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やり過ぎた!  作者: 涙目
第五章 トランプ地方編

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第十一話 口八丁手八丁

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 ダイヤ領での話し合いを終えた私は、その足でハート領へ向かうことにした。


 第四位、エレオノーラお姉様が統治する領地だ。


 商業や税に関する取り組みが進んでいると聞いている。


 ジョーカー領で作られた商品を、もっと多くの場所で売ってもらう。


 そうすれば、ハート領の商人たちも儲かる。


 当然、領地の税収だって増えるはず。


 ……ふふふ。


 これで、お姉様の成果も増えるわね。


「……殿下」


「なあに、サリナ?」


「随分と楽しそうでございますね」


「ええ。だって、順調じゃない!」


 私は馬車の窓から外を眺めながら答えた。


 ユリウスお兄様との話し合いは、上手くいった。


 共同輸送の仕組みについて、ダイヤ領で検討してもらえることになったのだ。


 もちろん、ジョーカー領側にも仕事は増えたけれど。


 ……まあ、そこは仕方ない。


 大切なのは、成果を分け合うこと。


 私一人だけが目立たなければ、それでいいのよ。


「……サリナ」


「はい」


「お姉様のところでは、どんなお菓子が有名なのかしら?」


「……お菓子、でございますか?」


「ええ。せっかく訪ねるんだもの。美味しいものくらい食べたいじゃない」


「今回は、お仕事でございます」


「分かってるわよ!」


 私は頬を膨らませた。


 ……仕事の合間にお茶を飲むくらい、いいじゃない。


     ◇


 ハート領へ到着したのは、翌日の午後だった。


 街へ入ると、まず目についたのは商店の多さだった。


 通りには様々な店が並び、店先では商人たちが客に声をかけている。


 布地。


 食器。


 装飾品。


 香辛料。


 見慣れない品物も多く、眺めているだけで楽しい。


「……賑やかねえ」


「商業が盛んな領地でございますから」


 サリナが答えた。


「ジョーカー領とは、また違った雰囲気ね」


 私は窓の外を眺めながら微笑んだ。


 ジョーカー領は、自然が豊かで、のんびりとした土地だ。


 最近は商人が増えてきたけれど、それでも街の規模は大きくない。


 一方、ハート領は商売そのものが暮らしの中心にあるように見える。


 ……なるほど。


 こういう領地も面白いわね。


「……あら?」


 通りの一角に、人だかりができていた。


 何かを売っているらしい。


「サリナ、あれは何かしら?」


「……少々お待ちください」


 サリナが馬車の窓から様子を確認する。


「どうやら、新しい商品を扱っているようでございます」


「……新しい商品?」


 私は目を凝らした。


 店先に並んでいるのは、折り畳み椅子だった。


「…………」


 ……あれ?


「……サリナ」


「はい」


「あれ、ジョーカー領の商品よね?」


「そのようでございます」


「……もう売ってるの?」


「はい」


 私は、思わず笑ってしまった。


 ……何よ。


 私が相談する前から、ちゃんと商売してるじゃない。


     ◇


「久しぶりね、リリアーナ」


「お久しぶりです、エレオノーラお姉様」


 ハート領の屋敷。


 エレオノーラお姉様は、優雅な笑みを浮かべて私を迎えてくれた。


「わざわざ訪ねてくるなんて、珍しいこともあるものね」


「……そうでしょうか?」


「ええ。貴女から仕事の相談があるなんて、何か面白いことを考えたのでしょう?」


「……ええと」


 ……面白いこと。


 まあ、そう言えなくもないわね。


「まずはお茶にしましょう。長旅で疲れたでしょう?」


「ありがとうございます!」


 私は勧められた席に腰掛けた。


 侍女が運んできたお茶と焼き菓子が机に並ぶ。


 ……あら。


 美味しそう。


 私は早速、焼き菓子へ手を伸ばした。


 ……美味しい!


