第十三話 気の置けない仲
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
クラブ領を出発して、数日。
私たちは、最後の目的地であるスペード領へ向かっていた。
第一位、レオナルドお兄様が統治する領地だ。
行政の仕組みを整えることに力を入れていると聞いている。
ユリウスお兄様とは、共同輸送。
エレオノーラお姉様とは、商品の共同製作と販売。
ヴィクトリアお姉様とは、街道の警備と情報共有。
ここまで、すべて順調に話が進んでいる。
……ふふふ。
あと一人。
レオナルドお兄様とも協力できれば、五つの領地すべてが発展することになる。
そうなれば、お父様だって私だけを評価するわけにはいかないでしょう。
「……サリナ」
「はい、殿下」
「いよいよ最後ね」
「左様でございますね」
「これが終われば、ようやく一段落よ」
「……そうでございますね」
……何よ。
その微妙な間は。
「……何か言いたいことでもあるの?」
「いいえ、何もございません」
「……本当?」
「はい」
サリナは、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。
……まあ、いいわ。
今は、最後の交渉に集中しましょう。
◇
スペード領へ入ると、まず目についたのは街の整然とした様子だった。
街道はきちんと整備され、建物の配置にも無駄が少ない。
役所らしき建物の前には人々が並んでいたけれど、窓口ごとに案内が設けられていて、混乱している様子はない。
「……随分と整っているのね」
「レオナルド殿下は、行政の効率化に力を入れておられるそうです」
サリナが答えた。
「……なるほど」
私は窓の外を眺めた。
ジョーカー領でも、書類の整理や手続きの見直しは行っている。
けれど、こちらは規模が違う。
役所だけでなく、街全体が計画的に管理されているように見える。
……さすが、第一位のお兄様ね。
「……サリナ」
「はい」
「お兄様なら、領地同士の手続きをもっと簡単にする方法を考えてくれそうね」
「そうでございますね」
私は頷いた。
……よし。
最後の相談も、きっと上手くいくわ。
◇
「久しぶりだね、リリアーナ」
「お久しぶりです、レオナルドお兄様」
スペード領の執務室。
第一王子、レオナルドお兄様は、穏やかな笑顔で私を迎えてくれた。
「長旅だっただろう? まずは座って」
「ありがとうございます」
私は勧められた椅子に腰掛けた。
机の上には、いくつもの書類が整然と並べられている。
……綺麗ねえ。
私の机とは大違いだわ。
「それにしても、随分と忙しくしているようだね」
「……そうでしょうか?」
「ダイヤ領、ハート領、クラブ領。それぞれで話し合いを進めてきたんだろう?」
「……ご存じだったんですか?」
「もちろん。兄弟たちから連絡をもらっているよ」
お兄様は微笑んだ。
「なかなか面白いことを考えたね」
「……ありがとうございます」
私は少し照れながら頷いた。
……まあ、本当の目的は別なんですけどね。
「それで、僕にはどんな相談かな?」
「はい!」
私は持参した資料を広げた。
「領地同士の取引や協力を進めるために、手続きをもっと簡単にできないかと思いまして」
「……手続きを?」
「はい」
私は頷いた。
「今は、領地を越えて商売をするとき、それぞれの領地で書類を提出する必要がありますよね?」
「そうだね」
「でも、同じような内容を何度も書いていることもあるでしょう?」
「……あるね」
「だったら、共通の書式を作れないでしょうか?」
お兄様は、少し考えた。
「……なるほど」
「例えば、商人の名前や取引する商品、荷物の数量などです。どの領地でも必要な情報なら、同じ書類を使えるようにすればいいと思うんです」
「……確かに、それなら手間が減るね」
「はい!」
私は頷いた。
「もちろん、それぞれの領地で必要な情報もあると思います。でも、共通する部分だけでも統一できれば、商人たちも役所の人たちも助かるでしょう?」
「……その通りだね」
お兄様は、資料へ目を落とした。
「ただし、領地ごとに制度が異なる部分もある。そこをどう扱うかが問題になるね」
