第十話 赤信号みんなで渡れば怖くない……んなわけあるか
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
ジョーカー領の執務室。
私は机の上に広げられた地図を眺めながら、考えていた。
残された期間は半年。
このままでは、ジョーカー領の成果が大きくなりすぎる。
もちろん、領地が発展するのは喜ばしいことだ。
領民たちの暮らしが豊かになるのなら、それに越したことはない。
問題は、その成果を誰が上げたことになるのか、という点だった。
……間違いなく、私よね。
お父様から二年間の領地統治を任されたのは、私だ。
アルベルトや職人たちがどれほど頑張ってくれたとしても、最終的な評価は私に下される。
そして、お父様は成果を上げた者に仕事を与える。
……嫌というほど知っているわ。
「……なら、皆で成果を上げればいいのよ」
「殿下?」
隣に控えていたサリナが、首を傾げた。
「いえ、こっちの話よ」
私は地図へ視線を戻した。
スペード領。
クラブ領。
ダイヤ領。
ハート領。
そして、ジョーカー領。
この五つの領地には、それぞれ王位継承権を持つ兄姉が配置されている。
皆、私より優秀な人たちだ。
少なくとも、私のように一年間も遊んでいたりはしない。
だったら、協力してもらえばいい。
ジョーカー領だけで成果を上げるのではなく、五つの領地で成果を上げる。
そうすれば、お父様だって私だけを評価するわけにはいかないでしょう。
……ふふふ。
我ながら、素晴らしい考えだわ。
「サリナ」
「はい、殿下」
「アルベルトを呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
◇
「……他領との協力、でございますか?」
「ええ」
アルベルトは、私の話を聞いて少し驚いたようだった。
「今のジョーカー領は、商売が盛んになってきているでしょう?」
「はい」
「でも、材料も人手も、全部この領地だけで賄えるわけじゃないわよね?」
「左様でございます」
私は地図を指さした。
「だったら、ほかの領地と協力すればいいんじゃないかと思って」
アルベルトは、しばらく地図を眺めた。
「……確かに、他領との取引はすでに増えております」
「でしょう?」
「しかし、殿下が仰る協力とは、通常の商取引とは異なるのでしょうか?」
「そうね。もう少し、お互いに得になるような形を考えたいの」
私は腕を組んだ。
例えば、ジョーカー領の職人たちは材料を必要としている。
商人たちは荷物を運びたい。
街道を利用する人が増えれば、宿屋や食堂にも客が来る。
これらは、ジョーカー領だけで完結する話ではない。
「……アルベルト」
「はい」
「今、どこの領地との取引が一番多いの?」
「品目によって異なりますが、ダイヤ領を経由する商人が多うございます」
「……ダイヤ領」
第三位、ユリウスお兄様の領地ね。
確か、交易や輸送に関わる仕事が多い領地だったはず。
「……ちょうどいいじゃない」
「……と、申されますと?」
「まずは、ユリウスお兄様に相談してみましょう」
私は微笑んだ。
いきなり五つの領地で何かを始めるのは大変だ。
それに、相手にも都合がある。
まずは一人ずつ話を聞いてみる。
それが一番確実でしょう。
「お手紙を書きたいから、便箋を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
サリナが準備を始める。
私は椅子へ座り直した。
……よし。
これで、仕事を分担できるかもしれない。
◇
数日後。
ユリウスお兄様から返事が届いた。
内容は、実に簡潔だった。
ジョーカー領との取引について、直接話を聞きたい。
そのため、都合のよい日を知らせてほしい。
「……話が早いわね」
私は手紙を読みながら呟いた。
「ユリウス殿下は、以前からジョーカー領の動向を気にかけておられたようでございます」
アルベルトが答えた。
「……そうなの?」
「はい。商人たちの往来が増えたことで、ダイヤ領にも影響が出ているそうです」