 外側はさっくりとしていて、中には甘酸っぱい果実が使われている。


 これは、なかなかいいものだわ。


「……気に入った?」


「はい! とても美味しいです!」


「それはよかったわ」


 お姉様は楽しそうに笑った。


「さて、そろそろお話を聞きましょうか」


「……はい」


 私は名残惜しく焼き菓子を皿へ戻した。


 ……もう一つ食べたかった。


     ◇


「……ジョーカー領の商品を、ハート領でも扱ってほしい?」


「はい」


 私は持参した資料を広げた。


「最近、ジョーカー領では様々な道具を作るようになったんです」


「知っているわ」


「……え?」


「天幕や折り畳み椅子、それから釣り道具でしょう?」


「……はい」


「すでに、こちらの商人たちも扱っているもの」


 お姉様は、にっこりと微笑んだ。


「街でも見かけたんじゃない?」


「……見ました」


 私は頷いた。


 ……そうよね。


 すでに売ってるのよね。


「それで、相談というのは?」


「……ええと」


 私は少し考えた。


 商品を売ってもらうだけなら、もう実現している。


 だったら、別のことを考えなければならない。


「……お姉様」


「なあに?」


「ジョーカー領の商品って、売れているんでしょうか?」


「ええ。特に折り畳み椅子は評判がいいわね」


「……そうなんですか?」


「持ち運びやすいでしょう? 屋外で使うだけでなく、店先に置いたり、催し物で使ったりする人もいるそうよ」


「……なるほど」


 私は頷いた。


 確かに、折り畳み椅子は便利だ。


 使わないときには片づけられるし、必要な場所へ持っていける。


 ……あれ?


 だったら。


「……お姉様」


「今度は何かしら?」


「天幕って、屋外でお茶会をするときにも使えると思いません?」


 お姉様は、少し考えた。


「……日差しを避けるために?」


「そうです!」


 私は頷いた。


「庭に天幕を張って、その下に椅子と机を並べれば、屋外でもゆっくりお茶が飲めるでしょう?」


「……面白いわね」


「でしょう?」


「ただし、貴族の屋敷で使うなら、見た目にも気を配る必要があるわ」


「……見た目?」


「ええ。今の天幕は、便利だけれど少し無骨でしょう?」


 私は頷いた。


 確かに、私が作らせた天幕は、山や川で使うことを考えたものだ。


 丈夫で、雨風を防げれば、それでよかった。


 装飾なんて、ほとんど考えていない。


「……だったら、布の色や模様を変えればいいんじゃないでしょうか?」


「それだけでは足りないわね」


 お姉様は、楽しそうに微笑んだ。


「屋敷の庭に置くなら、周囲の景色との調和も大切よ。椅子や机も、天幕に合わせた方がいいでしょうね」


「……なるほど」


「それに、貴族の方々は、ほかの家とは違うものを欲しがることも多いの」


「……そうなんですか?」


「ええ。だから、同じものを大量に売るだけではなく、注文に合わせて装飾を変えるという方法もあるわ」


 私は、思わず身を乗り出した。


「……それ、いいですね!」


「でしょう?」


 お姉様は満足そうに頷いた。


「ハート領には、布や装飾品を扱う職人が多いもの。ジョーカー領で骨組みを作って、こちらで仕上げるという方法も考えられるわね」


「……あ!」


 私は手を叩いた。


 それなら、両方の領地に仕事が生まれる。


 ジョーカー領の職人たちは、天幕や椅子の骨組みを作る。


 ハート領の職人たちは、布や装飾を担当する。


 そして、ハート領の商人たちが販売する。


 ……完璧じゃない!


「お姉様、それでいきましょう!」


「あら、随分と乗り気ね」


「もちろんです!」


 私は満面の笑顔で頷いた。


 ……ふふふ。


 これで、お姉様の成果も増えるわ!


     ◇


「……ところで、リリアーナ」


「はい?」


 お姉様は、お茶を一口飲んでから口を開いた。


「貴女、一体何を考えているの?」


「……え?」


「ジョーカー領は順調に発展しているのでしょう? それなのに、わざわざ他領との協力を持ちかけて、利益を分け合おうとしている。貴女に何の得があるのかしら?」


「…………」


 ……まずい。


 まさか、そんなことを聞かれるなんて。


 自分の領地だけが発展しすぎると、お父様に目をつけられて仕事が増えるからです!


 ……なんて、言えるわけがない。


「ひ、一つの領が発展するより、地方全体が発展した方が、領民もより豊かになると思うんです!」


「…………」


 お姉様は、しばらく私を見つめていた。


 ……な、何かしら。


 変なことを言った?


