第五話 証拠なき推測は、証拠を確認するまで推測でしかない
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
侵入者が捕らえられた翌日。
私は再び、レオナルドお兄様の部屋にいた。
ただし。
前回とは空気が違う。
「……」
「……」
「……」
重い。
ものすごく重い。
私の隣にはサリナ。
後ろにはケイン。
そして少し離れた場所に。
アルベルト。
ロイド。
セシリア。
ダニエル。
四人の騎士が立っている。
数日前に紹介された時と、何も変わらない。
少なくとも。
見た目は。
「まず、分かっていることを整理しよう」
レオナルドお兄様が口を開いた。
「昨日、リリアーナの宮へ侵入者が入った」
「はい」
「武器を持っていた」
「はい」
「本人も、リリアーナを狙っていたことを認めた」
「……はい」
そこまでは確定したらしい。
「そして」
レオナルドお兄様の視線が、四人へ向く。
「侵入者は、リリアーナが庭へ出ることを知っていた」
部屋の空気がさらに重くなった。
「認めたんですか?」
「うん」
「本人が?」
「そうだよ」
「誰から聞いたかは?」
「話さない」
「……」
そこが一番知りたいのに。
「では、侵入経路は?」
ケインが尋ねる。
「使用人用の搬入口から入っている」
「身分確認は?」
「偽造された証明書を使っていた」
「昨日だけ?」
「いや」
レオナルドお兄様が首を振る。
「少なくとも三日前から、何度か宮の近くへ出入りしていた形跡がある」
「三日前……」
私は呟く。
昨日突然入ってきたわけではない。
前もって準備していた。
「ですが」
セシリアが口を開いた。
「殿下が庭へ出られると決められたのは、直前です」
「そうだね」
「侵入者が三日前から準備していたとしても、昨日の予定までは分からないはずです」
「普通ならね」
レオナルドお兄様が答える。
また。
沈黙。
私は四人を見る。
誰も目を逸らさない。
アルベルトはいつも通り。
ロイドも。
セシリアも。
ダニエルも。
分からない。
本当に。
何も分からない。
「庭へ行くことを知っていた人間は?」
レオナルドお兄様が尋ねる。
アルベルトが答えた。
「殿下ご本人。サリナ殿。ケイン殿。そして我々四名です」
「他には?」
「宮の使用人が何名か、殿下が部屋を出られた後に目撃しております」
「事前には?」
「私が把握している限りでは、おりません」
七人。
私を除けば六人。
サリナ。
ケイン。
四人の騎士。
私は無意識に手を握っていた。
「リリアーナ」
「はい」
「どう思う?」
「……分かりません」
「うん」
「でも」
一度、息を吸う。
「四人の中に裏切り者がいる、と決めるには早すぎます」
四人の表情が僅かに変わった。
レオナルドお兄様だけは変わらない。
「理由は?」
「情報が漏れる方法が、それだけとは限らないからです」
「例えば?」
「聞かれていた」
最初に思いついたものを挙げる。
「私が庭へ行くと言った時、部屋の外に誰かいた可能性があります」
「他には?」
「見られていた」
「見られていた?」
「庭へ向かう私たちを見てから、侵入者へ知らせた人がいるかもしれません」
「なるほど」
「そもそも」
私は考える。
「侵入者が、私が庭へ出る時間を正確に知っていたんですか?」
「どういう意味?」
「『午後に庭へ出る』と知っていたのか。それとも『今から庭へ出る』と知っていたのか。それで違いません?」
「……確かに」
「侵入者は何と言っているんです?」
「庭へ出ると聞いていた、と」
「いつ?」
「そこまでは話していない」
「なら、まだ分かりません」
私は指を一本立てる。
「事前に予定を教えた人がいる」
二本目。
「私が部屋を出たのを見て知らせた人がいる」
三本目。
「会話を盗み聞きされた」
四本目。
「侵入者が偶然、庭の近くで待っていて私が出てきた」
「それは少し可能性が低いんじゃないかな」
「低いだけです」
「……」
「ゼロではありません」
レオナルドお兄様が少しだけ笑った。
「リリアーナらしいね」
「何がです?」
「いや。続けて」
「それに、仮にこの六人の誰かから情報が漏れたとしても」
私はサリナたちを見る。
「本人が裏切ったとは限りません」
「……」
「誰かに話したことを忘れているかもしれない」
「はい」
アルベルトが小さく頷く。
「家族や知人との会話から漏れた可能性もあります」
「ありますね」
「脅されている可能性も」
今度は誰も答えなかった。
「お金を積まれた可能性だってあります」
「それは裏切りでは?」
ロイドが言った。
「結果としては」
「では」
「でも理由は違います」
「理由?」
「最初から私を殺したくて近づいた人と、お金に困って情報を売った人と、家族を人質にされて仕方なく話した人を、全部同じものとして扱うんですか?」
「……」
ロイドが黙った。
「私は嫌です」
誰かがやった。
だから悪い。
それだけで終わらせるのは簡単だ。
でも。
それでは何も分からない。
「必要なのは、誰かを疑うことではなくて」
私は少し考えて。
「何が起きたのかを確認することだと思います」
静かになった。
「……殿下」
セシリアが口を開く。
「何です?」
「我々を疑っておられないのですか?」
答えに困った。
疑っていない。
そう言えば嘘になる。
昨夜。
私は確かに思った。
この中に誰かいる?
