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やり過ぎた!  作者: 涙目
第四章 理念対立編

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第十六話 それぞれの語る未来

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 公開演説の日がやってきた。


 ……来てしまった。


 私は鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿を眺めていた。


 王族として公式の場に立つための礼装に、丁寧に整えられた髪。胸元には王家の紋章をあしらった装飾品まで付けられている。


 普段の服よりもずっと窮屈で、何より肩が凝りそうだ。


「サリナ」


「はい、殿下」


「今から急に体調が悪くなったら、演説は免除されるかしら?」


「医師をお呼びいたします」


「……そうじゃなくて」


「診察の結果、問題がなければ予定どおりご参加いただくことになるかと」


「……そうよね」


 私は深くため息を吐いた。


 そもそも、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 貴族派の理念を叩き潰す。


 そのために王位継承者全員による公開演説を提案した。


 ここまではいい。


 問題は、その後だ。


 演説の順番を決めるために、私がくじを用意した。


 七枚の紙片を作り、端の二枚を取り除き、残った五枚に番号を書いて折り畳んだ。


 誰が引いても公平になるように工夫した、完璧なくじ引きだった。


 ……完璧すぎた。


 四人に先に引いていただき、最後に残った一枚を私が受け取った結果、見事に五番を引き当てたのである。


 つまり、全員の演説が終わった後に、私が話さなければならない。


 ……自業自得とは、まさにこのことである。


「殿下、お時間です」


「……はい」


 私は諦めて立ち上がった。


 ……ああ、もう。


 さっさと終わらせて、お茶でも飲もう。


     ◇


 王城には、城下を一望できる大きな露台がある。


 普段は王族が式典などで姿を見せる場所だが、今日はそこが公開演説の会場となっていた。


 眼下には王城前の大広場が広がっている。


 そして、その広場には、既に大勢の人々が集まっていた。


 ……多い。


 想像していたより、ずっと多い。


 広場を埋め尽くす人々の姿に、私は思わず足を止めた。


「……お兄様」


「何かな?」


「本当に、あの方々全員が演説を聞きに来られたのですか?」


「そうだよ」


「……何か、他に催し物でもあるのでは?」


「残念ながら、今日は僕たちの演説だけだね」


「……そうですか」


 ……帰りたい。


 ものすごく帰りたい。


 レオナルドお兄様は、そんな私を見て楽しそうに微笑んでいる。


「君が提案したんだろう?」


「……はい」


「なら、堂々としていればいい」


「……それができれば苦労しません」


 私は小さくため息を吐いた。


 露台の周囲には、いつも以上に多くの近衛騎士が配置されている。


 当然だろう。


 つい先日、私は暗殺されかけたばかりなのだから。


 王城前の広場にも騎士たちが配置され、周囲の建物や屋根の上まで警戒しているという。


 露台へ通じる扉も、限られた者しか通れないようになっていた。


 ……うん。


 警備は大切だ。


 安全に演説できるのなら、それに越したことはない。


「……お兄様」


「うん?」


「ここから話して、本当に皆様に聞こえるのでしょうか?」


「広場の奥までは難しいだろうね」


「……ですよね」


 今回は、演説内容を記録し、後日、王都各地で布告することになっている。


 だから、広場に集まった全員が一言一句聞き取れなくても、内容自体は伝えられる。


 ……それなら、最初から布告だけでよかったのでは?


