第二話 火中の栗は甘く見える
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌日。
私は再び、王宮の会議室へと足を運んでいた。
もちろん、好き好んで来たわけではない。
昨日、お父様から言い渡された二年間の領地経営。その担当する領地を決めるためである。
昨日はあれから、渡された資料を自室へ持ち帰り、じっくりと読み直した。
そして、私は確信した。
ジョーカー領。
あそこしかない。
だって、山があるのよ?
川もあるのよ?
しかも、海まであるのよ?
それだけ揃っていて、人口が少ないときた。
つまり、人付き合いに煩わされることなく、自然に囲まれてのんびり過ごせるということではないだろうか。
確かに産業は乏しく、税収も少ない。
でも、考えてみてほしい。
私は王女なのだ。
自分一人が暮らす程度のお金なら、ちゃんと持っている。
それに、領地には既存の領主がいる。
最初に仕事を整理して、必要なことを任せておけば、あとは適度に様子を見ながら過ごせるのではないだろうか。
もちろん、二年間ずっと遊ぶつもりはない。
さすがに、それではお父様に怒られる。
だから、一年。
最初の一年だけ、思いっきり遊ぼう。
残りの一年で、きちんと仕事をすればいい。
うん。
完璧な計画だ。
「殿下」
「なあに、サリナ?」
「随分とご機嫌でいらっしゃいますね」
「そう見える?」
「はい。昨日とは別人のようでございます」
「ふふふ。人生には楽しみが必要なのよ」
「左様でございますか」
サリナはそれ以上何も言わなかった。
ただ、なぜか少しだけ呆れたような顔をしていた。
失礼ね。
私はちゃんと将来のことを考えているのよ。
少なくとも、向こう一年間の予定は完璧なのだから。
◇
会議室には、すでに四人の兄姉が集まっていた。
第一位のレオナルドお兄様は、資料を確認しながら穏やかに微笑んでいる。
ヴィクトリアお姉様は真剣な表情で地図を眺め、ユリウスお兄様は何やら考え込んでいた。
エレオノーラお姉様も、手元の資料に目を落としている。
皆、随分と真面目だ。
まあ、王位継承権者なのだから当然なのだろうけれど。
「おはようございます、皆様」
「ああ、おはよう、リリアーナ」
レオナルドお兄様が顔を上げる。
「昨日の資料は確認できたかい?」
「はい! しっかり確認いたしました!」
「そうか。それはよかった」
お兄様は嬉しそうに頷いた。
……あれ?
なんだか、少し楽しそう?
まあ、いつも穏やかな方だし、気のせいかもしれない。
「リリアーナ」
今度はエレオノーラお姉様に声をかけられた。
「あなた、どの領地を希望するつもり?」
「え?」
「今回の試練は二年間よ。選ぶ領地によって、できることも変わってくるでしょう?」
「そうですね」
「……それで?」
「ふふふ」
「……何?」
「秘密です!」
「…………」
エレオノーラお姉様が、なぜか眉をひそめた。
いや、だって。
まだ正式な選択の前だもの。
ここで希望を言ってしまったら、先に取られるかもしれないじゃない。
あんな素晴らしい場所、誰だって欲しくなるに決まっている。
……たぶん。
「随分と余裕があるな」
ユリウスお兄様がこちらを見た。
「何か考えがあるのか?」
「もちろんです!」
「……そうか」
なぜか、お兄様まで考え込んでしまった。
皆、そんなに難しく考えなくてもいいと思うのだけれど。
山と川と海。
これだけ揃っていれば、十分ではないだろうか。
「陛下がお見えです」
扉が開き、お父様と宰相が入室した。
私たちは立ち上がり、挨拶をする。
お父様は席に着くと、私たちを順番に見渡した。
「さて、昨日渡した資料には目を通したな?」
「はい」
レオナルドお兄様が代表して答える。
「うむ。では、本日は担当する領地を決めてもらう」
宰相が地図を広げる。
トランプ地方。
スペード領、クラブ領、ダイヤ領、ハート領、ジョーカー領。
五つの領地が、色分けされて示されている。
「念のため、各領地の特徴を確認しておこう」
お父様の言葉を受け、宰相が説明を始めた。
「スペード領は五領の中でも人口が多く、行政機構が複雑でございます。既存の制度をいかに効率よく運用するかが重要となるでしょう」
ふむふむ。
やっぱり面倒そう。
「クラブ領は治安に問題を抱えております。犯罪の抑止と法の執行が課題でございます」
うん。
絶対に嫌。
「ダイヤ領は街道が交わる交通の要衝であり、商人の往来が盛んでございます。交易の発展が期待される一方、利害関係の調整も必要となります」
人付き合いが多そうね。
「ハート領は商業活動が活発で、税収も比較的安定しております。ただし、既存の商業勢力との調整が求められます」
……やっぱり仕事が多そう。
「そして、ジョーカー領でございますが……」
宰相が、わずかに言葉を区切った。
「山地が多く、交通の便も悪い。人口は少なく、産業と呼べるものもほとんどございません。税収も五領の中で最も低く、短期間での発展は容易ではないと考えられます」
私は頷いた。
うんうん。
よく分かっているじゃない。
人が少ない。
商業活動も少ない。
面倒な仕事も少なそう。
しかも自然が豊か。
最高ではないか。
「以上が各領地の概要でございます」
宰相が一礼し、席へ戻った。
お父様が口を開く。
「さて、希望する領地がある者は――」
「はい!」
私は勢いよく手を挙げた。
全員の視線が、一斉にこちらへ向く。
「……リリアーナ?」
お父様が私を見た。
「なんだ?」
「私、希望する領地がございます!」
「……ほう」
お父様の口元が、わずかに動いた。
私は気にせず、元気よく答える。
「ジョーカー領を希望いたします!」
「…………」
静寂。
会議室が、驚くほど静かになった。
……あれ?
