第七話 虎穴に入らずんば虎児を得ず
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「では、今後は殿下の予定を把握する者を、さらに限定いたします」
アルベルトの言葉に、レオナルドお兄様が頷いた。
「そうだね。必要のない者には知らせない。それだけでも情報が漏れる可能性は下げられる」
「食事についても同様にすべきかと」
セシリアが続ける。
「食材の搬入から調理、配膳まで、担当する者を固定いたします」
「人を固定しすぎるのも危険では?」
ロイドが口を挟んだ。
「もし、その中に既に相手側の人間がいた場合、ずっと同じ人間がリリアーナ殿下のお食事に触れることになります」
「ですが、毎回人間を変えれば確認する対象が増えます」
「それはそうですが」
「……」
私は黙って話を聞いていた。
予定を知る人間を減らす。
食事を扱う人間を限定する。
出入りする人間を確認する。
私の宮へ入るための証明書も、全て再確認する。
どれも必要だと思う。
実際。
やらないよりは、ずっといい。
「ダニエルは?」
レオナルドお兄様が尋ねる。
「私は、人を減らすより情報を分けた方がよろしいかと」
「情報を?」
「はい。護衛に必要な情報と、使用人に必要な情報は違います。全員が全てを知る必要はございません」
「なるほど」
「例えば殿下が外出される場合でも、厨房の者が行き先まで知る必要はありません」
「確かにね」
「馬車を用意する者も、出発時刻は必要ですが、その後の全ての予定までは不要です」
「必要な情報だけ伝えるということですね」
「はい」
私は小さく頷いた。
それなら。
少なくとも、どこからでも全部の情報が漏れる状態にはならない。
「リリアーナはどう思う?」
「いいと思います」
「それだけ?」
「私に聞かれても、護衛の専門家ではありませんから」
「それはそうだけど」
「皆さんの方が詳しいでしょう?」
私は四人を見る。
アルベルト。
ロイド。
セシリア。
ダニエル。
レオナルドお兄様が選んだ四人。
この中から。
情報が漏れた可能性がある。
でも。
まだ。
誰なのかは分からない。
「では、当面はその方針で進めよう」
レオナルドお兄様が話をまとめる。
「リリアーナの予定を知る人間を必要最低限にする。各部署には必要な情報だけを渡す。食事に関わる人間も再確認する」
「承知いたしました」
「はい」
四人が頭を下げる。
「それと」
レオナルドお兄様が私を見る。
「外出は禁止」
「……」
「その顔をしても駄目」
「何も言ってません」
「言いたそうだから」
「横暴です」
「何とでも」
「……」
私は小さく息を吐いた。
こうして。
情報漏洩対策の会議は終わった。
◇
翌日。
私は宮の廊下を歩いていた。
隣にはサリナ。
少し後ろには護衛。
向こうから、一人の騎士が歩いてくる。
ロイドだった。
「リリアーナ殿下」
「ロイド」
互いに足を緩める。
けれど。
立ち止まるほどではない。
そのまま。
すれ違う。
ほんの一瞬。
肩が並んだところで。
「あなただけを信用しております」
「……!」
小さく。
ロイドにだけ聞こえる声で囁いた。
足は止めない。
振り返らない。
そのまま歩いていく。
「……」
ロイドも何も言わなかった。
ただ。
数歩進んだところで。
自身の上着に僅かな違和感を覚えたようだ。
ポケットへ手を入れる。
「……?」
紙。
小さく折り畳まれた紙が入っている。
いつ?
ロイドが振り返る。
既に私は廊下の先を歩いている。
サリナも。
護衛も。
誰一人としてロイドを見ていない。
「……」
ロイドは周囲を確認した。
誰もこちらを気にしていない。
紙を開く。
そこには。
一つの場所と。
時間が書かれていた。
そして。
『貴方は安全上の盲点を自発的に述べてくださいました。これは裏切り者なら不利になる内容でした。それも──』
「……」
『私が確認する前に、です』
ロイドの目が文字を追う。
『今回の件で、私は誰を信用すべきか分からなくなりました』
『ですが、命令されるより先に私の安全のために動いてくださった貴方ならば、信用できると考えております』
そして。
最後に。
『今夜、こちらへお越しください』
『今後のことについて、二人だけでお話ししたいことがございます』
「……殿下」
ロイドは紙を折り畳む。
そして。
誰にも見られないよう。
再びポケットの奥へしまった。
◇
夜。
ロイドは指定された場所へ向かっていた。
王宮の敷地内。
普段はほとんど人が近づかない一角。
昼間なら使用人が通ることもあるが。
この時間には。
ほとんど誰もいない。
「……」
周囲を見る。
人影はない。
さらに進む。
指定された場所が見えてくる。
そして。
ロイドは足を止めた。
「……」
いた。
建物の陰。
一人の人物が立っている。
深くフードを被っていて、顔は見えない。
けれど。
体格は女性。
背丈も。
リリアーナと大きくは違わない。
ロイドは周囲を確認してから近づいた。
数歩手前で止まる。
そして。
片膝をついた。
「リリアーナ殿下」
「……」
「お呼びにより参りました」
返事がない。
「殿下?」
フードを被った人物が動く。
ゆっくりと。
顔を上げる。
そして。
自らフードへ手を掛けた。
「……!」
ロイドの目が見開かれる。
フードの下から現れた顔。
それは。
リリアーナではなかった。
「お前……」
立ち上がる。
「誰だ?」
その時だった。
「うわああああああっ!」
「っ!?」
遠くから。
男の叫び声が響いた。
ロイドが振り返る。
「今のは……」
叫び声がした方向を見る。
そして。
走り出した。
◇
「離せ!」
声が聞こえる。
「動くな!」
「押さえろ!」
「くそっ!」
ロイドが角を曲がる。
そして。
足を止めた。
「……」
何人もの騎士がいる。
その中心。
一人の男が地面へ組み伏せられていた。
「……な」
ロイドが目を見開く。
知っている。
当然だ。
同じ時に。
レオナルドから。
リリアーナの護衛として派遣された者。
同じ護衛騎士。
その一人が。
騎士たちによって地面へ押さえつけられている。
「お前……」
だが。
それだけではなかった。
その周囲。
一人。
二人。
三人。
見知らぬ男たちも。
同じように地面へ押さえつけられている。
近くには。
取り上げられた剣。
短剣。
そして。
短弓。
「……」
ロイドは。
何も言えなかった。
目の前には。
同じ護衛として派遣された騎士。
そして。
その周囲には。
暗殺者らしき者たちが。
次々と組み伏せられていた。
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