終話 身から出た錆
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
王城の会議室。
二年間にわたるトランプ地方での統治を終えた私たち五人は、お父様の前に並んでいた。
目の前の机には、五つの領地から提出された報告書が積まれている。
……ようやく終わった。
本当に、長かった。
最初はジョーカー領でのんびり過ごせると思っていたのに、気づけば道路を整備したり、橋を架けたり、倉庫を建てたり。
挙げ句の果てには、ほかの四つの領地まで巻き込んでしまった。
……いや、巻き込んだのは私なのだけれど。
でも、仕方なかったのよ!
だって、私だけが目立ってしまったら、また仕事を増やされるかもしれなかったのだから!
そのために、お兄様やお姉様たちにも協力していただいた。
結果として、五つの領地すべてが発展したのだから、悪いことではなかったはずだ。
……うん。
これで私も、ようやく自由の身。
今度こそ、ゆっくり休ませていただこう。
「さて」
お父様の声に、私は背筋を伸ばした。
「二年間、ご苦労だった。お前たちから提出された報告書には、すべて目を通してある」
お父様は、机の上の書類へ視線を落とした。
「それぞれの領地で成果を上げたようだな」
「はい、父上」
レオナルドお兄様が代表して答えた。
「スペード領では行政の整理を進め、各部署の負担を軽減することができました」
「うむ。書類の様式も統一されたようだな」
「はい。五領で共通の様式を使用することで、領地間のやり取りも円滑になりました」
お父様は頷くと、今度はヴィクトリアお姉様へ目を向けた。
「クラブ領の治安も改善しているな」
「はい。巡回経路の見直しと、各領地との情報共有が功を奏しました」
「ダイヤ領の輸送網も、以前より効率が上がっている」
「各領地の荷をまとめることで、空荷の馬車を減らせました。まだ改善の余地はありますが、一定の成果は得られたと考えております」
ユリウスお兄様が、真面目な表情で答える。
「ハート領では、商業の活性化が目立つな」
「はい、お父様。各領地の生産品を取り扱うことで、商人たちの取引も増えております」
エレオノーラお姉様が、優雅に頭を下げた。
……うんうん。
皆、素晴らしいわ!
これだけの成果があれば、お父様もきっと満足してくださるはず。
そして、私の番がやってきた。
「リリアーナ」
「はい、お父様」
「ジョーカー領についても、報告は受けている。随分と様変わりしたようだな」
「はい。アルベルト伯爵をはじめ、領民の皆様が頑張ってくださいました」
「道路や橋の整備に加え、新たな産業も生まれている。以前のジョーカー領からは考えられんほどの変化だ」
「ありがとうございます」
私は、にっこりと微笑んだ。
……そう。
頑張ったのは、アルベルトたち。
私は少し提案しただけ。
そのことを、しっかりお伝えしなくては!
「それで、リリアーナ」
「はい?」
「五つの領地を結ぶ共同事業についてだが、すべての報告書にお前の名が記されている」
……来た!
私は、内心で身構えた。
実は、これについては既に対策を考えてある。
報告書から私の名前を消すことはできなかった。
けれど、名前が載っているからといって、すべて私の功績になるわけではない。
大切なのは、誰が実際に仕事をしたかということ。
そこを説明すればいいのだ。
「はい、お父様。確かに、提案したのは私です」
「ほう」
「ですが、私は私が便利になればいいと思い、提案だけさせていただきました。具体的な方策を考え、対応されたのは、お兄様、お姉様方になります」
……よし!
これなら、嘘は一つもない。
実際、私は皆が考えてくださったことを確認していただけなのだから。
「……なるほどな」
お父様は、顎に手を当てた。
「では、お前は何をしていたのだ?」
「私は領内と新たな政策の報告書を読み、皆様が頑張っているのを確認し、領内で承認の可否を考え、皆様の生活を見守っておりました」
「……それだけか?」
「はい!」
私は、自信を持って頷いた。
……完璧だわ!