何かおかしなことを言ったかしら。
ヴィクトリアお姉様が目を見開いている。
ユリウスお兄様は、信じられないものを見るような顔をしていた。
エレオノーラお姉様に至っては、手元の資料と私を何度も見比べている。
……そんなに人気のある領地だったの?
しまった。
やっぱり皆も狙っていたのかもしれない。
でも、私は譲らないわよ。
山も川も海も、全部揃っているのだもの。
「……リリアーナ」
お父様が、ゆっくりと口を開いた。
「本当に、ジョーカー領でよいのか?」
「はい!」
「他の領地ではなく?」
「はい!」
「……そうか」
お父様は口元に手を当てた。
そして、なぜか少しだけ顔を背けた。
「……くっ」
……ん?
今、何か聞こえたような。
ふとレオナルドお兄様を見ると、こちらも口元を押さえている。
肩が小さく震えていた。
「……お兄様?」
「いや……何でもないよ、リリアーナ」
「そうですか?」
「ああ。君らしい選択だと思ってね」
……君らしい?
それは褒め言葉なのだろうか。
まあ、いいか。
「父上」
ヴィクトリアお姉様が口を開いた。
「確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「うむ、なんだ?」
「領地の選択について、何か特別な条件はございますか?」
「いや、ない。希望が重ならぬ限り、本人の意思を尊重する」
「……承知いたしました」
ヴィクトリアお姉様は私を見た。
その目が、妙に真剣だった。
……なぜ?
◇
ヴィクトリアは、目の前の妹を見つめていた。
ジョーカー領。
五つの領地の中で、最も条件の悪い土地。
人口が少なく、産業も乏しい。
交通の便も悪く、税収を伸ばすための基盤すら整っていない。
普通なら、真っ先に候補から外す領地だった。
それを、リリアーナは迷うことなく選んだ。
(……まさか、あの領地を栄えさせようというの?)
ヴィクトリアは、これまでのリリアーナの実績を思い返す。
ボーリング地方の統治。
ピンポン地方での新たな特産品の開発。
そして、その後も幾度となく見せてきた、常識にとらわれない発想。
あの妹ならば、本当に何かを成し遂げてしまうのではないか。
そんな考えが頭をよぎった。
隣では、エレオノーラも同じようにリリアーナを見つめていた。
(確かに、あの領地を発展させられれば、王位に一歩……いえ、何歩も近づくでしょう)
条件の悪い土地だからこそ、成果を出した際の評価は大きい。
それを承知で選んだのだとすれば、恐ろしく大胆な一手である。
ユリウスもまた、腕を組んで考え込んでいた。
(……やはり、あなどれんな)
三人の視線が、リリアーナへ集まる。
しかし、その当人はというと。
なぜか、ひどく嬉しそうだった。
◇
「では、リリアーナにはジョーカー領を任せる」
「ありがとうございます、お父様!」
やった!
取れた!
これで私の夢のような生活が始まる!
ああ、早く行きたい。
山を散策するのもいいし、川辺でのんびり過ごすのもいい。
海があるなら、新鮮な魚介類も食べられるかもしれない。
ふふふ。
考えるだけで楽しくなってくる。
「では、残る四領についても決めよう」
お父様の言葉に、兄姉たちが改めて資料へ目を落とした。
レオナルドお兄様はスペード領。
ヴィクトリアお姉様はクラブ領。
ユリウスお兄様はダイヤ領。
エレオノーラお姉様はハート領。
それぞれが希望を述べ、特に重複することもなく担当が決まった。
皆、自分の得意なことを活かせそうな領地を選んだようだ。
うん。
よかったよかった。
「これで五領の担当が決まったな」
お父様が満足そうに頷く。
「赴任までの準備期間は設ける。各自、現地の領主と連絡を取り、必要な手続きを進めよ」
「承知いたしました」
四人の兄姉が答える。
私も慌てて頷いた。
「はい!」
「なお、二年後にはそれぞれの成果を報告してもらう。領地を任せる以上、責任を持って取り組むように」
……二年後。
そうよね。
ちゃんと成果は出さないといけない。
でも、二年間もあるのだ。
最初の一年くらい、のんびりしたって大丈夫でしょう。
残り一年で仕事をすればいい。
私は心の中で、改めて決意した。
まずは一年間、思いっきり遊ぶ。
そして二年目から本気を出す。
うん。
完璧だ。
「……リリアーナ」
会議が終わり、席を立とうとしたところで、レオナルドお兄様に呼び止められた。
「はい?」
「ジョーカー領で、何をするつもりなんだい?」
私はにっこりと微笑んだ。
「まだ秘密です!」
「……そうか」
お兄様は一瞬目を丸くしたあと、楽しそうに笑った。
「それは楽しみだね」
「はい! 私も楽しみです!」
もちろん、楽しみにしているものは違うのだけれど。
そんなことを知る由もないお兄様に見送られ、私は意気揚々と会議室を後にした。
待っていなさい、ジョーカー領!
私の夢の休暇が、もうすぐ始まるわ!
お読み頂き、ありがとうございます。