と。
「……疑っていないとは言えません」
正直に答えた。
「でも」
四人を見る。
「疑っているとも言いたくありません」
「それは……」
ダニエルが僅かに眉を寄せる。
「どういう意味でしょうか」
「分からないからです」
「分からない」
「はい」
それ以上でも。
それ以下でもない。
「今の私は、皆さんを信用していいのか分かりません」
「……」
「でも、信用してはいけない理由もまだありません」
レオナルドお兄様を見る。
「お兄様は四人を信用しているんですよね?」
「しているよ」
「なら、その事実も無視したくありません」
レオナルドお兄様が直接選んだ。
長く警護を任せている人もいる。
能力を知っている。
人柄も知っているはずだ。
その信用と。
今回の情報漏洩。
どちらか片方だけを見て結論を出すのは違う。
「だから保留です」
「また保留でございますか」
サリナが呟いた。
「何よ」
「いえ。エレオノーラ王女殿下とのお茶会でも、同じことを仰っていたと思いまして」
「分からないものは分からないんだから仕方ないでしょう?」
「ごもっともです」
私は四人を見る。
「なので」
少し迷ってから。
「しばらく、よろしくお願いします」
「……」
今度こそ。
四人とも明らかに驚いた。
「護衛を外さないのですか?」
アルベルトが聞く。
「外したら誰が私を守るんです?」
「それは……」
「皆さんは護衛として優秀だから選ばれたんですよね?」
「はい」
「だったら、外す理由がありません」
「しかし、我々の中から情報が漏れた可能性は」
「あります」
即答する。
「だから気をつけます」
「……」
「でも、それだけです」
私はそう言って。
ふと気づいた。
なんだろう。
この状況。
信頼している。
信頼していない。
どちらでもない。
裏切り者がいる。
いない。
どちらもまだ確定していない。
昨日からずっと。
箱を開ける前の猫みたいだ。
「……シュレディンガーの猫」
「はい?」
サリナが反応した。
「何でもない」
「また故郷の言葉ですか?」
「違います」
「では何です?」
「何でもありません!」
危ない。
最近、前世の言葉が口から出すぎている。
気をつけよう。
「それで」
レオナルドお兄様が話を戻した。
「これからどうする?」
「調べるしかないでしょう」
「誰を?」
「全員です」
四人ではない。
「侵入者が三日前から出入りしていたなら、その三日間に接触した人。使った証明書がどこから出たのか。搬入口の担当者。宮の使用人。私が庭へ出ることを知り得た人。全部です」
「結構な人数になるよ?」
「仕方ありません」
「時間もかかる」
「それも仕方ありません」
「その間、また狙われるかもしれない」
「……」
それは。
嫌だ。
怖い。
正直に言えば。
ものすごく怖い。
昨日だって。
庭に武器を持った人間がいたと聞いただけで、夜はなかなか眠れなかった。
でも。
「だからって」
私は手を握る。
「何も分からないまま誰かを犯人にする方が嫌です」
「……そう」
レオナルドお兄様が小さく息を吐いた。
「分かった」
「お願いします」
「調査は僕の方でも進める」
「はい」
「それと、護衛体制は今まで通り」
「……外出は?」
「禁止」
「ですよね」
期待していなかった。
ほんの少ししか。
「茶葉は届いた?」
「届きました」
「ならよかった」
「でも自分で選びたかったです」
「まだ言ってる」
だって大事なのに。
私は小さく息を吐く。
そして。
四人の騎士をもう一度見る。
誰かが裏切っているかもしれない。
誰も裏切っていないかもしれない。
分からない。
今は。
それでいい。
分からないものを。
分かったことにしない。
ただ、それだけ。
そう思っていた。
この時までは。
お読み頂き、ありがとうございます。




