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やり過ぎた!  作者: 涙目
第四章 理念対立編

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終話 勝ち取った穏やかな一日

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。


 私は、久しぶりに気持ちのよい目覚めを迎えた。


 窓の外には青空が広がり、小鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。


 ……素晴らしい。


 何という平和な朝だろう。


 貴族派への対応も終わった。


 公開演説も終わった。


 お兄様やお姉様方との話し合いも終わった。


 つまり。


 ……仕事が終わったのである!


「サリナ!」


「おはようございます、殿下」


「おはよう! 今日の予定は?」


 私は、期待に胸を膨らませながら尋ねた。


 サリナは、手に持っていた予定表へ目を落とした。


「本日は、特にご予定はございません」


 ……。


 ……。


 私は、しばらく言葉を失った。


「……本当に?」


「はい」


「会議は?」


「ございません」


「書類の確認は?」


「ございません」


「お父様からの呼び出しは?」


「現時点では、ございません」


 ……。


 ……おお。


 おおおおお!


 ついに!


 ついに、この日がやってきた!


「サリナ!」


「はい」


「今日は休みよ!」


「左様でございますね」


「一日中、何もしなくていいのよ!」


「はい」


 私は、思わず両手を上げた。


 ……ああ。


 長かった。


 本当に長かった。


 思えば、ボーリング地方へ送られてからというもの、私の人生は仕事に振り回されてばかりだった。


 一年間の地方統治。


 王都へ戻ってきたと思ったら、王位継承権第五位。


 お兄様の地方で催し物を考えさせられ、海辺で休暇を取れると思ったら、また仕事。


 そして、今度は貴族派との政争である。


 ……。


 ……何なのだろう。


 私は、ただのんびり暮らしたいだけなのに。


 どうして、こんなにも仕事が増えていくのだろうか。


 ……まあ、いい。


 過ぎたことは忘れよう。


 今日という素晴らしい日を、全力で楽しむのだ。


「サリナ」


「はい」


「朝食は、いつもより少し遅くしてちょうだい」


「かしこまりました」


「それから、今日は誰とも面会しないわ」


「承知いたしました」


「お茶とお菓子を用意して、あとは好きな本でも読んで過ごそうかしら」


「よろしいかと存じます」


 ……。


 ……うん。


 完璧だ。


 私は、幸せな気持ちで寝台へ戻った。


「……殿下?」


「何かしら?」


「お着替えはなさらないので?」


「……今日は休みでしょう?」


「左様でございますが」


「なら、もう少し寝るわ」


 私は、毛布を頭まで被った。


 ……ああ。


 幸せ。


 これこそ、私が求めていた生活なのだ。


     ◇


 その頃、王城の執務室では、国王が宰相から報告を受けていた。


「……貴族派の動きは、どうなっておる?」


「昨日の演説以降、活動を控える者が増えております」


「そうか」


 国王は、満足そうに頷いた。


「ならば、当面は静かになるだろうな」


「はい。ただし、貴族派そのものが消滅したわけではございません」


「分かっておる」


 国王は、静かに答えた。


「そもそも、貴族が国政に意見を述べること自体は悪いことではない」


「左様でございます」


「今回の件で、各々が自分の考えを見直すのであれば、それでよい」


 宰相は、深く頷いた。


「それから、リリアーナ殿下の件でございますが」


 国王の表情が、少しだけ引き締まった。


「……暗殺未遂か?」


「いえ。そちらは引き続き調査中でございます」


「……そうか」


「今回は、殿下のご予定についてでございます」


 国王は、少しだけ目を瞬かせた。


「……予定?」


「はい。本日は、特に公務の予定が入っておりません」


 ……。


 国王は、しばらく黙っていた。


 そして、突然笑い始めた。


「はははっ! そうか!」


 宰相は、少し困ったような表情を浮かべた。


「……陛下?」


「いや、何でもない」


 国王は、笑いを堪えながら続けた。


「あやつ、さぞ喜んでおるだろうな」


「……そうでしょうな」


「ようやく休めると、寝台の中で喜んでおるに違いない」


 宰相は、思わず苦笑した。


「……容易に想像できますな」


 国王は、椅子の背に体を預けた。


「……まあ、しばらく休ませてやるか」


 宰相は、少し意外そうに顔を上げた。


「よろしいので?」


「何がだ?」


「陛下は、また何かお考えなのではないかと」


 国王は、愉快そうに笑った。


「はははっ! お前は儂を何だと思っておる!」


「……これまでのご行動を考えますと」


「言うな!」


 国王は、笑いながら手を振った。


 そして、少しだけ表情を改めた。


「……あやつも、よく働いた」


「はい」


「今回の件では、命まで狙われたのだからな」


 宰相は、静かに頷いた。


「……左様でございます」


「休ませる時は、きちんと休ませてやらねばならん」


