第六話 虎の尾を踏む
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「毒?」
「はい」
私は目の前に置かれたティーカップを見た。
正確には。
ティーカップの横に置かれている、小さな皿を見る。
そこには。
私が食べるはずだった焼き菓子が一つ。
「……これに?」
「その可能性が高いかと」
アルベルトが答えた。
「可能性?」
「まだ確定ではございません。現在、専門の者に確認させております」
「では、どうして分かったんです?」
「ダニエルが気づきました」
「ダニエルが?」
視線を向ける。
「はい」
ダニエルが一歩前へ出た。
「厨房から運ばれた菓子の数と、こちらへ届いた数が合っておりませんでした」
「……」
「厨房を出た時点では八つ。こちらへ届いた時点では九つございました」
「一つ増えてる?」
「はい」
何それ。
「そのため、念のため全て回収いたしました」
「……」
目の前の皿を見る。
見た目は普通。
他の焼き菓子と何も変わらない。
「どれが増えたものか分かるんですか?」
「現在確認中です」
「そう」
また。
確認中。
最近、この言葉ばかり聞いている気がする。
「厨房の人は?」
「全員、別室で待機させております」
「運んだ人は?」
「同様です」
「途中で誰かと接触したかは?」
「調査しております」
「……」
まただ。
私は椅子の背へ体を預けた。
一度目。
王都で矢を射られた。
二度目。
宮へ武器を持った人間が入り込んだ。
そして。
三度目。
今度は。
食べ物。
「……」
何も言えなかった。
怒りより先に。
怖かった。
もし。
ダニエルが気づかなかったら。
私は食べていた?
多分。
食べていた。
だって。
焼き菓子だ。
普通に出されたら、何も考えずに食べる。
「殿下」
サリナの声。
「大丈夫」
「ですが」
「大丈夫だから」
自分に言い聞かせるように答える。
大丈夫。
まだ毒だと決まったわけじゃない。
ただ一つ増えていただけ。
厨房で数え間違えたのかもしれない。
誰かが余った一つを載せただけかもしれない。
だから。
まだ。
「結果が出るまで待ちましょう」
「……承知いたしました」
待つ。
確認する。
決めつけない。
それでいい。
それが正しい。
分からないものは。
分かったことにしない。
私はそう決めたのだから。
◇
「毒物が確認されました」
数時間後。
アルベルトから告げられた。
「……そう」
「致死性のものです」
「……」
「摂取量によっては、命に関わった可能性が高いとのことです」
やっぱり。
私は小さく息を吐いた。
「どれに?」
「九つのうち一つだけです」
「増えた一つ?」
「その可能性が高いかと」
「見分けは?」
「外見からは困難です」
「匂いは?」
「ほとんど分からないとのことです」
「味は?」
「……確認するわけにはまいりませんので」
「ですよね」
当たり前だ。
何を聞いているのだろう。
「経路は?」
「現在調査中です」
「誰が入れたかは?」
「まだ」
「厨房?」
「厨房内で混入されたとは限りません」
「運んでいる途中?」
「その可能性もございます」
「他には?」
「食器を準備した段階で混入した可能性も」
「……」
また。
分からない。
「殿下」
「何?」
「本日から、食事についてはさらに確認を厳しくいたします」
「……分かった」
「食材の搬入から調理、配膳まで担当者を限定いたします」
「うん」
「殿下のお口へ入るものは全て事前に確認を」
「分かったって」
思ったより強い声が出た。
「……申し訳ございません」
アルベルトが頭を下げる。
「違う」
私は額を押さえた。
「アルベルトに怒ったんじゃない」
「……」
「ごめんなさい」
「殿下が謝られることでは」
「八つ当たりしたから謝ってるの」
「……はい」
静かになった。
何なの。
本当に。
一度目は外。
だから外出禁止。
二度目は宮の中。
だから警備強化。
三度目は食事。
次は何?
水?
服?
寝室?
馬車?
それとも。
私の周りにいる誰か?
