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やり過ぎた!  作者: 涙目
第六章 家族の絆編

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第四話 兄姉が妹を助けるのに理由なんていらない

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 王宮の一室に、張り詰めた空気が漂っていた。


 寝台に横たわるリリアーナの周囲では、王宮に仕える医師たちが慌ただしく動き回っている。何人もの医師が入れ替わりながら診察を行い、症状を確認していたが、時間が経つにつれて、その表情は険しさを増していった。


 エレオノーラは寝台の傍らに立ち、医師たちの様子を見つめていた。


 先ほどまで交流会に参加していた妹が、今は目を閉じたまま動かない。


 呼びかけても返事はなく、ときおり苦しそうに呼吸を繰り返すばかりだった。


「先生、妹の容態はいかがですの?」


 何度目になるかわからない問いかけに、医師の一人が振り向いた。


「現在、可能な限りの処置を行っております。しかし、原因となった毒を特定できておりませんので、治療の方針を定めることが難しい状況です」


「毒であることは間違いありませんのね?」


「症状から、その可能性が極めて高いと考えております。ただ、一般的に知られている毒とは異なる特徴も見られまして……」


 医師は言葉を濁した。


 エレオノーラは、その先を聞くのが怖かった。


 王宮には優秀な医師が揃っている。国王や王族の健康を預かる者たちなのだから、経験も知識も豊富なはずだ。


 その医師たちが、毒の種類さえ特定できずにいる。


 つまり、今のリリアーナに対して、確実な治療方法が見つかっていないということだった。


「……王宮の医師だけでは、難しいということですの?」


「申し訳ございません。引き続き全力を尽くしますが、毒物の扱いに詳しい医師の助言を得られれば、状況が変わる可能性はございます」


 その言葉を聞いた瞬間、エレオノーラは顔を上げた。


「でしたら、探しましょう」


「……は?」


「王宮にいらっしゃらないのでしたら、ほかの地方からお呼びすればよいのです。毒の研究をしている方でも、実際に治療した経験のある方でも構いません。妹を助けられる可能性があるのでしたら、どなたでもお呼びします」


「しかし、殿下。王都から離れた地方となりますと、到着までに相応の日数が必要になります」


「それでもです!」


 思わず声を荒らげたエレオノーラは、医師が驚いたように身を引いたことに気づき、唇を噛んだ。


 医師を責めたところで、リリアーナの容態がよくなるわけではない。


 それくらい、理解している。


「……申し訳ありません。ですが、どうか、妹を助けてくださいませ」


「無論でございます。我々も、できる限りのことをいたします」


 医師は深く頭を下げると、再び寝台へ向き直った。


 エレオノーラは妹の手をそっと握った。


 いつもなら、こんなときでも仕事を増やされたと文句を言いそうな妹だった。


 それなのに、今は何も言わない。


 その静けさが、たまらなく恐ろしかった。


     ◇


「各地方へ、至急使者を出してください」


 エレオノーラは隣室に集めた文官たちへ、迷うことなく指示を出した。


「毒物の治療に詳しい医師を探します。王都へ来ていただける方がいらっしゃれば、身分も所属も問いません。必要な費用はこちらで負担しますので、一刻も早く来ていただきたいと伝えてください」


 文官の一人が、手元の紙に指示を書き留めながら尋ねた。


「殿下、各地方の医療機関や薬師組合にも通達いたしますか?」


「もちろんです。医師だけではなく、毒について専門的な知識を持つ薬師にも協力を求めてください。ただし、治療に必要な資格や経験については、王宮の医師たちと確認するように」


