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やり過ぎた!  作者: 涙目
第四章 理念対立編

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第十話 事実と真実は似て非なるもの

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

「貴方は知っていますか?」


 私が問いかけると、ダニエルはすぐには答えなかった。


 組み伏せられたまま顔を伏せ、何かを迷うように唇を噛んでいる。


 アルベルトが一歩前へ出ようとしたが、私は手を上げて止めた。


 今は問い詰めても仕方がない。


 逃げられる状況でもなければ、武器を持っているわけでもない。それに、ここまで来た以上、急いで答えを出す必要もなかった。


「ダニエル。もう一度聞きます。この方々が、どうしてここへ来たのか知っていますか?」


 しばらくの沈黙の後、ダニエルが小さく息を吐いた。


「……はい」


 その一言で、周囲の空気が張り詰める。


 ロイドが何かを言おうとしたが、それより先にアルベルトが視線だけで止めた。セシリアも黙ったまま、ダニエルを見つめている。


「そうですか。では、教えてください」


「その前に……殿下」


「はい」


「お願いが、ございます」


 ようやく上げられた顔には、普段のダニエルからは想像できないほどの疲労が滲んでいた。


「何でしょう?」


「私の家族を……助けていただけませんか」


 予想していなかった言葉に、私は眉を寄せた。


「ご家族ですか?」


「はい。妻と、娘がおります」


「そのお二人に何かあったんですか?」


 ダニエルはすぐには答えず、苦しそうに目を閉じた。


「人質に取られています」


 その瞬間、アルベルトの表情が変わった。


「ダニエル、それはいつからだ」


「二度目の襲撃の後だ」


「なぜ言わなかった!」


「言えるわけがないだろう!」


 初めてダニエルが声を荒らげた。


「言えば殺すと言われた! 誰かに相談しても、いつもと違う行動を取っても、妻と娘を殺すと!」


「だからといって――」


「アルベルト」


 私は二人の間に入るように声をかけた。


「今は責める時ではありません」


「しかし、殿下」


「責任については、全部確認してから考えます」


 ダニエルが脅されていたとしても、それだけで何をしても許されるわけではない。


 反対に、家族を人質に取られていた人間を、事情も聞かずに裏切り者と決めつけるのも違う。


 今必要なのは、何が起きていたのかを一つずつ確認することだ。


「ダニエル。ご家族が人質に取られていることは確認できていますか?」


「……自分の目で捕らえられているところを見たわけではありません」


「では、どうして?」


「接触してきた男が、妻と娘しか知らないはずのことを知っていました。それから自宅へ戻ると、二人ともいなくなっていました」


「それ以降、一度も会っていない?」


「はい」


「手紙などは?」


「一度だけ届きました。妻の字でした」


「内容は?」


「余計なことをせず、言われたとおりにしてほしいと」


「その手紙は?」


「読み終えた後、指定された場所で燃やしました。そうするように指示されていましたので」


 証拠は残っていない。


 だからといって、今の話が嘘だと決める理由にもならない。


 私は隣にいるレオナルドお兄様へ顔を向けた。


「お兄様」


「分かってる。すぐに探させるよ」


「お願いします」


 レオナルドお兄様が動こうとすると、ダニエルが慌てて顔を上げた。


「お待ちください!」


「どうしたの?」


「相手に知られれば、妻と娘が殺されます!」


「だからこそ急ぐんです」


 私はダニエルを見る。


「貴方は今、ここで捕らえられています。そして、この方々も捕らえられた。相手が状況を把握している可能性を考えれば、何もしない方が安全だとは言えません」


「ですが……」


「もちろん、できるだけ気づかれないように探してもらいます。お兄様、それはできますよね?」


「できる。表立って兵を動かしたりはしないよ」


「お願いします」


 それでもダニエルは迷っていた。


 けれど、やがて力が抜けたように肩を落とすと、小さく頭を下げた。


「……お願いいたします」


「はい」


 これで少なくとも、ダニエルが黙っていた理由の一つは分かった。


 もっとも、今聞いた話がすべて事実なのかはまだ分からない。


 家族を人質に取られていることと、この場所に武器を持った人たちが現れたことが、どう繋がっているのかも確認しなければならない。


「それでは、話を戻します。貴方は何を要求されたんですか?」


 ダニエルはしばらく黙っていたが、今度は逃げずに答えた。


「リリアーナ殿下の情報です」


「私の?」


「はい。どこへ行くのか。誰と会うのか。警護がどのようになっているのか。そういった情報を伝えるように言われました」


「実際に伝えたんですか?」


「……はい」


 アルベルトが拳を握るのが見えた。


 セシリアも厳しい表情をしている。