「……一理あるわね」


「……え?」


「一つの領地だけが豊かになっても、周囲の領地が貧しければ、いずれ限界が来るわ。商売だって、買い手が豊かでなければ成り立たないもの」


「そ、そうですよね!」


「それに、領地同士で得意な仕事を分担すれば、互いに利益を増やすこともできる」


「はい!」


 ……よかった。


 何とか納得してもらえたみたい。


 お姉様は、少し考え込んでから微笑んだ。


「貴女、随分と大きな視野で物事を考えるようになったのね」


「…………」


 ……違います。


 私はただ、これ以上仕事を増やされたくないだけです。


「……それなら、私も協力しないわけにはいかないわね」


「……本当ですか?」


「ええ。ただし、始めるなら慎重に進めましょう」


 お姉様は、資料へ目を落とした。


「ジョーカー領の職人たちは、今でも忙しいのでしょう?」


「……はい」


「そこへ新しい注文が増えたら、対応できるのかしら?」


「…………」


 私は固まった。


 ……あ。


 そうだった。


 今でも、注文が増えて大変なのよね。


「……そこは、相談してみないと分かりません」


「そうでしょうね」


 お姉様は頷いた。


「それに、貴族向けの商品となれば、品質も重要になるわ。仕上がりが一定でなければ、商売として続けるのは難しいでしょう?」


「……はい」


「だから、まずは少量から始めましょう」


「……少量?」


「ええ。いくつか試作品を作って、実際に使ってもらうの。それで評判がよければ、少しずつ増やせばいいわ」


 私は頷いた。


 ……なるほど。


 いきなり大量に作る必要はないのね。


「それなら、職人たちの負担も抑えられそうです」


「そうね」


 お姉様は微笑んだ。


「それから、利益の分配についても、きちんと決めておきましょう」


「……利益の分配?」


「ジョーカー領で作った部品を、ハート領で加工して販売するのでしょう? それぞれの仕事に見合った対価が必要よ」


「……確かに」


「商人たちの利益も考えなければならないし、運搬費もかかるわ」


 私は、思わずため息をついた。


 ……商売って、考えることが多いのね。


「……お姉様」


「なあに?」


「その辺りは、お任せしてもいいでしょうか?」


「もちろんよ。こちらの商人たちとの交渉は、私が引き受けるわ」


「ありがとうございます!」


「ただし、ジョーカー領の職人たちとの調整は、貴女にお願いするわね」


「…………」


 ……また。


 また、仕事が増えた。


「それから、試作品ができたら、こちらへ送ってちょうだい。私の方でも、貴婦人たちに意見を聞いてみるわ」


「……はい」


「ふふ。楽しみね」


 お姉様は、とても嬉しそうだった。


 ……まあ、いいわ。


 お姉様の領地にも仕事が増えるのなら、それでいい。


 ……きっと、いいはず。


     ◇


 その日の夕方。


 屋敷に用意された客室で、私は椅子に座り込んでいた。


「……疲れた」


「お疲れ様でございます、殿下」


 サリナが温かいお茶を差し出してくれる。


「ありがとう……」


 私はカップを受け取り、一口飲んだ。


 ……ふう。


 それにしても。


 今回も、話し合いは上手くいった。


 ユリウスお兄様とは、共同輸送。


 エレオノーラお姉様とは、商品の共同製作と販売。


 これなら、ジョーカー領だけが発展するわけではない。


 ダイヤ領にも利益が生まれる。


 ハート領にも利益が生まれる。


 ……うん。


 順調だわ。


「……サリナ」


「はい」


「これで、二つね」


「左様でございます」


「残りは、ヴィクトリアお姉様とレオナルドお兄様ね」


「はい」


 私は微笑んだ。


 第二位のお姉様が治めるクラブ領。


 第一位のお兄様が治めるスペード領。


 どちらも、それぞれの強みがある。


 協力できることは、きっとあるはずだ。


「……ふふふ」


 私は、思わず笑ってしまった。


 これなら、五つの領地すべてが成果を上げられる。


 お父様だって、私一人だけを評価するわけにはいかないでしょう。


 ……完璧。


 実に完璧だわ。


「……殿下」


「なあに?」


「一つ、よろしいでしょうか?」


「ええ、どうぞ」


 サリナは、少し考えてから口を開いた。


「今回のお話で、ジョーカー領の仕事も増えるのではございませんか?」


「……え?」


「新しい商品の製作や、職人たちとの調整などでございます」


「…………」


 私は、ゆっくりとカップを置いた。


 ……そうね。


 確かに、仕事は増える。


 でも、それはハート領も同じ。


 両方の領地が発展するのなら、問題ないはず。


「……大丈夫よ」


「左様でございますか」


「ええ!」


 私は自信満々に頷いた。


「皆で成果を上げれば、私だけが目立つこともないもの!」


「……かしこまりました」


 サリナは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。


 ……何よ。


 その、何か言いたそうな顔。


「……サリナ?」


「何でもございません」


「……本当?」


「はい」


 私は少し疑わしく思ったけれど、それ以上は追及しなかった。


 今は、次のことを考えなければならない。


 ……あと二人。


 あと二人と協力できれば、私の計画は完成する。


 私は窓の外を眺めながら、静かに微笑んだ。


 ……今度こそ、上手くいくはずよ。

お読み頂き、ありがとうございます。

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