 いや。


 それでは、王位継承者が自分の言葉で語る意味が薄れてしまう。


 ……分かっている。


 分かっているのだけれど。


 やっぱり、人前で話すのは嫌だ。


 そんなことを考えていると、王城の鐘が鳴り響いた。


 いよいよ、演説が始まる。


     ◇


 進行役の役人が露台へ進み出た。


「これより、王位継承者による公開演説を開始いたします!」


 広場に集まった人々の声が、少しずつ静まっていく。


「本日は、王位継承権を持つ五名の殿下より、それぞれのお考えをお話しいただきます!」


 私たち五人が露台へ並ぶと、広場から大きな歓声が上がった。


 ……ひっ。


 思わず肩が跳ねた。


 ……落ち着け、私。


 ただの歓声だ。


 誰も襲ってきていない。


 ……いや、そういう問題ではないのだけれど。


「それでは、最初の演説者をご紹介いたします!」


 私は、くじ引きで決まった順番を思い出した。


 一、四、三、二、五。


 ……最後。


 よりによって、私が最後なのだ。


 他の皆さんが立派な演説をした後に、私が話さなければならない。


 ……何の罰ゲームだろう。


「王位継承権第一位、レオナルド・プレイング殿下!」


 大きな拍手が起こった。


 レオナルドお兄様が、ゆっくりと前へ進み出る。


 そして、広場を見渡した。


「王都の民よ。私は王位継承権第一位、レオナルド・プレイングだ。今日は諸君に、私が目指す王国の姿を語ろう」


 その声には、不思議と人を安心させる響きがあった。


「突然だが、諸君に一つ質問がある。国が豊かであるとは、どういうことだろうか?」


 ……おや?


 いきなり質問から入った。


「国庫に金貨が積み上がっていることだろうか。立派な城が建っていることだろうか。それとも、強い軍隊を持っていることだろうか」


 お兄様は少し間を置いた。


「どれも大切なことだ。しかし、私が最も大切にしたいのは、諸君が明日も安心して暮らせることだ」


 広場に静けさが広がった。


「朝、家族を送り出す時に、無事に帰ってくると信じられること。働いた分の対価を受け取り、家族と食卓を囲めること。病気や不作に見舞われても、明日を諦めずに済むこと」


 お兄様は、一つ一つ確かめるように言葉を重ねた。


「私は、その当たり前の暮らしを守れる国を作りたい」


 ……なるほど。


 いきなり大きな政策を語るのではなく、国民の暮らしから話を始めるのか。


「そのためには、問題が起きてから慌てるのでは遅い」


 お兄様は、地方から届いた報告書の話を始めた。


 橋が壊れてから修繕を命じれば、その間、商人は荷を運べず、農民は作物を売りに行けない。


 不作が起きてから食料を集めようとしても、必要な量を確保できるとは限らない。


「だから私は、各地方の状況を定期的に把握し、問題が大きくなる前に手を打てる仕組みを整えたいと考えている」


 お兄様は、現在取り組んでいる行政の仕事についても語った。


 各地方からの報告を読み、担当者の意見を聞き、限られた予算をどこへ使うべきか考える。


 時には、どちらも正しい主張の中から、一つを選ばなければならないこともあるという。


「例えば、ある地方では橋の修繕を求め、別の地方では食料備蓄の増強を求めているとしよう。両方をすぐに実現できればよいのだが、国の財源には限りがある」


 お兄様は、静かに続けた。


「その時、どちらかを選ぶのが王の仕事だ。そして、選ばなかった者たちにも、なぜその判断をしたのか説明する責任がある」


 ……。


 私は思わず頷いた。


 そうなのだ。


 決めるだけなら、誰にでもできる。


 問題は、その後である。


「私は、すべての判断を正しく下せるとは言わない。間違えることもあるだろう。だが、その間違いを認め、改めることのできる王でありたいと考えている」


 お兄様は広場へ向かって、深く頭を下げた。


「諸君の声を聞き、諸君と共に考え、諸君の明日を守る。それが、私の目指す王の姿だ」


 広場から、大きな拍手が起こった。


 ……すごい。


 お兄様は、難しい政策の話をしていたはずなのに、最後まで聞きやすかった。


 まるで、広場にいる一人一人へ話しかけているようだった。


 ……さすが第一位。


 ああいう人が王になれば、私は安心して昼寝ができると思う。


 ……ぜひ、そうなっていただきたい。


     ◇


「続きまして、王位継承権第四位、エレオノーラ・プレイング殿下!」


 エレオノーラお姉様が進み出ると、広場の空気が少し変わった。


 背筋を伸ばし、優雅に一礼する。


 その立ち姿だけで、王族としての品格が伝わってくる。


「皆様、ごきげんよう。エレオノーラ・プレイングですわ」


 お姉様は柔らかく微笑んだ。


「本日は、皆様に一つ、お伝えしたいことがありますの」


 ……おお。


 いかにもお姉様らしい。


「どうか、ご自身や、お子様の可能性を、最初から諦めないでいただきたいのですわ」


 広場が静まり返った。


「私たちは、生まれる家を選ぶことができません。ですが、何を学び、どのような力を身につけるかによって、未来を変えることはできますわ」


 お姉様は、静かに語り始めた。


「以前、私はある職人から話を聞きましたの。その方には、非常に優秀な弟子がいたそうです。けれど、その弟子は文字を読むことができず、技術を書き残すことも、他の土地の技術書から学ぶこともできなかったそうですわ」