 けれど、誰も口を挟まなかった。


「庭へ行くことが漏れていたのも?」


「私です」


「では、今日のことも?」


 ダニエルが答えない。


 私は急かさず待った。


 やがて、彼はゆっくりと頷いた。


「殿下からいただいた紙に書かれていた場所と時間を、伝えました」


「誰にですか?」


「いつも直接会うわけではありません。指定された場所へ情報を書いた紙を置き、代わりに次の指示が残されていました」


「では、相手の正体は知らない?」


「最初に接触してきた者の顔しか知りません」


「その方は、この中にいますか?」


 私は拘束されている者たちへ視線を向けた。


 ダニエルも一人ずつ顔を確認していく。


 そして、首を横に振った。


「いません」


「そうですか」


 ここで捕らえた人たちが、そのままダニエルへ指示を出していたわけではないらしい。


 ならば、この人たちを捕まえただけでは終わらない。


「最初に接触してきた方について、何か分かっていることはありますか? 名前でなくても構いません。服装でも、話し方でも、所属でも」


「所属は……」


 そこでダニエルが言葉を止めた。


 明らかに言うことを躊躇っている。


「何です?」


「……その者は」


 ダニエルが一度目を閉じた。


「王位継承権第三位の方の配下だと、名乗りました」


「第三位……」


 誰だっけ。


「ユリウス殿下です、リリアーナ殿下」


 すぐ隣からサリナの声が飛んできた。


「あー」


 ユリウスお兄様。


 そうだった。


 だって、関わりないんですもの。


 私は王位なんて欲しくないし、王位継承権を持つ方々と争うつもりもない。


 レオナルドお兄様とは以前から関わりがあるし、エレオノーラお姉様には向こうから呼び出された。


 でも、それ以外は。


「関係ないとお調べにならなかったツケと言うものでしょうか」


「サリナ」


「はい」


「分かってるから言わないで」


「かしこまりました」


 今、ちょっとだけ反省したから。


 そんな私たちのやり取りを、アルベルトたちが何とも言えない顔で見ている。


 仕方ないでしょう。


 関わる予定がなかったんだから。


 ……なかったのに。


「それで、そのユリウスお兄様の配下を名乗った方が、貴方に接触したんですね?」


「はい」


「ユリウスお兄様本人ではなく?」


「はい」


「ユリウスお兄様から直接命令を受けたとは?」


「聞いておりません」


「では、まだユリウスお兄様が関わっているとは限りませんね」


「殿下」


 アルベルトが声を上げる。


「しかし、第三位の配下を名乗る者が接触してきたのであれば、少なくとも調べる必要はあるかと」


「もちろん調べます」


 そこは否定しない。


「でも、ユリウスお兄様が私を殺そうとした、と決めるのは別の話です」


 ダニエルに接触した人が、ユリウスお兄様の配下だと名乗った。


 今分かっているのは、そこまでだ。


「その方が本当にユリウスお兄様の配下なのか、確認できていますか?」


「……いいえ」


 ダニエルが答える。


「では、本当に配下だったとして、ユリウスお兄様の命令で動いていたことは?」


「分かりません」


「そうですよね」


 本当に配下なのか。


 仮に本当に配下だったとして、ユリウスお兄様の命令なのか。


 その人が勝手に動いたのか。


 あるいは、誰かが名前を騙っただけなのか。


 まだ何も分からない。


「調べましょう」


 ダニエルの家族を探す。


 捕らえた人たちが何者なのかを調べる。


 ダニエルに最初に接触した人を探す。


 そして、本当にユリウスお兄様の配下なのかを確認する。


「全部確認してからです」


「……承知いたしました」


 アルベルトが頭を下げる。


 危なかった。


 もし相手が本当にユリウスお兄様の配下で、その命令で動いているなら、それはもちろん大問題だ。


 でも、違った場合。


 ここで私たちがユリウスお兄様を犯人だと決めつければ。


 それこそ、相手の思う壺なのかもしれない。


「お兄様」


「うん」


「ユリウスお兄様には、まだ何も言わないでください」


「分かった」


「それから、ダニエルのご家族を最優先でお願いします」


「任せて」


 私はもう一度、ダニエルを見る。


 彼が私の情報を流した。


 それは本人も認めた。


 けれど、どうしてそうしたのか。


 誰に命じられたのか。


 その先に誰がいるのか。


 まだ分からないことの方が多い。


 だから今は、決めつけない。


 確認する。


 そして。


 全部分かってから。


 どうするのかを決めればいい。


 そう思い、息を吐いた瞬間。


「それにしても」


 不意にお兄様が呟いた。


「部屋から出ない約束だったんだけどね」


「お兄様……」


「なんだい?」


「ごめんなさい」


「謝れて偉いね」


 最後まで締まらなかった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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