第十二話 行方不明を満喫する
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
行方不明になっているはずの私は、王城の自室でのんびりとお茶を飲んでいた。
正確には、のんびりしているつもりだった。
何しろ、朝からサリナが何度も時計を確認しているし、廊下では人の行き来する足音が絶えない。私の部屋に入れる人間は限られているものの、城中で捜索が行われている以上、落ち着かないのは仕方がないのだろう。
……私としては、もう少し静かにしていただきたいのだけれど。
「サリナ。お茶のおかわりをお願い」
「かしこまりました。ですが、殿下」
「何?」
「そろそろ報告が届く頃かと存じます」
「分かっているわよ。だから、ここで待っているんじゃない」
「お茶を三杯もお飲みになりながら、ですか?」
「待っている間にお茶を飲んではいけないという法律でもあるの?」
「ございません」
「なら問題ないわね」
サリナは何か言いたそうな顔をしたものの、それ以上は追及してこなかった。
ありがたい。
もっとも、私だって何も考えていないわけではない。
暗殺者たちが仲介者のところへ向かい、ダニエルが家族の返還を要求する。そこで仲介者が上の人間に確認を取れば、密偵がその後を追う。
作戦としては単純だ。
ただし、単純だからといって成功するとは限らない。
相手がその場で報酬を支払うかもしれないし、ダニエルの家族について何も知らないかもしれない。そもそも、仲介者が逃げ出す可能性だってある。
その場合は、また別の方法を考えるしかない。
……面倒くさい。
どうして私は、のんびり暮らすためにこんなことまで考えなければならないのだろう。
そんなことを考えていると、扉が叩かれた。
「リリアーナ、僕だよ」
「どうぞ、お兄様」
入ってきたレオナルドお兄様は、いつもと変わらない穏やかな表情をしていた。
けれど、その後ろに控える騎士が書類を持っているのを見て、私は思わず姿勢を正した。
「何か分かりましたか?」
「うん。仲介者が動いたよ」
「本当ですか!」
「ダニエルが妻と娘の返還を要求したところ、上に確認すると言って建物を出たそうだ」
私は思わず両手を合わせた。
「よかった。それで、どちらへ?」
「王都の貴族街にある屋敷だよ。屋敷の主人は貴族派に属している人物だった」
「……貴族派、ですか」
エレオノーラお姉様から聞いた話を思い出す。
王を国の象徴として置き、実際の政治は貴族たちが担うべきだと考える一派。
もっとも、貴族派に属しているからといって、全員が暗殺に賛成しているとは限らない。
それに、屋敷を訪ねたという事実だけで、主人が事件に関与していると決めつけることもできない。
「何か、直接的な証拠は見つかったんですか?」
「密偵が、仲介者と屋敷の主人の会話を聞いている。第五位の件について確認し、報酬を支払うよう指示していたそうだよ」
「……なるほど」
「それから、ダニエルの家族についても話していた。まだ解放するな、とね」
私は持っていたカップを静かに置いた。
「……そうですか」
ダニエルは、妻と娘を取り戻すために私の情報を流していた。
もちろん、だからといって罪が消えるわけではない。
けれど、家族を人質に取られていたという事情は、無視していいものでもない。
「それで、お兄様。その貴族は?」
「仲介者とともに身柄を確保したよ。父上から事前に許可を得ていたからね」
「ありがとうございます」
「ただ、まだ取り調べは始まったばかりだ。どこまで関与していたのかは、これから確認することになる」
「はい。それで構いません」
私は頷いた。
捕まえたから犯人。
そんな簡単な話ではない。
証言があっても、事実と一致するか確認しなければならないし、本人が認めたとしても、誰かを庇っている可能性だってある。
……ああ、もう。
考えれば考えるほど、仕事が増えていく。
「ところで、お兄様」
「何かな?」
「ダニエルの奥様と娘さんは?」
レオナルドお兄様の表情が少し曇った。
「まだ見つかっていない」
「……そうですか」
「捕らえた仲介者に確認しているけれど、今のところ居場所を話そうとしないんだ」
私は腕を組んだ。
貴族と仲介者を捕まえた。
それ自体は大きな進展だ。
けれど、人質が残っている以上、喜んでばかりもいられない。
「では、まずは奥様と娘さんの救出を優先しましょう」
「僕もそのつもりだよ」
「ダニエルには、まだ見つかっていないことを伝えていますか?」
「うん。彼には安全な場所で待機してもらっている」
「分かりました」
私は立ち上がった。
「では、取り調べの様子を見に行きましょう」
「……リリアーナ?」
「はい?」
「君は今、行方不明になっているんだよ?」
「……あ」
忘れていた。
いや、正確には忘れていたわけではない。
ただ、問題があるなら直接確認した方が早いと思っただけだ。
「それに、取り調べは担当者に任せればいい。君がわざわざ出向く必要はないよ」
「……そうですね」
「必要な情報はこちらへ届けてもらうから、君は待っていて」
「はい」
私は素直に椅子へ戻った。
すると、サリナが新しいお茶を注いでくれる。
……あら?