 ……。


「その職人は、こうおっしゃいました。『あの子が文字を読めたなら、きっと私よりも立派な職人になれるのに』と」


 お姉様は、少し悲しそうに微笑んだ。


「私は、その言葉が忘れられませんの」


 ……なるほど。


 お姉様は、制度の話ではなく、人の話から始めたのだ。


「学ぶ機会がないという理由だけで、才能が埋もれてしまう。それは、その方だけの損失ではありません。王国にとっても、大きな損失ですわ」


 お姉様は、ゆっくりと広場を見渡した。


「私は、各地方に読み書きと計算を学べる場所を増やしたいと考えていますの。すべての子供を王都の学校へ集める必要はありません。町や村で、暮らしに必要なことを学べるようにすればよいのですわ」


 もちろん、教師を確保することも、教材を用意することも簡単ではない。


 お姉様は、その難しさを隠さなかった。


「だからこそ、最初からすべてを変えるとは申しません。まずは、学びたい方がいる地域と、教えられる方がいる地域を調べ、小さな教室から始めたいと考えていますの」


 ……。


 ああ、なるほど。


 理想を語るだけではなく、最初の一歩まで考えている。


「また、職人が弟子を育てることも、立派な教育ですわ。技術を次の世代へ伝える方々を支える仕組みも、整えていきたいと思っています」


 お姉様はそこで、少しだけ表情を引き締めた。


「ただし、学ばなければならないのは、平民だけではありませんのよ」


 ……。


「王族も、貴族も、同じですわ」


 広場の一角に集まっていた貴族たちの方へ、お姉様は視線を向けた。


「高い地位に生まれたというだけで、人より優れていることにはなりません。むしろ、多くの人々の生活に関わる立場だからこそ、より多くを学び、自らを律する必要がありますわね」


