↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり過ぎた!  作者: 涙目
第五章 トランプ地方編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/130

第十五話 広がる知識と……

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

「……平和ねえ」


 ジョーカー領の屋敷。


 私は執務室の窓から外を眺めながら、温かいお茶を飲んでいた。


 あれから二ヶ月。


 五つの領地で進めていた協力事業は、ようやく体制が整ったらしい。


 ダイヤ領を中心とした共同輸送。


 ハート領との商品製作と販売。


 クラブ領との街道警備と情報共有。


 そして、スペード領が中心となって進めていた、共通書式の整備。


 それぞれの担当者が話し合い、問題点を洗い出し、役割を分担してきた。


 私も最初のうちは、何度も報告書を確認したり、手紙を書いたりしていたけれど、今ではアルベルトたちがほとんどの調整を進めてくれている。


 ……素晴らしいわ。


 やっぱり、仕事はできる人に任せるべきよね。


「……サリナ」


「はい、殿下」


「最近、随分と暇になったと思わない?」


「皆様が、それぞれのお役目を果たしてくださっておりますので」


「そうなのよ!」


 私は嬉しくなって頷いた。


「最初から、こうしておけばよかったのよねえ」


「……左様でございますね」


 サリナは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。


 ……何よ。


 また、何か言いたそうね。


「……それで、殿下」


「なあに?」


「本日は、レオナルド殿下がお越しになる予定でございます」


「……ああ、そうだったわね」


 私は頷いた。


 五つの領地で進めていた協力事業について、すべての体制が整ったという。


 その報告と、今後の運用について最終的な確認をするため、レオナルドお兄様がジョーカー領を訪れることになったのだ。


 ……まあ、もう担当者同士で話がまとまっているのだから、そんなに難しい話にはならないでしょう。


「……お茶とお菓子の準備は?」


「すでに整えております」


「さすがね、サリナ!」


「恐れ入ります」


 私は満足して頷いた。


 ……ふふふ。


 今日は、お兄様とお茶を飲みながら、報告を聞くだけ。


 これなら、仕事というほどでもないわね。


     ◇


「久しぶりだね、リリアーナ」


「お久しぶりです、レオナルドお兄様」


 昼過ぎ。


 レオナルドお兄様が、ジョーカー領の屋敷へ到着した。


「元気そうで何よりだよ」


「お兄様も、お元気そうで安心しました」


「ありがとう。こちらは随分と忙しかったけれどね」


「……そうなんですか?」


「五つの領地で使う書類を揃えるとなると、思っていた以上に調整が必要でね」


 お兄様は、苦笑した。


「各領地で使っている言葉や、記入する順番が違うだけでも、確認する側には負担になるんだ」


「……なるほど」


 私は頷いた。


 確かに、同じ内容でも書き方が違えば、確認するのが大変だ。


「でも、ようやくまとまったよ」


「……本当ですか?」


「ああ。共通書式の案も各領地で確認が終わった。輸送や警備の連絡体制も整っている」


「……それは、よかったです!」


 私は笑顔になった。


 ……これで、ようやく一段落ね。


「今後は、実際に運用しながら問題を修正していくことになるけれど、基本的な仕組みは完成したと言っていいだろう」


「……素晴らしいですね!」


「君が最初に提案してくれたおかげだよ」