 国王は、机の上に置かれた書類へ目を落とした。


「それに、今はまだ、次の試練を与える時ではない」


 宰相は、静かに頷いた。


「……承知いたしました」


 国王は、しばらく考え込んだ。


「……ただし」


 宰相の肩が、わずかに動いた。


「……ただし?」


「リリアーナの警護だけは、引き続き怠るな」


「承知しております」


「本人に気づかれぬよう、できるだけ自然にな」


「はい」


 国王は、満足そうに頷いた。


「……さて」


 宰相が、わずかに身構えた。


「……何でございましょう?」


「今日は、久しぶりに静かな一日になりそうだな」


 ……。


 宰相は、しばらく国王を見つめた。


 そして、深くため息を吐いた。


「……そうであれば、よろしいのですが」


     ◇


 昼過ぎ。


 私は、ようやく寝台から起き上がった。


 ……ああ。


 よく寝た。


 何という素晴らしい休日だろう。


 昼近くまで寝ていても、誰にも怒られない。


 仕事の予定もない。


 書類の山もない。


 ……最高である。


「サリナ」


「はい」


「お茶をお願い」


「かしこまりました」


 私は、長椅子へ腰を下ろした。


 窓からは、柔らかな日差しが差し込んでいる。


 テーブルの上には、サリナが用意してくれた焼き菓子が並んでいた。


 ……ああ。


 これよ。


 これこそ、私が求めていた生活なのだ。


「殿下」


「何かしら?」


「本日は、随分とおくつろぎでございますね」


「当然よ」


 私は、焼き菓子を一つ摘まんだ。


「だって、仕事がないんだもの」


「左様でございますね」


「……ねえ、サリナ」


「はい」


「私、こういう生活をずっと続けたいわ」


 サリナは、少しだけ目を瞬かせた。


「……ずっと、でございますか?」


「ええ」


 私は、満面の笑みで頷いた。


「朝は好きな時間に起きて、お茶を飲んで、本を読んで、お昼寝をする」


 ……。


「時々、気が向いたら散歩をして、美味しいものを食べる」


 ……。


「そして、夜になったら、また寝るの」


 ……。


 ……ああ。


 完璧だ。


 これ以上、何を望むというのだろう。


「……殿下」


「何かしら?」


「それでは、ほとんど何もなさっておられませんが」


「それがいいのよ!」


 私は、力強く答えた。


「何もしなくても暮らせる。それこそ、私の理想なの!」


 サリナは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに頷いた。


「……左様でございますか」


 ……。


 ……うん。


 分かってくれたようだ。


 私は、満足して紅茶を飲んだ。


 ……ああ。


 美味しい。


 幸せ。


「……ところで、殿下」


 ……。


 ……ん?


「……何かしら?」


「今後のご予定について、一つ確認しておきたいことがございます」


 ……。


 ……今後の予定?


 嫌な予感がする。


「……何?」


「今回の件が落ち着きましたら、殿下はどのようになさるおつもりでしょうか?」


 ……。


 ……どのように?


 私は、首を傾げた。


「……休むわ」


「……それは、本日のことでございますね」


「明日も休みたいわ」


「……そうではなく」


 サリナは、少しだけ困ったような表情を浮かべた。


「今後、王位継承者として、どのような活動をなさるおつもりなのかと」


 ……。


 ……ああ。


 そういうことか。


 私は、少し考えた。


 ……。


 ……うん。


 答えは、決まっている。


「……何もしないわ」


 サリナは、静かに私を見つめた。


「……何も、でございますか?」


「ええ」


 私は、満面の笑みで頷いた。


「だって、皆さんが頑張ってくださるのでしょう?」


 私は、指を折りながら続けた。


「レオナルドお兄様も、ヴィクトリアお姉様も、ユリウスお兄様も、エレオノーラお姉様も」


 ……。


「皆さん、それぞれに素晴らしいお考えをお持ちなのだから、私が何かする必要はないと思うの」


 ……。


 ……そう。


 完璧な理屈だ。


 私が何もしなくても、国はよくなる。


 そして、私は休める。


 ……素晴らしいではないか。


「……殿下」


「何かしら?」


「昨日も申し上げましたが、皆様が王位を目指しておられることと、殿下が公務を免除されることは、別の問題でございます」


 ……。


 ……。


 私は、ゆっくりとサリナを見た。


「……何を言ってるかわからないわ」


「殿下は、現在も王位継承権第五位であらせられます」


「……はい」


「そして、陛下から何らかのご命令があれば、それに従う必要がございます」


 ……。


 ……ああ。


 そうだった。


 私は、まだ王位継承権第五位なのだ。


 思い出したくない。


 わからないままでいたい。


 ……。


 ……どうして。


 どうして、あの時、第五位なんていただいてしまったのだろう。


「……サリナ」


「はい」


「王位継承権って、返上できないのかしら」


 サリナは、しばらく黙っていた。


「……殿下」


「何?」


「そのようなことを、軽々しく口になさらないでください」


「……でも、王になりたくないとは、もう皆の前で言ったわよ?」


「……それについても、申し上げたいことがございました」


 ……。


 ……え?