 ……おお。


 なかなか厳しい。


 けれど、お姉様は責め立てるような口調にはならなかった。


「私は、誰かを引きずり下ろす国ではなく、誰もが今より一歩高いところへ進める国を作りたいのですわ」


 ……。


「身分を理由に夢を諦める方を、一人でも減らしたい。学びたいという願いを、叶えられる国にしたいのです」


 お姉様は、胸に手を当てた。


「そのために、私自身も学び続けますわ。皆様の可能性を信じる王であるために」


 お姉様が一礼すると、広場から温かな拍手が起こった。


 ……すごい。


 レオナルドお兄様が安心を語る人なら、エレオノーラお姉様は希望を語る人なのだろう。


 ……うん。


 お姉様が王になっても、きっといい国になる。


 私も安心して昼寝ができそうだ。


     ◇


「続きまして、王位継承権第三位、ユリウス・プレイング殿下!」


 ユリウスお兄様が進み出た。


 他のお二人とは違い、お兄様は挨拶もそこそこに、真っ直ぐ広場を見据えた。


「王都の皆、聞いてくれ!」


 ……おお。


 声が大きい。


 露台からでも、広場のかなり奥まで届きそうだ。


「俺はユリウス・プレイングだ! 今日は難しい言葉を並べるつもりはない! 俺が王になった時、何を守りたいのか。それを話す!」


 ……分かりやすい。


 非常に分かりやすい。


「俺が守りたいのは、この国で暮らす人々だ!」


 お兄様は拳を握った。


「皆は、夜道を歩く時に盗賊を恐れたいか? 商売のために街道を通るたび、命の心配をしたいか? 家族が帰ってくるまで、無事を祈り続けたいか?」


 広場から、いくつもの声が上がった。


 もちろん、答えは否である。


「俺も、そんな国は嫌だ!」


 ……。


 ……お兄様。


 演説というより、兵士を鼓舞する時のような勢いですね。


「だから俺は、軍と治安を立て直したい!」


 お兄様は、街道の警備について具体的に語り始めた。


 盗賊の被害が多い場所を調べ、警備隊の巡回経路を見直す。


 地方の守備隊同士が情報を共有し、盗賊が隣の領地へ逃げれば追跡が止まるような状況をなくす。


 また、兵士たちの訓練や装備を整え、実際に民を守れる部隊を育てる。


「だが、兵士を増やせば、それで済むわけじゃない!」


 お兄様は声を強めた。


「兵士だって人間だ! 食事が必要だ! 休息が必要だ! 家族もいる! 十分な訓練も受けず、まともな装備も与えられないまま危険な場所へ送り出す。それで民を守れと言っても、無理な話だ!」


 ……。


 ……おお。


 現場のことを、よく考えている。


「俺は今、軍の訓練や警備の実情を学んでいる! 机の上で兵士の数を数えるだけでは、分からないことがあるからだ!」


 お兄様は、一度言葉を切った。


「そして、もう一つ! これは必ず覚えておいてほしい!」


 ……。


「軍は、王族や貴族の私物じゃない!」


 広場が静まり返った。


「剣を持つ者には、剣を持たない者を守る責任がある! 力があるからといって、好き勝手に振るっていいわけじゃない!」


 ……。


 お兄様は、広場を真っ直ぐ見つめた。


「もし俺が王となり、軍を動かす命令を出すなら、その命令によって失われるものにも、目を向けなければならない」


 先ほどまでの勢いとは違い、その声は重かった。


「戦えば、傷つく者がいる。命を落とす者がいる。帰りを待つ家族がいる」


 ……。


「だから俺は、簡単に剣を抜く王にはならない」


 お兄様は、力強く言い切った。


「だが、守るべき時には、決して逃げない!」


 ……。


「それが、俺の覚悟だ!」


 お兄様が頭を下げると、広場から割れんばかりの拍手が起こった。


 ……すごい。


 何というか。


 聞いているだけで、こちらまで気合いが入ってくる。


 ……ただし。


 私は、あまり気合いを入れたくない。


 できれば、静かに暮らしたい。


 ……でも、ユリウスお兄様が王になれば、治安はよくなりそうだ。


 安心して昼寝ができる国になるかもしれない。


     ◇


「続きまして、王位継承権第二位、ヴィクトリア・プレイング殿下!」


 ヴィクトリアお姉様が進み出た。


 お姉様は一礼すると、落ち着いた声で語り始めた。


「王都の皆さん。ヴィクトリア・プレイングです」


 その表情は、先ほどのユリウスお兄様とは対照的だった。


 感情を前面に出すのではなく、一つ一つの言葉を明確に伝えようとしている。


「本日は、王国の経済についてお話しします」


 ……。


 ……お金の話。


 実に分かりやすい。


「王国を豊かにするには、どうすればよいのでしょうか。税を増やせばよいのでしょうか。それとも、商人から多くの金を集めればよいのでしょうか」


 お姉様は、首を横に振った。


「私は、そうは考えません」


 ……。


「税を増やせば、一時的に国庫へ入る金は増えるかもしれません。しかし、商人が商売をやめ、職人が品物を作れなくなり、農民が土地を離れてしまえば、いずれ税収は減ります」


 ……なるほど。


 最初から、経済の仕組みを説明するのか。


「重要なのは、税収そのものではなく、税を生み出す経済活動です」


 お姉様は、広場を見渡した。


「例えば、ある村で良質な小麦が収穫されたとします。しかし、村の近くには買い手が少なく、王都へ運ぶには時間も費用もかかる。そのため、安い値段で売るしかないとします」