「承知いたしました」


「それから、王都に滞在している地方出身の医師や薬師も調べてください。地方へ使者を出して返事を待つより、早く見つかる可能性があります」


 次々と指示を出しながら、エレオノーラは頭の中で考えられる手段を探していた。


 医師を探すだけでは足りない。


 見つかったとしても、王都へ到着するまでに何日もかかるのでは、間に合わないかもしれない。


 それならば、移動手段も確保しておく必要がある。


「各地方の停留所にも連絡を。医師が見つかった場合、できる限り早く王都へ向かえるよう、馬車と馬の手配をお願いしてください」


「停留所でございますか?」


「ええ。長距離を移動するのであれば、途中で馬を替えた方が早いでしょう。医師が自分で移動手段を探す時間も惜しいのです」


「かしこまりました。各地へ伝達いたします」


 文官たちは指示を受けると、急いで部屋を出ていった。


 その背中を見送り、エレオノーラはようやく椅子へ腰を下ろした。


 何かしていなければ、落ち着かなかった。


 少しでも手を止めれば、リリアーナがこのまま目を覚まさないのではないかという恐怖が押し寄せてくる。


 けれど、今の自分にできることは限られている。


 医師ではない自分が治療に口を出したところで、かえって邪魔になるだけだ。


 だからこそ、治療できる人間を探す。


 それが、今の自分にできる最善のことだった。


「エレオノーラ」


 扉が開き、レオナルドが入ってきた。


「お兄様……」


「各地方へ医師を探すよう指示を出したそうだね」


「はい。王宮の医師だけでは、毒の種類がわからないそうですの。ですから、少しでも可能性があるのならと思いまして……」


「うん。いい判断だと思うよ。僕の方でも、知り合いの貴族たちに協力を頼んでおいた。領地に詳しい医師がいれば、連絡してもらえるはずだよ」


「ありがとうございます……」


 レオナルドは妹の向かいに腰を下ろした。


「リリアーナのことは心配だけど、君まで倒れてしまっては困るからね。少しは休んだ方がいいよ」


「……休めるわけがありませんわ」


「そうだね。僕も、落ち着いて休めそうにはないよ」


 穏やかな声だったけれど、レオナルドの表情には疲労が浮かんでいた。


 兄もまた、妹のことを案じているのだ。


「ところで、交流会の参加者については、ユリウスが確認を進めているよ。会場にいた者たちの身元や行動についても調べているそうだ」


「……犯人を、探しているのですね」


「うん。ただ、今は誰が何をしたのか、まだわかっていない。憶測で誰かを疑うことは避けなければならないね」


 エレオノーラは頷いた。


 交流会には多くの若手貴族が参加していた。


 その中に、妹を毒殺しようとした者がいるかもしれない。


 そう考えるだけで、胸の奥に怒りが込み上げてくる。


 けれど、証拠もなく誰かを責めれば、無関係な人々まで巻き込んでしまう。


 リリアーナなら、きっとそれを嫌がるだろう。


「……犯人については、お兄様方にお任せしますわ」


「うん」


「私は、リリアーナを助ける方法を探します。今は、それしか考えられませんもの」


「わかった。僕たちもできる限り協力するよ」


 レオナルドはそう言って立ち上がると、エレオノーラの肩へそっと手を置いた。


「一人で抱え込まないでね。リリアーナは、僕たちにとっても大切な妹なんだから」


「……はい」


 エレオノーラは小さく頷いた。


 兄が部屋を出ていった後も、しばらくその場から動くことができなかった。


     ◇


 日が傾き始めた頃、各地方へ送った問い合わせに、最初の返答が届いた。


「エレオノーラ殿下! トランプ地方より返答がございました!」


 報告に訪れた文官の声に、エレオノーラは勢いよく立ち上がった。


「医師が見つかったのですか!?」


「はい。毒物による中毒の治療経験が豊富な医師がいらっしゃるそうです。症状についてお伝えしたところ、詳しい診察が必要ではあるものの、心当たりがあるとのことでした」


「……っ!」


 思わず、胸の前で両手を握り締めた。


 ようやく見つかった。


 リリアーナを助けられるかもしれない人が。


「その方は、こちらへ来てくださるのですか?」


