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やり過ぎた!  作者: 涙目
第一章 ボーリング地方編

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第十話 全部駄目だとどこから手をつけていいかわからなくなる

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。


「行きたくない」


「出発のお時間でございます」


「行きたくない」


「馬車の準備も整っております」


「行きたくない」


「リリアーナ様」


「何?」


「三度目です」


「何度でも言うわよ」


 私はベッドの上で膝を抱えていた。


「ガーター領に行きたくない」


「統括代官でございますので」


「知ってるわよ!」


 知っている。


 嫌というほど。


 だから困っている。


 机の上には、昨夜読んだガーター領の資料が置かれていた。


 できることなら燃やしたい。


 燃やしたところで現実は変わらないけれど。


「……ストライク領はよかった」


「はい」


「何もしなくてよかった」


「ボーリング場をお作りになりましたが」


「あれは遊び!」


「はい」


「スペア領もよかった」


「ジャムをお作りになりました」


「あれも趣味!」


「左様でございますか」


「そうよ!」


 でも。


 ガーター領は違う。


「……仕事しないと駄目じゃない」


「統括代官ですので」


「分かってるってば!」


 私はベッドへ倒れ込んだ。


 行きたくない。


 でも。


 行かなければならない。


 一年間。


 成果を出せ。


 結果次第では廃嫡。


「……クソジジイ」


「リリアーナ様?」


「何でもない」


 王都にいる父へ悪態をついても仕方がない。


「着替えるわ」


「かしこまりました」


「……はぁ」


 今日から。


 本当の仕事が始まりそうだった。


 ◇


 ガタゴト。


 ガタゴト。


 馬車の中。


「…………」


 資料を読む。


 閉じる。


 窓の外を見る。


 また開く。


「……酷い」


 昨夜も見た。


 何度見ても酷い。


「そんなにでございますか?」


「見る?」


「私が拝見しても分からないかと」


「そう」


 なら、一人で絶望しよう。


 まず人口。


 五年前と比較して減少。


 それも僅かではない。


 特に若者の流出が多い。


「まあ、分かるわ」


 仕事がない。


 だから出ていく。


 次。


 税収。


「下がってる」


 人口が減っているのだから当然。


 さらに農業生産。


「下がってる」


 商業。


「下がってる」


 街道利用者。


「下がってる」


 治安。


「悪化してる」


 全部下がってるじゃない!


