第十四話 王女の暇は発明の母
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「……暇ねえ」
ジョーカー領の屋敷。
私は執務室の椅子に深く腰掛けながら、窓の外を眺めていた。
久しぶりに戻ってきた我が領地は、相変わらず賑やかだった。
商人たちの往来は増え、職人たちは忙しそうに働いている。
街道の整備も進み、新しい店も次々と開いているらしい。
そして、私が兄姉たちと話し合ってきた協力事業も、少しずつ動き始めていた。
……ただし。
今すぐ私がすることは、あまりない。
各領地との連絡は、担当者同士で進めてもらっている。
商品の試作も、職人たちが取り組んでいる。
街道の警備については、ヴィクトリアお姉様のところから担当者が来る予定だ。
共通書式についても、レオナルドお兄様が案を作ってくださることになっている。
つまり。
「……暇なのよねえ」
「ようやく少し、お時間ができましたね」
隣に控えていたサリナが答えた。
「そうなのよ!」
私は勢いよく頷いた。
「もう、ずっと忙しかったんだから!」
「左様でございますね」
「ダイヤ領へ行って、ハート領へ行って、クラブ領へ行って、スペード領へ行って……」
「はい」
「帰ってきてからも、アルベルトへの報告や、各領地への手紙を書いて……」
「お疲れ様でございました」
「本当よ!」
私は机に突っ伏した。
……ああ。
ようやく休める。
このまま何日か、のんびり過ごしてもいいんじゃないかしら。
「……サリナ」
「はい」
「今日は、もう仕事ないわよね?」
「急ぎのものはございません」
「……本当?」
「はい」
私は、ゆっくりと顔を上げた。
「……素晴らしいわ!」
久しぶりの自由時間。
何をしようかしら。
山へ行く?
川で釣りをする?
それとも、海辺でのんびりする?
……うーん。
どれも捨てがたいわね。
けれど、今日は少し疲れている。
外へ出かけるより、屋敷でゆっくり過ごしたい気分だ。
「……何か、屋内で遊べるものはないかしら」
私は呟いた。
「屋内で、でございますか?」
「ええ。雨の日でも遊べるようなもの」
そう言いながら、私は机の上に置かれた地図へ視線を向けた。
トランプ地方。
スペード領。
クラブ領。
ダイヤ領。
ハート領。
ジョーカー領。
「…………」
……あれ?
私は、地図を見つめた。
……スペード。
……クラブ。
……ダイヤ。
……ハート。
……ジョーカー。
「…………」
……ちょっと待って。
「……サリナ」
「はい?」
「この地方って、トランプ地方よね?」
「左様でございます」
「領地の名前は、スペード、クラブ、ダイヤ、ハート、ジョーカーよね?」
「はい」
「…………」
私は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……トランプ、作れないかしら?」
「……トランプ、でございますか?」
「ええ!」
私は頷いた。
……そうよ。
どうして今まで思いつかなかったのかしら!
◇
「……薄い紙を、同じ大きさに切り揃えるのでございますか?」
「そうよ」
呼び出されたアルベルトは、私の説明を聞きながら首を傾げた。
「それを、何枚も作ると?」
「ええ。全部で五十四枚ね」
「……五十四枚」
「そう!」
私は机の上に紙を広げた。
まずは、四つの種類。
スペード。
クラブ。
ダイヤ。
ハート。
それぞれ一から十三までの数字を用意する。
そして、ジョーカーを二枚。
合計五十四枚。
「……なるほど」
アルベルトは、私が描いた印を眺めた。
「しかし、殿下。これは何に使うものでございましょうか?」
「遊ぶのよ!」
「……遊ぶ?」
「ええ!」
私は満面の笑顔で頷いた。
「色々な遊びができるの!」
神経衰弱。
ババ抜き。
七並べ。
大富豪。
ポーカー。
ほかにも、思いつくだけでたくさんある。
……ふふふ。
これさえあれば、雨の日でも退屈しないわ!