「……いえいえ!」


 私は慌てて首を振った。


「皆さんが頑張ってくださったからです!」


「もちろん、それもあるね」


 お兄様は微笑んだ。


「ただ、五つの領地が協力するきっかけを作ったのは、君だよ」


「…………」


 ……また、それ。


 私は、曖昧な笑みを浮かべた。


 ……お兄様。


 その話は、できれば忘れていただきたいのですが。


     ◇


 報告が一段落したところで、私はお兄様を別室へ案内した。


 せっかく来てくださったのだから、少しくらいゆっくりしていただきたい。


 ……それに。


 私も、そろそろお茶が飲みたい。


「こちらへどうぞ、お兄様」


「ありがとう」


 お兄様が椅子に腰掛ける。


 サリナがお茶を用意している間、私は机の上を片づけ始めた。


 ……あ。


 トランプ、出しっぱなしだったわ。


 昨日、サリナと遊んだままになっていたのだ。


 私は札を集めようとした。


「……リリアーナ」


「はい?」


「それは何だい?」


 お兄様が、机の上の札を指さした。


「……ああ、これですか?」


 私は札を手に取った。


「トランプです」


「……トランプ?」


「はい。最近作った遊び道具なんですよ」


 私は、札を広げて見せた。


 スペード。


 クラブ。


 ダイヤ。


 ハート。


 そして、ジョーカー。


「……なるほど。領地の名前と同じなんだね」


「ええ。ちょうど五種類あったので、使ってみました」


 お兄様は、一枚の札を手に取った。


「……随分と綺麗に揃っているね」


「そうでしょう?」


 私は嬉しくなって頷いた。


「最初は手描きだったんですけど、同じものを何枚も描くのは大変なので、木の板に模様を彫って、紙に写すようにしたんです」


「……木の板に?」


「はい」


 私は、札の裏側を見せた。


「この模様も、全部同じでしょう? 一枚ずつ描いていたら大変ですから」


「……なるほど」


 お兄様は、札を裏返したり、重ねたりしながら眺めていた。


「……つまり、同じ模様なら、何枚でも作れるということかい?」


「そうです!」


 私は頷いた。


「型さえ作ってしまえば、あとは紙に写すだけですから」


「…………」


 お兄様は、しばらく札を見つめていた。


 ……あら?


 どうしたのかしら。


「……リリアーナ」


「はい?」


「これ、書類にも使えないかな?」


「……書類?」


 私は首を傾げた。


「ほら、先日話した共通書式だよ」


「……ああ!」


「毎回同じ項目を書く必要があるだろう? 名前、住所、取引する商品、数量、届け先……」


「……そうですね」


「それを、最初から紙に写しておくことはできないかな?」


「…………」


 私は、手元のトランプを見つめた。


 ……あ。


 ……ああ!


「……できますよ!」


「……本当かい?」


「ええ!」


 私は勢いよく頷いた。


「だったら、最初から枠や項目を印刷してしまえばいいんですよ!」


「……印刷?」


「はい!」


 私は机の上に紙を広げた。


「例えば、ここに名前を書く欄を作って、その下に住所、その下に商品名……というふうに、必要な項目を全部並べるんです」


 私は、紙に簡単な見本を描いた。


「これを木の板に彫って、何枚も紙に写せばいいんです!」


「……なるほど」


 お兄様は、身を乗り出した。


「そうすれば、役所の職員が毎回同じ項目を書く必要がなくなるね」


「そうです!」


「商人たちも、必要な場所に記入するだけで済む」


「はい!」


 私は嬉しくなって頷いた。


 ……あら。


 これ、なかなか便利じゃない?