 いや、治安だけ悪化だから上がっていると言えるかもしれない。


「嬉しくない!」


「リリアーナ様?」


「何でもない!」


 さらに読む。


「……領主支出」


 ここだけ。


「増えてる」


 嫌な数字を見つけた。


 税収は減少。


 人口も減少。


 領内産業も縮小。


 なのに。


 領主家に関係する支出だけが、ここ数年増えている。


「…………」


 怪しい。


 ものすごく怪しい。


「でも、決めつけるのは駄目」


 数字だけでは分からない。


 何か事情があるかもしれない。


 必要な支出が増えただけかもしれない。


 災害。


 設備更新。


 防衛。


 理由はいくらでも考えられる。


「現地確認」


「はい?」


「何でもないわ」


 資料をめくる。


 主要産業。


 農業。


 これといった特産品なし。


 工業。


 小規模。


 商業。


 低調。


 観光。


 ほぼなし。


「…………」


 すごい。


 悪い意味で。


 ストライク領は、どこを見ても優秀だった。


 スペア領は、どこを見ても悪くなかった。


 ガーター領は。


「どこを見ればいいの?」


 全部。


 全部駄目。


「……ガーター」


 ピンに一本も当たらない。


 得点ゼロ。


「本当にガーターじゃない……」


 偶然。


 そう思いたかった。


 でも三つ目。


 ここまで来ると。


「絶対、誰か狙って名前つけたでしょう」


「何のお話でしょう?」


「こっちの話よ」


 誰なの。


 プレイング王国なんて名前をつけた人。


 ボーリング地方なんて名前をつけた人。


 ストライク。


 スペア。


 ガーター。


「神様だったら一発殴りたいわ」


「リリアーナ様?」


「何でもない」


 私は資料を閉じた。


 とにかく。


 実際に見る。


 まずはそれから。


 ◇


 そして。


 ガーター領へ入った。


「…………」


 馬車の窓から外を見る。


「……道、悪くない?」


 揺れる。


 ガタン。


「きゃっ!」


 思わず座席を掴む。


「申し訳ございません!」


 御者の声。


「あなたのせいじゃないわ!」


 道だ。


 街道の状態が悪い。


 大きな穴。


 轍。


 補修された跡はあるけれど、雑。


「資料では、街道補修費は出てたわよね……?」


 確かめる。


 出ている。


 毎年。


 それなりの額。


「……どこに使ったの?」


 嫌な予感。


 さらに進む。


「……畑」


 放棄された農地がある。


 一つだけではない。


 雑草が伸びている。


 家屋も。


「空き家?」


「そのようですね」


 窓から見える集落。


 人が少ない。


 子供の姿もほとんどない。


「……資料より酷くない?」


 数字では分からなかった。


 人口減少。


 その四文字。


 実際に見ると。


 人がいなくなった家がある。


 耕す人を失った畑がある。


 店を閉じた建物がある。


「……」


 私は黙った。


 これは。


 のんびりしている場合じゃない。


 さらに馬車が進む。


 領都が近づく。


「…………」


 建物は増えた。


 人も増えた。


 でも。


「活気がない」


 ストライク領とは全然違う。


 スペア領とも違う。


 人はいる。


 店もある。


 でも、どこか暗い。


 閉じた店。


 傷んだ看板。


 補修されていない建物。


 道端にはゴミも目立つ。


「……」


 そして。


 馬車が領主館へ到着する。


「…………え?」


 私は目を疑った。


「リリアーナ様?」


「ねえ」


「はい」


「ここ、ガーター領よね?」


「はい」


「領主館よね?」


「左様でございます」


「……立派ね」


 ものすごく。


 街で見た建物とは明らかに違う。


 綺麗な外壁。


 広い庭。


 噴水。


 手入れされた植木。


「…………」


 なるほど。


 領主支出。


 増加。


「まだ決めつけない」


 私は自分に言い聞かせる。


 館が立派だから悪い領主とは限らない。


 昔からこの建物なのかもしれない。


 庭園の維持費だって、思っているほど高くない可能性がある。


 確認。


 確認してから。


 馬車を降りる。


「ようこそお越しくださいました!」


 男が出迎えた。


 五十代ほど。


 恰幅がよく。


 服も。


「……」


 高そう。


「リリアーナ殿下。お待ちしておりました」


 男が深く頭を下げる。


「ガーター領領主、オズワルド・ガーター伯爵にございます」


「第八王女リリアーナ・プレイングです。一年間、ボーリング地方の統括代官を務めます」


「もちろん存じておりますとも!」


 顔を上げる。


 満面の笑顔。


「ささ! 長旅でお疲れでしょう! まずは中へ!」


「ありがとうございます」


「歓迎の宴も準備しております!」


「……宴?」


「はい!」


「今日?」


「もちろんでございます!」


「…………」


 私は領主館を見る。


 もう一度。


 街を見る。


 遠く。


 活気のない街並み。


 そして。


 豪華な領主館。


「……」


 嫌な予感。


 いや。


 もう。


 予感ですらない気がする。


 ◇


「こちらを殿下へ!」


「……ありがとう」


 夕食。


 長いテーブル。


 料理。


 料理。


 料理。


 料理。


「…………」


 多い。


「ガーター領で採れた最高級の食材を揃えました!」


「そう」


「こちらの酒も、特別なものにございます!」


「そう」


「お気に召しましたかな?」


「ええ」


 味は美味しい。


 料理人に罪はない。


 でも。


「伯爵」


「はい!」


「一つ聞いても?」


「何なりと!」


「この宴の費用は?」


「……」


 一瞬。


 本当に一瞬。


 伯爵の笑顔が止まった。


「私の歓迎のためなのでしょう?」


「もちろんでございます」


「でしたら、費用はどこから?」


「それは……」


「領主家の私費?」


「……」


「それとも領の予算?」


「殿下」


「はい」


「そのような細かい話は明日にいたしませんか?」


「…………」


 細かい。


 そう来たか。


「そうね」


 私は笑った。


「今日は長旅で疲れました」


「左様でございましょう!」


「明日」


「はい」


「帳簿を見せてください」


「…………」


「過去五年分」


「五年……」


「税収、支出、街道整備、治安維持、農業支援」


「……」


「全部」


 伯爵の笑顔が。


 今度こそ。


 はっきりと固まった。


「何か問題でも?」


「……いえ」


「そう」


 私は料理を一口食べる。


 美味しい。


 本当に。


「楽しみにしていますね」


「……はい」


 返事が小さい。


 私は微笑んだ。


 ストライク領。


 問題なし。


 スペア領。


 あと一つ。


 そして。


 ガーター領。


「……」


 どうやら。


 今度こそ私は。


 本気で働かなければならないらしい。

お読み頂き、ありがとうございます。

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