「……なるほど」
確かに、ジョーカー領へ来る商人の多くがダイヤ領を経由しているなら、向こうにも変化があるはずだ。
「それなら、話も進めやすそうね」
私は頷いた。
お兄様に来てもらうのも悪い気がするので、こちらから訪ねることにした。
……それに。
久しぶりに遠出できる。
少しくらい景色を楽しんでも、罰は当たらないでしょう。
「サリナ。ダイヤ領へ行く準備をお願いね」
「かしこまりました」
「……ついでに、どこか景色のいい場所でも……」
「殿下」
「……はい」
「今回は、お仕事でございます」
「……分かってるわよ」
私は小さくため息をついた。
……ちょっとくらい、いいじゃない。
◇
ダイヤ領へ到着したのは、それから数日後のことだった。
馬車の窓から外を眺める。
ジョーカー領とは、随分と景色が違う。
広い街道。
行き交う荷馬車。
整然と並んだ倉庫。
そして、大勢の商人たち。
「……賑やかねえ」
「ダイヤ領は、以前から交易が盛んな土地でございますので」
向かいに座るサリナが答えた。
「そういえば、そうだったわね」
私は頷いた。
ジョーカー領も商人が増えてきたけれど、こちらは規模が違う。
荷物を積んだ馬車が次々と通り過ぎていく。
その中には、見覚えのある天幕や折り畳み椅子を積んだ馬車もあった。
「……あら」
「どうかなさいましたか?」
「あれ、ジョーカー領の商品じゃない?」
私が指さすと、サリナも窓の外へ目を向けた。
「……そのようでございますね」
「へえ……こんなところまで来てるのね」
私は少し嬉しくなった。
職人たちが作った品が、ほかの領地でも売られている。
考えてみれば当たり前のことだけれど、実際に目にすると感慨深い。
「……皆、頑張ってるのね」
「左様でございます」
サリナは穏やかに微笑んだ。
◇
「久しいな、リリアーナ」
「お久しぶりです、ユリウスお兄様」
ダイヤ領の執務室。
第三王子、ユリウスお兄様は、私を迎えると席を勧めてくれた。
「掛けてくれ。長旅、ご苦労だった」
「ありがとうございます」
私は勧められた椅子に腰掛けた。
「しかし、お前の方から仕事の相談を持ちかけてくるとはな」
「……どういう意味ですか?」
「いや、ジョーカー領の発展については、こちらにも報告が届いている。何か新しい動きがあるのかと思ってな」
「……そういうことでしたか」
「うむ。それで、相談とは?」
私は、持参した資料を広げた。
「ジョーカー領では、商品の製作が盛んになってきています」
「承知している」
「でも、材料の運搬や、完成した品をほかの領地へ届けることに、まだ問題があるんです」
「……輸送か」
「はい」
私は頷いた。
「そこで、ダイヤ領と協力できないかと思いまして」
お兄様は資料へ目を落とした。
「……具体的には?」
「まず、荷物の運搬をもっと効率よくできないかと考えています」
私は地図を広げた。
「今は、それぞれの商人が必要なときに荷物を運んでいますよね?」
「そうだ」
「でも、同じ道を通る馬車が、少ない荷物を積んで何台も走っていることもあるでしょう?」
「……あるな」
「だったら、荷物をまとめて運べないかと思うんです」
お兄様は地図を見つめた。
「……共同輸送ということか」
「そうです」
私は頷いた。
「もちろん、荷物の種類や届け先によっては難しいと思います。でも、同じ方向へ運ぶ荷物なら、まとめた方が無駄が少ないでしょう?」
「……確かにな」
「それに、ダイヤ領には倉庫も多いですし、商人たちのつながりもありますよね?」
「ああ。それが、この領地の強みだ」
「だったら、ジョーカー領の商品をダイヤ領で一度まとめて、そこから各地へ運ぶこともできるんじゃないでしょうか」
お兄様は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……悪くない案だ」
「……本当ですか?」
「ああ。ただし、実行するなら荷物の管理方法と費用の分担を明確にする必要がある」
「もちろんです」
「それに、商人たちの協力も不可欠だ。こちらの都合だけで動かすわけにはいかん」