     ◇


「……ただ、一つ問題があるね」


「……何でしょう?」


 お兄様は、私が描いた書類を指さした。


「同じ書式なら、それでいい。けれど、書類には様々な種類があるだろう?」


「……そうですね」


「そのたびに木の板を彫るとなると、職人の負担が大きいんじゃないかな」


「……ああ」


 私は頷いた。


 確かに、同じ書類を何百枚も作るなら便利だ。


 でも、少し内容が変わるたびに新しい板を作るのは大変ね。


 ……うーん。


 私は、しばらく考えた。


 ……あ。


「……お兄様」


「何だい?」


「文字を、一つずつ別の型にすればいいんじゃないでしょうか?」


「……一つずつ?」


「はい!」


 私は紙に文字を書いた。


「例えば、この文字だけを彫った小さな型を作るんです」


「……うん」


「それを、必要な順番に並べて、文章にするんですよ!」


 お兄様は、目を見開いた。


「……なるほど」


「そうすれば、文章が変わっても、型を並べ直すだけで済むでしょう?」


「……確かに!」


 私は頷いた。


「もちろん、同じ文字が何度も出てくるなら、その分の型も必要ですけど」


「それでも、毎回一枚の板を彫り直すよりは効率がいいかもしれないね」


「そうです!」


 私は、机の上に文字を書き並べた。


「それに、文字の大きさを揃えておけば、綺麗に並べられると思うんです」


「……なるほど」


 お兄様は、しばらく考え込んだ。


「……これは、試してみる価値がありそうだね」


「……そうでしょう?」


 私は嬉しくなって笑った。


 ……ふふふ。


 また一つ、便利なものが作れそうね。


「……リリアーナ」


「はい?」


「職人を呼んでくれるかい?」


「……え?」


「実際に作れるか、相談してみたい」


「…………」


 ……あれ?


 何だか、嫌な予感がする。


     ◇


 それから一時間後。


 執務室には、アルベルトと、トランプの製作に関わった職人たちが集まっていた。


「……なるほど」


 職人の一人が、私の描いた見本を眺めた。


「文字を一つずつ彫った型を作り、それを並べて紙に写すのでございますね」


「そうよ」


 私は頷いた。


「できそうかしら?」


「……試してみる価値はあると思います」


「……本当?」


「はい。ただし、いくつか問題がございます」


 職人は、紙に簡単な図を描いた。


「まず、文字の大きさを揃える必要がございます」


「……そうね」


「それから、並べた型が動かないように固定しなければなりません」


「……なるほど」


「さらに、紙へ均等に色を写す方法も考える必要がございます」


 私は頷いた。


 ……確かに。


 文字の高さが少しでも違えば、綺麗に写らない。


 並べた型が動けば、文章が崩れてしまう。


 ……思ったより、難しいわね。


「……では、まずは簡単なものから試してみましょう」


 レオナルドお兄様が口を開いた。


「最初から長い文章を作る必要はない。短い見出しや、決まった項目だけでも構わないよ」


「……なるほど」


 職人たちは頷いた。


「それなら、試作品を作れるかもしれません」


「お願いできるかな?」


「承知いたしました」


 お兄様は、満足そうに微笑んだ。


「費用については、スペード領でも負担しよう。共通書式の整備に関わる仕事だからね」


「……ありがとうございます!」


 私は思わず頷いた。


 ……あら。


 それなら、ジョーカー領だけの仕事にはならないわね。


 ……よかった。


「それから、リリアーナ」


「はい?」


「試作品ができたら、僕にも見せてほしい」


「もちろんです!」


「それと、もし上手くいくようなら、役所で使う書類以外にも応用できるかもしれないね」


「……そうですね!」


 私は頷いた。


 ……例えば。


 本。


 新聞。


 広告。


 ……あら?


 これ、色々なものに使えるんじゃない?


