第十七話 企画は動きだせば、案外勝手に回るもの
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
五つの領地による共同事業を提案してから、四ヶ月が経過した。
私の机には、今日も各領地から届いた報告書が積まれている。
……おかしい。
私は、目の前の書類を眺めながら首を傾げた。
お兄様やお姉様たちに仕事を任せたのだから、私の仕事は減るはずだった。
それなのに、どうしてこんなに報告書が届くのかしら。
「リリアーナ様、こちらがダイヤ領からの報告書になります」
「……ありがとう、サリナ」
私は、差し出された書類を受け取った。
内容は、五領間の輸送状況についてだった。
これまでは、それぞれの領地が個別に荷物を運んでいたため、帰り道に何も積んでいない馬車が走ることも多かったらしい。
けれど、ユリウスお兄様が輸送経路と荷物の集積場所を見直したことで、帰り道にも別の領地の商品を運べるようになった。
その結果、輸送に必要な馬車の数や費用が減り、各領地の商人たちも以前より多くの商品を扱えるようになったという。
……素晴らしいわ!
さすが、ユリウスお兄様ね!
私は報告書の内容を確認し、ジョーカー領に関わる項目に承認の印を押した。
次は、ハート領からの報告書。
エレオノーラお姉様は、各領地の生産品を取り扱う商人たちの協力体制を整えてくださっていた。
ジョーカー領で作られた折り畳み椅子や天幕も、今ではほかの領地で販売されているらしい。
しかも、製作者と販売者の利益がきちんと確保されるよう、取引条件まで整えられていた。
……さすが、お姉様。
私だったら、そこまで細かく考えられなかったかもしれない。
こちらも問題なし。
続いて、クラブ領。
ヴィクトリアお姉様が中心となって、領地をまたぐ街道の警備体制が整えられていた。
以前は領境を越えると警備の担当が変わり、情報の伝達が遅れることもあったらしい。
けれど、今では各領地の警備隊が情報を共有し、必要に応じて協力できるようになっている。
商人たちも安心して街道を利用できるようになったという。
……うんうん。
治安が良くなるのは、大切なことよね。
そして、スペード領。
レオナルドお兄様は、五つの領地で使用する書類の様式を統一してくださっていた。
これまでは領地ごとに書き方が異なっていたため、同じ内容でも確認に時間がかかっていたらしい。
けれど、今では必要な情報が同じ場所に記されているため、確認もずっと楽になった。
さらに、木版印刷を利用した書類の作成も、実用化が進んでいる。
活字については、まだ研究段階らしいけれど、こちらも少しずつ形になっているようだった。
……素晴らしい!
皆、本当に優秀だわ!
私は、満足しながら報告書を閉じた。
「順調そうですね、リリアーナ様」
「ええ! これなら、私が直接何かをする必要もなさそうね!」
サリナが、にっこりと微笑んだ。
「皆様、リリアーナ様のご提案を実現するために、尽力してくださっていますから」
「……そうね」
私は、頷いた。
……そう。
頑張っているのは、お兄様やお姉様たち。
私は、ただ提案しただけ。
これなら、お父様にも皆の功績として報告できるはずだ。
……ふふふ。
完璧ね!
そう思いながら、改めて報告書へ目を落とした。
そして。
「…………」
私は、ある一文に目を留めた。
――五領共同事業提案者、リリアーナ・プレイング殿下。
……ん?
私は、別の報告書を開いた。
――リリアーナ殿下のご提案に基づき、輸送体制を再編。
……あれ?
さらに、もう一枚。
――リリアーナ殿下発案による五領共同事業。
「…………」
私は、ゆっくりと顔を上げた。
「……サリナ」
「はい、リリアーナ様」
「……どうして、どの報告書にも私の名前が書いてあるのかしら?」
「リリアーナ様がご提案された事業ですから」
「……そう、よね」
……いや!
そうなのだけれど!
私が欲しかったのは、こういう結果ではないのよ!