「……ただ、問題があるのよね」
「何でございましょう?」
「紙が薄すぎると、すぐに折れたり破れたりするでしょう?」
「……確かに」
「でも、厚すぎると混ぜにくいのよ」
私は紙を一枚持ち上げた。
……うーん。
今ある紙では、少し頼りない。
何度も使うものだから、ある程度の丈夫さが必要だ。
「それに、裏側から数字が見えたら駄目なのよ」
「……裏側から、でございますか?」
「そう。何の札か分からないようにしないと、遊びにならないもの」
アルベルトは、しばらく考え込んだ。
「……紙を何枚か貼り合わせる方法はいかがでしょう?」
「……あ!」
私は手を叩いた。
「それ、いいわね!」
「ただし、厚みを揃える必要がございます。札によって違いがあれば、手触りで分かってしまうかもしれません」
「……そうね」
私は頷いた。
……なるほど。
思ったより、難しいわね。
「……アルベルト」
「はい」
「紙を扱う職人に相談できるかしら?」
「もちろんでございます」
「それから、絵を描くのが上手な人も必要ね」
「……絵、でございますか?」
「ええ。数字だけじゃなくて、人物の絵も入れたいの」
王様。
女王様。
騎士。
……うん。
この世界なら、それでいいでしょう。
「一から十までは数字と印を描いて、十一から十三は人物の絵にしたいの」
「……なるほど。札によって絵柄が異なるのでございますね」
「そうよ。それぞれの種類で、王様も女王様も騎士も用意するの」
「承知いたしました」
アルベルトは頷いた。
「では、職人たちに声をかけてみましょう」
「お願いね!」
私は嬉しくなって微笑んだ。
……ふふふ。
これで、新しい遊び道具が作れるわ!
◇
数日後。
職人たちが、試作品を持ってきてくれた。
「……おお!」
私は机の上に並べられた札を見つめた。
同じ大きさに切り揃えられた紙。
表には、一から十までの数字と四種類の印。
十一から十三には、王様や女王様、騎士の絵が描かれている。
そして、二枚のジョーカー。
裏側には、すべて同じ模様が描かれていた。
……いいじゃない!
「殿下、ご確認をお願いいたします」
「ええ!」
私は早速、札を手に取った。
……うん。
少し硬いけれど、悪くない。
何枚か重ねてみる。
……厚みも、だいたい揃っているわね。
「……これ、全部手で描いたの?」
「はい」
職人が頷いた。
「……大変だったでしょう?」
「いえ、同じ模様を何枚も描くのは、少々骨が折れましたが……」
「……そうよね」
私は、札を一枚ずつ眺めた。
……あれ?
よく見ると、数字の形が少しずつ違う。
印の位置も、微妙にずれている。
……うーん。
これでは、同じ札を何組も作るのは大変そうね。
「……ねえ」
「はい?」
「同じ模様を、何度も簡単に描く方法ってないかしら?」
職人たちは、顔を見合わせた。
「……例えば、型を使うとか?」
「……型、でございますか?」
「ええ。模様を彫った板に色をつけて、紙へ押しつけるの」
私は、机の上に置かれた札を指さした。
「そうすれば、毎回同じ模様を描けるでしょう?」
「……なるほど」
職人の一人が、考え込んだ。
「木版を使えば、できるかもしれません」
「……木版?」
「はい。文字や模様を彫った板に墨をつけ、紙へ写す方法がございます」
「……それよ!」
私は思わず身を乗り出した。
「それなら、同じ札をたくさん作れるんじゃない?」
「……はい。版を作る手間はかかりますが、一度作れば繰り返し使えます」
「……素晴らしいわ!」
私は満面の笑顔で頷いた。
……ふふふ。
これなら、トランプを何組も作れるわね!