 ……。


「一方、王都では小麦が不足し、パンの値段が上がっているかもしれません」


 お姉様は、そこで少しだけ声を強めた。


「小麦はある。買いたい人もいる。それなのに、互いに届かない」


 ……。


「これは、作物が足りないのではありません。運ぶ仕組みが足りないのです」


 ……おお。


 説明が上手い。


「だから私は、街道や市場を整え、各地方の産業と商業を結びつけたいと考えています」


 お姉様は、具体的な方策を挙げていった。


 各地方の特産品と生産量を調べること。


 荷物を運ぶための街道や橋を整備すること。


 市場で課される税や手数料を調べ、不必要な負担を見直すこと。


 そして、商人たちが安心して取引できるよう、取引上の決まりを明確にすること。


「ただし、道を造れば必ず豊かになるわけではありません」


 ……。


「費用をかけて整備した道が、ほとんど使われなければ、それは無駄な支出です。だからこそ、何を造るか決める前に、何が必要とされているのかを調べなければなりません」


 ……。


 ……ああ。


 この人、絶対に予算書の数字を一つ一つ確認するタイプだ。


 ……私の仕事が増えそうなので、部下にはなりたくない。


「私は現在、各地方の交易や産業について学び、商人たちから実際の取引について話を聞いています。王都の机の上だけで、すべてが分かるとは考えていません」


 お姉様は、真っ直ぐ前を見据えた。


「王国の財源は、無限ではありません。私たち王族が使う金も、民の皆さんが働いて納めたものです」


 ……。


「だからこそ、何に使い、何を得られたのかを、説明できなければなりません」


 その声は、凛としていた。


「成果を上げた時には、その成果を国民へ返す。失敗した時には、その原因を調べ、改める。誰かに責任を押しつけて終わらせるようなことは、しません」


 ……。


「私は、働く人が報われる国を作りたいと考えています」


 お姉様は、最後に深く一礼した。


「王国の豊かさとは、国庫の金貨の数ではありません。民の暮らしの豊かさであるべきだと、私は考えています」


 広場から、大きな拍手が起こった。


 ……。


 ……すごい。


 ヴィクトリアお姉様は、最初から最後まで理路整然としていた。


 話に無駄がない。


 しかも、具体的な数字や費用のことまで考えている。


 ……うん。


 お姉様が王になれば、国庫は安心かもしれない。


 ……ただし。


 予算を無駄遣いしたら、ものすごく怒られそうだ。


 ……私は絶対に、経理担当にはなりたくない。


     ◇


「最後に、王位継承権第五位、リリアーナ・プレイング殿下!」


 ……。


 ……。


 私の番が来てしまった。


 レオナルドお兄様は、国民に安心を約束した。


 エレオノーラお姉様は、未来への希望を語った。


 ユリウスお兄様は、民を守る覚悟を示した。


 ヴィクトリアお姉様は、国を豊かにする道筋を示した。


 ……。


 ……全員、立派すぎません?


 この後に私が話すの?


 本当に?


「リリアーナ」


 レオナルドお兄様が、こちらを見て微笑んだ。


「君の番だよ」


「……はい」


 私は、ゆっくりと露台の先端へ向かった。


 ……大丈夫。


 昨日、何度も練習した。


 話す内容も、きちんと考えてきた。


 ……たぶん。


 私は深く息を吸った。


「王都の皆様。本日は、私たちの話を聞いていただき、ありがとうございます」


 ……うん。


 ちゃんと声が出ている。


「私は、王位継承権第五位、リリアーナ・プレイングです」


 広場から、大きな歓声が上がった。


 ……。


 ……ああ、もう。


 こうなったら、仕方がない。


「まず、最初に申し上げておきたいことがあります」


 私は、一度言葉を区切った。


「私は、王になりたくありません!」


 ……。


 ……。


 広場が静まり返った。


 ……あれ?


 何だか、思っていた反応と違う。


 私は慌てて続けた。


「い、いえ! 決して、王としての責任を軽く考えているわけではありません!」


 ……。


「むしろ、責任が重いからこそ、王になりたくないんです!」


 ……。


 ……あ。


 これ、余計にまずい気がする。


 私は、一度深呼吸した。


「私は、できることなら、毎日のんびり暮らしていたいと思っています」


 広場の前方から、小さな笑い声が聞こえた。


「仕事は、できるだけ少ない方がいいですし、面倒なことは、できるだけ避けたいと思っています」


 今度は、もう少し大きな笑い声が聞こえた。


 ……。


 ……まあ、いいか。


 どうせ、隠しても仕方がない。


「ですが、私は、仕事をしないために、何もしないわけではありません」


 私は、ゆっくりと続けた。


「仕事を減らすためには、まず、仕事が増える原因をなくさなければなりません」


 ……。


「例えば、同じ問題が何度も起きるのであれば、その原因を調べ、二度と起きないようにする。無駄な手続きがあるのであれば、それを見直す。誰か一人に仕事が集中しているのであれば、分担できるようにする」


