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やり過ぎた!  作者: 涙目
第五章 トランプ地方編

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第四話 道楽王女の奇行

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 リリアーナ殿下がジョーカー領に到着してから、七日が経過した。


 その間、アルベルトは何度も王女の動向を確認していた。


 なにしろ、王位継承権第五位の王女が、自ら希望して赴任してきたのである。


 それも、五つの領地の中で最も条件の悪いジョーカー領を、誰よりも早く選んだというのだ。


 何か大きな計画があるに違いない。


 アルベルトはそう考えていた。


 少なくとも、最初のうちは。


「……それで、今日はどちらへ?」


「はい。殿下は朝から山へ向かわれました」


「山?」


「はい。昨日ご覧になった川の上流を確認したいとのことでございます」


「……そうか」


 アルベルトは頷いた。


 川の上流。


 水源の確認だろうか。


 あるいは、山間部の地形を調べているのかもしれない。


 そう考えれば、十分に理解できる行動だった。


「同行している者は?」


「侍女のサリナ様と、護衛の騎士数名でございます」


「案内人は?」


「地元の猟師が一名、同行しております」


「……なるほど」


 土地勘のある者を連れているなら、無茶な行動を取る心配も少ないだろう。


 アルベルトはひとまず安心した。


 ただ、一つ気になることがあった。


「……それで、殿下は何を持っていかれた?」


「食料と飲み水、それから毛布などをお持ちになったそうです」


「毛布?」


「はい」


「……なぜ?」


「さあ……」


 使用人も首を傾げた。


 アルベルトはしばらく考えたが、結局答えは出なかった。


 山中で休息を取るためだろうか。


 あるいは、何かの調査に必要なのかもしれない。


 いずれにせよ、王女が何を考えているのか、現時点では分からない。


「……戻られたら、報告をお願いできるだろうか」


「かしこまりました」


 アルベルトはそう告げると、手元の書類に視線を戻した。


 王女の行動ばかり気にしているわけにもいかない。


 領地の仕事は、今日も山積みなのだから。


     ◇


 その日の夕方。


 リリアーナ殿下は、随分と上機嫌で帰ってきた。


「ただいま!」


「お、お帰りなさいませ、殿下」


 アルベルトが出迎えると、王女は満面の笑顔を浮かべた。


「聞いて! 山の上の方に、とっても綺麗な場所があったの!」


「……綺麗な場所、でございますか?」


「ええ! 木々に囲まれていて、近くには川も流れているのよ。あそこで一晩過ごせたら、きっと素敵でしょうね!」


「……一晩?」


「そう!」


 アルベルトは言葉を失った。


 王女が山中で一晩過ごす。


 そんなことを許してよいのだろうか。


 そもそも、王族がわざわざ屋外で寝泊まりする必要などない。


「殿下。山中での宿泊は、危険もございます」


「もちろん、分かっているわ。だから、ちゃんと準備するつもりよ」


「……準備、でございますか?」


「ええ。雨が降っても大丈夫なようにしたいし、夜は冷えるでしょう? それに、地面に直接寝るのも嫌だもの」


 アルベルトは困惑した。


 そこまで分かっているのなら、屋敷で休めばよいのではないか。


 しかし、王女は楽しそうに話を続ける。


「そうだわ。この領地には、布を扱う職人さんはいるかしら?」


「……おりますが」


「それなら、明日にでも紹介してもらえる?」


「は、はい。それは構いませんが……」


「ありがとう! ちょっと作ってもらいたいものがあるの!」


 王女は嬉しそうに微笑んだ。


 アルベルトはますます分からなくなった。


 布を扱う職人。


 山中での宿泊。


 雨を防ぐための準備。


 それらが一体、何につながるというのだろうか。


 だが、王女はすでに次の予定を考えているようだった。


「サリナ、明日は職人さんに相談して、それから川にも行きたいわね」


「かしこまりました。ただし、まずはお召し物をお替えくださいませ」


「あら、そうね!」


 楽しそうに笑いながら、王女は屋敷の奥へと消えていった。


 その背中を見送り、アルベルトは深いため息をついた。


「……本当に、何をなさるおつもりなのだ?」


     ◇


 翌日。


 アルベルトの紹介で、数名の職人が屋敷へ呼ばれた。


 布を扱う者。


 木工を得意とする者。


 金具を作る鍛冶職人。


 王女が希望した顔ぶれだった。


 アルベルトも同席し、彼らのやり取りを見守ることにした。


「今日は来てくれてありがとう!」


 リリアーナ殿下は、机の上に数枚の紙を広げた。


 そこには、見慣れない形の道具が描かれていた。


「まずは、これを作ってほしいの」


 王女が指さしたのは、布を張った小さな家のようなものだった。


「……これは?」


 布職人が尋ねる。


「天幕よ。持ち運びができて、好きな場所に設置できるようにしたいの」


「天幕、でございますか」


「ええ。できれば、あまり重くならないようにしたいわね。それから、雨が降っても中に水が入らないように」


 職人たちは図面を覗き込んだ。


 軍や商人が使用する簡易的な天幕なら、彼らも知っている。


 しかし、王女が描いたものは、それよりも小さく、組み立てやすそうな構造をしていた。


「こちらの骨組みは、木材でよろしいのでしょうか?」


「最初はそれで試してみましょう。重すぎるようなら、別の材料を考えればいいわ」