「……お兄様」


「何だい?」


「これ、書類だけじゃなくて、本も作れるかもしれませんね」


「……本?」


「ええ。同じ文章を何冊も作るなら、手で書き写すより早いでしょう?」


「…………」


 お兄様は、しばらく私を見つめた。


「……リリアーナ」


「はい?」


「それは、随分と大きな話になりそうだね」


「……そうでしょうか?」


「うん。書物を作る費用が下がれば、今まで本を買えなかった人たちにも届くようになるかもしれない」


「……ああ!」


 私は手を叩いた。


「それなら、勉強にも使えますね!」


「そうだね」


 お兄様は、楽しそうに微笑んだ。


「これは、思っていた以上に面白い技術かもしれないよ」


「……そうですね!」


 私は笑顔で頷いた。


 ……ふふふ。


 トランプを作っただけなのに、随分と便利なものができそうね。


     ◇


 夕方。


 職人たちとの話し合いを終えたお兄様は、机の上に置かれたトランプへ視線を向けた。


「ところで、リリアーナ」


「はい?」


「せっかくだから、そのトランプという遊びを教えてもらえないかな?」


「……あら!」


 私は思わず笑顔になった。


「もちろんです!」


「ありがとう。さっきから、少し気になっていたんだ」


「でしたら、皆で遊びましょう!」


 私はサリナを振り返った。


「サリナ、お兄様の護衛の方々にも声をかけてちょうだい」


「かしこまりました」


 こうして、レオナルドお兄様と、その護衛たち、サリナ、そして私で、トランプをすることになった。


     ◇


「……なるほど。同じ数字を揃えるんだね」


「そうです!」


 まずは、神経衰弱。


 机の上に裏返して並べた札を、順番に二枚ずつめくっていく。


 お兄様は、最初こそ慎重に札を選んでいたけれど、何度か繰り返すうちに、次々と同じ数字を揃えるようになった。


「……あら?」


「これと、これだったかな」


 お兄様が二枚の札をめくる。


 同じ数字。


「……正解です」


「ありがとう」


 ……おかしい。


 初めて遊ぶはずなのに。


 どうして、こんなに覚えているのかしら。


 しかも、サリナまで相変わらず強い。


 ……むう。


 私は、少し不満になった。


「……次は、別の遊びにしましょう!」


「ほかにもあるのかい?」


「もちろんです!」


 私は札を集めた。


 今度は、ババ抜き。


 それから、七並べ。


 最後には、簡単なポーカーも教えてみた。


 最初は遠慮していた護衛たちも、少しずつ遊びに夢中になっていった。


「……これは、なかなか面白いですね」


「同じ札なのに、遊び方でまったく違うものになるとは」


 護衛たちが、楽しそうに話している。


 お兄様も、手元の札を眺めながら微笑んでいた。


「確かに、これは面白いね」


「でしょう?」


 私は得意げに頷いた。


「人数や気分に合わせて、色々な遊び方ができるんですよ!」


「なるほどね」


 お兄様は、感心したように札を重ねた。


     ◇


 楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまった。


 護衛たちが札を片づけ、サリナがお茶を淹れ直してくれる。


 お兄様は、最後まで残っていた一枚の札を手に取った。


 ジョーカー。


 道化師の絵が描かれた札だ。


「……それにしても」


「はい?」


「こんなに色んな遊び方を思いつくなんて、凄いね」


「…………」


 私は、思わず動きを止めた。


 ……あ。


 そうだった。


 私は、トランプを作った。


 遊び方も、いくつも教えた。


 でも、それは私が考えたものではない。


 前の世界で知っていたものを、こちらへ持ち込んだだけだ。


 ……まずい。


 どう説明しよう。


 思いついた、と言えばいいのかしら。


 それとも、どこかで聞いたことがあるとでも……。


 私は、慌てて言い訳を考えた。


 けれど。


 お兄様は、それ以上何も聞いてこなかった。


 ただ、穏やかに微笑んでいる。


 ……あれ?


 ふと、あることに気づいた。


 以前、お兄様に聞かれたことがあった。


 私が、その知識をどこで得たのか。


 あのとき、私は答えなかった。


 答えられなかったのではない。


 答えようとしなかったのだ。


 お兄様なら、その違いに気づいていたはず。


 ……なのに。


 それ以降、お兄様は一度も聞いてこなかった。


 私が何を作っても。


 どんな考えを口にしても。


 まるで、最初から聞くつもりがないかのように。


 ……どうして?


 私は、そっとお兄様を見た。


 いつもと変わらない、穏やかな表情。


 その顔を見つめているうちに、胸の奥で小さな疑問が膨らんでいった。


 ……聞いても、いいのかしら。


 もし、聞いてしまったら。


 今までと何かが変わってしまうかもしれない。


 それでも。


 私は、確かめたくなった。


「……お兄様は……」

お読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。