私は、慌ててアルベルトを呼んでもらった。
「お呼びでしょうか、殿下」
「アルベルト! この報告書なのだけれど!」
「はい」
「私の名前を、消せないかしら?」
「……はい?」
アルベルトは、不思議そうな顔をした。
「五領共同事業の提案者として記載されている部分でしょうか?」
「ええ! 実際に仕事をしたのは、お兄様やお姉様たちなのだから!」
「それは、その通りでございます」
「でしょう?」
「ですが、提案されたのは殿下です」
「…………」
「提案者を記録から外してしまえば、後に事業の経緯を調べる者が困ります。正確な記録を残すためにも、殿下のお名前は記載する必要がございます」
……ぐっ。
正論!
正論すぎて、何も言い返せない!
「……でも、実際に成果を出したのは皆でしょう?」
「もちろんでございます。各領地の担当者や、王子殿下、王女殿下方の功績についても、それぞれ記載されております」
「……そうなの?」
「はい。誰が提案し、誰が実行し、どのような成果を得たのか。それらを正しく記録することが、今後の事業を継続するうえでも重要でございます」
「…………」
……なるほど。
確かに、後から誰かが確認するときに、何をどう進めてきたのか分からなければ困るわよね。
それは理解できる。
理解できるのだけれど。
……どうして、よりによって私の名前なのよ!
「……どうしても、消せない?」
「申し訳ございません」
「……そう」
私は、がっくりと肩を落とした。
……終わった。
私の完璧な計画が。
皆に仕事を任せて、皆の成果として報告して、私は目立たずにのんびり暮らす。
そのはずだったのに。
……お父様に、どう説明しようかしら。
◇
それから、さらに二ヶ月。
私たちに与えられた任期も、残り僅かとなった。
五領共同事業は、既に各領地の担当者たちによって運営されるようになっている。
私が何かを言わなくても、必要な情報は共有され、問題が起これば担当者同士で相談が行われる。
もちろん、大きな方針の変更や、新しい政策の承認が必要な場合には、私たちのところへ報告が届く。
けれど、それ以外の仕事は現場で進められていた。
……素晴らしいわ!
これこそ、私が求めていた生活よ!
「リリアーナ様、こちらの報告書をご確認ください」
「……はいはい」
私は、サリナから書類を受け取った。
内容は、トランプの生産についてだった。
どうやら、ほかの領地でも遊ぶ人が増え、注文が多くなっているらしい。
……まあ!
皆、トランプの楽しさに気づいたのね!
それは嬉しいのだけれど、製作が追いつかないという問題が起きていた。
「……うーん」
私は、報告書を眺めながら考えた。
木版を使って絵柄を刷ることはできる。
けれど、紙を切ったり、絵柄を刷ったり、仕上げたりする作業を、同じ人が最初から最後まで行っているらしい。
……それなら。
「作業を分けてみたらどうかしら?」
「分ける、でございますか?」
サリナが首を傾げた。
「ええ。紙を切る人、絵柄を刷る人、仕上げる人。それぞれ担当を決めれば、毎回道具を持ち替える必要もないでしょう?」
「なるほど」
「もちろん、同じ作業ばかりだと疲れるでしょうから、職人さんたちで相談して、無理のないように決めてもらってね」
「かしこまりました」
「それと、注文が多いからといって、作りすぎても困るもの。どのくらい売れているのか、確認しながら作ってもらいましょう」
「承知いたしました」
サリナは、私の言葉を書き留めた。
……うん。
これで、きっと大丈夫。
あとは職人さんたちにお任せしましょう。
私は、次の報告書を手に取った。
道路の補修計画。
倉庫の管理。
新しい商人の受け入れ。
領地間の取引に関する相談。
……ああ。
まだまだ、色々あるわね。
けれど、最初の頃に比べれば、随分と楽になった。
内容を確認して、問題がなければ承認する。
気になるところがあれば、担当者に確認してもらう。
私が直接現場へ出向く必要は、ほとんどなくなっていた。
……そう。
これでいいのよ。
仕事は、できる人に任せる。
私は、皆がちゃんと仕事をしているか確認する。
そして、空いた時間は。
「……サリナ」
「はい?」
「午後は、川へ行きましょうか」
「かしこまりました」
……ふふふ。
釣りでもしながら、のんびり過ごしましょう!