これ、私が働かなくても事件が進んでいるのでは?
「……お兄様」
「何かな?」
「やはり、仕事は適切な方にお任せするのが一番ですね」
「うん。それは間違っていないと思うよ」
「ですよね!」
「ただし、君が行方不明のままでいる理由にはならないからね」
「……」
先回りされた。
◇
王城の一室では、捕らえられた貴族の取り調べが行われていた。
男は椅子に座り、向かいにいる騎士を睨みつけている。
「何度も言わせるな! 私は何も知らん!」
「では、先ほどの仲介者との会話について説明していただけますか?」
「あれは仕事の報告を受けていただけだ!」
「何の仕事でしょうか?」
「……」
男は口を閉ざした。
騎士は手元の記録を確認してから、質問を続ける。
「第五位王女殿下について話されていましたね?」
「王女殿下が行方不明になったと聞いただけだ!」
「それでは、なぜ報酬を支払うよう指示されたのでしょう?」
「……」
「また、騎士ダニエル・フォードの妻子について、解放しないよう命じられた理由は?」
「知らん! 私はそんなことを言っていない!」
騎士は表情を変えなかった。
「承知しました。では、その点についても確認を進めます」
「貴様、私を誰だと思っている!」
「存じております」
「ならば、このような無礼が許されると思うな!」
「現在は、王族に対する暗殺未遂事件の関係者としてお話を伺っております」
男は顔を赤くした。
「関係者だと!? 私が王女を殺そうとしたとでも言うのか!」
「それを確認するための取り調べです」
「ふざけるな!」
男が机を叩いた。
しかし、騎士は動じない。
「では、質問を変えましょう。ダニエル・フォードの妻子がどこにいるのか、ご存じですか?」
「知らん!」
「仲介者の男は、貴方の指示で解放を見合わせたと話しています」
「勝手に言わせておけ!」
「承知しました」
騎士は淡々と記録を続けた。
怒鳴られたからといって、証言が事実になるわけではない。
逆に、否定されたからといって、疑いが晴れるわけでもない。
必要なのは、裏付けだった。
◇
一方、別室では仲介者の男が取り調べを受けていた。
こちらは貴族とは違い、最初から諦めたような態度を見せていた。
「……俺は言われたとおりに動いただけだ」
「誰に言われた?」
「さっき捕まった貴族だ」
「第五位王女殿下の暗殺を依頼したのも、その人物か?」
「俺が受けた指示はそうだ」
「それを裏付けるものはあるか?」
「……報酬の前金を受け取った時の記録なら残っている」
騎士が顔を上げた。
「どこに?」
「俺の仕事場だ。床下に隠してある」
「確認させてもらおう」
「好きにしろ」
男は力なく答えた。
騎士は記録を続けながら、次の質問をした。
「ダニエル・フォードの妻子について聞きたい」
「……」
「二人はどこにいる?」
「俺は知らない」
「本当に?」
「ああ。俺はダニエルを脅す役目を任されただけだ。実際に家族を拘束している連中とは会ったこともない」
「では、誰が居場所を知っている?」
「……貴族の方だろうな」
「そう判断する理由は?」
「俺が家族を返してくれと言われるたびに、あの貴族へ確認を取っていたからだ。解放するかどうかを決めるのも、いつもあの人だった」
騎士は頷いた。
「分かった。では、脅迫の指示を受けた時期と、その際のやり取りを詳しく聞かせてほしい」
男はしばらく俯いていたが、やがて小さく頷いた。
◇
「……なるほど」
レオナルドお兄様から新しい報告を聞いた私は、思わず腕を組んだ。
仲介者は、貴族から指示を受けていたと証言したらしい。
さらに、報酬の受け渡しに関する記録も残っているという。