これで、私が大した仕事をしていなかったことは伝わったはず。
あとは、お兄様やお姉様たちを褒めていただければ、それでいい。
「……ふむ」
お父様は、しばらく考え込んだ。
そして、私ではなく、ほかの四人へ視線を向けた。
「では、お前たちに聞こう」
「はい、父上」
「今のリリアーナの話について、どう思った?」
……え?
どうして、皆に聞くの?
私は、思わずお父様を見た。
けれど、お父様は私の方を見ず、ユリウスお兄様へ顔を向けている。
「まず、ユリウス。お前はどう考える?」
「……私ですか」
「うむ」
ユリウスお兄様は、少し考えてから口を開いた。
「私は、適切な判断だったと考えます」
……あら!
そうでしょう、そうでしょう!
「理由は?」
「物流の再編には、各地の道路事情や輸送量、荷の種類など、現場でなければ把握できない情報が必要です」
「うむ」
「それらを知らない者が、机上の判断だけで輸送経路を決めれば、かえって混乱を招きかねません」
ユリウスお兄様は、真っ直ぐにお父様を見た。
「リリアーナは、私に物流の改善を任せました。私は必要な情報を集め、方策を考え、実行しました。そして、その結果をリリアーナへ報告しています」
「つまり?」
「適任者に仕事を任せ、報告を受けて判断する。それは、統括する者として正しい行動だと考えます」
……うん?
私は、少し首を傾げた。
……まあ、褒めてくださっているのよね?
「なるほど。では、ヴィクトリア」
「はい、お父様」
「お前はどうだ?」
「私も、適切だったと思います」
ヴィクトリアお姉様は、迷うことなく答えた。
「警備において、指揮官がすべての現場に立つことはできません。現場の者から報告を受け、必要な判断を下し、人員を動かすことが重要です」
「そうだな」
「リリアーナが自らすべてを行おうとしていたら、五つの領地全体を見る余裕などなかったでしょう」
……そう!
その通り!
私が全部やる必要なんて、どこにもないのよ!
「エレオノーラは?」
「私も、お二人と同じ意見でございます」
エレオノーラお姉様は、穏やかに微笑んだ。
「商いにおいても、経営する者がすべての商品を自ら作る必要はございません。職人には製作を、商人には販売を任せ、それぞれが利益を得られるよう整えることが大切です」
「うむ」
「リリアーナは、私たちの領地にも利益が生まれるよう、最初から考えてくれておりました」
「……え?」
私は、思わずお姉様を見た。
……いや。
それは、私だけが目立たないようにしたかったからで……。
「自分の領地だけで利益を独占せず、ほかの領地と分かち合う。その判断があったからこそ、今回の共同事業は成立したのだと思います」
……あれ?
なんだか、話がおかしな方向へ進んでいない?
「最後に、レオナルド」
「はい、父上」
レオナルドお兄様は、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「僕も、三人と同じ意見です」
「それだけか?」
「いいえ。一つ、付け加えるなら」
お兄様は、ちらりと私を見た。
「リリアーナは、僕たち四人の得意分野を理解したうえで、協力を求めてきました」
「ほう」
「僕たちは、それぞれ自分の領地を発展させようとしていました。けれど、リリアーナは五つの領地を結びつけることを考えたんです」
「……なるほど」
「僕たちの誰か一人では、同じ成果を上げることは難しかったと思います」
お兄様は、そこで少しだけ笑みを深めた。
「それに、リリアーナは今も、自分の功績ではなく僕たちの成果だと言ってくれています」
……お兄様。
それは、ちょっと違うのだけれど。
「リリアーナが僕たちより多くの仕事をしたとは思いません」
……そう!
それよ!
私は、思わず頷きそうになった。
「けれど、僕たちの仕事を結びつけ、五つの領地全体の成果に変えたのはリリアーナです」
「…………」
「それが、今回のリリアーナの功績だと思います」
……あれ?
