっていうわ」
「……」
伯爵が黙った。
職人たちも黙った。
メイドまで黙った。
「何よ」
「いえ……」
伯爵が倒れたピンを見る。
「実に……不思議な偶然でございますな」
「…………」
偶然。
そう。
偶然。
私だって、そう思いたい。
ボーリング地方。
ストライク領。
そして。
この世界には存在しなかった遊び、ボーリング。
「……誰がつけたのよ、この地名」
もちろん。
答えられる者など、誰もいなかった。
◇
「殿下!」
「……何?」
翌朝。
朝食を食べていた私のところへ、ストライク伯爵がやってきた。
「昨日のボーリングという遊びなのですが」
「ええ」
「本日も使用してよろしいでしょうか?」
「……いいけど」
「ありがとうございます!」
伯爵が頭を下げる。
それだけ?
わざわざ聞きに来たの?
「職人たちが、朝から倉庫の前に集まっておりまして」
「……仕事は?」
「本日は休日の者たちです」
「ならいいけど」
「それと」
「まだあるの?」
「兵士たちも、ぜひ一度やってみたいと」
「……」
「昨日、護衛の方々から話を聞いたようで」
広まるの早くない?
「別にいいわよ」
「ありがとうございます」
「あ。でも壊したら自分たちで直してね」
「もちろんでございます」
伯爵が嬉しそうに出ていく。
「……」
私はパンを一口食べる。
「リリアーナ様」
「何?」
「大人気でございますね」
「昨日作ったばかりよ?」
「はい」
「ただ球を転がして、ピンを倒すだけよ?」
「はい」
「何がそんなに楽しいのかしら」
「リリアーナ様」
「何?」
「ご自身が遊びたいとおっしゃって作られたのでは?」
「……そうだったわ」
忘れていた。
まあ。
みんなが楽しんでいるならいいか。
私は紅茶を飲む。
今日は何をしよう。
昨日はボーリングを作った。
今日はのんびりしてもいい。
そうだ。
昨日の丘へ行って、今度こそ昼寝をしよう。
「今日は何もしないわよ」
「承知いたしました」
「絶対に働かない」
「はい」
「私は休むの」
「はい」
念を押す。
だって。
私はボーリング場を作っただけ。
遊ぶ場所を一つ作っただけなのだから。
それ以上のことなんて――。
何も起こるはずがない。
お読み頂き、ありがとうございます。