ただし、それだけで事件の全容が分かるわけではない。
「つまり、捕まえた貴族が暗殺を依頼した可能性は高いけれど、その方が最初に考えたとは限らないんですね?」
「そういうことだね」
「それに、ダニエルの奥様と娘さんがどこにいるのかも、まだ分からない」
「うん」
私は深くため息を吐いた。
「……捕まえた後の方が大変じゃないですか」
「そういうものだよ」
「……」
嫌なものだ。
犯人を捕まえれば終わり。
そんな簡単な事件だったら、どれだけよかったことか。
「お兄様。貴族派というのは、どのくらいの人数がいるんですか?」
「正確な人数は分からないね。そもそも、貴族派と呼ばれている人たちが、全員同じ考えを持っているわけでもないから」
「そうですよね」
エレオノーラお姉様から聞いた話では、貴族派は王の権限を貴族たちへ移すことを望んでいるらしい。
けれど、そこに所属する人々の目的が全員一致しているとは限らない。
王権を制限したい者。
貴族の権限を強めたい者。
単に有力貴族との関係を維持したい者。
それぞれ事情が違うのだろう。
「……面倒ですね」
「政治というのは、そういうものだからね」
「私は政治家には向いていないと思います」
「そうかな?」
「はい。面倒なことが嫌いなので」
レオナルドお兄様は、なぜか楽しそうに笑った。
「でも、リリアーナは面倒なことを減らすためなら、随分と頑張るよね」
「……」
それは否定できない。
今回だって、暗殺者に怯えながら生活するのが嫌だから、わざわざこんな作戦を考えたのだ。
……あれ?
もしかして、私って損な性格なのでは?
「リリアーナ殿下」
「何?」
サリナが、静かにお茶を差し出した。
「少なくとも、何もなさらずに問題が解決することを期待するよりは、よろしいかと存じます」
「……それはそうだけど」
私はカップを受け取った。
確かに、何もしなければ何も変わらない。
それは分かっている。
分かっているのだけれど。
「……やっぱり、働きたくないわ」
「存じております」
即答された。
もう少し考えてくれてもいいのではないだろうか。
そんなことを思っていると、再び扉が叩かれた。
「殿下。新しい報告がございます」
レオナルドお兄様が入室を許可すると、騎士が一礼してから口を開いた。
「仲介者の供述に基づき、仲介者の自室の床下から、複数の書類が見つかりました。また、貴族の屋敷を捜索したところ、仲介者が所持していた書類に関連する書類が見つかっております」
「書類?」
「はい。暗殺者への報酬と思われる支出の記録と、ダニエル・フォードの家族に関する記述がございます」
私は思わず立ち上がった。
「奥様と娘さんの居場所が分かったんですか?」
「現在、記述されていた場所を確認しております。ただし、そこにお二人がいるかどうかは、まだ分かっておりません」
「……そうですか」
私はゆっくりと椅子へ座り直した。
焦ってはいけない。
書類に書かれていたからといって、そこにいるとは限らない。
けれど、少なくとも手掛かりは見つかった。
「お兄様」
「うん。既に騎士を向かわせているよ」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
すると、レオナルドお兄様が少し困ったように笑った。
「礼を言うのは、まだ早いよ」
「そうかもしれません。でも、動いてくださっていることには感謝しています」
「……そうだね」
お兄様は静かに頷いた。
その時だった。
私はふと、別のことに気づいた。
「……ところで、お兄様」
「何かな?」
「私、いつまで行方不明でいればいいんでしょう?」
レオナルドお兄様は少し考えてから、穏やかに微笑んだ。
