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やり過ぎた!  作者: 涙目
第五章 トランプ地方編

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第二話 火中の栗は甘く見える

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌日。


 私は再び、王宮の会議室へと足を運んでいた。


 もちろん、好き好んで来たわけではない。


 昨日、お父様から言い渡された二年間の領地経営。その担当する領地を決めるためである。


 昨日はあれから、渡された資料を自室へ持ち帰り、じっくりと読み直した。


 そして、私は確信した。


 ジョーカー領。


 あそこしかない。


 だって、山があるのよ?


 川もあるのよ?


 しかも、海まであるのよ?


 それだけ揃っていて、人口が少ないときた。


 つまり、人付き合いに煩わされることなく、自然に囲まれてのんびり過ごせるということではないだろうか。


 確かに産業は乏しく、税収も少ない。


 でも、考えてみてほしい。


 私は王女なのだ。


 自分一人が暮らす程度のお金なら、ちゃんと持っている。


 それに、領地には既存の領主がいる。


 最初に仕事を整理して、必要なことを任せておけば、あとは適度に様子を見ながら過ごせるのではないだろうか。


 もちろん、二年間ずっと遊ぶつもりはない。


 さすがに、それではお父様に怒られる。


 だから、一年。


 最初の一年だけ、思いっきり遊ぼう。


 残りの一年で、きちんと仕事をすればいい。


 うん。


 完璧な計画だ。


「殿下」


「なあに、サリナ?」


「随分とご機嫌でいらっしゃいますね」


「そう見える?」


「はい。昨日とは別人のようでございます」


「ふふふ。人生には楽しみが必要なのよ」


「左様でございますか」


 サリナはそれ以上何も言わなかった。


 ただ、なぜか少しだけ呆れたような顔をしていた。


 失礼ね。


 私はちゃんと将来のことを考えているのよ。


 少なくとも、向こう一年間の予定は完璧なのだから。


     ◇


 会議室には、すでに四人の兄姉が集まっていた。


 第一位のレオナルドお兄様は、資料を確認しながら穏やかに微笑んでいる。


 ヴィクトリアお姉様は真剣な表情で地図を眺め、ユリウスお兄様は何やら考え込んでいた。


 エレオノーラお姉様も、手元の資料に目を落としている。


 皆、随分と真面目だ。


 まあ、王位継承権者なのだから当然なのだろうけれど。


「おはようございます、皆様」


「ああ、おはよう、リリアーナ」


 レオナルドお兄様が顔を上げる。


「昨日の資料は確認できたかい?」


「はい! しっかり確認いたしました!」


「そうか。それはよかった」


 お兄様は嬉しそうに頷いた。


 ……あれ?


 なんだか、少し楽しそう?


 まあ、いつも穏やかな方だし、気のせいかもしれない。


「リリアーナ」


 今度はエレオノーラお姉様に声をかけられた。


「あなた、どの領地を希望するつもり?」


「え?」


「今回の試練は二年間よ。選ぶ領地によって、できることも変わってくるでしょう?」


「そうですね」


「……それで?」


「ふふふ」


「……何?」


「秘密です!」


「…………」


 エレオノーラお姉様が、なぜか眉をひそめた。


 いや、だって。


 まだ正式な選択の前だもの。


 ここで希望を言ってしまったら、先に取られるかもしれないじゃない。


 あんな素晴らしい場所、誰だって欲しくなるに決まっている。


 ……たぶん。


「随分と余裕があるな」


 ユリウスお兄様がこちらを見た。


「何か考えがあるのか?」


「もちろんです!」


「……そうか」


 なぜか、お兄様まで考え込んでしまった。


 皆、そんなに難しく考えなくてもいいと思うのだけれど。


 山と川と海。


 これだけ揃っていれば、十分ではないだろうか。


「陛下がお見えです」


 扉が開き、お父様と宰相が入室した。


 私たちは立ち上がり、挨拶をする。


 お父様は席に着くと、私たちを順番に見渡した。


「さて、昨日渡した資料には目を通したな?」


「はい」


 レオナルドお兄様が代表して答える。


「うむ。では、本日は担当する領地を決めてもらう」


 宰相が地図を広げる。


 トランプ地方。


 スペード領、クラブ領、ダイヤ領、ハート領、ジョーカー領。


 五つの領地が、色分けされて示されている。


「念のため、各領地の特徴を確認しておこう」


 お父様の言葉を受け、宰相が説明を始めた。


「スペード領は五領の中でも人口が多く、行政機構が複雑でございます。既存の制度をいかに効率よく運用するかが重要となるでしょう」


 ふむふむ。


 やっぱり面倒そう。


「クラブ領は治安に問題を抱えております。犯罪の抑止と法の執行が課題でございます」


 うん。


 絶対に嫌。


「ダイヤ領は街道が交わる交通の要衝であり、商人の往来が盛んでございます。交易の発展が期待される一方、利害関係の調整も必要となります」


 人付き合いが多そうね。


「ハート領は商業活動が活発で、税収も比較的安定しております。ただし、既存の商業勢力との調整が求められます」


 ……やっぱり仕事が多そう。


「そして、ジョーカー領でございますが……」


 宰相が、わずかに言葉を区切った。


「山地が多く、交通の便も悪い。人口は少なく、産業と呼べるものもほとんどございません。税収も五領の中で最も低く、短期間での発展は容易ではないと考えられます」


 私は頷いた。


 うんうん。


 よく分かっているじゃない。


 人が少ない。


 商業活動も少ない。


 面倒な仕事も少なそう。


 しかも自然が豊か。


 最高ではないか。


「以上が各領地の概要でございます」


 宰相が一礼し、席へ戻った。


 お父様が口を開く。


「さて、希望する領地がある者は――」


「はい!」


 私は勢いよく手を挙げた。


 全員の視線が、一斉にこちらへ向く。


「……リリアーナ?」


 お父様が私を見た。


「なんだ?」


「私、希望する領地がございます!」


「……ほう」


 お父様の口元が、わずかに動いた。


 私は気にせず、元気よく答える。


「ジョーカー領を希望いたします!」


「…………」


 静寂。


 会議室が、驚くほど静かになった。


 ……あれ?


