第十二話 繫がる共同計画
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
ハート領での話し合いを終えた私は、次の目的地へ向かっていた。
クラブ領。
第二位、ヴィクトリアお姉様が統治する領地だ。
治安の維持に力を入れていると聞いている。
ジョーカー領からダイヤ領へ荷物を運び、ハート領で商品を売る。
ここまでは、どうにか話を進めることができた。
けれど、商人たちが安心して行き来できなければ、せっかくの仕組みも上手く働かない。
そこで、ヴィクトリアお姉様の出番というわけだ。
「……ふふふ」
「殿下?」
「順調ねえ、サリナ」
「左様でございますね」
「これでヴィクトリアお姉様とも協力できれば、残るはレオナルドお兄様だけよ」
私は馬車の座席に深く腰掛けた。
……もう少し。
あと少しで、私だけが目立つという最悪の事態を避けられる。
そう考えると、自然と笑みがこぼれてしまう。
「ところで、サリナ」
「はい」
「クラブ領には何か美味しいものがあるのかしら?」
「……殿下」
「何よ。食事は必要でしょう?」
「左様でございます」
「だったら、どうせ食べるなら美味しいものがいいじゃない」
「おっしゃる通りでございます」
……あら。
今日は素直ね。
「ただし、食べ歩きはお仕事の後にお願いいたします」
「…………」
……やっぱり。
◇
クラブ領へ入って、最初に気づいたのは街道の様子だった。
道そのものが特別広いわけではない。
けれど、分かれ道には行き先を示す標識があり、ところどころに見張り所が設けられている。
馬車がすれ違う場所も、きちんと整えられていた。
「……しっかり管理されているのね」
「ヴィクトリア殿下は、街道の警備にも力を入れておられるそうです」
サリナが答えた。
「そうなの?」
「はい。巡回する兵士の配置や、街道沿いの見張り所の整備を進められたと伺っております」
「……へえ」
私は窓の外を眺めた。
確かに、これなら商人たちも安心して通れるでしょうね。
しばらく進むと、前方に荷馬車の列が見えてきた。
何台もの馬車が、街道脇に停車している。
「……あら?」
何かあったのかしら。
近づいてみると、兵士たちが商人と話をしていた。
どうやら、積み荷を確認しているらしい。
「……検査かしら?」
「そのようでございます」
私は少し首を傾げた。
荷物を確認するのは大切なことだ。
でも、これだけ馬車が並んでいると、随分と時間がかかりそうね。
……まあ、まずはお姉様にお話を聞いてみましょう。
◇
「久しぶりね、リリアーナ」
「お久しぶりです、ヴィクトリアお姉様」
クラブ領の屋敷。
ヴィクトリアお姉様は、執務室で私を迎えてくれた。
机の上には、いくつもの報告書が積まれている。
「わざわざ来てくれてありがとう。ジョーカー領は随分と景気がいいそうね」
「……おかげさまで」
「商人たちからも話を聞いているわ。新しい商品が次々と作られているそうじゃない」
「はい」
「それで、今日は何の相談かしら?」
私は持参した資料を広げた。
「実は、領地同士の交易をもっと盛んにできないかと考えているんです」
「交易?」
「はい。ユリウスお兄様とは共同輸送について、エレオノーラお姉様とは商品の製作と販売について、お話を進めています」
「……なるほど」
お姉様は頷いた。
「それで、私には街道の安全を任せたいというわけね?」
「……はい!」
……話が早い!
「商人たちが安心して行き来できれば、取引も増えると思うんです」
「それは間違いないわね」
お姉様は地図へ視線を落とした。
「実際、クラブ領でも街道の警備を強化してから、商人の往来が増えているわ」
「そうなんですか?」
「ええ。以前は、荷物を奪われることを恐れて、遠回りをする商人もいたの。今では主要な街道を利用する者が増えたわ」
「……なるほど」
私は頷いた。
安全な道があれば、わざわざ遠回りをする必要はない。
それだけでも、商人たちにとっては大きな利益になる。
「でも、問題もあるのよ」
「……問題ですか?」
「ええ。商人が増えれば、警備する場所も増えるでしょう?」
「……確かに」
「それに、領境を越えた先までは、こちらの兵士だけで対応できないわ」
お姉様は地図の境界線を指さした。
「例えば、クラブ領の街道が安全でも、隣の領地で盗賊が出るようなら、商人たちは安心できないでしょう?」
「……そうですね」
私は地図を見つめた。
……あれ?
