第四話 思いつきは即実行
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
私は気持ちよく目を覚ました。
「……よく寝た」
素晴らしい。
目覚まし時計もない。
仕事に追われることもない。
昨日のうちにストライク領の確認は終わった。
問題なし。
改善の必要なし。
つまり。
「今日から休暇ね」
「違います」
「……」
着替えを手伝っていたメイドから即座に否定された。
「違うの?」
「リリアーナ様は現在、ボーリング地方の統括代官として赴任されております」
「知ってるわよ」
「でしたら休暇ではございません」
「でも仕事がないわ」
「……」
「ないでしょう?」
「……現時点では」
「なら休暇じゃない」
「視察でございます」
「同じよ」
「違います」
真面目ね。
「じゃあ、視察しましょう」
「はい」
「美味しいものを食べて」
「はい?」
「景色のいい場所へ行って」
「リリアーナ様?」
「昼寝する」
「視察はどこへ?」
「だから、それが視察よ」
「……」
メイドが黙った。
「領地の食文化を確認する」
「……はい」
「観光資源を確認する」
「はい」
「住民が安全に暮らしているか確認する」
「はい」
「そのついでに昼寝する」
「最後だけ視察ではありません」
「細かいことを気にしたら負けよ」
「何に負けるのでしょうか……」
知らない。
私にも分からない。
「ほら、行くわよ」
「……かしこまりました」
◇
「美味しい」
昼前。
私は市場近くの食堂で焼いた肉を食べていた。
薄く切った肉に香草をまぶし、炙っただけの簡単な料理。
だけど、これが美味しい。
「これ、何の肉?」
「豚でございます」
店主が緊張しながら答える。
今日は昨日と違い、私が王女であることが完全に知られていた。
どうやら昨日、市場を歩き回っていたことも広まっているらしい。
おかげで店へ入った瞬間から、店主がずっと固まっている。
「そんなに緊張しなくていいわよ」
「は、はい!」
「……無理そうね」
「リリアーナ様が無茶をおっしゃっております」
「普通に食事してるだけなのに」
「第八王女殿下が突然、町の食堂に入ってくることを普通とは申しません」
「そういうもの?」
「そういうものでございます」
面倒臭い。
王族って本当に面倒臭い。
でも料理は美味しい。
「この香草、この辺りで採れるの?」
「はい。領内で多く栽培しております」
「へえ」
資料にあった。
確かストライク領の特産品の一つだったはず。
「王都でも売ってる?」
「乾燥させたものは出荷しております」
「そう」
私はもう一口食べる。
うん。
美味しい。
「もう一皿」
「リリアーナ様」
「何よ」
「この後も何軒か回られるのでは?」
「……」
忘れていた。
「半分」
「はい?」
「半分だけ追加して」
「か、かしこまりました!」
店主が慌てて厨房へ向かう。
私は満足して頷いた。
「いい視察ね」
「食べ歩いているだけでは?」
「食文化の確認よ」
「左様でございますか」
「そうよ」
たぶん。
◇
食べた。
歩いた。
また食べた。
市場を見た。
工房を覗いた。
農産物を見た。
街の外へ出て、畑も見た。
丘にも登った。
「……いい景色」
眼下にストライク領の街が広がっている。
少し離れた場所には農地。
さらに向こうには街道が続いている。
荷馬車が小さく見えた。
「平和ね」
「はい」
隣に立つメイドが答える。
「いいところじゃない」
「そうですね」
「問題もない」
「今のところは」
「領主も優秀」
「そのように思われます」
「食べ物も美味しい」
「随分と召し上がっておりましたね」
「……ちょっと食べ過ぎたわ」
「少々ではないかと」
「歩いたから大丈夫よ」
「何が大丈夫なのでしょう?」
うるさい。
私は近くにあった木を見る。
木陰。
草も柔らかそう。
「……いいわね」
「何がでしょう?」
「ここ」
「ここ?」
「昼寝」