「そろそろ見つかってもらおうかな」
「……そうですか」
残念。
もう少しだけ、誰にも邪魔されない生活を楽しみたかったのだけれど。
「ちなみに、どこで見つかったことにするんですか?」
「城下町だよ」
「……城下町?」
「うん。暗殺者に怯える生活が嫌になって、城を抜け出していたことにしよう。僕が城下町を捜していたら、君が一人で歩いているところを見つけた、ということにするんだ」
「……なるほど」
私は思わず頷いた。
確かに、それなら不自然ではない。
ここ最近、私は何度も命を狙われている。
外出を制限され、食事を確認され、庭園を散歩するだけでも護衛が付き添う。
そんな生活に嫌気が差して、城を抜け出した。
……うん。
実際、嫌気は差している。
「それなら、嘘をつくのも少なくて済みますね」
「そうだね。君が暗殺者に怯えていたかどうかはともかく、今の生活にうんざりしているのは事実だからね」
「……お兄様?」
「何かな?」
「私は本当に命の危険を感じているんですよ?」
「もちろん分かっているよ」
お兄様はにこやかに頷いた。
「ただ、君の場合は暗殺者そのものより、暗殺者のせいで仕事と制限が増えたことに怒っているように見えるんだ」
「……」
否定できない。
「それで、リリアーナ。少しだけ城下町を歩いてもらえるかな?」
「……本当に?」
「うん。もちろん護衛は付けるけれど、表には出さないよ。僕が迎えに行くから、それまでは好きに歩いていて構わない」
私は思わず身を乗り出した。
「では、屋台で何か買っても?」
「構わないよ」
「甘いものも?」
「うん」
「少し寄り道をしても?」
「……あまり遠くへ行かなければね」
「分かりました!」
私は立ち上がった。
ようやく、まともな外出ができる。
しかも、今回はお兄様公認である。
何て素晴らしい作戦なのだろう。
「サリナ! 出かける準備を!」
「かしこまりました」
サリナは一礼した後、レオナルドお兄様へ視線を向けた。
「レオナルド殿下。本当によろしいのでしょうか?」
「大丈夫だよ。周囲には十分な警護を配置するし、僕もすぐに迎えに行くからね。城下町までの経路は捜索隊を移動させておくから」
「承知いたしました」
サリナは頷いたものの、どこか不安そうだった。
……失礼ね。
私は別に逃げたりしないわよ?
「リリアーナ」
「はい?」
「念のため言っておくけど、そのまま遠くへ行ってはいけないよ?」
「……」
「リリアーナ?」
「……分かっています」
なぜ先回りされるのだろう。
◇
それから暫くして。
王城へ、一つの報告が届けられた。
行方不明となっていた王位継承権第五位、リリアーナ・プレイング王女殿下を、レオナルド第一位殿下が城下町で発見、保護したという。
王女殿下は度重なる暗殺未遂によって精神的な負担を感じ、厳重な警護が続く生活に嫌気が差して、城を抜け出していたらしい。
幸いにも怪我はなく、既に王城へ帰還している。
その報告を受け、城中の人々は安堵した。
ただし、一部の者たちは首を傾げた。
王女殿下が発見された時、なぜか両手いっぱいに菓子を抱え、大変ご機嫌だったという話が伝わってきたからである。
もっとも、命の危険に晒され続けた王女が、ようやく気晴らしをできたのだ。
それくらいは大目に見てもよいだろう。
……ということになった。
なお、本人はというと。
「お兄様! あそこのお菓子、とっても美味しかったです!」
「それはよかったね」
「今度、サリナと一緒に買いに行ってもいいですか?」
「……暗殺事件が解決してからにしようね」
「……はい」
再び外出を制限され、早くも次の休暇を夢見ているのだった。
お読み頂き、ありがとうございます。