 私は、王都の街並みを見渡した。


「そうすることで、皆が少しずつ楽になれると思うんです」


 ……。


「私は、王になりたいとは思っていません。ですが、もし王となるのであれば、誰もが無理をせずに暮らせる国を目指したいと思っています」


 私は、静かに続けた。


「そのために、無駄な仕事を減らし、必要な仕事をきちんと行える仕組みを作りたいと考えています」


 ……。


「私はこれまで、いくつかの地方で仕事をしてきました」


 ボーリング地方での行政改革。


 ピンポン地方での大会運営。


 サーフィン地方での非常時対応。


 私は、それらの経験について簡単に説明した。


「その中で、私が最も強く感じたことがあります」


 ……。


「それは、仕事が増える原因の多くが、仕組みの問題だということです」


 私は、一度言葉を区切った。


「担当者が変わるたびに仕事の進め方が変わる。必要な情報が共有されず、同じ確認を何度も繰り返す。問題が起きるまで誰も気づかず、起きてから慌てて対応する」


 ……。


「こうしたことが続けば、働く人は疲れてしまいます」


 私は、広場を見渡した。


「だからこそ、私は、誰か一人が頑張らなければ回らない国ではなく、皆が無理なく仕事を続けられる国を作りたいと思っています」


 ……。


「もちろん、すべての仕事をなくすことはできません」


 私は、少しだけ笑った。


「……できるなら、なくしたいんですけど」


 広場から、笑い声が起こった。


 ……よし。


 少しは空気が和らいだ。


「ですが、必要な仕事までなくしてしまえば、困るのは国民の皆様です」


 私は、ゆっくりと続けた。


「だからこそ、必要な仕事はきちんと行い、無駄な仕事を減らす。そのための仕組みを整えることが、大切だと考えています」


 ……。


「そして、もう一つ」


 私は、少しだけ声を強めた。


「任せるということと、責任を押しつけるということは、違います」


 広場が静まり返った。


「王族であっても、貴族であっても、権限を持つのであれば、その権限に伴う責任を負わなければなりません」


 ……。


「私たち王侯貴族は、民の皆様が納めてくださった税によって生活をしています」


 私は、広場を見渡した。


「だからこそ、私たちには、その税に見合う仕事をする責任があります」


 ……。


「私は、仕事が嫌いです」


 ……。


「ですが、任された仕事の責任から逃げるつもりはありません」


 私は、一度深く息を吸った。


「もし私が王となるのであれば、皆様が安心して暮らせるように、必要な仕事をきちんと行い、無駄な仕事を減らしていくことをお約束します」


 ……。


「そして、できることなら」


 私は、少しだけ笑った。


「私も、皆様も、今より少しだけのんびり暮らせる国にしたいと思っています」


 広場から、笑い声が起こった。


 私は、深く頭を下げた。


「以上です。ご清聴、ありがとうございました」


 ……。


 ……。


 しばらく、何の音もしなかった。


 ……あれ?


 ……失敗した?


 そう思った、その瞬間。


 ――パチ。


 どこかから、小さな拍手が聞こえた。


 ――パチ、パチ。


 それが、少しずつ広がっていく。


 そして。


 ――ワアアアアアアッ!


 広場から、大きな歓声が上がった。


 ……。


 ……え?


 私は、思わず顔を上げた。


 広場に集まった人々が、こちらへ向かって拍手を送っている。


 ……。


 ……ああ。


 よかった。


 どうやら、ちゃんと伝わったらしい。


 私は、胸を撫で下ろした。


 ……これで。


 ……ようやく終わりだ。


     ◇


 五人の演説が終わり、広場には大きな拍手が響き渡っていた。


 私は、ようやく肩の力を抜いた。


 ……終わった。


 ……本当に終わった。


 これで、しばらくは休めるはずだ。


 ……いや、休ませてほしい。


 そんなことを考えていた、その時だった。


 ――ガタッ。


 背後で、椅子が動く音がした。


 ……ん?


