第八話 攻めの一手
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
時は少し遡る。
三度目の暗殺未遂。
私が食べるはずだった焼き菓子から、致死性の毒物が見つかった。
その日の夜のことである。
◇
「来ると思っていたよ」
「……」
夜も更けた頃。
レオナルドお兄様の部屋を訪れた私に。
開口一番。
そんなことを言われた。
「どうしてです?」
「三度目だからね」
レオナルドお兄様が答える。
「一度目は矢」
「はい」
「二度目は侵入者」
「はい」
「三度目は毒」
「……はい」
「さすがにリリアーナも、何もしないままではいられなくなるんじゃないかと思ってた」
「……」
否定できない。
怖かった。
今だって怖い。
部屋へ戻ってからも。
何度も。
あの焼き菓子が頭に浮かんだ。
もし。
ダニエルが一つ増えていることに気づかなかったら。
もし。
そのまま私の前へ運ばれていたら。
もし。
何も知らずに食べていたら。
私は。
今頃。
「リリアーナ」
「大丈夫です」
「……そう」
「大丈夫ではありませんけど」
「どっち?」
「生きているので大丈夫です」
「それを大丈夫とは言わないと思うけどな」
「なら、大丈夫じゃありません」
「うん」
素直に認めた。
大丈夫なわけがない。
外へ出れば矢。
宮にいれば侵入者。
食事には毒。
では。
次は?
そんなことばかり考えてしまう。
「お兄様」
「うん」
「このまま守りを固め続けても、終わりませんよね?」
「……」
返事はない。
それだけで十分だった。
「外出を禁止する」
「うん」
「宮の警備を増やす」
「うん」
「食事を確認する」
「うん」
「次は水ですか?」
「……」
「服?」
「……」
「寝室?」
全部。
可能性はある。
「一つ塞いだら、別の方法を使われる」
「そうだね」
「そのたびに、また対策する」
「うん」
「それをずっと続けるんですか?」
「……続けることはできるよ」
「できるんですか?」
「リリアーナを守るためならね」
「……」
それは。
嬉しい。
でも。
「嫌です」
「うん」
「私一人のために、何人使うつもりです?」
「必要なだけ」
「そういうところです」
「何が?」
「お兄様はそう言うと思いました」
だから嫌なのだ。
私が狙われる。
護衛が増える。
使用人の仕事も増える。
料理一つ運ぶのにも確認が必要になる。
私が何かするたび。
誰かの仕事が増える。
「それに」
私は手を握る。
「待っているのも嫌です」
「待つ?」
「次に何をされるのかを」
矢なのか。
刃物なのか。
毒なのか。
それ以外なのか。
ただ。
相手が何かしてくるのを待つ。
そんなの。
「嫌です」
「……」
「なので」
レオナルドお兄様を見る。
「こちらから調べます」
「誰がリリアーナを狙っているのか?」
「はい」
「方法は?」
「そのために来ました」
レオナルドお兄様の表情が変わった。
少しだけ。
楽しそうに。
「もう考えてあるんだ」
「一応」
「聞かせて」
「その前に」
「うん?」
「明日」
一度。
息を吸う。
「情報漏洩対策の会議を開きます」
「リリアーナが?」
「はい」
「誰を呼ぶ?」
「お兄様。私。サリナ。ケイン」
そして。
「アルベルト、ロイド、セシリア、ダニエル」
「四人とも」
「はい」
私の護衛として。
レオナルドお兄様から派遣された四人。
今。
最も疑わしい場所にいる四人。
「そこで何を話すの?」
「情報漏洩対策です」
「そのままだね」
「そのままです」
予定を知る人間を減らす。
必要な情報しか共有しない。
食事を扱う人間を確認する。
宮への出入りを厳しくする。
「必要なことを普通に話します」
「……普通に」
「はい」
「それだけ?」
「会議では、それだけです」
「なるほど」
レオナルドお兄様の目が細くなる。
「四人の前では何もしないんだね?」
「できるわけないでしょう」
「まあ、そうだね」
疑っている相手の前で。
あなたたちの中から情報が漏れているかもしれないので罠を仕掛けます。
なんて。
言えるわけがない。
「会議そのものも必要です」
「うん」
「本当に情報が漏れているなら、これ以上漏れないようにする必要があります」
「そうだね」
「でも」
それだけでは。
足りない。
「守るだけでは、誰なのか分かりません」
「……うん」
「だから」
私は続ける。
「会議が終わった後に仕掛けます」
「何を?」
「四人に」
私は人差し指を立てる。
「それぞれ別の場所を伝えます」
「別の場所?」
「はい」
二本目。
「時間も別にします」
「うん」
「そして」
私は。
レオナルドお兄様を見る。
「四人全員に言います」
「何を?」
「あなただけを信用しております、と」
「……」
レオナルドお兄様が。
止まった。
「全員に?」
「全員に」
「同じことを?」
「はい」
「……リリアーナ」
「何です?」
「結構ひどいことするね」
「殺されかけたんですけど?」
「ごめん」
即座に謝られた。
「でも」
レオナルドお兄様が顎に手を当てる。
「言葉だけで信じるかな」
「なので、紙を渡します」
「紙?」
「指定した場所と時間を書きます」
「それだけ?」
「いいえ」
それだけなら。
疑われるかもしれない。
どうして自分なのか。
なぜ他の三人ではないのか。
当然考える。
だから。