「……そうですね」
「例えば、取引に関する税の扱いだ。すべてを同じにするわけにはいかない」
「……はい」
私は頷いた。
……確かに。
そこまで統一しようとしたら、大変なことになりそうだわ。
「だったら、書類の形だけを揃えるのはどうでしょう?」
「……形だけ?」
「はい。税率や手続きの内容は、それぞれの領地で決めたままにして、記入する項目や順番を揃えるんです」
お兄様は、しばらく考え込んだ。
「……なるほど。それなら、各領地の制度を変えずに進められるね」
「そうです!」
「商人たちも、書類の書き方を覚え直す必要がなくなる。役所側でも、確認しやすくなるだろう」
「……ですよね!」
私は嬉しくなって頷いた。
……ふふふ。
やっぱり、お兄様は話が早いわ。
◇
「それに、もう一つ考えられることがあるね」
「……何でしょう?」
お兄様は、机の上に置かれた別の資料を取り出した。
「各領地で扱っている情報を、必要に応じて共有する仕組みだよ」
「……情報を?」
「そう。例えば、商人の登録情報や、取引に必要な許可の記録だね」
私は頷いた。
「……なるほど」
「もちろん、すべての情報を自由に見られるようにするわけにはいかない。だが、確認が必要なときに、相手の領地へ問い合わせられる仕組みがあれば便利だろう?」
「……確かに!」
私は手を叩いた。
「それなら、ヴィクトリアお姉様が考えている街道の検査にも使えそうです!」
「……街道の検査?」
「はい!」
私は、クラブ領で話し合った内容を説明した。
お兄様は、興味深そうに聞いていた。
「……なるほど。検査の記録と商人の登録情報を照合できれば、不正を見つけやすくなるね」
「そうなんです!」
「それに、ユリウスの共同輸送にも役立つだろう」
「……はい!」
私は頷いた。
……あら。
何だか、どんどん話がつながっていくわね。
「エレオノーラのところで進めている商品開発についても、取引の手続きが簡単になれば、商人たちが動きやすくなる」
「……そうですね!」
お兄様は、資料を見ながら微笑んだ。
「面白いね。五つの領地が、それぞれの強みを生かして協力できる」
「……はい!」
……ふふふ。
これで、最後の相談も成功ね!
「よし。共通書式については、こちらで案を作ってみよう」
「ありがとうございます!」
「ただし、各領地の担当者にも確認してもらう必要がある。制度の違いを整理しなければならないからね」
「……はい」
「ジョーカー領の担当者にも、協力してもらえるかな?」
「……もちろんです」
……また仕事が増えた。
でも、これで五つの領地すべてが協力することになる。
……大丈夫。
きっと、大丈夫よ。
◇
話し合いが一段落したところで、お兄様は資料を机の上に置いた。
「……リリアーナ」
「はい、なんでしょう?」
「自分だけ目立たないように、僕達も巻き込もうとしてるね?」
「…………」
……え?
私は、お兄様の顔を見つめた。
穏やかな笑顔。
けれど、その目は、どこか楽しそうだった。
……まさか。
……まさか、分かってくれたの?
「そうなんですよ!」
「……え」
私は、思わず身を乗り出した。
「私はこれ以上お父様に仕事を押しつけられたくないのです! だから、勝手に育ってしまった領地のせいで、私の仕事が増えるなんて耐えられないのです!」
「…………」
お兄様が固まった。
……あら?
何かしら。
「……リリアーナ」
「はい!」
「……本気で言っているのかい?」
「もちろんです!」
私は力強く頷いた。
「そもそも、私はのんびり暮らしたいだけなんです! それなのに、何故か仕事が増えていくんですよ!」
「…………」
「最初の一年は、ちゃんと遊んでいたんですよ? 山へ行って、川で釣りをして、海で遊んで……それなのに、気づいたら職人たちが忙しくなっているんです!」
「……くっ」
「しかも、二年目に少し仕事をしたら、今度は領地が発展しすぎてしまって!」
「……くくっ」
「このままでは、お父様にまた仕事を増やされてしまいます! そんなの、絶対に嫌です!」
「……はは」
お兄様は、口元を押さえた。
……あら?
