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やり過ぎた!  作者: 涙目
第五章 トランプ地方編

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第一話 禍福は糾える縄の如し

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 ――ようやく、平穏な日々が戻ってきた。


 朝は好きな時間に起きて、昼はのんびりお茶を飲み、夜はふかふかのベッドで眠る。


 誰にも邪魔されず、何の心配もせず、ただひたすら怠惰な生活を送る。


 それこそが、私、リリアーナ・プレイングの理想とする人生である。


 前世では、仕事に追われる毎日だった。


 朝から晩まで働き、帰宅すれば倒れるように眠り、目を覚ませばまた仕事。


 そんな人生を送ったのだから、今世くらいはのんびり過ごしたって罰は当たらないはずだ。


 ましてや私は王女。


 働かなくても生活できるという、素晴らしい立場に生まれたのだから。


「サリナ、お茶のおかわりをお願い」


「かしこまりました、殿下」


 お気に入りの椅子に深く腰掛け、窓の外を眺める。


 ああ、素晴らしい。


 今日は天気もいいし、午後は庭を散歩するのも悪くない。


 それから昼寝をして、夕食を食べて、お風呂に入って……。


「殿下」


「なあに?」


「陛下よりお呼び出しでございます」


「…………」


 私はゆっくりとサリナを見た。


「……聞かなかったことにしていい?」


「よろしいかと存じます。ただし、後ほど陛下から直接お迎えが来る可能性はございますが」


「それは嫌ね」


「では、お支度を」


「……はぁ」


 どうしてこうなるのかしら。


 私、何か悪いことした?


 ただ静かに暮らしたいだけなのに。


 お父様からの呼び出しという時点で、嫌な予感しかしない。


 これまでだってそうだった。


 少し手伝うだけのつもりが、いつの間にか大仕事になっていたり。


 休暇のはずが、気づけば働いていたり。


 思い返すだけで疲れてくる。


「……サリナ」


「はい」


「今日は何事もなく帰ってこられると思う?」


「殿下のお考えになる『何事もなく』の基準によるかと」


「仕事が増えないことよ」


「では、難しいかもしれませんね」


「まだ何も聞いてないでしょう!?」


「これまでの傾向から申し上げました」


 否定できないのが腹立たしい。


 私は残っていたお茶を飲み干すと、重い腰を上げた。


     ◇


 王宮の会議室に入ると、すでに四人の兄姉が揃っていた。


 第一位、レオナルドお兄様。


 第二位、ヴィクトリアお姉様。


 第三位、ユリウスお兄様。


 第四位、エレオノーラお姉様。


 そして第五位の私。


 ……嫌な予感が、さらに強くなった。


「おや、リリアーナ。来たね」


 レオナルドお兄様が穏やかに微笑む。


「お兄様、ごきげんよう」


「ああ。最近はゆっくりできているかい?」


「はい! おかげさまで!」


「それはよかった」


 お兄様は嬉しそうに頷いた。


 この方は、私がのんびり暮らしたいことを知っている。


 だから、こうして気にかけてくださるのだ。


 なんて優しいお兄様なのかしら。


「……随分と機嫌がよさそうね、リリアーナ」


 ヴィクトリアお姉様がこちらを見る。


「はい。今日はとてもいいお天気ですので」


「……そう」


 なぜか考え込まれてしまった。


 天気がいいことに、何か問題でもあるのだろうか。


「父上からの呼び出しだ。何か新しい話があるのだろうな」


 ユリウスお兄様が言う。


「我々全員を集めたということは、王位継承に関わる話でしょうね」


 エレオノーラお姉様も頷いた。


 王位継承。


 その言葉を聞くだけで、私は憂鬱になる。


 私は王様になんてなりたくない。


 そもそも、最初は王位継承権すらなかったのだ。


 それなのに、どうして今は第五位なんてところにいるのかしら。


 人生とは理不尽なものである。


「陛下がお見えです」


 扉の向こうから声が響き、私たちは立ち上がった。


 入ってきたのは、国王であるお父様と、宰相のオズワルド・グレイ。


 お父様は私たちを見渡すと、満足そうに頷いた。


「皆、揃っておるな。座るがよい」


 私たちはそれぞれ席に着く。


 お父様も上座に腰を下ろし、宰相が用意された資料を配り始めた。


 ……資料。


 嫌な予感が確信に変わりつつある。


「さて、今日集まってもらったのは、次の試練について話すためだ」


 やっぱり!!


 私は心の中で叫んだ。


 試練!


 また試練!


 どうしてこの国の王位継承には、こうも試練が多いのかしら!