だったら。
「……お姉様」
「なあに?」
「領地同士で、警備の情報を共有することはできないんでしょうか?」
「……情報を?」
「はい」
私は頷いた。
「例えば、どこで盗賊が出たとか、どの道が危険だとか。そういう情報を、お互いに知らせ合うんです」
お姉様は、少し考えた。
「……なるほど」
「そうすれば、商人たちにも早く知らせられるでしょう?」
「ええ。それに、逃げた盗賊が隣の領地へ移動した場合にも対応しやすくなるわね」
「……そうです!」
私は頷いた。
「それなら、兵士を増やさなくても、今いる人たちで対応できることが増えるんじゃないでしょうか?」
「……面白いわね」
お姉様は、地図を見ながら考え込んだ。
「ただし、情報を共有するなら、連絡方法を決める必要があるわ」
「……連絡方法?」
「ええ。急ぎの知らせを誰に届けるのか。受け取った者は、どう対応するのか。そこが曖昧では意味がないもの」
「……なるほど」
「それに、誤った情報が広まるのも困るわね」
私は頷いた。
確かに、盗賊が出たという噂だけで街道が使われなくなったら、商人たちも困る。
「……だったら、兵士同士で確認した情報を共有するようにすればいいんじゃないでしょうか?」
「そうね。まずは領境に近い見張り所同士で始めるのがよさそうだわ」
お姉様は、地図の数か所を指さした。
「この辺りなら、すでに巡回路も整っているし、連絡役を置くことも難しくないでしょう」
「……それなら、ジョーカー領でも協力できそうです!」
「ええ。アルベルト伯爵とも相談してみてちょうだい」
「はい!」
……よし。
これで、クラブ領とも協力できそうね。
◇
「……ところで、リリアーナ」
「はい?」
「一つ、確認してもいいかしら?」
「何でしょう?」
「貴女、こちらへ来る途中で、街道の検査所を通ったでしょう?」
「……はい」
私は頷いた。
「荷馬車が随分と並んでいましたね」
「そうなのよ」
お姉様は、小さくため息をついた。
「最近、商人が増えたことで、検査に時間がかかるようになってしまってね」
「……なるほど」
「もちろん、検査をなくすわけにはいかないわ。危険な物品や、不正な荷物を見逃すわけにはいかないもの」
「……そうですね」
私は少し考えた。
検査は必要。
でも、時間がかかりすぎると商人たちが困る。
……うーん。
「……お姉様」
「なあに?」
「全部の馬車を、同じように調べる必要があるんでしょうか?」
「……どういうこと?」
「例えば、何度も同じ道を通っている商人と、初めて通る商人では、確認することも違うんじゃないでしょうか?」
お姉様は、少し目を細めた。
「……続けて」
「いつも同じ荷物を運んでいる商人なら、前に確認した記録が残っていれば、調べる時間を短くできると思うんです」
「……なるほど」
「もちろん、怪しいところがあれば、ちゃんと調べる必要がありますけど」
お姉様は、しばらく考え込んだ。
「……確かに、毎回すべてを最初から確認する必要はないかもしれないわね」
「……ですよね!」
「ただし、記録があるからといって、無条件に通すわけにはいかないわ」
「もちろんです」
「記録を偽造されたり、いつもと違う荷物を積まれたりする可能性もあるもの」
私は頷いた。
……そうよね。
簡単に通れる仕組みを作れば、それを悪用しようとする人も出てくる。
「だったら、記録の確認と、必要に応じた検査を組み合わせればいいんじゃないでしょうか?」
「……そうね」
お姉様は頷いた。
「検査を簡略化する条件を決めて、違反があれば通常の検査に戻す。そういう仕組みなら、検討する価値があるわ」
「……よかった!」
「それに、商人たちの記録を整理しておけば、怪しい取引にも気づきやすくなるかもしれないわね」
「……あ!」
私は手を叩いた。
「それなら、ユリウスお兄様のところで進めている共同輸送にも使えるかもしれません!」
「……共同輸送?」
「はい!」
私は、ダイヤ領で話し合った内容を説明した。
お姉様は、興味深そうに聞いていた。
「……なるほど。荷物をまとめて運ぶなら、誰の荷物がどこへ向かうのか、記録が必要になるわね」
「そうなんです!」
「だったら、その記録を検査にも利用できるかもしれないわ」
お姉様は、楽しそうに微笑んだ。
「これは、ユリウスとも話し合う必要がありそうね」
「……はい!」
……あら。
何だか、どんどん話が広がっているわね。
まあ、いいわ。
クラブ領にも、ダイヤ領にも利益がある。
そして、ジョーカー領の商人たちも助かる。
……完璧じゃない!