どうして、そうなるの?
私は、ただ楽をしたかっただけなのに。
「……なるほどな」
お父様は、四人の話を聞き終えると、ゆっくりと頷いた。
「皆の考えは分かった。では、もう一つ聞こう」
お父様は、私たち五人を見渡した。
「今、お前たちが挙げたリリアーナの行動。それは、本来誰が担うべき仕事だ?」
四人は、少し考え込んだ。
最初に口を開いたのは、レオナルドお兄様だった。
「……組織を統べる者、でしょうか」
「うむ。では、国という組織を統べる者を、何と呼ぶ?」
「……王です、父上」
「その通りだ」
お父様は、満足そうに頷いた。
……え?
……王?
私は、思わずお兄様を見た。
お兄様は、いつもの穏やかな笑顔を浮かべている。
……ちょっと待って。
私、そんな話をしていたかしら?
「だが、一つ勘違いしてはならん」
お父様の声に、室内の空気が引き締まった。
「今、リリアーナが示した統治の在り方が、王として唯一の正解というわけではない」
「…………」
「自ら先頭に立ち、民を導く王もいる。兵を率い、国を守る王もいる。他国と渡り合い、商いによって国を豊かにする王もいるだろう」
お父様は、私たち一人ひとりへ視線を向けた。
「王の在り方は、一つではない」
誰も口を挟まなかった。
「大切なのは、自らの持つ力を理解し、それをどのように国のために使うかだ」
お父様は、机の上の報告書へ目を落とした。
「今回、お前たちはそれぞれの領地を発展させた。行政、治安、物流、商業。それぞれが異なる方法で成果を上げている」
そして、再び私を見た。
「だが、リリアーナ」
「……はい」
「お前は、その五つの領地を結びつけた」
お父様は、静かに続けた。
「自らすべてを行うのではなく、それぞれの力を活かし、五つの領地を一つの形としてまとめ上げた」
「…………」
「それもまた、一つの王の形だ」
……王の、形。
私は、その言葉を心の中で繰り返した。
そんな大層なことを考えていたわけではない。
ただ、私が楽をしたかっただけ。
自分だけが仕事を抱え込むのが嫌で、皆にも協力していただいた。
けれど。
結果として、五つの領地が豊かになったのは事実だった。
「リリアーナ」
「……はい」
お父様は、真っ直ぐに私を見つめた。
「良くやった」
「…………」
……うっ。
私は、思わず言葉に詰まった。
お父様の表情は、とても穏やかだった。
どうやら、本当に褒めてくださっているらしい。
……けれど。
……どうしよう。
一年目は、ほとんど遊んでいたのよね。
山へ行って、川で釣りをして、海でのんびり過ごして。
二年目だって、最初は自分の生活を便利にしたかっただけ。
五つの領地を結びつけようと思ったのも、私だけが目立たないように、お兄様やお姉様たちへ功績を押し付けるためだった。
……それなのに。
こんなに真剣に褒められてしまうと、ものすごく居心地が悪い。
私は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
……い、いや。
結果として、皆の役に立ったのは事実だし。
お父様だって、成果を認めてくださっているわけだし。
……うん。
別に、嘘をついたわけではないもの。
……ない、わよね?
「……リリアーナ?」
「は、はい!」
いけない!
お父様を待たせてしまった!
私は、慌てて頭を下げた。
「……あ、ありがとうございます、お父様」
……ああ。
なんだか、ものすごく後ろめたい。
恐る恐る顔を上げると、お父様は満足そうに頷いていた。
隣では、お兄様やお姉様たちも微笑んでいる。
……お願い。
そんな温かい目で見ないで。
余計に申し訳なくなるから!
……まあ。
何はともあれ、これで二年間のお務めも終わり。
今度こそ、のんびり暮らせるはず。
「さて、お前たち」
お父様が、改めて私たち五人を見渡した。
「二年間、よく務めを果たした。皆には一ヶ月の休養を与えよう」
「……!」
……休養!?
