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やり過ぎた!  作者: 涙目
第五章 トランプ地方編

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第六話 蝶の羽ばたきが竜巻となる

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 リリアーナ殿下がジョーカー領へ赴任してから、半年が過ぎた。


 その間も、王女の行動は変わらなかった。


 山へ行き、川へ行き、海へ行く。


 気に入った場所があれば、何日も滞在することさえあった。


 そして、そのたびに職人たちを呼び、何かしら新しい道具を作らせていた。


 釣り竿に、糸を巻き取るための金具。


 炭を入れて魚や肉を焼くための鉄製の台。


 持ち運びやすい机や椅子。


 屋外で眠るための寝具。


 最初は何を作らされているのか分からなかった職人たちも、最近では王女から呼び出されることを楽しみにしているらしい。


 何しろ、王女は失敗した試作品にまで代金を支払う。


 そのうえ、職人の提案にも熱心に耳を傾け、良いものができれば子供のように喜んでくれる。


 職人たちにとって、これほど仕事のしがいがある依頼主も珍しいのだろう。


 そして、王女が作らせた道具の一部は、商人や旅人たちの間で評判になり、少しずつ注文が増えていった。


 その結果、街の工房では新しく人を雇う者が現れ、材料を運ぶ商人の往来も増え始めている。


 もっとも、当の王女は相変わらずだった。


「サリナ! 今度は川で魚を焼いて食べましょう!」


「かしこまりました、殿下」


「それから、山で星を眺めながら眠るのもいいわね!」


「では、天候を確認しておきます」


「お願いね!」


 そんな会話が、今日も屋敷のどこかから聞こえてくる。


 アルベルトは、もはや驚かなくなっていた。


     ◇


「……村に活気がある気がするな」


 ある日のこと。


 アルベルトは領内の村を視察しながら、思わずそう呟いた。


 以前と比べ、道を行き交う人が増えている。


 荷車を引く商人。


 仕事へ向かう職人。


 店先で談笑する村人たち。


 それだけではない。


 以前は閉まっていることの多かった食堂にも客が入り、宿屋の前には他領の馬車が停まっていた。


「……何か催しでもあったのか?」


 同行していた役人に尋ねると、相手は首を横に振った。


「いえ、特には」


「そうか……」


「ただ、最近は商人の往来が増えておりますので、その影響かと」


 アルベルトは頷いた。


 確かに、職人たちの仕事が増えれば、材料を運ぶ者も、完成した品を買い付ける者も増える。


 そうした人々が食事を取り、宿に泊まり、必要なものを買っていく。


 その金が、今度は食堂や宿屋、商店の収入になる。


 考えてみれば、当然のことだった。


 しかし、これほど目に見えて変化が現れるとは思っていなかった。


「領主様!」


 声をかけてきたのは、村の食堂を営む男だった。


「おお、久しいな。商売はどうだ?」


「おかげさまで、最近は忙しくさせてもらってます!」


「……そうか。それはよかった」


「いやあ、ありがたいことです。前は昼になっても客が来ない日がありましたからね」


 男は嬉しそうに笑った。


「最近は他領から来た商人さんが寄ってくれるんですよ。昼飯を食べて、夜も泊まるなら夕飯を食べてくれる。おかげで、かみさんも大忙しです!」


「……それは何よりだ」


「領主様も、今度ぜひ食べに来てください!」


「ああ。楽しみにしておこう」


 アルベルトは微笑み、男と別れた。


 少し歩くと、今度は荷車を押す若者たちとすれ違った。


 その中の一人に見覚えがある。


 以前、仕事を探していると相談を受けた村の青年だった。


「……仕事が見つかったのか?」


 アルベルトが尋ねると、青年は嬉しそうに頷いた。


「はい! 街の工房で働かせてもらってます!」


「そうか。よかったな」


「ありがとうございます!」


 青年は深く頭を下げた。


「最近は注文が多くて、毎日忙しいんです。でも、ちゃんと給金もいただけるので!」


 その顔には、以前のような不安げな表情はなかった。


 アルベルトは、静かに頷いた。


「……励んでくれ」


「はい!」


 青年たちが去っていく。


 アルベルトは、その背中をしばらく見送っていた。


 仕事が増えた。


 それだけのことかもしれない。


 だが、その仕事によって暮らしが変わった者がいる。


 家族を養えるようになった者がいる。


 商売を続けられるようになった者がいる。


 領主として、それがどれほど嬉しいことか。


「……随分と、変わったものだ」


 アルベルトは小さく呟いた。


     ◇


 屋敷へ戻ったアルベルトは、半年分の報告書を並べていた。


 職人たちの受注件数。


 商人の往来。


 宿屋の利用状況。


 そして、領内の税収。


 どれも、少しずつではあるが増加している。


 もちろん、まだ豊かな領地と呼べるほどではない。


 街道の整備も十分ではなく、仕事の少ない村も残っている。


 それでも、以前はほとんど変化のなかった数字が、確かに動き始めていた。


「……半年、か」


 アルベルトは椅子に深く腰掛けた。


 王女が赴任してから、まだ半年しか経っていない。


 その間、王女が領政について何か大きな指示を出したことはなかった。


 税を変えたわけでもない。


 新しい制度を設けたわけでもない。


 ただ、自分の楽しみのために職人たちへ道具を注文し、出来上がったものを持って遊びに出かけている。


 それなのに、領地には少しずつ活気が生まれ始めていた。


「……不思議なものだな」


 アルベルトは苦笑した。


 最初は、何もしない王女だと思っていた。


 今でも、本人に領地を発展させようという意図があるのかは分からない。


 だが、少なくとも一つだけは確かだった。


 王女がジョーカー領へ来てから、領民たちの笑顔が増えている。


 それは、どんな立派な報告書よりも嬉しい成果だった。


 そのとき、廊下から聞き慣れた声が響いた。


「サリナ! 次はどこへ行こうかしら!」


「殿下、まずは明日のお天気を確認いたしましょう」


「そうね! 晴れるといいわ!」


 アルベルトは、思わず笑みを浮かべた。


「……相変わらずですな、殿下」


 どうやら王女は、明日も遊びに出かけるらしい。


 それでも、今のアルベルトには、以前のような戸惑いはなかった。


 王女が楽しそうにしている。


 職人たちが仕事に励んでいる。


 商人たちが行き交い、村に活気が生まれている。


 それならば、今はそれでよいのだろう。


 アルベルトは報告書を閉じ、翌日の仕事に取りかかった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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