 何かおかしなことを言ったかしら。


 ヴィクトリアお姉様が目を見開いている。


 ユリウスお兄様は、信じられないものを見るような顔をしていた。


 エレオノーラお姉様に至っては、手元の資料と私を何度も見比べている。


 ……そんなに人気のある領地だったの?


 しまった。


 やっぱり皆も狙っていたのかもしれない。


 でも、私は譲らないわよ。


 山も川も海も、全部揃っているのだもの。


「……リリアーナ」


 お父様が、ゆっくりと口を開いた。


「本当に、ジョーカー領でよいのか?」


「はい!」


「他の領地ではなく?」


「はい!」


「……そうか」


 お父様は口元に手を当てた。


 そして、なぜか少しだけ顔を背けた。


「……くっ」


 ……ん?


 今、何か聞こえたような。


 ふとレオナルドお兄様を見ると、こちらも口元を押さえている。


 肩が小さく震えていた。


「……お兄様?」


「いや……何でもないよ、リリアーナ」


「そうですか?」


「ああ。君らしい選択だと思ってね」


 ……君らしい?


 それは褒め言葉なのだろうか。


 まあ、いいか。


「父上」


 ヴィクトリアお姉様が口を開いた。


「確認させていただいてもよろしいでしょうか」


「うむ、なんだ?」


「領地の選択について、何か特別な条件はございますか?」


「いや、ない。希望が重ならぬ限り、本人の意思を尊重する」


「……承知いたしました」


 ヴィクトリアお姉様は私を見た。


 その目が、妙に真剣だった。


 ……なぜ?


     ◇


 ヴィクトリアは、目の前の妹を見つめていた。


 ジョーカー領。


 五つの領地の中で、最も条件の悪い土地。


 人口が少なく、産業も乏しい。


 交通の便も悪く、税収を伸ばすための基盤すら整っていない。


 普通なら、真っ先に候補から外す領地だった。


 それを、リリアーナは迷うことなく選んだ。


(……まさか、あの領地を栄えさせようというの?)


 ヴィクトリアは、これまでのリリアーナの実績を思い返す。


 ボーリング地方の統治。


 ピンポン地方での新たな特産品の開発。


 そして、その後も幾度となく見せてきた、常識にとらわれない発想。


 あの妹ならば、本当に何かを成し遂げてしまうのではないか。


 そんな考えが頭をよぎった。


 隣では、エレオノーラも同じようにリリアーナを見つめていた。


(確かに、あの領地を発展させられれば、王位に一歩……いえ、何歩も近づくでしょう)


 条件の悪い土地だからこそ、成果を出した際の評価は大きい。


 それを承知で選んだのだとすれば、恐ろしく大胆な一手である。


 ユリウスもまた、腕を組んで考え込んでいた。


(……やはり、あなどれんな)


 三人の視線が、リリアーナへ集まる。


 しかし、その当人はというと。


 なぜか、ひどく嬉しそうだった。


     ◇


「では、リリアーナにはジョーカー領を任せる」


「ありがとうございます、お父様!」


 やった!


 取れた!


 これで私の夢のような生活が始まる!


 ああ、早く行きたい。


 山を散策するのもいいし、川辺でのんびり過ごすのもいい。


 海があるなら、新鮮な魚介類も食べられるかもしれない。


 ふふふ。


 考えるだけで楽しくなってくる。


「では、残る四領についても決めよう」


 お父様の言葉に、兄姉たちが改めて資料へ目を落とした。


 レオナルドお兄様はスペード領。


 ヴィクトリアお姉様はクラブ領。


 ユリウスお兄様はダイヤ領。


 エレオノーラお姉様はハート領。


 それぞれが希望を述べ、特に重複することもなく担当が決まった。


 皆、自分の得意なことを活かせそうな領地を選んだようだ。


 うん。


 よかったよかった。


「これで五領の担当が決まったな」


 お父様が満足そうに頷く。


「赴任までの準備期間は設ける。各自、現地の領主と連絡を取り、必要な手続きを進めよ」


「承知いたしました」


 四人の兄姉が答える。


 私も慌てて頷いた。


「はい!」


「なお、二年後にはそれぞれの成果を報告してもらう。領地を任せる以上、責任を持って取り組むように」


 ……二年後。


 そうよね。


 ちゃんと成果は出さないといけない。


 でも、二年間もあるのだ。


 最初の一年くらい、のんびりしたって大丈夫でしょう。


 残り一年で仕事をすればいい。


 私は心の中で、改めて決意した。


 まずは一年間、思いっきり遊ぶ。


 そして二年目から本気を出す。


 うん。


 完璧だ。


「……リリアーナ」


 会議が終わり、席を立とうとしたところで、レオナルドお兄様に呼び止められた。


「はい?」


「ジョーカー領で、何をするつもりなんだい?」


 私はにっこりと微笑んだ。


「まだ秘密です!」


「……そうか」


 お兄様は一瞬目を丸くしたあと、楽しそうに笑った。


「それは楽しみだね」


「はい! 私も楽しみです!」


 もちろん、楽しみにしているものは違うのだけれど。


 そんなことを知る由もないお兄様に見送られ、私は意気揚々と会議室を後にした。


 待っていなさい、ジョーカー領!


 私の夢の休暇が、もうすぐ始まるわ!

お読み頂き、ありがとうございます。

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