「そうですね」
私は頷いた。
そこは、お兄様の方が詳しい。
無理に私が決める必要はない。
「ですので、具体的な仕組みについては、お兄様にお任せできないかと思いまして」
「……私にか?」
「はい」
私は微笑んだ。
「交易や輸送については、私よりお兄様の方がずっとお詳しいでしょう?」
「……なるほどな」
お兄様は、少し考えてから頷いた。
「確かに、ダイヤ領の商人たちとの調整はこちらで行う方が早いだろう」
「……そうですよね!」
「ああ。それに、今回の提案はダイヤ領にとっても利益がある」
お兄様は地図へ視線を落とした。
「ジョーカー領の荷物が増えれば、こちらの輸送業も発展する。倉庫の利用も増えるだろう」
「はい!」
「自領の発展だけでなく、他領との協力を考えるか。……私も見習わねばならんな」
「そ、そんな! お兄様の方がずっとお詳しいですし!」
「いや、専門知識とは別の話だ。物事を見る視野は、常に広く持たねばならん」
お兄様は、持参した資料を手に取った。
「よかろう。こちらでも検討を進める」
「ありがとうございます!」
「ただし、リリアーナ」
「はい?」
「ジョーカー領側の協力も必要だぞ」
「……え?」
「荷物を集める場所の確保、運搬時期の調整、商人たちへの説明。そちらで進めてもらう仕事も多い」
「…………」
お兄様は、当然のことを告げるように頷いた。
「双方で役割を分担し、進めるとしよう」
「……はい」
……おかしい。
仕事を分担するつもりだったのに。
どうして、私の仕事も増えるのかしら。
◇
その日の夕方。
ダイヤ領の屋敷に用意された客室で、私は椅子に座り込んでいた。
「……疲れた」
「お疲れ様でございます、殿下」
サリナが温かいお茶を差し出してくれる。
「ありがとう……」
私はカップを受け取り、一口飲んだ。
……ふう。
それにしても。
最初の相談は、上手くいった。
ユリウスお兄様は協力してくれると言ってくれたし、ダイヤ領にとっても利益がある。
これなら、ジョーカー領だけが発展するわけではない。
……そう。
それが大事なのよ。
「……サリナ」
「はい」
「これで、第一歩ね」
「左様でございますね」
「次は、エレオノーラお姉様かしら」
第四位のお姉様が治めるハート領。
あちらは商業や税に関する取り組みが進んでいるはずだ。
ジョーカー領の商品を売る場所が増えれば、ハート領にも利益が生まれる。
……うん。
悪くない。
「それから、ヴィクトリアお姉様にも相談したいわね」
「クラブ領でございますね」
「ええ。商人が増えれば、街道の安全も大事になるでしょう?」
第二位のお姉様は、治安の維持に力を入れていると聞いている。
街道を利用する商人たちが安心して移動できれば、取引も増える。
そして、レオナルドお兄様。
第一位のお兄様が治めるスペード領では、行政の仕組みを整える取り組みが進んでいるらしい。
領地同士で協力するなら、手続きの面でも相談できることがあるはずだ。
「……ふふふ」
私は、思わず笑ってしまった。
五つの領地で協力する。
皆で成果を上げる。
そうすれば、私一人だけが目立つこともない。
……完璧だわ。
「……殿下」
「なあに?」
「楽しそうでございますね」
「ええ!」
私は満面の笑顔で頷いた。
「これなら、きっと上手くいくわ!」
「……左様でございますか」
サリナは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
……何よ。
その、何か言いたそうな顔。
「……サリナ?」
「何でもございません」
「……本当?」
「はい」
私は少し疑わしく思ったけれど、追及するのはやめた。
今は、それよりも大事なことがある。
残り半年。
何としても、五つの領地で成果を分け合わなければならない。
……そうすれば。
今度こそ、お父様に余計な仕事を押しつけられずに済むはず。
私は、窓の外に広がる夕焼けを眺めながら、静かに微笑んだ。
……あと半年。
頑張りましょう、私。
お読み頂き、ありがとうございます。




