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やり過ぎた!  作者: 涙目
第四章 理念対立編

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第三話 既に賽は投げられた後

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 エレオノーラお姉様とのお茶会から数日。


 私は平和だった。


 素晴らしい。


 実に素晴らしい。


 朝起きて。


 朝食を食べて。


 少し本を読んで。


 サリナに最低限の予定だけ確認して。


 必要なものだけ済ませる。


 それ以外は何もしない。


 これだ。


 私が求めていた生活はこれなのだ。


「平和ね」


「そうですね」


「何も起きない」


「そうですね」


「仕事も増えない」


「今のところは」


「余計なこと言わないで」


「失礼いたしました」


 サリナを睨む。


 せっかく気分がいいのだから、不吉なことを言わないでほしい。


 エレオノーラお姉様から聞いた王位争いについても、考えないことにした。


 貴族派。


 少し引っかかるところはある。


 権限を持つのに、最後の責任は王。


 前世で仕事をしていた人間としては、非常に気になる。


 気になるけれど。


 それだけだ。


 私は関わらない。


 王になりたい人たちが考えればいい。


 政治をしたい人たちが議論すればいい。


 私は静かに暮らしたい。


 だから。


「今日は何をしましょうか」


「午前中は特に予定はございません」


「素晴らしい」


「午後から――」


「聞きたくない」


「王都の商店へ注文していた品を受け取りに行く予定ですが」


「行く!」


「……」


「何よ」


「いえ」


 サリナが少しだけ笑った。


「殿下は分かりやすい方だと思いまして」


「失礼ね」


「褒めております」


「絶対に嘘」


 とはいえ、楽しみなのは事実だった。


 以前、王都の店で見つけた茶葉を注文してある。


 量がなかったため取り寄せてもらっていたのだ。


 ついでに少し街を歩くのも悪くない。


 王女として大々的に出歩くわけではない。


 最低限の護衛を連れ、目立たない格好をする。


 以前なら、それで十分だった。


 少なくとも。


 私はそう思っていた。


     ◇


「人が多いわね」


「この辺りはいつもこの程度かと」


「そうだった?」


「殿下が王都を歩かれる機会が少ないだけでは?」


「そうかも」


 午後。


 私はサリナと共に王都の通りを歩いていた。


 少し後ろにはケイン。


 さらに数名の護衛。


 王族が街を歩くにしては少ない。


 けれど、ただ買い物へ行くだけだ。


 大人数を連れて歩く方が目立つ。


「先に茶葉を受け取って、それから少し見て回りましょう」


「少し、ですからね」


「分かってるわよ」


「前回は少しと言って二時間ほど歩かれました」


「二時間は少しでしょう?」


「……」


「何?」


「何でもございません」


 納得していない顔だった。


 そんな会話をしながら歩く。


 いつもと変わらない。


 平和な王都。


 行き交う人々。


 店先から聞こえる呼び込み。


 焼いた肉の匂い。


「……」


 足が止まった。


「殿下?」


「サリナ」


「はい」


「あれ」


 視線の先。


 串に刺した肉を焼いている屋台。


「お昼は召し上がられましたよね?」


「食べたわ」


「では」


「でも美味しそう」


「……一本だけですよ」


「二本」


「一本です」


「ケチ」


「夕食が入らなくなります」


 仕方なく一本で妥協する。


 屋台へ向かおうとして。


「殿下」


 ケインの声がした。


「何?」


「こちらへ」


「え?」


 いつもと違う声だった。


 低い。


 短い。


 次の瞬間。


 腕を掴まれた。


「きゃっ!」


 強く引かれる。


 体が横へ動いた。


 直後。


 何かが目の前を通り過ぎる。


 カンッ!