◇
「……さて」
私は、完成した試作品を机の上に並べた。
目の前には、サリナとアルベルト。
そして、職人たちが座っている。
「それじゃあ、遊んでみましょう!」
「……遊ぶ、のでございますか?」
アルベルトが首を傾げた。
「ええ!」
私は頷いた。
「作ったものが、ちゃんと使えるか確かめないといけないでしょう?」
「……なるほど」
……そう。
これは、試作品の確認。
決して、私が遊びたいだけではない。
「まずは、簡単なものからね」
私は札をよく混ぜた。
……少し硬いけれど、混ぜられないほどじゃない。
「……じゃあ、神経衰弱にしましょうか」
「……神経衰弱?」
「ええ。同じ数字の札を二枚揃える遊びよ」
私は、札を裏返して机の上に並べた。
今回は、一から十三までの札を二種類ずつ使う。
全部で二十六枚。
十三組の札を揃える遊びだ。
「順番に二枚ずつめくって、同じ数字だったら取れるの」
「……なるほど」
「違ったら、元に戻す。どこに何の数字があったか覚えておくのが大事よ」
私は微笑んだ。
「同じ数字が揃ったら、もう一度めくっていいわ。揃わなかったら次の人の番ね」
「承知いたしました」
「最後に、一番多く札を取った人が勝ち!」
アルベルトたちは、興味深そうに札を眺めていた。
「……それでは、始めましょう!」
◇
「……あれ?」
私は、机の上を見つめた。
残っている札は、あと四枚。
私の手元には、三組。
サリナの手元には、三組。
アルベルトの手元には、四組。
そして、職人の一人が、一組。
……おかしい。
どうして、私が負けそうなのかしら。
「……では、私の番でございますね」
サリナが札を二枚めくった。
同じ数字。
「……あ」
「揃いましたので、いただきます」
「…………」
……また?
サリナは、残った札の位置を確認している。
そして、次の二枚も揃えてしまった。
「……これで、終了でございますね」
「…………」
私は、机の上を見つめた。
……負けた。
しかも、サリナに。
「……サリナ」
「はい?」
「……記憶力、いいのね」
「恐れ入ります」
サリナは、穏やかに微笑んだ。
……何よ。
その余裕の笑顔。
「……もう一回!」
「かしこまりました」
私は、勢いよく札を集めた。
……今度こそ、勝ってみせるわ!
◇
その日の夕方。
アルベルトは、完成した試作品を眺めながら口を開いた。
「……殿下」
「なあに?」
「この札は、商品としても売れるのではございませんか?」
「……え?」
私は、顔を上げた。
「商品?」
「はい。これほど様々な遊びができるのであれば、欲しがる者も多いかと」
「……そうかしら?」
「少なくとも、私は家族と遊んでみたいと思いました」
職人たちも頷いている。
「私も、子供たちに見せてみたいです」
「うちでも、作ってみたいですね」
「……なるほど」
私は、札を手に取った。
……確かに。
家族や友人と遊ぶには、ちょうどいいかもしれない。
しかも、持ち運びも簡単だ。
宿屋に置いてもいいし、旅先へ持っていってもいい。
……あら。
これ、結構便利じゃない?
「……だったら、少し作ってみましょうか」
「かしこまりました」
「ただし、まずは少量ね。ちゃんと売れるか分からないもの」
「承知いたしました」
私は頷いた。
……ふふふ。
これで、雨の日でも退屈しなくなるわね。
「……ところで、殿下」
「なあに、アルベルト?」
「この札の名前は、何といたしましょう?」
「……名前?」
私は、机の上に並べられた札を眺めた。
スペード。
クラブ。
ダイヤ。
ハート。
ジョーカー。
……うん。
決まりね。
「トランプよ!」
「……トランプ、でございますか?」
「ええ!」
私は満面の笑顔で頷いた。
「この地方の名前と同じでしょう?」
「……なるほど」
アルベルトは、納得したように頷いた。
「それなら、覚えていただきやすいかもしれませんね」
「でしょう?」
私は嬉しくなって笑った。
……ふふふ。
これで、トランプ地方に新しい遊びが生まれたわ!
それに、これなら屋敷にいながら遊べる。
わざわざ山や川まで出かけなくてもいいし、雨の日だって退屈しない。
……素晴らしいじゃない!
「……サリナ」
「はい、殿下」
「もう一回、神経衰弱をしましょう!」
「かしこまりました」
「今度こそ、負けないわよ!」
私は意気揚々と札を集めた。
……ふふふ。
これからは、仕事が終わったらトランプで遊べるのね。
ああ、何て素敵なのかしら。
私は、久しぶりに手に入れた自由時間を、心ゆくまで楽しむことにした。
お読み頂き、ありがとうございます。