「……」
「ちょうど木陰だし」
「本当に寝るのですか?」
「そのために来たんでしょう?」
「景色を見るためだったはずですが」
「景色は見たわ」
「……」
「じゃあ、おやすみ」
「リリアーナ様!?」
私は木陰に腰を下ろした。
そのまま草の上へ寝転がる。
「気持ちいい……」
風が吹く。
草が揺れる。
暖かい。
前世では、昼間からこんな場所で寝転がるなんて考えられなかった。
平日は会社。
休日は疲れて寝る。
たまに出掛けても、翌日の仕事を考えて早く帰る。
あの頃の私が今の姿を見たら、どう思うだろう。
羨ましがるかもしれない。
「……やっぱり、こういうのでいいのよ」
「何がです?」
「人生」
働く。
休む。
美味しいものを食べる。
眠くなったら寝る。
「これでいいの」
「……そうですね」
メイドの声が少しだけ柔らかくなった。
目を閉じる。
風が気持ちいい。
私はそのまま――。
「……」
「……」
「……暇ね」
「寝るのでは?」
目を開けた。
「寝ようと思ったのよ」
「はい」
「でも昨日もいっぱい寝たから、眠くない」
「それはそうでしょうね」
困った。
何かすることはないだろうか。
「ねえ」
「はい」
「この辺りって、何して遊ぶの?」
「遊ぶ、ですか?」
「ええ」
「貴族の方でしたら、狩猟や乗馬などでしょうか」
「それは疲れるから嫌」
「……では、観劇など」
「劇場は?」
「領都には小さなものがございます」
「他には?」
「音楽を楽しんだり、カードや盤上遊戯などもございます」
「なるほど」
普通。
いや、それでいいんだけど。
「庶民は?」
「酒場で飲酒をしたり、歌ったり……子供であれば外で様々な遊びをしておりますが」
「ふーん」
私は空を見る。
娯楽がないわけではない。
カードもある。
盤上遊戯もある。
観劇もある。
音楽もある。
でも。
「……ボーリング地方なのに」
「はい?」
「なんでもない」
昨日、馬車の中で気になったことを思い出した。
ボーリング地方。
ストライク領。
なのに、この世界にボーリングという遊びは存在しない。
「…………」
頭の中に、前世の記憶が浮かぶ。
長いレーン。
その先に並ぶ十本のピン。
重い球。
助走して。
転がして。
ガコンッ!
綺麗に全部倒れたときの、あの感覚。
「……久しぶりにやりたいわね」
「何をですか?」
「ボーリング」
「昨日おっしゃっていた遊びですか?」
「そう」
言ってから考える。
この世界にはない。
なら。
「……作ればいいのでは?」
「はい?」
メイドが首を傾げた。
私は起き上がる。
「ないなら作ればいいのよ」
「……ボーリング、というものをですか?」
「そう」
「リリアーナ様が?」
「私が遊びたいもの」
別に大したものじゃない。
長くて平らな場所を用意する。
球を転がす。
その先にピンを並べる。
最初から前世と同じものを再現する必要なんてない。
「木ならある」
「はい」
「職人もいる」
「おりますが」
「場所も……どこか空いてるところを借りればいいわね」
「リリアーナ様」
「何?」
「お休みになるのでは?」
「休んでるわよ」
「……」
「これは仕事じゃないもの」
私は立ち上がった。
さっきまで暇だったのが嘘みたいに、少しだけ楽しくなってきた。
「遊ぶために作るの」
「……」
「仕事じゃないわ」
「そうでございますか」
「そうよ」
メイドが何とも言えない顔をしている。
何よ。
別におかしなことは言っていない。
「領主に聞いてみましょう」
「何をでしょう?」
「使ってない建物か土地がないか」
「本当に作られるのですか?」
「もちろん」
せっかく異世界に来たのだ。
前世と同じように働いてばかりなんて御免である。
遊べるときには遊ぶ。
それが今世の目標だ。
「よし」
私は街へ向かって歩き出す。
「ボーリング場を作るわよ!」
このときの私は。
ただ、暇潰しがしたかっただけだった。
お読み頂き、ありがとうございます。