◇
話し合いを終えた頃には、すっかり夕方になっていた。
「今日はありがとう、リリアーナ」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
「こちらでも検討を進めるわ。まずは領境の警備担当者を集めて、連絡体制を整えましょう」
「はい!」
「それから、検査の仕組みについても、現場の意見を聞いてみるつもりよ」
「……よろしくお願いします!」
お姉様は微笑んだ。
「貴女のおかげで、考えることが増えたわね」
「……す、すみません」
「謝ることではないわ。領民たちの暮らしを守るためなら、必要な仕事よ」
お姉様は、当然のことのように言った。
「それに、私の領地だけでは思いつかなかったこともある。こうして意見を交わせるのは、ありがたいわ」
「……そう言っていただけると嬉しいです」
私は微笑んだ。
……ふふふ。
これで、クラブ領にも成果が生まれる。
残るは、レオナルドお兄様だけ。
◇
その日の夜。
屋敷に用意された客室で、私は椅子に座り込んでいた。
「……疲れた」
「お疲れ様でございます、殿下」
サリナが温かいお茶を差し出してくれる。
「ありがとう……」
私はカップを受け取り、一口飲んだ。
……ふう。
それにしても、今回も話し合いは上手くいった。
ユリウスお兄様とは、共同輸送。
エレオノーラお姉様とは、商品の共同製作と販売。
ヴィクトリアお姉様とは、街道の警備と情報共有。
しかも、共同輸送の記録が、街道の検査にも役立つかもしれないという。
……うん。
順調だわ。
「……サリナ」
「はい」
「これで、三つね」
「左様でございます」
「残るは、レオナルドお兄様だけよ」
私は微笑んだ。
第一位のお兄様が治めるスペード領。
行政の仕組みを整えることに力を入れていると聞いている。
領地同士で協力するなら、手続きの面でも相談できることがあるはずだ。
「……ふふふ」
私は、思わず笑ってしまった。
五つの領地で協力する。
皆で成果を上げる。
そうすれば、私一人だけが目立つこともない。
……完璧だわ。
「……殿下」
「なあに?」
「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
サリナは、少し考えるように首を傾げた。
「今回のお話では、ユリウス殿下とヴィクトリア殿下も、直接お話し合いになるのでございますね?」
「ええ。共同輸送の記録を検査にも使えるかもしれないんですもの。お二人で相談した方が早いでしょう?」
「左様でございますね」
「それに、お姉様のところで作る商品だって、ユリウスお兄様の共同輸送を利用できるでしょうし」
「はい」
「そう考えると、皆で協力できることって、結構あるのねえ」
私は感心しながら頷いた。
最初は、ジョーカー領の仕事を分担してもらうつもりだった。
けれど、実際に話してみると、兄姉たちの領地同士でも協力できることが見つかっている。
……素晴らしい。
これなら、私が間に入らなくても、皆でどんどん話を進めてくれるかもしれない。
「……殿下」
「なあに?」
「皆様のお得意なことを結びつけておられるのは、殿下でございますね」
「……え?」
私は首を傾げた。
「何を言ってるのよ。私は、ただ相談しているだけよ?」
「左様でございますか」
「ええ。だって、輸送のことはユリウスお兄様が詳しいし、商売のことはエレオノーラお姉様が詳しいでしょう? 街道の安全ならヴィクトリアお姉様だし」
「はい」
「私は、それぞれのお兄様やお姉様にお願いしているだけだもの」
「……なるほど」
サリナは、静かに微笑んだ。
「では、皆様が協力なさるきっかけを作られたのは、どなたなのでございましょう?」
「…………」
……きっかけ?
私は少し考えた。
確かに、最初に相談を持ちかけたのは私だ。
でも、具体的な仕組みを考えてくれているのは、お兄様やお姉様たちだし。
実際に動くのだって、それぞれの領地の人たちだ。
「……私、かしら?」
「左様でございますね」
「でも、それだけでしょう?」
「……はい。殿下がそうお考えでしたら」
「……何よ、その言い方」
「何でもございません」
「…………」
私は、じっとサリナを見つめた。
相変わらず、何を考えているのか分からない笑顔だ。
……まあ、いいわ。
きっかけを作ったくらいで、私一人の成果になるわけがない。
お兄様たちだって、ちゃんと仕事をしてくれているんだもの。
むしろ、皆が協力するようになれば、私が何かをする必要だって減るはず。
……そうよ。
これこそ、私が求めていた形じゃない!
「……ふふふ」
「殿下?」
「何でもないわ!」
私は満面の笑顔で答えた。
残るは、レオナルドお兄様だけ。
あと一人。
あと一人と協力できれば、私の計画は完成する。
……そうすれば。
きっと、皆が自分たちで仕事を進めてくれる。
私は、窓の外に広がる夜空を眺めながら微笑んだ。
……今度こそ、のんびりできるはずよ。
お読み頂き、ありがとうございます。