もちろん、急ぎの報告があれば戻るつもりだ。
けれど、何も起きなければ、私がすることはない。
……ああ。
素晴らしい!
ようやく、理想の生活に近づいてきた気がするわ!
◇
任期終了まで、あと数日。
私は、アルベルトと最後の確認を行っていた。
「共同事業については、今後も各領地の担当者同士で協議を続ける予定です」
「ええ。何か問題があれば、皆で相談して決めてちょうだい」
「承知いたしました」
「それと、無理に事業を広げる必要はないわ。領民の皆が困らないよう、少しずつ進めてね」
「はい」
アルベルトは、丁寧に頭を下げた。
私は、机の上の書類を閉じた。
……これで、終わり。
二年間の統治。
最初は、どうなることかと思ったけれど。
何とか無事に終えることができた。
……思い返してみれば、不思議な二年間だったわね。
最初の一年は、山へ行ったり、川で釣りをしたり、好きなように過ごしていた。
それが、いつの間にか職人たちが忙しくなり、商人たちが集まり、最後には五つの領地が協力することになっていた。
……どうして、こうなったのかしら。
私は、ただのんびり暮らしたかっただけなのに。
まあ、結果的には領地も豊かになったし、皆も喜んでいるのだから、悪いことではないのでしょうけれど。
「……殿下」
「なに?」
「この二年間、本当にありがとうございました」
「……え?」
アルベルトは、深く頭を下げた。
「殿下がお越しになる前、ジョーカー領には大きな産業もなく、領民たちの暮らしも決して豊かとは言えませんでした」
「…………」
「ですが、今では商人たちが訪れ、職人たちには仕事が増え、領民たちも以前より明るい顔をするようになりました」
私は、少しだけ目を伏せた。
……そう。
それなら、よかった。
「それは、アルベルトや皆が頑張ったからよ」
「殿下が、私たちに新しい道を示してくださいました」
「……大袈裟ね」
「いいえ。心から、そう思っております」
アルベルトは、真剣な表情で答えた。
……困ったわね。
そんなことを言われると、なんだか照れてしまう。
「……ありがとう、アルベルト」
「こちらこそ、ありがとうございました」
私は、微笑んだ。
この領地に来て、よかった。
山も、川も、海もあって。
美味しいものもたくさんあって。
何より、皆が温かかった。
……うん。
また、遊びに来たいわね。
◇
そして、王都へ帰還する日。
屋敷の前には、アルベルトをはじめ、多くの人たちが見送りに集まっていた。
「殿下! またお越しください!」
「今度は新しい商品もお見せします!」
「ありがとうございました!」
私は、馬車の窓から手を振った。
「ええ! 皆も元気でね!」
サリナが、隣で微笑んでいる。
「良い領地でしたね、リリアーナ様」
「ええ。本当に」
馬車がゆっくりと動き出した。
遠ざかっていく屋敷と、手を振る人たち。
私は、その姿が見えなくなるまで、窓の外を眺めていた。
……さて。
これで、二年間のお務めも終わり。
あとは王都へ戻って、お父様に報告するだけ。
報告書には私の名前が残ってしまったけれど、実際に仕事をしたのはお兄様やお姉様たちなのだから、そこをきちんと説明すれば大丈夫なはず。
……うん。
きっと、大丈夫。
私は、座席に深く腰掛けた。
「……サリナ」
「はい、リリアーナ様」
「王都に戻ったら、しばらくのんびりできるかしら?」
「二年間のお務めを終えられたのですから、少しはお休みをいただけるのではないでしょうか」
「……そうよね!」
私は、嬉しくなって微笑んだ。
今度こそ、朝寝坊して、お茶を飲んで、本を読んで。
誰にも邪魔されず、ゆっくり過ごすのだ。
……ふふふ。
ようやく、私の平穏な生活が始まるのね!
私は、これから訪れるであろう休暇に思いを馳せながら、馬車の揺れに身を任せた。
王城で、どんな報告が待っているのかも知らずに。
お読み頂き、ありがとうございます。