「……面倒くさい」
「殿下?」
「何でもない」
怖い。
もちろん怖い。
死にたくない。
私は今世では。
のんびり生きたい。
美味しいものを食べて。
本を読んで。
昼寝して。
たまに出掛けて。
好きなことをして。
それだけでいい。
なのに。
どうして。
こんなことになっているのだろう。
◇
翌日。
さらに警備が増えた。
「……」
部屋の扉の外に騎士。
廊下にも騎士。
庭へ出る時も騎士。
食事の前にも確認。
お茶にも確認。
菓子にも確認。
水にも確認。
「……」
「殿下」
「何?」
「本日のご予定ですが」
「ない」
「午前中に――」
「全部断って」
「既に断っております」
「じゃあ聞かないでよ」
「一応、確認を」
「……」
サリナを見る。
「私、今、機嫌悪い?」
「かなり」
「そう」
自覚はある。
でも。
どうしろというのだ。
外に出れば狙われる。
宮にいても狙われる。
食事まで狙われる。
仕事をしていなくても。
政治に関わっていなくても。
王位を目指していなくても。
狙われる。
「……」
机の上に置かれた本を開く。
一行読む。
閉じる。
「読めない」
「でしょうね」
「集中できない」
「でしょうね」
「寝る」
「昨夜もあまりお休みになられておりませんので、それがよろしいかと」
「……寝られると思う?」
「難しいかと」
「じゃあ何で勧めたの?」
「少しでも横になっていただきたいからです」
「……」
正論。
嫌い。
ソファへ横になる。
目を閉じる。
数秒。
開ける。
「サリナ」
「はい」
「暇」
「存じております」
「外に出たい」
「なりません」
「お茶飲みたい」
「ただいま確認中です」
「お菓子」
「同じく」
「……」
何もできない。
いや。
できる。
でも。
何をするにも。
誰かが確認する。
誰かがついてくる。
誰かが警戒する。
私一人のために。
何人もの人が働いている。
その事実まで。
だんだん腹が立ってきた。
「……ねえ」
「はい」
「私、何かした?」
「以前も同じことを仰っておられましたね」
「だって!」
起き上がる。
「私、王になりたいって言った!?」
「いいえ」
「誰かを蹴落とした!?」
「いいえ」
「派閥作った!?」
「いいえ」
「貴族派に喧嘩売った!?」
「少なくとも、まだ直接は」
「まだって何よ!」
「失礼いたしました」
「私は!」
立ち上がる。
「私はただ!」
声が大きくなる。
「のんびり暮らしたいだけなのよ!」
サリナは黙っている。
「なのに何!?」
一度目。
「外を歩いたら矢!」
二度目。
「庭を歩こうとしたら侵入者!」
三度目。
「お菓子食べようとしたら毒!」
「殿下」
「いい加減にしろ!!」
叫んだ。
部屋の外が僅かに騒がしくなった。
知らない。
「こっちは何もしてないでしょうが!」
「……」
「王位なんていらないって言ってるでしょうが!」
「……」
「勝手に争って! 勝手に王になればいいでしょうが!」
腹が立つ。
本当に。
腹が立つ。
「なのに何で私が殺されなきゃいけないのよ!」
言って。
止まった。
息が荒い。
手が震えていた。
怖いからなのか。
怒っているからなのか。
自分でも分からない。
「……殿下」
サリナが静かに呼ぶ。
「何よ」
「少し、お水を」
「毒は?」
「確認済みです」
「……」
受け取る。
一口。
二口。
少しだけ落ち着いた。
「……ごめん」
「構いません」
「怒鳴った」
「私にではございませんので」
「でも」
「むしろ、もう少し早く怒られるかと思っておりました」
「……」
何それ。
私はグラスを置く。
「サリナ」
「はい」
「レオナルドお兄様に会いたい」
「承知いたしました」
「それと」
一度。
深く息を吸う。
もう嫌だ。
関わりたくない。
ずっとそう思っていた。
触らなければいい。
無視すればいい。
王位争いなんて、勝手にやらせておけばいい。
そう思っていた。
でも。
向こうが放っておいてくれない。
だったら。
「……いいわよ」
「殿下?」
自分でも。
驚くほど低い声が出た。
「そっちがその気なら」
私が何もしなくても狙うというのなら。
逃げても。
隠れても。
食事すら安心してできないというのなら。
もう。
「やってやろうじゃない」
「……何をでしょうか?」
決まっている。
私は王になりたいわけじゃない。
王位争いに勝ちたいわけでもない。
政治をしたいわけでもない。
ただ。
「私を殺そうとしてるのが誰なのか」
見つける。
「調べるわよ」
そして。
二度と。
私の平穏を邪魔できないようにする。
「徹底的に」
サリナが。
ほんの少しだけ。
困ったような顔をした。
「殿下」
「何?」
「それはもう、王位争いに関わるということでは?」
「……」
止まる。
考える。
「……違うわ」
「そうでしょうか」
「これは自衛よ」
「左様でございますか」
「そうなの!」
王位なんていらない。
そこは何も変わらない。
ただ。
私を放っておいてくれない相手を。
放っておくのを。
やめるだけだ。
お読み頂き、ありがとうございます。