 硬い音。


「……え?」


 店の壁。


 そこに何かが刺さっていた。


 短い矢。


 一瞬。


 本当に一瞬、何が起きたのか分からなかった。


「囲め!」


 ケインの声。


 護衛たちが一斉に動く。


 私とサリナを囲むように立ち、剣を抜いた。


 周囲から悲鳴が上がる。


「な、何?」


「殿下、動かないでください」


「今の……」


「伏せて!」


「え?」


 再び引かれる。


 今度はサリナまで一緒だった。


 ヒュッ。


 小さな音。


 護衛の一人が剣を振る。


 金属音。


 何かが地面へ落ちた。


 また矢。


「建物の陰へ!」


「こちらです!」


 何が起きているのか分からないまま、連れていかれる。


 人々が逃げていく。


 悲鳴。


 怒号。


 店主たちが扉を閉める音。


「ケイン!」


「お下がりください!」


「何が――」


 言いかけて。


 見えた。


 通りの向こう。


 走る男。


 周囲の人々とは違う。


 逃げているのではない。


 こちらを見ながら。


 手に何かを持っている。


「捕らえろ!」


 護衛二人が走った。


 男が路地へ入る。


 その後を追う。


「殿下」


「……」


「殿下?」


「分かってる」


 分かっていない。


 いや。


 分かりたくない。


 壁に刺さった矢を見る。


 私があそこにいた。


 ケインに引かれていなければ。


 あれは。


 どこに刺さっていた?


「……私?」


 声が出た。


「今の、私を狙ったの?」


 誰も答えない。


 でも。


 その沈黙で十分だった。


     ◇


「捕らえました」


 少しして。


 ケインから報告を受けた。


 私は近くの建物へ避難させられていた。


 隣にはサリナ。


 扉の前には護衛。


 窓からも離されている。


「……誰だったの?」


「現在確認中です」


「私を狙ったの?」


「その可能性が高いかと」


「高い?」


「断定はできません」


 ケインが答える。


「ただし、一射目、二射目ともに殿下がいらした位置を狙っております」


「……」


 偶然ではない。


 そう言われているようなものだった。


「目的は?」


「まだ分かりません」


「誰かに頼まれた?」


「尋問前です」


「そう」


 そこで口を閉じる。


 聞いても、まだ分からない。


 捕まえたばかりなのだから当然だ。


「殿下」


「何?」


「王宮へ戻りましょう」


「……分かったわ」


 反論する気にはならなかった。


 茶葉。


 まだ受け取っていない。


 串焼きも食べていない。


 街も歩いていない。


 そんなことが頭に浮かんで。


 すぐに消えた。


 帰りの馬車。


 サリナが向かいに座っている。


 ケインは外。


 護衛の数は、来たときより増えていた。


「……サリナ」


「はい」


「私、何かした?」


「……」


「誰かに恨まれるようなこと」


「少なくとも、私は存じません」


「でしょう?」


 ボーリング地方では仕事をした。


 でも、誰かを潰した覚えはない。


 ピンポン地方では卓球を教えただけ。


 ピーク島では人を助けただけ。


 王都へ帰ってからなんて、ほとんど何もしていない。


「私、王位もいらないって言ってるのよ?」


「はい」


「誰の邪魔もするつもりないのよ?」


「存じております」


「だったら……」


 そこで止まる。


 エレオノーラお姉様の言葉が頭に浮かんだ。


 あなたがどう思っているかは関係ありませんわ。


「……そういうこと?」


 小さく呟いた。


「殿下?」


「何でもない」


 窓を見る。


 閉められたカーテン。


 外は見えない。


 私は王になるつもりがない。


 誰かと王位を争うつもりもない。


 だから関わらなければいいと思っていた。


 触らなければ。


 向こうも私に触らない。


 そう思っていた。


 でも。


 違った。


 私が何もしなくても。


 私が望まなくても。


 王位継承権第五位というだけで。


 誰かにとっては邪魔になる。


「……最悪」


 思わず漏れた。


「殿下」


「王宮に戻ったら」


「はい」


「レオナルドお兄様に会いたい」


 サリナが少し目を見開いた。


「エレオノーラ王女殿下ではなく?」


「うん」


 エレオノーラお姉様からは、王位争いについて教えてもらった。


 でも。


 今回の件を相談するなら。


 王位継承権第一位。


 最も王位に近く。


 それでも私が王位を望んでいないと知っているお兄様がいい。


「お願い」


「承知いたしました」


 私は目を閉じた。


 関わらないつもりだった。


 何もしないつもりだった。


 なのに。


 向こうから来た。


 それも。


 仕事なんていう可愛いものではなく。


 私の命を取りに。

お読み頂き、ありがとうございます。

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