「……くっ」
肩が震えている。
「ははははは!」
とうとう、お兄様は声を上げて笑い始めた。
「……お、お兄様?」
「ははは! そうか、そういうことだったのか!」
「……はい?」
「いや、すまない。まさか、そこまでとは思わなかったよ!」
お兄様は、笑いながら目元を拭った。
「君は、本当に面白いね!」
「……そうでしょうか?」
「ああ。実に面白い!」
……何よ。
そんなに笑わなくてもいいじゃない。
「……私は真剣なんですよ?」
「分かっているよ。だからこそ、可笑しいんだ」
「……むう」
私は頬を膨らませた。
お兄様は、しばらく笑っていたけれど、やがて落ち着きを取り戻した。
「……しかし、なるほどね」
「……何がですか?」
「君が、なぜそこまでして他領との協力を進めようとしているのか、ようやく理解できたよ」
「……そうなんです!」
私は頷いた。
「皆で成果を上げれば、私だけが目立つこともないでしょう?」
「……そうだね」
お兄様は微笑んだ。
「少なくとも、君の考えは理解できたよ」
「……よかった!」
私は、心の底から安堵した。
……やっと。
やっと、分かってくれる人がいたわ!
◇
「ところで、リリアーナ」
「はい?」
「一つ、聞いてもいいかな?」
「もちろんです!」
「君は、今回の協力で何が起こると思っているんだい?」
「……え?」
私は少し考えた。
「五つの領地が、それぞれ発展すると思います」
「そうだね」
「そうすれば、お父様も皆を評価するでしょう?」
「……うん」
「だから、私だけが目立つこともなくなるはずです!」
私は自信満々に頷いた。
お兄様は、少し考え込んだ。
「……なるほど」
「……何か問題がありますか?」
「いや、君の考えは分かったよ」
お兄様は、穏やかに微笑んだ。
「ただ、一つだけ言っておこう」
「……はい?」
「今回の協力を最初に提案したのは、誰だったかな?」
「……私です」
「それぞれの領地の強みを考えて、協力の形を提案したのも?」
「……私です」
「そして、五つの領地を結びつけたのも?」
「…………」
私は、ゆっくりと口を閉じた。
……あれ?
「……お兄様」
「なんだい?」
「……もしかして」
お兄様は、にっこりと微笑んだ。
「父上が、誰を評価すると思う?」
「…………」
……まずい。
非常に、まずい。
「……お兄様」
「うん?」
「……今からでも、なかったことにできませんか?」
「無理だね」
「……ですよね」
私は、がっくりと肩を落とした。
……どうして。
どうして、こうなるのよ!
お兄様は、再び楽しそうに笑った。
「ははは! 安心するといい。君の提案は、五つの領地にとって有益なものだ」
「……それは、そうなんですけど」
「なら、胸を張っていればいい」
「……私は、目立ちたくないんです」
「そうだったね」
お兄様は、笑みを浮かべたまま頷いた。
……絶対、楽しんでるわね。
◇
その日の夜。
スペード領の屋敷に用意された客室で、私は寝台に倒れ込んでいた。
「……終わった」
「お疲れ様でございます、殿下」
サリナが、いつものように声をかけてくる。
「……サリナ」
「はい」
「……私、何か間違えたかしら?」
「……何についてでございましょう?」
「皆で成果を上げれば、私だけが目立たなくなると思ったのよ」
「左様でございますね」
「でも、レオナルドお兄様が言うには、皆を協力させた私が評価されるかもしれないんですって」
「……なるほど」
サリナは、穏やかに頷いた。
……何よ。
その、まったく驚いていない反応。
「……サリナ」
「はい」
「……もしかして、分かってた?」
「……何のことでございましょう?」
「…………」
私は、じっとサリナを見つめた。
サリナは、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。
……絶対、分かってたわね。
「……教えてくれてもよかったじゃない」
「殿下がお決めになったことでございますので」
「…………」
……もう。
私は、大きくため息をついた。
……まあ、いいわ。
まだ半年ある。
今からでも、何か方法を考えればいい。
……きっと。
……たぶん。
「……サリナ」
「はい」
「……明日は、少しゆっくりしてもいいかしら?」
「もちろんでございます」
「……本当?」
「はい。明日は、午前中に各領地への連絡文書を作成し、午後からはジョーカー領への帰路につく予定でございます」
「…………」
……それ、ゆっくりしてないじゃない。
私は、再び寝台へ顔を埋めた。
……ああ。
働きたくない。
お読み頂き、ありがとうございます。