「はい。すでに出発の準備を進めているとのことです」


「でしたら、すぐに馬車を……!」


「ただ……」


 文官の表情が曇った。


 その様子を見た瞬間、エレオノーラの胸に嫌な予感が広がった。


「……何ですの?」


「トランプ地方から王都までは、通常の移動で四日以上かかります。急いだとしても、到着までには数日を要する見込みです」


 四日。


 その言葉が、エレオノーラの胸に重くのしかかった。


 医師が見つかった。


 来てくれるという返事もあった。


 それなのに、すぐには治療を受けられない。


「……もっと早く来ていただく方法はありませんの?」


「可能な限り急いでいただくよう、お願いしております。しかし、距離がございますので……」


 文官は申し訳なさそうに頭を下げた。


 エレオノーラは唇を噛み締めた。


 相手を責めても仕方がない。


 トランプ地方と王都の距離が縮まるわけではないのだから。


「……わかりました。途中の停留所には、馬と馬車の手配をお願いしてください。必要な費用は惜しみません」


「すでに各所へ連絡を進めております」


「それから、医師の方には、どうか一刻も早く来ていただきたいとお伝えください」


「承知いたしました」


 文官が部屋を出ていくと、エレオノーラは椅子へ腰を下ろした。


 数日。


 早くても、それだけの時間が必要になる。


 けれど、リリアーナが数日も待てるという保証はどこにもなかった。


 医師たちから聞かされているのは、毒の種類が特定できていないということだけだ。


 今後、どのように容態が変化するのかさえ、はっきりとはわかっていない。


 それでも、待つしかないのだろうか。


「……お願いですから」


 誰に向けたものでもない言葉が、自然と口からこぼれた。


「間に合ってくださいませ……」


     ◇


 夜になっても、リリアーナの意識は戻らなかった。


 医師たちは交代で診察を続け、容態の変化を注意深く見守っていた。呼吸や脈拍を確認しながら、症状を抑えるための処置を行っているものの、原因となった毒が特定できていない以上、できることには限界があった。


 エレオノーラは寝台の傍らに座り、妹の手を握っていた。


「……リリアーナ」


 呼びかけても、返事はない。


 いつもなら、仕事を押しつけられたと文句を言いながらも、最後には何とかしてしまう妹だった。


 王位継承権を与えられたときには倒れてしまったし、休暇を楽しみにしていたはずの旅行では嵐に巻き込まれた。


 それでも、リリアーナは帰ってきた。


 疲れたと文句を言いながら、また次の仕事に取りかかっていた。


 だから、今回もきっと大丈夫だと思いたかった。


 けれど、目の前の妹は何も言わない。


 いつもなら忙しそうに動いている手も、今はエレオノーラが握っていなければ、ただ寝台の上に置かれたままだ。


「……あなた、いつも働きたくないと仰っていましたわね」


 エレオノーラは妹の顔を見つめながら、小さく微笑もうとした。


「でしたら、もう少し休んでも構いませんわ。お仕事でしたら、私たちで何とかいたしますもの」


 返事はなかった。


「だから……」


 声が震えた。


「だから、お願いですから……また目を開けてくださいませ……」


 涙が頬を伝った。


 エレオノーラは慌てて拭おうとしたけれど、次から次へと溢れてくる。


 妹の前で泣くつもりなどなかった。


 いつも頼りになる姉でいたかった。


 けれど、今はそんなことを考える余裕もなかった。


「……リリアーナ」


 握った手に、そっと力を込める。


「私、あなたにまだ、たくさんお話ししたいことがございますのよ……」


 窓の外では、王都の夜が静かに更けていった。


 遠く離れたトランプ地方では、医師が王都へ向かう準備を進めているはずだった。


 その医師が到着するまで、あと何日かかるのか。


 そして、それまでリリアーナが持ちこたえられるのか。


 誰にも、わからなかった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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