「その人を信用するに足る根拠も書きます」
「……根拠?」
「はい」
「例えば?」
「アルベルトなら、お兄様を長年守ってきた実績があります」
「あるね」
「お兄様が最も信頼している人の一人でしょう?」
「そうだね」
「なら、私が信用する理由になります」
「うん」
「ロイドは、食事の担当者を固定する危険性を、自分から指摘してくれました」
「そうだったね」
「セシリアは私の最も近くで警護することが多い」
「うん」
「その気になれば、私を狙う機会はいくらでもあった」
「……なるほど」
「ダニエルは」
今日。
私を助けた。
「焼き菓子の数が違うことに気づきました」
「そうだね」
「ダニエルが気づかなければ、私は毒を食べていたかもしれません」
「……」
「十分でしょう?」
「十分すぎるね」
全部。
本当のこと。
作った理由ではない。
四人全員に。
信用してもおかしくない理由がある。
「だから」
私は言う。
「それぞれに、自分だけが選ばれたと思ってもらいます」
「他の三人には話さないように書く?」
「もちろんです」
「それで指定場所に呼び出す」
「はい」
「リリアーナが行くの?」
「行きません」
即答した。
「よかった」
「当たり前でしょう」
「リリアーナ、たまに変なところで無茶するから」
「しません」
「ピーク島」
「あれは仕方なかったでしょう!」
「はいはい」
「今回は絶対に行きません」
「じゃあ、どうする?」
「私と同じくらいの背丈の女性を用意できますか?」
「できるよ」
「私の服を着てもらいます」
「フードも?」
「顔が見えたら意味がないので」
「なるほど」
「指定場所に立ってもらうだけです」
「周囲に騎士を伏せる」
「お願いします」
「四か所全部?」
「全部です」
「結構な人数になるね」
「できます?」
「できる」
即答。
さすが。
「ただし」
レオナルドお兄様が言う。
「一つ確認」
「何です?」
「指定された護衛がその場所へ来ても、何もしない」
「当然です」
私が呼ぶのだ。
来て当たり前。
「問題は」
その情報を。
知らないはずの人間。
「他の誰かが現れた場合です」
「そうだね」
「特に」
武器を持った人間。
替え玉を襲おうとする人間。
あるいは。
何らかの形で。
私を狙う動きをした人間。
「その場合は捕らえてください」
「分かった」
「でも」
「うん?」
「指定された護衛も、すぐには犯人扱いしないでください」
「……」
「その人が直接伝えたとは限りません」
脅されたのかもしれない。
盗み見られたのかもしれない。
誰かに紙を奪われたのかもしれない。
知らないうちに漏れたのかもしれない。
「情報が漏れた場所が分かるだけです」
「犯人が分かるわけじゃない」
「はい」
そこは。
間違えたくない。
「証拠なき推測は」
私は呟く。
「証拠を確認するまで、推測でしかありませんから」
「……うん」
レオナルドお兄様が頷いた。
「分かった」
「協力していただけます?」
「もちろん」
返事は早かった。
「替え玉はこちらで用意する」
「お願いします」
「騎士も」
「はい」
「四か所の準備も」
「お願いします」
「それから」
「まだあります?」
「リリアーナは当日、自分の部屋から出ない」
「……」
「返事」
「はい」
「絶対に?」
「絶対に」
「よろしい」
「子供じゃないんですから」
「三回殺されかけた妹を心配してるだけだよ」
「……」
それを言われると。
何も返せない。
「では」
私は立ち上がった。
「明日、会議を開きます」
「分かった」
「そこで今夜のことは」
「一切出さない」
「お願いします」
「僕も普通に情報漏洩対策について話せばいいんだね?」
「はい」
「了解」
これで。
準備はできる。
あとは。
明日。
会議を開いて。
その後。
四人へ個別に接触する。
「リリアーナ」
扉へ向かおうとして。
呼び止められた。
「何です?」
「怒ってる?」
「……」
何を。
今さら。
「怒ってますよ」
「やっぱり?」
「当たり前でしょう?」
一度目。
矢。
二度目。
侵入者。
三度目。
毒。
「私、何もしてないんですよ?」
「うん」
「王位もいらない」
「うん」
「誰かを蹴落とそうともしてない」
「うん」
「なのに三回殺されかけたんですよ?」
「うん」
「ものすごく腹が立ってます」
怖い。
それも本当。
でも。
腹が立つ。
それも。
間違いなく本当だった。
「分かった」
レオナルドお兄様が笑う。
「じゃあ、明日は頑張って」
「何をです?」
「いや」
少しだけ。
楽しそうに。
「何でもないよ」
「……?」
変なお兄様。
◇
そして。
翌日。
「いい加減にしろ!!」
私は盛大にぶち切れた。
外を歩けば矢。
庭を歩こうとすれば侵入者。
お菓子を食べようとすれば毒。
外へ出られない。
お茶も確認。
菓子も確認。
水も確認。
何をするにも護衛。
何をするにも誰かの仕事が増える。
腹が立った。
本気で。
心の底から。
腹が立った。
だから。
あれは演技でも。
芝居でも。
何でもない。
全部。
本心だった。
ただ。
結果として。
あの場にいた者たちは。
私があの時。
初めて。
反撃することを決めたのだと。
そう思ったらしい。
まさか。
その前日の夜には。
既に四つの指定場所で。
騎士たちが待ち構える準備が始まっていたなど。
知るはずもなく。
お読み頂き、ありがとうございます。