一ヶ月も!?
先ほどまでの後ろめたさは、どこかへ吹き飛んだ。
私は、思わず頬を緩めた。
……何をしようかしら!
まずは朝寝坊。
それから、のんびりお茶を飲んで、本を読んで。
そうだわ!
お兄様たちとトランプで遊ぶのもいいわね!
ああ、楽しみ!
「ありがとうございます、父上」
レオナルドお兄様が頭を下げ、私たちもそれに続いた。
……ふふふ。
ようやく、私にも平穏な日々が訪れるのね!
今度こそ、誰にも邪魔されずに過ごしてみせるわ!
「……それにしても、リリアーナ」
「はい!」
私は、満面の笑顔でお父様を見た。
「お前は一年目に、ずいぶん色んな道具を考えていたものだな」
「ええ! それは私が使いたくて!」
折り畳み椅子に、机に、天幕。
どれも、私が快適に過ごすために考えたものだ。
あれのおかげで、山でも川でも海でも、随分と楽しく過ごせた。
……ああ。
思い出したら、また遊びに行きたくなってきたわ!
「……ほう」
お父様が、ゆっくりと頷いた。
「二年の任期に対して、一年は遊んでいても余裕だったと」
「…………」
……あ。
私は、笑顔のまま固まった。
「い、いえ! そ、そういうわけでは……!」
「では、おぬしには二年もいらないな」
「……はい?」
……え?
今、何と?
「ちょうど、少し困ったことになっている地方があってな」
「…………」
……ちょっと。
待って。
「お前の発想力が役に立つかもしれん」
「……お、お父様?」
「対応してきてくれ」
「…………」
……え?
……ええ?
私は、慌てて口を開いた。
「お、お父様! あの!」
「なんだ?」
「……私の一ヶ月の休養は?」
お父様は、不思議そうに首を傾げた。
「お前は一年休養したのだろう?」
「…………」
……はい?
「ならば、一ヶ月の休養など、いらないではないか」
「…………」
……えええええ!?
「い、いえ! あれは休養というわけではなく……!」
「ほう? では、何をしていたのだ?」
「……え、ええと」
山で遊んで。
川で釣りをして。
海で泳いで。
美味しいものを食べて。
……あれ?
私は、必死に記憶を辿った。
もちろん、何もしていなかったわけではない。
領地を見て回ったし、アルベルトとも話をした。
道具を考えて、職人たちにも作ってもらった。
……けれど。
そもそも、何のために?
……私が遊びたかったから。
「……どうした、リリアーナ?」
「…………」
……何も言えない!
「安心しろ。お前の能力は十分に評価しておる。だからこそ、次の仕事を任せるのだ」
……安心できる要素が、一つもありません!
私は、助けを求めるように兄姉たちを見た。
ヴィクトリアお姉様は、困ったように視線を逸らしている。
ユリウスお兄様は、腕を組んだまま目を閉じていた。
エレオノーラお姉様は、扇で口元を隠している。
そして。
「……くっ」
レオナルドお兄様。
……笑ってる場合じゃありません!
お兄様なら、私がどれほど休みたがっているか分かっているでしょう!?
私は、必死に視線で訴えた。
すると、お兄様は口元を押さえたまま、私に向かって小さく首を横に振った。
……助けてくださらないの!?
「リリアーナ」
「……は、はい」
「返事は?」
お父様が、にこりと微笑んだ。
……ああ。
この笑顔。
絶対に、断れないやつだ。
私は、ゆっくりと肩を落とした。
「……は……い」
……終わった。
皆は一ヶ月のお休み。
私は、次の仕事。
ようやく二年間の任期が終わったというのに。
お父様にも褒めていただけたというのに。
……どうして。
どうして、こうなるのよ!
私は、心の中で叫んだ。
……私の平穏な生活は、いったいどこにあるのよぉぉぉ!
お読み頂き、ありがとうございます。