 私は、思わずサリナを見た。


「……何かしら?」


「王位継承者が、民衆の前で王位を望まないと宣言なさったのですよ?」


「……はい」


「陛下がお許しになったからよかったものの、本来であれば大問題でございます」


 ……。


 ……そうなの?


「……でも、嘘をつくのもよくないでしょう?」


「正直であれば何を申し上げてもよい、というわけではございません」


 ……。


 ……うっ。


 それは、そうかもしれない。


 私は、思わず視線を逸らした。


「……でも、皆さん、私の言葉を聞いてくださったわよ?」


「それは、殿下がこれまでに積み重ねてこられた実績があるからでございます」


「……実績?」


「はい。ボーリング地方の統治、ピンポン地方での催し物、サーフィン地方での対応。そして、今回の貴族派との一件」


 ……。


 ……ああ。


 そうだった。


 思い出したくない仕事の数々が、次々と挙げられていく。


「……それが、何か?」


「それだけの実績をお持ちの方が、王位を望まないと宣言なさったのです」


 サリナは、静かに続けた。


「周囲の方々が、どのように受け止めるか、お考えになりましたか?」


 ……。


 ……え?


「……そのまま受け止めてくださるのでは?」


「……殿下」


 サリナは、深いため息を吐いた。


「王位を望まないとおっしゃりながら、国のために働き、成果を上げてこられた方でございます」


 ……。


「そのような方を、民がどのように評価するか」


 ……。


 ……。


 ……あれ?


 私は、嫌な予感がしてきた。


「……サリナ」


「はい」


「……まさか」


「はい」


 サリナは、静かに頷いた。


「王位を望まないこと自体が、殿下の評価を高める可能性もございます」


 ……。


 ……。


 ……昨日も聞いたけど、やっぱり納得できない!


「……ちょっと待って」


「はい」


「私は、王になりたくないと言ったのよ?」


「存じております」


「皆さんの前で、はっきりと!」


「はい」


「それなのに、評価が上がるの!?」


「その可能性がございます」


 ……。


 ……。


 ……おかしい。


 絶対に、おかしい。


 私は、王位から遠ざかるために、あれほど堂々と宣言したのだ。


 それなのに、なぜ評価が上がるというのだろう。


「……サリナ」


「はい」


「……私、何か間違えたかしら?」


 サリナは、しばらく考え込んだ。


 そして、静かに答えた。


「……少なくとも、殿下のお望みとは、異なる結果になる可能性がございます」


 ……。


 ……。


 私は、ゆっくりと長椅子へ沈み込んだ。


 ……ああ。


 何ということだろう。


 仕事を減らしたくて頑張れば、仕事が増える。


 休みたくて成果を出せば、さらに期待される。


 そして、王になりたくないと宣言すれば、王としての評価が上がるかもしれない。


 ……。


 ……どうして。


 どうして、こうなるのだろう。


「……サリナ」


「はい」


「……もう、何も言わない方がいいのかしら」


「それは、場合によるかと存じます」


 ……。


 ……ですよね。


 私は、深くため息を吐いた。


     ◇


 夕方。


 私は、窓辺に立って王都の街並みを眺めていた。


 夕日が建物の屋根を赤く染め、遠くには帰宅する人々の姿が見える。


 ……ああ。


 平和だ。


 今日一日、何も起こらなかった。


 誰にも呼び出されず、仕事もせず、好きなだけのんびり過ごすことができた。


 ……素晴らしい。


 実に素晴らしい。


 ……ただし。


 私は、少しだけ眉をひそめた。


 ……王位継承権第五位。


 この肩書きだけは、どうにも厄介だ。


 返上しようにも、簡単にはいかないらしい。


 王になりたくないと公言しても、評価が上がる可能性があるという。


 ……。


 ……もう、どうすればいいのだろう。


「サリナ」


「はい」


「今日は、いい一日だったわね」


「左様でございますね」


「明日も、こんな日になるといいわ」


「……そうでございますね」


 ……。


 ……ん?


 私は、サリナを見た。


「……何、その間」


「いえ。何でもございません」


 ……。


 ……怪しい。


 ものすごく怪しい。


「……サリナ」


「はい」


「何か、知っているの?」


「特には、何も」


 ……。


 ……本当に?


 私は、じっとサリナを見つめた。


 サリナは、いつもどおりの無表情でこちらを見返している。


 ……。


 ……うん。


 分からない。


 この人、表情が変わらないのよね。


「……まあ、いいわ」


 私は、再び窓の外へ視線を向けた。


 ……。


 ……そう。


 明日のことは、明日考えればいい。


 今日は、今日の幸せを楽しむのだ。


 私は、ゆっくりと息を吐いた。


 ……ああ。


 これからも、こんな日が続きますように。


 私は、心の底からそう願った。

お読み頂き、ありがとうございます。

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