「今回は、これまでより長い期間を設ける」


 ……長い期間?


「二年間だ」


「…………」


 二年間。


 二年間ですって?


 私は思わずお父様を見つめた。


 冗談よね?


 二年間も働けという話ではないわよね?


「今回、お前たちにはそれぞれ一つの領地を任せる」


 ……あ。


 終わった。


 私の平穏な生活が終わった。


「舞台となるのは、トランプ地方だ」


 お父様の言葉に合わせ、宰相が大きな地図を広げた。


 そこには一つの地方と、それを五つに分ける領地の境界が描かれている。


「トランプ地方は、五つの領地で構成されている。今回の試練には都合がよい」


 なるほど。


 五人の継承権者に、一つずつ領地を与えるということね。


 ……いや、納得している場合じゃない。


 私は働きたくないのよ!


「それぞれの領地には、現在も統治を担っている領主がおる。お前たちはその者たちと協力し、二年間、領地の発展に努めよ」


 領主がいる。


 その言葉に、私は少しだけ希望を見いだした。


 つまり、実務を全て自分でやる必要はないということ?


 それなら、まだ何とかなるかもしれない。


「なお、領地の選択はお前たちに任せる」


 お父様は地図を指さした。


「ただし、同じ領地を二人が選ぶことは認めん。各自、一領ずつだ」


 宰相が説明を引き継ぐ。


「資料には、それぞれの領地の人口、産業、税収、治安状況、地理的条件などをまとめております。まずは内容をご確認ください」


 私は渡された資料を開いた。


 そこには、五つの領地の情報が記されていた。


 スペード領。


 クラブ領。


 ダイヤ領。


 ハート領。


 ジョーカー領。


 どれもトランプにちなんだ名前らしい。


 私は順番に目を通していく。


 スペード領は人口が多く、行政機構も大きい。


 ……面倒そう。


 クラブ領は治安に問題を抱えている。


 ……絶対に嫌。


 ダイヤ領は交通の要衝で、商人の往来が盛ん。


 ……人が多そうね。


 ハート領は商業が発達していて、経済活動が活発。


 ……仕事も多そう。


 そして、ジョーカー領。


 人口が少なく、産業もほとんどない。


 税収は低く、交通の便も悪い。


 資料を見る限り、五領の中で最も条件が悪い。


 ……ふむ。


 私はさらに読み進めた。


 領地の大部分を山地が占め、複数の河川が流れ、南側は海に面している。


 山。


 川。


 海。


 …………。


 私は地図を見た。


 もう一度、資料を見る。


 山。


 川。


 海。


 …………。


 え?


 ちょっと待って?


 これって……。


 私は思わず、口元を押さえた。


 いやいや、落ち着きなさい、リリアーナ。


 まだ決まったわけじゃない。


 詳しい話を聞いてから判断しましょう。


「質問はあるか?」


 お父様の声が響く。


 レオナルドお兄様が手を挙げた。


「父上、評価はどのように行われるのでしょうか」


「人口、税収、産業、治安、民の暮らしなどを総合的に判断する。単に税を多く集めればよいというものではない」


「承知いたしました」


 続いて、ヴィクトリアお姉様が尋ねる。


「領主の権限についてはいかがでしょうか」


「既存の領主は引き続き実務を担う。お前たちはその上に立ち、方針を示し、必要な判断を下すことになる。ただし、王族だからといって好き勝手にしてよいわけではないぞ」


「心得ております」


 ふむふむ。


 既存の領主が実務を担う。


 そして私たちは方針を示す。


 ……ということは。


 最初に大まかな方針を決めてしまえば、あとは領主に任せられるのでは?


 いや、もちろん、必要な仕事はするわよ?


 するけれど。


 二年間、朝から晩まで働けとは言われていない。


 それに……。


 私はもう一度、ジョーカー領の地図を見た。


 山。


 川。


 海。


 ……うん。


 これは、なかなか。


「では、今日は資料を持ち帰り、各自検討するがよい。領地の選択については――」


 お父様が話を続ける。


 私は地図に目を落としたまま、考えていた。


 山では何ができるだろう。


 川はどんな様子かしら。


 海もあるなら、きっと美味しい魚が獲れるわよね。


 ……ああ、でも。


 まだ実際に見たわけではないし、あまり期待しすぎるのもよくない。


 私は資料を閉じ、何食わぬ顔で姿勢を正した。


 少なくとも、さっきまでの憂鬱な気分は、どこかへ消えていた。


 お父様のお話が、少しだけ楽しみになってきたのである。

お読み頂き、ありがとうございます。

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