 振り返ると。


 お父様が、ゆっくりと立ち上がっていた。


 ……。


 ……え?


 お父様?


 何をなさるおつもりですか?


 レオナルドお兄様も、驚いたようにお父様を見ている。


 ヴィクトリアお姉様も、ユリウスお兄様も、エレオノーラお姉様も、同じだった。


 ……誰も、何も聞いていないらしい。


 お父様は、私たちの視線など気にする様子もなく、ゆっくりと露台の先端へ向かった。


 そして、広場を見渡した。


 ……。


 ……待って。


 まさか。


「王都の民よ!」


 お父様の声が、広場へ響き渡った。


 広場が、再び静まり返る。


「余は、プレイング王国国王である!」


 ……。


 ……。


 私は、思わず口を開けた。


 ……お父様?


 演説するなんて、聞いていませんけど?


 お父様は、ゆっくりと王都の街並みを見渡した。


「本日、五人の王位継承者たちが、それぞれの考えを語った」


 ……。


「それぞれが異なる理想を持ち、異なる道を歩もうとしている」


 ……。


「だが、余は、それでよいと思っている」


 お父様は、静かに続けた。


「王とは、すべてを知る者ではない。すべてを成し遂げる者でもない」


 ……。


「王とは、民の暮らしを預かり、その責任を負う者である」


 広場が静まり返った。


「王が一人で国を動かしているわけではない。貴族が一人で国を支えているわけでもない」


 ……。


「この国を支えているのは、日々働き、暮らしを営む民である」


 私は、思わず顔を上げた。


 ……お父様。


「王族も、貴族も、その民に支えられていることを忘れてはならぬ」


 ……。


「権限を持つ者は、その権限に伴う責任を負わなければならぬ。責任を負わぬ権力など、あってはならぬ」


 ……。


 ……ああ。


 そうか。


 お父様は。


 私たちの演説を聞いたうえで、最後に、ご自身の考えを語ろうとしているのだ。


「余は、これまで多くの判断を下してきた」


 お父様は、静かに続けた。


「正しかったものもあれば、誤っていたものもある」


 ……。


「だが、その結果から逃げることだけは、してはならぬと思っている」


 ……。


「それが、王としての責任である」


 広場は、静まり返っていた。


 誰もが、お父様の言葉に耳を傾けている。


「本日、余の子らは、それぞれの覚悟を語った」


 お父様は、ゆっくりと私たちへ視線を向けた。


「余は、その言葉を誇りに思う」


 ……。


 ……お父様。


「そして、民よ」


 お父様は、再び王都へ向き直った。


「どうか、見届けてほしい」


 ……。


「この者たちが、これから何を学び、何を成し、どのような王国を築こうとするのかを」


 ……。


「王位とは、与えられるだけのものではない。その責任を負う覚悟を示し続けることで、初めて意味を持つものだ」


 お父様は、静かに言葉を締めくくった。


「余もまた、王として、その責任を果たし続けることを、ここに誓おう」


 ……。


 ……。


 しばらく、静寂が続いた。


 そして。


 ――ワアアアアアアッ!


 広場から、大きな歓声が上がった。


 私は、その光景を呆然と見つめていた。


 ……すごい。


 ……本当に、すごい。


 お父様は、たった一度の演説で、私たち五人の言葉を一つにまとめてしまった。


 しかも、貴族派の理念を、真正面から否定している。


 ……なるほど。


 これが、王なのか。


 私は、静かに息を吐いた。


 ……でも。


 ……お父様。


 一つだけ、言わせてください。


 予定にない演説を、勝手に始めないでいただけませんか?


 ……心臓に悪いんですけど。


 私は、深くため息を吐いた。


 ……ああ、もう。


 貴族派の理念を叩き潰すために、公開演説を企画した結果。


 最後には、お父様まで演説を始めてしまった。


 誰も頼んでないわよね!?

お読み頂き、ありがとうございます。

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