「なるほど……」


「それと、地面に直接寝るのは嫌だから、下に敷くものも欲しいのよね」


 王女は別の紙を取り出した。


「こういう袋状の寝具を作れないかしら? 中に綿を入れて、体を包むようにするの」


「……寝具を、袋に?」


「そう! これなら寝ている間に布団がずれないでしょう?」


 布職人が考え込む。


 アルベルトも、思わず図面を覗き込んだ。


 確かに、理屈は分かる。


 しかし、なぜそこまでして屋外で眠りたいのか。


 その疑問は、まったく解消されなかった。


「それから、折り畳める椅子も欲しいの」


 今度は木工職人に向かって、別の図面を示す。


「持ち運ぶときは小さくして、使うときだけ広げられるようにしたいわ」


「……なるほど。こちらの部分を動かせるようにすれば……」


「そうそう! そんな感じ!」


 王女と職人たちは、いつの間にか楽しそうに話し始めていた。


 木材の太さ。


 布の張り方。


 金具の形状。


 組み立てやすさ。


 持ち運ぶ際の重量。


 次々と意見が交わされ、図面には新しい書き込みが増えていく。


 アルベルトは、その様子を黙って見守っていた。


 王女が職人たちに何かを作らせようとしていることは分かった。


 しかし、それが領地の発展にどうつながるのかは分からない。


 むしろ、彼には別のことが気になっていた。


「……殿下」


「なあに?」


「これらの製作には、相応の費用がかかるかと存じますが……」


「ああ、それなら大丈夫よ」


 王女はあっさりと答えた。


「お金はこちらで用意するから」


「……殿下が、でございますか?」


「ええ。私が欲しくて作ってもらうんだもの。当然でしょう?」


「…………」


 アルベルトは言葉に詰まった。


 領地の財政から支出するつもりはないらしい。


 王女個人の希望で作らせる品物だから、自分で費用を負担する。


 理屈としては、確かに正しい。


 しかし、王族が領地に赴任してきて、最初に行うことが個人的な道具の製作とは。


 アルベルトには、どう受け止めればよいのか分からなかった。


「もちろん、職人さんたちにはきちんとお支払いするわ。試作品がうまくいかなかったとしても、材料費や手間賃は負担するから安心して」


「……よろしいので?」


 鍛冶職人が尋ねる。


「ええ。失敗しないと分からないこともあるでしょう?」


 王女は笑顔で答えた。


「まずは作ってみましょう!」


 職人たちの表情が明るくなった。


 この領地では、仕事そのものが少ない。


 ましてや、試作品を何度も作り直せるような依頼など、滅多にない。


 彼らは互いに顔を見合わせ、深く頭を下げた。


「精一杯、取り組ませていただきます!」


「よろしくね!」


 王女は嬉しそうに頷いた。


 アルベルトは、そのやり取りを見ながら、ひとまず口を挟まないことにした。


 領地の財政に負担はない。


 職人たちにも仕事が生まれる。


 それなら、止める理由はなかった。


     ◇


 さらに数日が経過した。


 王女は相変わらず、領地のあちこちへ出かけていた。


 ある日は川。


 ある日は山。


 またある日は海辺。


 そして、屋敷へ戻るたびに、新しい道具の製作を職人たちに依頼しているらしい。


「……今度は何だ?」


 アルベルトが尋ねると、使用人は少し困ったような顔をした。


「釣りに使う道具だそうでございます」


「釣り?」


「はい。細長い竿と、糸を巻き取るための仕組み、それから魚を引っかける小さな金具を作らせているとのことで……」


「…………」


 アルベルトは額に手を当てた。


 山で眠るための道具。


 川で魚を釣るための道具。


 海辺で何かをするための道具。


 どう考えても、遊んでいるようにしか思えない。


 いや、実際に遊んでいるのだろう。


 王女は毎日、実に楽しそうだった。


 領地の帳簿を確認したのは、赴任した最初の日だけ。


 その後、領政について大きな指示を出すこともなく、必要な報告を受ける程度。


 日々の実務は、これまでどおりアルベルトが担当している。


「……本当に、これでよいのだろうか」


 アルベルトは小さく呟いた。


 王女が赴任してから、領地の運営に大きな変化はない。


 少なくとも、彼の目にはそう映っていた。


 職人たちへの依頼も、王女個人の費用で行われている。


 領民に無理な負担をかけることもなければ、領地の財政を浪費することもない。


 ならば、問題はない。


 問題はないのだが……。


「……二年間の試練なのだぞ?」


 アルベルトは窓の外を見た。


 今日も空は晴れ渡っている。


 王女は朝から川へ出かけたという。


 おそらく、今頃は楽しそうに魚でも追いかけているのだろう。


 アルベルトは深くため息をついた。


 期待していた大規模な改革は、今のところ始まる気配すらない。


 それどころか、王女が何かを考えているようにも見えなかった。


 だが、領地の財政を荒らされるよりはいい。


 少なくとも、職人たちには仕事ができた。


 それならば、しばらく様子を見るしかないだろう。


「……まあ、よいか」


 アルベルトは書類を手に取った。


 どうせ、もともと何もないような領地なのだ。


 王女が遊び回っていたところで、失うものも少ない。


 そう自分に言い聞かせ、目の前の仕事へ戻る。


 このときのアルベルトは、まだ知らなかった。


 王女が気まぐれに作らせている道具の数々が、やがて領地の暮らしを大きく変えることになるなど、想像もしていなかったのである。

お読み頂き、ありがとうございます。

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